初姫

 彼は、神話の時代は女だった。そのせいなのか、新年の挨拶で着る着物はいつも女物のように華やかな色をしている。
 一見するとただ傾いた派手な色だが、彼が纏うと落ち着いた雰囲気と相まって、艶のような匂い立つような色香を放つ。
「明けましておめでとうございます」
 三つ指をついてこちらに改まるのは、毎年見ている光景だ。そして毎年動揺して年が始まる。


初姫


「一日疲れたろ。まあ、今年もよろしゅうな」
 そう言うと、愛媛は酒で少し染まった目元をいつものように緩めて笑う。そうすると表情が幼くなって、昼間の晴れ着姿が嘘のようだ。
 元日の昼は四国だけではなく、日本全国の県が一堂に会し、新年の宴会をする。挨拶回りと御節を少し口にするだけで、全体での会はすぐに散会になるが、慣れない相手と話をするのは目立たない県故に少し気負いする。その後は地元に戻って近隣と顔合わせで、一日飛び回り新年早々からへとへとになる。
 今はそれも終わり、たまには少し贅沢をしようと、二人で古い旅館の一室で寛いでいた。
「しかし今年も一日から大変じゃったのう」
「ほうやねえ…今年は寒いし、疲れたなあ…」
 重い着物で肩が凝ったと、浴衣と羽織の上から肩を摩り、欠伸をする。その仕草が猫の様で、顔が綻んでしまう。
「眠なったか?」
「ん…」
 緊張が解けて一気に疲れが出たのか、体からくたりと力が抜けている。
 しょうがないの、と頭を撫でて既に奥に敷かれている布団に呼んだ。覚束ない足取りでも主人に呼ばれたように従順についてくるのが愛しくて、また髪を撫でる。
 羽織を脱ぐ仕草が扇情的で動悸が少しだけ速くなる。それを抑えて布団に寝かせ、自分も隣の布団を開いて灯りを消した。
「じゃあおやすみ」
 疲れと酒で重くなった体。落ちた灯り。これならすぐに寝てしまえるだろう。可愛い猫が隣で寝ていることなど気にせずに。
「…今日は一緒やないん?」
 なのにこの猫は知ってか知らずか酷い悪戯をする。
「一緒がええんか?」
「…うん」
 なら、と布団を寄せ、隣の内へとそっと忍び入る。
「あったかいか」
「…うん」
 手を回し、そっと背中を撫でるとごそりと擦り寄り、頬を擦りつけてくる。
「今年も一緒におってね」
 寝入り端のうわ言のような囁きが、じんわりと温かさを持って布団の中に馴染んだ。


時期を逸した感は否めないけれども。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]