神と悪戯

 今日は良い日だ。
 神様が僕に、一年分の賑いをくれる日。
 ああ、皆、今会いに行ってあげるね。



 神と悪戯



 自分のうちの西隣ちょっと先では今頃、あいつが一年に一度の発散イベントをやっていることだろう。去年嫌と言うほどその危険は思い知ったので、この数日柄にもなく家に引きこもってみた。あの無邪気な笑顔をした邪神からの保身ならそのくらいしなくては。徳島と高知の情報ではあいつから来ることはないらしいし。
 が、しかしそれも今晩で終わりだ。今日の夜は全身全霊ではじけるんだろうが、明日の朝になればいつものほんにゃりしたあいつに戻っているだろう。「昨日はしゃぎすぎて筋肉痛やなー」とか言ってうどん食べに来るに違いない。そしたらちょっと捕まえて悪戯でもしてやるか。
 ぴんぽーん、と、玄関から音がする。
 後でよく考えたら、これはどこからどう見てもフラグだった。だが、俺は何にも考えずに開けた。まあ元々鍵なんか掛けないが。がらがら、と引き戸を開ける。俺は凍った。
「香川君、こんにちは」
 勢いをつけて戸を閉めようとしたが、愛媛の下駄履きの足がガキンと挟まりそれを阻んだ。
「危ないなあ。そんなに急いで閉めんでもええやん」
「え…え、え…」
 体に染み込んだ去年の恐怖が蘇る。薄れて消えたと思っていたがしっかり残っていたようだ。何で居るの。自分からは来ないって言ったじゃん徳島高知。てめえら後で覚えてろよ。俺が生きてたらだけど。
 怯えているのが解ったのだろう。にこっと笑顔を作ってみせて、腕にそっと触れてきた。
「そんな警戒せんとってよ」
「へ?」
 もしかしてひょっとしてまさか今日は何にもなし? 淡い期待が俺の表情を変に崩した。にっこり笑った顔が若干可愛い。悔しい。可愛い顔が近付いてきた耳元で、
「ちゃんと気持ち良くしたげるけん」
 ああ、やっぱり、今日のお前は邪神だ。

「や…やっ、も、だめ…出ん…ぁ、あ、あああぁっ!」
 後ろから何度も容赦なく奥を突かれ、もう何度目か解らない絶頂を与えられる。びくびく震える腰を掴まれ、中に熱いものを注がれた。四つ這いになった足の間から、床に擦れた自分の雄の鈴口がはくはく開き、色の薄れた精が流れ出ているのをぼんやり見た。掠れた喉から零れるのは甘い声より荒い息の方が多い気がする。
「は…はぁ…あぁ…は…」
「今ので香川君何回目やったっけ? まあ、もう返事できんか…」
「はぁぁうっ!」
 ずるりと一気に引き抜かれ、ぐちっと粘度の高い音がした。長時間の行為で感じ切った自分の後孔がひくんと震え、なくなった物を埋めようと開閉を繰り返すのが解った。でも、羞恥を感じる余裕はなかった。
「香川君」
 焦点の合わない目で恐る恐る見上げると、ぼんやり曇った視界にあの可愛い笑顔が入った。
「じゃあね」
 じゃあねって何だよ。そう思った所で意識が途切れた。


「あー暇やなー」
 日曜の午後というのはテレビも碌な物をやっていない。暇だ暇だと昼からだらだらしていてやっと四時になったところ、つけていた局では競馬中継が始っていた。
「あー馬綺麗やなー」
 まだ布団の付いていない炬燵テーブルに顎を乗せ、馬場をゆったり歩く青毛黒毛栗毛…と目で追うだけの気だるい午後。散歩にでも行けばいいのだが、一人で行くのも何だかだるい。まったくこんな時にあいつら何故遊びに来ない。いらん時にばっかちょっかい出しやがって。
 と、その時、長ったらしい家のチャイムの音が鳴り、来客を告げた。座りっぱなしで重たくなった腰を上げ、のろのろ玄関へ向かう。だが実のところ、暇だった分少しだけ来客は嬉しかった。
「開いとるでー」
 訪ねてくる相手は大体見知った相手だから、というより多分他の三県だから、そう軽く外の来訪者に呼びかけた。がらり、と引き戸を開けて入ってきた相手は、可愛くにっこり笑って言った。
「とーくしーまくん、あーそびーましょ」
 いやいやいや。いやいやいや。
「○世紀少年かい!」
 こんな時でも突っ込んでしまう自分の関西かぶれがちょっと恨めしくなった。
「流石やねえ。突っ込み速いなあ」
「そ…そういうのはまあええやん。て、ていうか、お前今…」
「うん。お祭しよるよ」
「というのはあの、近所のちっさい神社とかの…」
「やのうて」
「さ…西条の…あの有名な」
「そう」
「へ、へえー…が、頑張ってな。じゃ…」
「ねえ」
「はいっ」
「徳島君、最近近畿さんらと仲ええんやってね。香川君が最近付き合い悪いって言よった」
「は…」
 不覚にも、思い当たる節があってはたと止まってしまった。そこで見せてしまった隙を愛媛の目は見逃さなかったようだ。
「あいって!」
 両手を後ろに持って行かれ、壁際に押しつけられる。
「浮気する子は、お仕置きするよ」

