関東大会から2週間後、帝丹高校2年B組の教室。
「蘭、見たわよ、この記事」
園子が雑誌の切り抜きを手にして声をかけた。
「あっ、それは・・・・」
園子が手にしているのは『週刊スクープ』という週刊誌が掲載している
【街角のマドンナ☆特捜部】という気恥ずかしいネーミングの企画連載だった。
そこには『発見☆格闘美少女!』の派手なタイトルの下に先日の関東大会で優勝した
蘭の写真が大きく掲載され、さらに記事では蘭の父親が名探偵の毛利小五郎、そして
母親が『法廷のクイーン』こと妃英理であることも紹介されていた。
「こ、これは・・・・ ほら、お父さん有名人だし、それで娘の私がたまたま
大会で優勝したから・・・・」
「だけどほらほら『格闘美少女』だってさ。こんな記事になるっていうのは、
やっぱ、蘭、アンタ可愛いからだよ。美人は得よねえ・・・・」
「そ、そんなことないと思うけど」
「それにしても父親が迷宮無しの名探偵、母親が裁判不敗の美人弁護士、そして娘は
空手の関東チャンピオンだなんて、よく考えてみれば派手な一家よねえ」
「もう、何言ってるのよ、園子」
「だけどさあ、これは何なのよ、これは」
園子が指し示した先には記者と蘭との一問一答形式の簡単なインタビューが載って
いた。
――ところで、蘭ちゃんには彼氏とかはいるのかな?
――えっ、いや・・・・ 今募集中なんです。
「『募集中』って何よこれ。アンタにはちゃんとだんながいるじゃないの、だんな
が」
「だんなって・・・・ べ、別に新一はそんなんじゃないわよ」
「あら、アタシ、一言も『新一』なんて言ってないけど」
園子が可笑しそうに笑う。
「あっ・・・・」
思わず真っ赤になる蘭。
「だけど募集中とはねえ・・・・ 蘭、これじゃ勘違いするバカどもがいっぱい出て
くるわよ」
「えっ? どういうこと?」
「アンタねえ・・・・」
園子は小さくため息をついて親友をマジマジと見つめた。
蘭は目の覚めるような美人というわけではないが、目鼻立ちの整った愛らしい顔立ち
で、また同性の目から見ても羨ましくなるほどスタイルも抜群だ。
両親譲りの正義感が強く、かなり勝気ではあるが、反面お化けが苦手だったり、
面倒見がよくて優しい女の子らしい一面もあり、気さくで素直な明るい性格だ。
こんな蘭だから当然男子生徒からの人気は高い。事実、園子が把握しているだけでも
彼女に好意を寄せている男の数は片手の指では足らないくらいだ。
ただ蘭自身がこの手のことにかなり鈍感かつ奥手であることに加え、中学時代、いや
小学生の時から蘭は幼馴染で同級生の工藤新一にいつもべったりで、二人がどんなに
むきになって否定しても、互いに意識しあっているであろうことは傍から見れば一目
瞭然だった。
そしてその工藤新一がこれまた眉目秀麗・頭脳明晰・運動神経抜群のうえ、今や東の
高校生探偵として警察からも一目置かれるほどの存在であり、そんな強力すぎる男を
恋敵にしてまで蘭にあえて言い寄るほど度胸のある男はおらず、二人はまさに似合い
のカップル、周囲からほとんど夫婦同然扱いであった。
だが、その新一の休学も結構長くなり、この強力な恋敵がいない間に蘭にその秘めたる
想いを告げようとアプローチを狙う男がいることも園子の敏感なゴシップレーダーは
捉えていた。
この手のことにかけては園子は蘭よりはるかに詳しいのだ。
園子はあらためて蘭に訊いた。
「ねえ・・・・ 蘭は新一君以外の男の子とデートしたことある?」
「なっ、ないわよっ! そんなこと」
いかにも心外だとばかりに蘭はかぶりを振った。
「じゃあラブレターをもらったことは?」
一瞬、間が空き、蘭がちょっと言いにくそうに答えた。
「それはまあ・・・・ 2、3度くらいは」
