「お前の部屋って本当に何も無いのな」

そう言って彼が寂しそうに笑ったのは、この空っぽの部屋に、それでも暖かな陽が差し込んでいた時だった。





ヒュンケルは近づいてくる気配に、読んでいた本から顔を上げた。
そこはパプニカの中心から離れた場所にあるヒュンケルの家で、訪問者は滅多に現れない。
ラーハルトがたまに現れて、数日したら消えるくらいだ。
一度だけ、ポップが来たことがあったが、それは今のような夜更けの時間ではなかった。
ドアがノックされた。
近づいて扉を開けると少しの風と夜の香り、そしてポップが何も言う事なくスルリと入り込んだ。
見上げれば、冷たい光を放つ月。
まるでポップのようだと、ヒュンケルは何故か思った。


「茶でも飲むか?」

「へー、お前の家にお茶なんて気の効いたもんがあるんだ。意外〜」

真夜中の訪問者はぐるりと部屋を見渡すと、主に断りも無く椅子を占拠した。
部屋にあるのは寝台と机と椅子、少しの収納と明かり。
総てが簡素な物で出来ており、決して広くは無い部屋を寂しく見せる。
キッチンでお茶を淹れてヒュンケルは戻ってきた。
カップはいくつもないので自分の分は無い。
ポップはそれを受け取ると、少しの逡巡の後に口をつけ、意外そうな顔をヒュンケルへと向けた。

「うっわ!ちゃんと飲み物じゃん!おれ、どんなものを飲まされるかと……」

「……随分な物言いだな……」

ヒュンケルの言葉に悪戯な笑顔を向けるポップに苦笑が漏れる。
その笑顔はこの部屋ではヒュンケルには少しまぶしい。
何気なさを装ってポップから視線を外し、窓から外を見れば夜はヒュンケルを優しく受け止めた。
そんな仕草を、一つ一つ見つめているポップには気がつかずに。

「ごちそーさん」

カチャンと音がして、カップが机の上のソーサーに戻された。
たわいも無い話をして、と言うよりポップが一方的に話して、時間は過ぎた。
随分と夜も更けて窓から見える月は一段とその輝きを増して、美しい水晶のように輝いている。
ヒュンケルは魅入られたようにその月を見上ると、視界がぐにゃりと歪んだ。
驚きに振り返れば、歪む視界に映るポップは仄かに光っていて、渦巻く風の中心にいた。
ヒュンケルは名を呼ぼうとしたけれど敵わず、意識は白濁して身体は足元から力が抜けて何かに沈み込んでいくような感覚に襲われる。
まるで溶岩に飲み込まれたあの時のようだ、と薄れていく意識の中で思った。



何かに呼ばれたように、意識がクリアになった。
瞳を開けば見慣れた天井が飛び込んでくる。

「……お前って魔法効き過ぎ」

「ポップ……」

可笑しそうに笑いながらポップがヒュンケルをからかう言葉から、先ほど見た風の中のポップは呪文詠唱中だったと分かった。
そして今の意識の戻り方からしてこれも魔法か何かなのだろう。
何故こんなことを、と問いかける前に異変に気がついた。
見慣れた天井、横たわる場所も良く知る自室の寝台の感触。
しかしその鍛えられた逞しい腕は鎖に繋がれ、ベットヘッドに括られていた。
大した太さの無い鎖であったが、力を入れても断つことが出来ない。

「力入れても無駄、手首捻るのがオチだから止めとけ」

先ほどと同じく可笑しそうに笑うポップの言葉が鎖の立てるガシャンという音に被さった。
名を呼ぼうとして開いた唇は、ポップの笑みの形のままのそれに塞がれた。
ポップの舌が忍び込んで歯列を辿る感触にゾクリと肌が粟立つ。
トロリと何かが流れ込んできて、口腔に広がる甘さはどこか苦い。
ペロリと小さな舌がヒュンケルの唇をひと舐めして離れた。

「ポップ……何を……」

「ん?どれ?どれについて聞きたい?」

無邪気に可笑しそうにポップはヒュンケルへと問いかける。
どれがと問われてヒュンケルは返答しようとするが、また意識に霧がかかる。
先ほどの白濁する感覚とはまた違う、まるで、そうまるでポップと体温を分け合うその時のように。