「あ、あ、ぁ…あぁ…っ」
 恥ずかしい。でも、動けない。この格好を何とかする術が自分にない。
「すごいひくひくしよる。もっと奥に欲しい?」
「ふ…ぅああぁっ!」
 後ろに浅く刺さっている玩具をぐっと押し込まれ、痛みに悲痛な声が漏れた。
 目隠しをしてカーペットに顔をつけ、後ろ手に縛られて腰だけを高く上げている。両足も一つにまとめられ、びくびく震える体で唯一自由になっているのは声だけだった。
「あ…は…ぁぁ…え、ひめ…も…」
「何?」
「ひぐうぅぅっ!」
 奥に入った硬い玩具が敏感な所を擦る。愛媛の手が動いている気配がする。
「も…ゆる、し…」
「はは」
「ふはぁあぁっ!」
 もう何度このやり取りを繰り返しただろう。今一体何時なんだろう。いつになったら愛媛は帰ってくれるんだろう。だんだん気が遠くなってきたが、体内の性感が意識を飛ばすのを許してくれない。かといって達せる程の快楽ではない。
「じゃあ、そろそろお仕置き終わろかね」
 ああやっと。そう思って胸を撫で下ろす。が。
「じゃあね」
「え…」
 がらがら、ぴしゃり。と、戸を閉める音がする。同時に愛媛の気配も消える。
「ちょっ…待って、えひ…あぅっ」
 焦って体勢を変えると中の物が思わぬ動きをした。
 え。動けんのやけど。玄関なんやけど。鍵開いとるんやけど。


 今日は愛媛が来ない。
 別に毎日来ているわけじゃない。毎日来ているわけじゃないが、絶対に会えない日ほど何故か気になるものだ。だが、今会うのは我が身をかなり危険な状況に放り込むことになる。
「何でやろにゃあ…」
 いつもはあんなに可愛…穏やかなのに。今頃年に一度の凶暴さで街中を飛び回り、邪神のように凶悪に笑っていることだろう。その昔遠目に眺めた時、すごく活き活きしていたからまあ止めないが。
 ぴーんぽーん…ぴーんぽーん…と、微妙な間の空いたリズムのチャイムが鳴る。はーい、と返事をして玄関へ向かった。しかし珍しい。もう日が沈んだ夜なのに。誰かが来るのは珍しい。宅急便か何かか?
 はいはい、と口の中で言いつつ、がららっと戸を開ける。見慣れた笑顔が玄関の電灯に揺れた。
「こんばんは。高知君」
「おう…珍しいの、こんな時間にどう…え?」
「え?」
 何故お前がここに居る。
「愛媛、今日は…」
「うん。お祭しよるよ?」
「ほならおまんうちに居らないかんがやろ!」
「平気」
「平気って…」
「ね、高知君」
 いつもの引っ込み思案振りが嘘のように、積極的に可愛い微笑を近づけてくる。
「な…何」
「お酒飲もう」
「え…?」
 だってお前はそんなに酒強くないんだろうに。だからいつも酒の席では隅っこの方で、甘ったるい果実酒を割ったりした弱い酒を飲んでいるんだろうに。それでもほんのり赤くなって可愛いのだが。
 その旨を抗議すると、ふふっとふわふわ笑って言った。
「大丈夫。僕が飲むんじゃないから」