「2、3度ねえ・・・・ じゃあもしかして告られたりしたことは?」
「えっ・・・・ そ、それは・・・・」
蘭は一瞬絶句し、そのまま口ごもった。
園子はその意を察してやや意外そうに言った。
「ふーん、告られたことはあるんだ。新一君がいるっていうのにたいした度胸の男
よね。でもまあうちの男どもも全員が全員腰抜けってわけじゃないってことかもね」
「そ、そんな・・・・ そ、それに告白されたのは一度だけだよ」
「一度ねえ・・・・ でもどうせその男は振ったんでしょ?」
「振ったっていうか、その・・・・」
蘭は言いよどんだが園子は続けた。
「でもさ蘭、これからはそういうので忙しくなるわよ。だってこんな堂々と『恋人
募集中』なんて宣言しちゃったんだから」
「ち、違うのよ、これ。私、『いない』って答えたのに、勝手に募集中なんて記事に
されちゃったのよ」
「まったく・・・・ 何が『いない』よ。新一君が聞いたら怒るわよ」
「だっ、だから、新一は・・・・」
「だけど、案外よかったりするかもね」
「えっ? どういうこと?」
「新一君がさ、蘭が恋人募集中なんてこんな記事を見たらすっ飛んで帰ってくるかも
しれないってことよ」
「ちょっと、そんな・・・・ それに新一はこの記事を見ないと思うけど」
「えっ、何で?」
「だって、この週刊誌は・・・・ 新一はこんな週刊誌読まないわよ」
「うーん、そうかもねえ・・・・」
確かに『週間スクープ』はあまり上品とはいえない代物で、表紙では若手アイドルが
大胆な下着姿で挑発的な笑みを浮かべていたし、また袋とじのヘアヌード写真が
掲載され、全体的にも男の欲情を煽り立てる記事が満載である。
確かに園子にもあの新一がこんな雑誌をニヤニヤと鼻の下を伸ばして眺めている図は
想像できない。
しかし・・・・
「でもさあ、新一君だって男なんだし、こういうのを読んでも不思議じゃないんじゃ
ない?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「だけど蘭もよくこんな雑誌の取材受けたわねえ」
「だって・・・・ 私、こんな内容の雑誌だなんて知らなかったんだもん。知って
たら、私だって取材なんか受けなかったわよ」
だが・・・・ まさしくこの記事こそが彼女を想像を絶する陵辱地獄へと導く発端
になろうとはその時の蘭には想像すらできなかったのである。
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蘭が帰宅すると、『週間スクープ』片手に小五郎が不機嫌そうに言った。
「蘭、オマエ、この記事のことだけどな」
「えっ?」
「よりによって、こんなエロ雑誌の取材受けることねーだろが」
「しょうがないじゃない。だって私、こんな雑誌だなんて知らなかったんだもん」
「知らなかったからって・・・・ オマエ、だいたいこういう雑誌を見る連中がだ
な、この記事を・・・・ つ、つまり、オマエのことをだな、ど、どういう目で
見てるか分かってんのか」
「それは・・・・」
蘭にも小五郎の言いたいことは分かる。
そこに載っているヘアヌード写真や猥雑な記事を眺めたり読んだりするのと同じ
ような視点で自分の写真を見ている男もいるのだと思うとあまりいい気はしない。
「ったく、みっともねぇな。これじゃとんだ晒しもんだぜ」
「分かったわよ。もう、二度とこんな取材受けないわよ」
不機嫌そうに返す蘭。
「ああ、そうしてくれ」
こちらもいっそう不機嫌になる小五郎。
部屋の中に気まずい沈黙が流れる中、コナンが蘭におずおずと話しかけた。
「あ、あのさぁ、蘭ねえちゃん」
「えっ、何? コナン君」
「このインタビューの・・・・」
「ちょ、ちょっと、コナン君、こんなもの読んじゃダメでしょ!」
