共依存

「地デジは綺麗っちゃね」
 隣で寝転がって競馬を見ている福岡が言う。
 すっかり世間は馴染んでしまっているが、移行前は実に鬱陶しかった。右上にうっすらと、しかし必ず目につくように浮かんでいた「アナログ」の文字。BSの「設置お知らせのお願い」と同じくらい鬱陶しかった。
(テレビ持っとるだけで払わんといかんのやったら、買う時の登録制にでもすりゃあええ)
 と、居留守を使う度に何度も思った。それも大分前に失敗し、今では仕方なく払っているのだが。
 まあしかし画質は確かに良くなった。DVDを見るときには、無理をしてテレビを替えて良かったと思う。その画質の良さもそのうち慣れて日常化してしまうのだろうが。
「番組表出るし、データ放送割と面白いばい?」
「ああ」
 しかし地デジは気に入らない。強制的に買わされたからとか、そういう理由もあるが。
「馬はよかねー、走りよんは格好ええし、甘えたりするんはかわええし」
 それにしてもこいつは何でわざわざ人んちで競馬を見て、勝手にカフェオレを飲み、あまつさえ俺のベッドを占領しているのか。今日は小倉だ。お前んちだろ。



共依存



「極早生です。今年も美味しくできました。  愛媛」
 何しに来たのか分らない福岡が帰って行った後、そんな短い手紙と一緒に、大きさの割に重い段ボール箱が届いた。もちろん中身は橙色の玉と、彼の町の匂い。
 毎年律儀に送ってくれる極早生。しかしこれの贈り物も自分にだけじゃないのは分かり切っていること。
 一つ手に取る。艶のある肌を柔らかく撫でる。鼻先に寄せると、早生らしい爽やかな、しかし温室育ちの甘い匂いがする。親指を添え、そっと破る。甘い匂いが強くなった。
 ガードの固い外側をゆっくり剥いてやる。過保護に纏っている白い筋はそのまま。これを残しておく方が栄養が残ると、いつか彼が言っていた。
 外面よりも赤みを増した玉を一つ割り、小さな果肉に吸い付く。口の中で果汁をしゃぶり、溶かすように喉へ入れた。
 胃に落ちたのを感じた時に、何だか病的で俺キモいと溜息をついた。

「地デジになったけん、広島さんに頼らんでも良うなりました。今まで長いことお世話になってしもて」
 何言うとる。これからもいくらでも頼ってええんじゃ。
「もっと色んな人に来てほしいし、交通網も良くしたいんです。このままやったら四国だけ本当に孤島やし」
 俺とは繋がっとるやんか。それじゃいかんのか。
「福岡さんとか大阪さんとかまで都会になりたいわけやなくて、田舎のままおりたいんです」
 うん、俺もそういうお前の方が好きやな。そのためには俺みたいなんが近くにおる方が便利でええ。足りんもんは俺に頼ったらええんじゃけん。
「四国の中でみんなと連携できたら、もうちょっとええかなって思うんですけどね」
 なあ、俺は、迷惑なんかやなかったんぞ?
 なあ…愛媛。

 悪夢から覚めると、現実じゃなかったと安心する一方、何で夢までこんなことにと気分が悪い。
 寝汗が酷い。目がかすむ。喉が痛い。風邪をひいていた。


 風邪をひいたといっても、看病を頼むほどでもないし、病院に行く気もない。前回患ったときの余りの市販薬で十分だ。
 誰かが見舞いに来るわけでもない。弱っているときの姿を見られるのもあまり好ましくない。
 幸いよく効く昔ながらのビタミン剤も大量にある。静かに寝ていれば治るだろう。
 今度は良い夢が見られると良いが。

「…広島さん、寝てますか?」
 控えめな声が耳元で聞こえる。怠いし面倒だしで、まだ暗闇に落ちていたかった。今度は夢を見なかった。
「…寝とるんかな」
 小さな独り言は離れて行った。もう一度布団に頬を埋めた。

 次に起きた時、まずカーテン越しの明るさで、昼に近付いている時刻なのだということを考えた。次に大分熱が下がっていることを感じる。また寝汗は掻いていたが、怠さは大分引いた。
 その次に感じたのは額の違和感だった。昨日の昼から付けていた解熱のシートがこんなに冷たいわけがない。いつもは30分したら温くなるのに。
「あ、広島さん、起きました?」
 ぼんやりベッドの上で瞬きしていたら、台所の方から柔らかい声が聞こえた。目を向けると、洗濯物を抱えた愛媛がいた。
「…愛媛?」
「すいません、勝手に入って…体調どうですか?」
「ああ…何ともない」
「でもさっきおでこのやつ換えた時はまだ熱かったんですよ。あ、寝とってくださいね。タオル持ってきます」
 いつもより大分早口で言って、また奥へ消えて行った。
 何で居るのか、格好悪いところを見せた、やっぱり良い子だ、俺以外にもこういう世話は焼くのか、そういうことを色々考えたが、大人しく言われた通りにすることにした。

「うーん…まだ少し微熱かなあ…」
「別に何ともないがな」
「うーん…でももうちょっと大事を取って…」
「寝っ放しも逆に怠い。起きるぞ」
「いや…そうですけど……ああ」
「心配性やな、大丈夫じゃ」
 体温計を握ったまま渋る愛媛の横で寝間着を脱ぐ。
「じゃ、シャワーしてくる」
「あ、はい…」
 ふと目線を逸らす愛媛に言って、風呂場へ向かった。
「なあ、愛媛」
 風呂場から水音と一緒にエコーの掛かった声で呼びかける。
「えっ? は、はい」
 まさかシャワー中に呼ばれるとは思っていなかったのか、慌てた声が返ってきた。
「世話んなったな」
「え、や、あの…良いんですよ、そんなの。僕こそいっつもお世話になっとるし」
「うん、あんな――」
 そういうの、気にせんようにしよう。今までも一緒にやってきたやろ、やけん、そういうの気負わんようにしよう。俺もたまにお前のこと頼るし、助けてもらうけん、お前もいくらでも俺のこと頼ってくれ。
 自立っていうんと助け合うっていうんは、一緒にできるやろ? お前がおってくれて俺は助かっとるけん。
「…はい」
 説教だと取ったのか、礼だと取ったのか分らないが、最後まで聞いてくれたようだ。
「あの、ご飯、作ってますね」
「おう」
 声の調子からは、すこし照れているような感じだと思う。
 結局俺はあの子の良い兄貴分で、あの子は俺の可愛い弟分という構図に変わりはない。それで良い。欲を言うなら、もっと依存度を上げれば良いのだ。お互い自然に離れなくなるくらいになれば良いのだと思う。



地デジ化して以降、広島○ームとか広○tvとかtvnew広島とか見なくなった。
大分山口も同様。

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