「お前の意識を奪ったのは睡眠誘導呪文、んでもってさっきかけたのは覚醒誘導呪文。どっちも良く効いたよ」

ポップはそう言うと、いつの間にか持っていた瓶に口をつけ中身を口腔へ含みまたヒュンケルに口付ける。
甘く苦い液体がヒュンケルの口内を犯して、喉へと流れていく。

「腕の鎖がお前の馬鹿力でも壊れないのはおれの魔法のせい。アストロンの応用みたいなもん」

ヒュンケルの上に乗り上がり、また口移しでヒュンケルへ瓶の中身を飲ませるポップ。
身を起こさないまま、唇を離すことなく疑問への答えを口にした。

「そんで今お前に飲ませているのは媚薬。ポップ様特製の」

おれも少し飲んじゃった、と言葉の意味に不釣合いな口調で言うとまたヒュンケルの唇を塞ぐ。
舌を差し入れて歯列をなぞって上顎を舐めるそれはまるで別の生き物のようにヒュンケルの口内で蠢く。

「ここまで来たら……分かるよな?」

唇を離すとポップはヒュンケルの耳にかじりついて囁いた。
手袋をしたままの手で衣服の上からヒュンケルの身体をなぞり、下半身へと辿りつくと意思を持ってゆるゆると撫で上げる。

「……クッ……ポッ、プ……やめ、ろ……」

「見よう見まねで作った割には効いてるみたいだな……」

ヒュンケルの唇にチュ、と可愛らしい音を立てながら何度もポップは楽しそうに口付けを繰り返す。
手は卑猥な動きを止めないどころか、一層粘ついた動きでヒュンケルを追い詰める。
ポップはヒュンケルの上着の釦を一つ一つ外しながら唇を精悍な頤へ滑らせ、首筋を舌で辿り鎖骨に甘く噛み付いた。

「……な、キモチ……い……?」

「……ポップ……!」

ヒュンケルの意識には重く霧が立ちこめ、しかし身体はどんどん熱くなっていく。
ポップが触れるたびにそこから甘い疼きが全身に広がっていく。
もどかしい、快楽。
カチャリ、と腕を拘束する鎖ではない金属音が耳に届き、それがなんであるかどこか遠いところで理解するも抵抗も出来ない。

「すっげ、熱いな……お前の……手袋しててもわかる……」

「……ッ!」

ヒュンケルの身体がポップの身体の下で緊張した。
その姿にポップは嬉しそうに目を細め、ベルトを外し下肢に潜り込ませた手でヒュンケル自身を撫で上げた。
粘着質な水音が、鎖の立てる金属音よりもリアルに聞こえる。
そしてまた唇に暖かく湿った感触、ポップの唇。

「ん……、ふふ、なんか、ヒュンケル可愛いな……」

「馬鹿を……言え……」

「お前がおれに触れるときも、こんな感じなんかなあ……」

ヒュンケル自身を撫で上げる手は止めずに、唇をヒュンケルのそれから胸へと移動させ突起に吸い付き歯を立てた。
ザワリ、とヒュンケルの肌が粟立ったのを認めると、ポップは満足そうに笑った。

「ヒュンケルもキモチいいんだ、ココ」

クスリのせいか?と返答も必要ないように呟くと、ポップは身を起こして服を脱ぎ始めた。
上着を脱ぎ手袋を外し、下着ごとズボンを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になると、上着の釦を外したヒュンケルの裸の胸に抱きついた。
肌はお互い上気していて汗でしっとりと濡れていて、酷く心地がいい。
この肌を抱き締めたいと思うのに、腕は拘束されたままだ。

「ポップ……いい加減に……」

「こんだけ濡れてりゃ平気だよな」

ヒュンケルの言葉なんて聞かないとでも言うように、ポップは身を起こしてヒュンケル自身に触れた。
媚薬のせいかポップの愛撫で露を零しているそれを包み込むと、ヒュンケルの下肢に腰を落し始めた。
先端がポップの奥の入り口に触れる。
ヒュンケルはゆっくりとポップが腰を落していくその様を、まるで自分の身に起きている事と思えずにただ見つめていた。

「……ん……あ、は……ッ、熱……ッ……!」

「ぅ……ク……ッ、は……」

ジワジワと飲み込まれ広がっていく快感。
ねっとりと絡みつくような淫靡な空気にが空っぽの部屋に満ちていく。
粘着質な水音と甘く詰めた吐息、寝台の軋む音。
総てをヒュンケルは遠くのもののように感じていた。
身体は熱くなっていくのに、何かが遠い。

「……な、ヒュン……キモチ、いい……?」

「……ッ、ポ、ップ……、もう、離せ……ッ!」

ヒュンケル自身を全部飲み込むとポップは動き出した。
引き締まった腹筋に手を置いて、腰を淫らに動かすと纏わりつく熱くキツイ内壁がヒュンケルを高みへと追い上げる。
見ればポップ自身も固く勃ち上がり蜜を零してヒュンケルの腹を汚していた。