蘭はコナンが手にしていた週刊誌を素早く取り上げ、小五郎を怒った。
「お父さん、自分で読むならともかく、コナン君にまでこんなもの読ませないで
よね。コナン君はまだ小学生なのよ!」
「ちょ、ちょっと待て。俺じゃねえよ。それはその坊主が勝手に・・・・」
だが蘭は小五郎の抗議を無視してコナンをたしなめた。
「コナン君は、あんな雑誌を読んじゃダメ。いい、分かった?」
「で、でも、蘭姉ちゃん、そ、その『恋人募集中』って・・・・」
蘭は雑誌をコナンの手の届かない戸棚の上に置くと、今度はややきつい口調で
言った。
「コナン君、返事が違うでしょ。分かったの、分からないの?」
「はい、分かりました。ごめんなさい、蘭ねえちゃん」
うなだれるコナン。
「わかればいいのよ」
一転、蘭がコナンの顔を覗き込んだ。
「でも、コナン君、もしかして私が『恋人募集中』っていうのが気になるの?」
「べ、別にそういうわけじゃないけど・・・・」
思わず顔を赤らめそっぽを向くコナン。
蘭はコナンのおでこを人差し指で軽く突付いた。
「あれは勝手に記者の人が書いただけなのよ。だから気にしないで、このお・ま・
せ・さん」
蘭は屈託なく笑って、そこでその話題は打ち切りとなった。
だが・・・・ 小五郎が危惧したように、この記事を淫猥な視線で眺め、淫虐非道な
姦計をめぐらす男が確かにいたのである。
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荒川猛が『週刊スクープ』を手にしたのは偶然だった。
だが彼の目はそこに掲載された蘭の写真と記事の一点に吸い寄せられた。
――関東大会を制した帝丹高校2年生毛利蘭さんの父親は有名な名探偵毛利小五郎氏
であり、母親は『法廷のクイーン』の異名をとる妃英理弁護士という・・・・
「(そうか、この女子高生はあの弁護士の娘なのか・・・・)」
荒川の目に宿る憎悪の光。
『妃英理』――自分の兄を刺殺した男を弁護し、執行猶予を勝ち取った弁護士だ。
最近では裁判無敗の美人弁護士として様々なメディアに取り上げられて話題となって
いる。
「(兄貴は大バカ野郎だ)」
せっかく短い期間で出所できたというのに激情に駆られて墨田に会いに行き、あげく
刺殺されてしまったのでは何をやっているのかわからない。
それほど慕っていたわけではないが、それでも両親を早く亡くした猛にとって剛は
唯一の身内――正確に言えば、生後すぐに養子に出され、行方どころか名前すら知ら
ないもう一人の兄がいるのだが――であり、それを殺された憤りはやるかたない。
兄を殺してもいけしゃあしゃあと娑婆で暮らし、田舎に逃げ帰った墨田はもちろん
だが、彼を弁護し、執行猶予を勝ち取ったこの女弁護士への恨みも深い。
たとえそれが逆恨みと言われるものであったとしても。
「(絶対に許さねえ!)」
そしてその歪んだどす黒い復讐心と、偶然見かけたこの写真と記事が結びつき、彼に
淫惨な復讐計画を思いつかせたのだ。
「(クックックッ・・・・ そうだな、まずはこのチャンピオン様を今度のパーティ
ーのゲストとして特別招待してやるとするか)」
荒川は残酷な笑みを浮かべ、改めて胴着姿の蘭の写真をじっと見やった。
目を見張るような美人ではないが可愛らしい顔つきの、いわゆる「男好き」する
タイプだ。
学校で撮影したのだろうか、制服姿の写真も載っており、凛とした胴着姿とは一転
して清楚な印象を受ける。
それでいて写真で見る限りなかなかスタイルもよさそうで、そのギャップが何とも
そそる。
これなら今回の復讐計画とは関係なしに「ゲスト」として呼ぶ価値も十分ありそうだ。
「さてと・・・・ どうするかな」