「く…っん、ん…」
 とろんとした濃い液体が喉を焼くように体の内へ落ちて行く。さっきから一体何杯飲まされたことだろうか。いくら自分が酒に強いからといっても、こう一気に何杯も飲まされたのでは堪らない。しかも度数はかなり強いと見た。胃の裏側が熱くなっている。
 そして更に困るのは、一口分を飲ませた愛媛の舌がその度に口内のあっちこっちを撫でていくことだ。器用にひたひたと動き回るそれは、いつもの拙さとは打って変わって、大胆にこっちの舌を舐めたり歯列をなぞったりと興奮を高めていく。
「ね、美味しい?」
 舌を抜き取ったあとには決まってうっとりした顔で聞いてくる。心なしか愛媛の顔もだんだん紅潮してきたようだ。
「愛媛…んっ、ぅ…ん」
 またぎゅうっと抱きついて唇を吸い付かせてくる。こっちが逃げないようにか、頭にしがみついて髪を指で戯れに撫でてくる。その手がまた妙に小慣れていて、実はいつもの初々しさの方が演技なのではと一瞬疑ってしまう。
「っは…」
 唇を離した愛媛はやはり少しふらふらしている。顔が赤くなり、目も大分潤んできた。口で移しているだけで酔ってしまったのか。どんだけ弱いんだ。
「愛媛、顔赤いぞ。大丈夫か」
「ん……ね、美味しい?」
「ああ…美味いがの…」
「じゃあね、もっと…のんで?」
 甘えたような舌っ足らずな口調でそう言って、高知の服に手を掛ける。少し戸惑ったが、据え膳食わぬは、というしと納得して脱がすに任せることにした。何よりこんな積極的な愛媛は珍しくて面白い。いつもの恥ずかしがりで奥手な様子も可愛いが。
「ん、愛媛?」
 気がつくと愛媛が脱がしているのは下ばかりで、残っているのはTシャツのみになっていた。そして何故か愛媛自身は全く脱いでいない。
「あのね、こっちで飲んだら、もっと美味しいって」
「は」
 と言うと同時に、後ろ手で両手首を縛られた。
「え、ちょ、待っ」
 ごろん、と床に転がされ、うつ伏せにされる。速いペースで飲まされた酒の所為か、体にあまり力が入らない。
 少し無理をして首を後ろに向けて見ると、さっきまでのように愛媛が酒瓶を持ち上げる。身の危険をやっと認識した。
「ちょっ、待て! 愛媛!」
 足をばたつかせて何とかしようとするが、それより速く愛媛が両足の上に乗り、二本一緒にがっちり捕まえて動けない。これはやばい。だって愛媛の虚ろな視線の先には。
「下の口から、飲んだら…やばいって…広島さんが…」
「広島ァ!」
 愛媛にいらん知識を与えるな。ていうか一体何の話題で話している。
「やめろ愛媛! やばい言うんはアル中的な意味でやばいんじゃ!」
「めっちゃ乱れるって…」
「やけんそれは寝ゲ○的な…ひぎゃっ!」
 必死に言っているそばから自分のそこにひたりと触れる感触を感じる。
「ん…や、やめろ…汚い…!」
「僕にはいっつもしてくれよるやん…」
 唾液に濡れた愛媛の舌が出入りしているのが解る。意外に敏感なところなのだと知った。自分のしていることで愛媛がどう感じているのかも。精一杯奥まで入っていた舌が抜かれ、瓶をごとりと置く音がした。
「え、愛媛…!」
「ん…」
 返事の代わりにぐちゅ、と液体の音が聞こえ、体内がひりひりと熱くなるのを感じた。
「ぅ…う、く…!」
 じわじわと内壁から浸み入ってくるアルコールがどんどん体に熱を供給しているのが解る。がくがく体が震えだし、握った拳から力が抜けていく。息が上がり、目の奥がぐらっと揺れた。
「はぁ…ぁ…い、かん…えひ…め…ぇ」
「おい…しい…?」
 何故か自分と同じくらいふらふらしている愛媛が何回目か判らない問いを繰り返した。
「えひ、め…美味い…けん…も、やめろ…」
「ふ、ぁ…うれ…し…」
 いつしか真っ赤になっていた愛媛が倒れるのと同時に、点けっ放しだったテレビが日付が変わったことを告げた。
「え…愛媛!? 愛媛! ちょ! …うぎゅぇ」
 自分の胃と喉とが妙な音を出した、と思った。ああ、こういうのって認識が後から追い付くのか、といつもは見れない自分の胃液を見ながら思った。
お祭ではしゃぐ愛媛です。

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