「あ、は……ッ、きも、ち、いー……!ぁンッ!」

「……ポップ、……外してくれ……ッ!お前に……ッ」

お前に触れたい

総てが遠かった。
ポップの総てが遠かった。
触れることも出来ず、ただ与えられ追い上げられる快感は排泄のためのものでしかない。
触れたかった。
触れて総てで愛したかった。
ポップは何かを欲しがって、こんな事をしているとしか思えない。
けれど自分にはそれが分からない。
わかってやれない。
せめて、この腕を。
快楽で熱くなるだけの身体のなか、冷えていく心を暖めてやりたかった。

けれど。

「いらな……ッ、そんな……の、いら……ない……ッ!」

ポップはそれを拒絶した。
そんなものは必要ないと、この身体を満たす快楽だけでいい、と。

「ポップ……ッ!」

「どうせ……、お、前も……ッ」

動きが激しくなる。
結合部分からグチャグチャと粘着質な水音が響いて、ヒュンケルの限界も近いことが分かる。
ポップ自身から零れる蜜も量を増して、最後が近いことを教えていた。

「どうせ、おれ、を……ッ!」

おいていくんだろ

ポップ自身が弾け、白濁した液が勢いよく飛び散った。
ヒュンケルもまた到達したポップの搾り取るような内壁の動きに、ポップの中へと熱い想いを放った。


「お前の部屋って本当に何も無いのな」


いつでもココから飛び立てるように、か?

そう言って笑った、彼の寂しそうな笑顔を思い出した。



「へへ……いっぱい、出た……」

力の抜けた身体がヒュンケルの上へと落ち、顎へと飛び散った体液を小さな舌が舐め取った。
そしてポップはヒュンケルを未だ収めたまま、その逞しい胸に抱きつき頬をすり寄せた。
まるで顔を見せたくない、見たくない、とでも言うように。

「ポップ、これを外してくれ……」

荒い息の中、ポップに告げても揺れる髪が視界に入り首を振る感触が胸から伝わるだけだ。
どんなに力を入れても鎖は切れない。

「ポップ!」

「いらない!お前の腕なんて、いらないんだよ!」

なんにもいらない。
この手をすり抜けていくその感覚をまた味わう位なら。

最初から、いらない。

冷えた身体を熱くする、この快楽だけでいい。


「ポップ……お願いだから……」

もうポップは答えない。
ただヒュンケルの胸に抱きつくだけだ。
その胸に零れる涙の感触が伝わるのに、ヒュンケルは何も出来ない。
側に居るのに、酷く遠い。

「ポップ……!」

「……そんなんしたら…手首、捻る……」

ガチャガチャと鎖を引き千切ろうとするヒュンケルへ、ポップは口の中だけで呪文を唱えた。
最初にヒュンケルに唱えたものと同じ呪文を。

「ポップ、何を……!」

ヒュンケルの視界がぐらりと揺れて、意識が遠のいた。
触れることも抱き締めることも涙を拭ってやることも出来ないまま。
遠い、まま。




ヒュンケルの意識が戻ったとき、ポップの姿はどこにも無かった。
身体は綺麗に拭われて、衣服も直されていた。
鎖で拘束された腕もどこにも外傷はなく、捻った様子も無い。
まるでポップが訪れたことすら無かったように。

「ポップ……」

信じては、くれていないのだ。
自分がここにいることを。
隣で生きることを決めた、そのことを。

しかし自分も知っている。
目の前で大切なものを無くす、その喪失感を。
何も出来ずにただ見ていることしかできない、その絶望を。
だから、この部屋は空っぽで何もないのだ。

彼は部屋ではなく、その心に何も無い。
そしてそこに必要なのは、自分ではないのだ。

それでもせめて。


ヒュンケルは立ち上がり、扉を開けた。
空っぽの部屋に風が満ち、ヒュンケルは走り出した。
ポップに逢うために。


せめて、ぬくもりだけでも。
心が満ちることは無くても、せめて凍える肌だけでも。
からっぽの彼に。








END





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オフラインのほうで出した『H*P★7』の担当テーマが『ソフトSM』だったのですが、
最初はこんな話を考えていたりしました。
でも誘い受けとかそっちと変わらんかも?とポップが色々エロエロされちゃう話にしたんですが。

ちょっとエロ神が降臨したので、短くしてアプしてみました。




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