ゲストに招待するとしても、その方法が問題だ。
だがすぐに妙案を思いついた。
「(うん? 待てよ、帝丹高校空手部か・・・・ 帝丹で空手部っていやあちょうど
いいヤツらがいるじゃねえか)」
荒川は携帯電話を取り出し、アドレス帳を開くと目的の相手へ電話を掛けた。
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帝丹大学空手部部室。
部屋は乱雑に散らかり、畳には様々な雑誌やマンガがあたりかまわず転がっている。
副部長で4回生の足立薫が腰を下ろして壁に寄りかかり、足を投げ出してマンガを
読みふけっていると部屋のドアが開けられ、同じく4回生の渋谷駿が小太りの身体
を揺すらせてコンビニ袋を手に部屋に入ってきた。
「食いモン買ってきたぜ」
「ああ、サンキュー」
足立は顔も上げずに応じた。
「あれ? 徹はどこいったんだよ」
「ああ。さっき携帯に電話がかかってきて、ちょっと外に出てった」
「ふうん」
渋谷がテーブルに置いたコンビニ袋から『月刊空手道』の最新号を取り出し、
ぱらぱらと捲った。
「おい、これ見たか? 俺達の後輩は大したご活躍だぜ」
開かれたページには『毛利(帝丹高2)、関東を制す!』という大きなゴシック
文字のキャプションの下で優勝カップを両手で掲げて満面の笑みを浮かべる蘭の
写真が載っていた。
足立が手にしていた漫画を放り投げ、傍らの週刊誌を手に取った。
「ああ、その娘(こ)だったら、こっちにも載ってるぜ。『格闘美少女』だとよ」
「へえ・・・・ そんな雑誌にも載ってんのか」
渋谷が『週刊スクープ』を覗き込み、続けた。
「この毛利って娘、やっぱりうちの大学に入ってくるんかな?」
「さあ、どうだかな」
「こんな娘がうちの部に入ってくれりゃあ、そりゃあ楽しくなるんだがなあ」
「何言ってんだ。その娘はまだ高2だぜ。たとえうちに入ってきたとしても、
俺達は卒業しちまってるよ」
「そりゃそうだけどよお・・・・ それにしてもたかが高校生の大会の結果が
専門誌にこんな大きく写真付きで載るなんて珍しいよな」
「そりゃあやっぱりビジュアルだろ。だいたい空手やってる女で強くてその上
これだけ可愛いのはホント珍しいからな」
「そうだよなあ・・・・ たいてい空手やってる女って、こういっちゃなんだけど、
ぶさいくなやつばっかだぜ。そんでそういうやつに限って『護身のために空手を
やってる』とか言いやがる。オマエらを襲う男なんかいやしねえっつうの」
渋谷の悪態に足立は軽く反論した。
「それは言いすぎじゃねえか? 最近は結構可愛いのも増えてきたと思うぜ」
「そうかあ?」
それでも渋谷は納得しがたい様子だ。
「それにその娘が取り上げられたのはビジュアルだけじゃなくて他にも理由がある
んだよ」
「他の理由って?」
「そこにも書いてあんだろ。父親が迷宮無しの名探偵、母親も今人気の美人弁護士と
くりゃあ話題性も抜群だしな。俺、この妃って弁護士もテレビで見たことあるけど、
この娘以上のすっげぇ美人だったぜ」
「へえ・・・・ なるほどねえ。それにしても可愛い顔して関東チャンピオンかよ。
へたすりゃ俺達より強いんじゃねえの」
「ああ、そうかもしれねえな」
「だけど・・・・」
渋谷はいったん言葉を切り、蘭の制服姿の写真をニヤニヤといやらしい目つきで
眺めながら舌なめずりしながら言った。
「まあなんだ。どっちかって言うと、こういう娘とは武道場の畳の上なんかより、
ラブホテルのベッドの上で違うお手合わせを願いしたいもんだよな」
「おいおい・・・・」
足立が思わず苦笑したが、渋谷はかまわず続けた。
「この娘、マジ可愛いもんなあ・・・・ 俺の超好み、ストライクゾーンど真ん中
だぜ。それにスタイルも結構よさそうだし、こりゃあそそるぜ、そそる。こんな
制服はひっぺがして素っ裸にひん剥いて、たっぷりと可愛がってやりてえな」
そこでいったん言葉を切って卑猥な笑みを浮かべた。
「なあ足立、こんな娘が例のパーティーの『ゲスト』になってくれたらいいって思わ
ねえか。それこそ思いっきり楽しめそうじゃねえか」
足立が急に真顔になった。
「声がでけえぞ、渋谷」
「大丈夫、誰も聞いちゃいねえよ。それよりなあ、そう思わねえか」
「そりゃあ・・・・ 」
足立がもう一度蘭の写真に目を落とした時、慌しい足音とともに突然ドアがバタン
ッと開き、男が部室に駆け込んできた。
「わっ! び、びっくりさせんなよ、徹」
二人と同じ4回生部員の品川徹が戻ってきたのだ。
品川は二人を見据え、やや緊張気味の声で言った。
「れ、例のパーティーの日時が決まったぜ。今、荒川さんから連絡があったんだ」
「ホントか? で、いつなんだよ」
二人が一斉に身を乗り出す。
「来週の金曜午後10時、場所は前回と同じさ」
「金曜・・・・ 一週間後か。そりゃあ楽しみだな」
足立・渋谷・品川、それに今日はまだ来ていない3回生部員の中野亮の4人には
空手部部員のほかにもう一つの知られざる裏の顔があった。
それが大麻から覚醒剤まで幅広い違法ドラッグを売り捌く密売人である。
もっとも4人は大規模な密売組織末端の単なる売り子に過ぎなかったが、そんな
彼らが最も楽しみにしていること、それが2ヶ月に1回程度行われる彼ら売人達が
一斉に集まる極秘パーティーだ。
「だけど荒川さんが・・・・」
やや品川が戸惑ったように続けた。
「うん? 何か問題あんのかよ。荒川さんが何だって?」
「それが・・・・ 例の余興に使うゲストを今回は俺達に調達しろだってよ。それも
わざわざその相手を指名してきたんだよ」
「えっ! マジかよっ?」
彼らのいうその余興こそこの極秘パーティーの最大の目玉イベントであった。
それは毎回「ゲスト」と称する女性を拉致監禁し、参加者全員でローリング、
つまり輪姦するという、おぞましい鬼畜の宴のことである。
そしてその陵辱の生贄は各売人達が毎回交代で調達することになっているのだ。
「そうか、いよいよ俺達の番か・・・・ でも指名って、こんなの初めてじゃねえ
か? それで指名されたのはどんな女なんだよ?」
足立が問うと、品川は足立が手にしていた『週刊スクープ』を顎でしゃくった。
「そいつさ」
「えっ?」
意味が分からず、足立と渋谷が顔を見合わせると、品川は『週刊スクープ』を
ぺらぺらとめくって蘭の写真を指差した。
「俺達の後輩が今回のゲストに指名されたってわけさ」
「ええっ! マジかよっ?」
まさかの展開に二人が同時に声を上げた。
品川は黙って頷き、足立に問うた。
「で? どうする?」
「どうするって言ったって・・・・ でも荒川さんのご指名なんだろ?」
荒川は自分達とさほど変わらない年齢にもかかわらず、少年院を出所後にこの密売
組織をたった一人で作り上げ、さらにこの組織の売り上げを資金源としている暴力
団の泥山会とも深いつながりをもつ、自分達などよりはるかにブラックな人間だ。
足立は大きくため息をついた。
「しょうがねえな・・・・ 断るわけにもいかないだろ。それにわざわざ指名して
くるくらいなんだから、この女を調達すれば上への覚えもよくなんだろ」
調達してきた生贄の質次第で組織の幹部連中への受けも違ってくる。
彼らに気に入られればそれだけ後々美味しい思いもできるというものだ。
渋谷がごくりと喉を鳴らし、品川にまくし立てた。
「信じらんねえっ! 信じらんねえ偶然だぜっ! たった今、こんな女が今度の
ゲストになってくれればいいって話をしてたんだよ」
「へえ・・・・ それにしてもわざわざ指名してくるってことは荒川さんはこの女と
何かあるんかな?」
「そんなこたぁどうでもいいじゃねえか。俺はこの女を犯れるってだけで十分さ!」
興奮して声が高くなる渋谷を再び足立がたしなめた。
「だから声がでかいって言ってんだろ、渋谷! ちっとは気をつけろ」
そこへ再びドアが開いて中野が現れた。
「ちぃーすっ。あれ、どうしたんすか、先輩? そんなとこに固まっちゃって」
「ちょうどいいとこに来た。中野、オマエ、今から車を出せるか?」
「へっ? そりゃかまわないすけど、いったいどこへ行くんすか」
「今からこの可愛い後輩の顔(つら)をちょっと拝みに行こうと思ってな」
足立は『週刊スクープ』を開いて中野に突きつけた。
「ああ、これっすか。この娘まじ可愛いっすよねえ。でも何でわざわざ?」
渋谷がニヤリと笑った。
「今度のパーティーのゲストに指名されたのさ、このチャンピオン様がな」
「えっ! マジマジマジすかっ! でも指名って・・・・ どういうことっすか?」
「詳しいことは後で話す。とりあえず下調べもかねてゲスト様の品定めといこうと
思ってな」
「分かりました。じゃあ、すぐに車を回してきますよ」
4人は連れ立って部室を出ると一路帝丹高校へと向かった。
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4人が動き出したのとほぼ同時刻の帝丹高校。
「はあ〜」蘭は放課後の教室で憂鬱なため息をついていた。
園子の予言は的中し、あの記事が載って以来、蘭は2週間で3人の男子生徒から
告白され、その他にも3通のラブレターを受け取っていた。
さらに最近では他校生も蘭目当てに放課後の帝丹高校に現れる始末だ。今日も
正門付近にそれらしき人影がたむろしているのが教室の窓から見えた。
「はあ〜」
もう一度、大きなため息をついた蘭を園子がからかった。
「あら、蘭、なかなか色っぽいため息よ。美人は悩んでいても絵になって羨ましい
わ」
「もう、やめてよね、園子。私本当に困っているんだからね」
「まあまあ、これも美人税ってやつよ。もともと蘭はモテるんだからこのくらい当然
よ。それに今はだ・ん・なもいないしね」
園子のからかいに反論する気にすらなれない。
「もう・・・・ でもホント憂鬱」
「アタシに言わせれば贅沢な悩みよ。でもあの連中も可哀想よね。いくらアタック
したって絶対無駄だってことが分かってないんだから。蘭はホント新一君一途だも
んねえ」
「だから新一は別にそんなんじゃ・・・・」
反論しかけた蘭を制し、園子はさらに芝居がかった口調で続けた。
「突然居なくなった最愛の幼馴染をひたすら待ち続け、言い寄る男を寄せ付けもし
ない。
『あなたの気持ちは嬉しいわ。でもごめんなさい。私は新一のことが好き。ううん、
私が愛しているのは工藤新一ただ一人なの』
って感じかしら?
ホント、蘭の恋女房っぷり、健気さには泣けてくるわね」
「もっ、もうっ! いいかげんにしてよね、園子。そりゃあ新一は幼馴染だし、
嫌いなわけはないけど、だからって私達別に付き合ってるとかそういう関係じゃ
・・・・」
「ああはいはい、分かりました、分かりました。いつまでもそう言ってなさいって」
園子は軽口をたたいて立ち上がると、校門に屯する男達を遠目にけらけらと笑った。
「さあ、帰りましょう、蘭。裏門から帰ればあの連中にも気づかれないですむでしょ」
「あっ、うん・・・・」
二人は正門で蘭を待つ男達を尻目に裏門からそっと抜け出した。
「あーあ、でも何で私がこんなこそこそしなくちゃいけないのかなあ」
蘭が大きなため息をついてぼやくと、園子が笑って応じた。
「まあしばらくの我慢だって。ほら、『人の噂も85日』っていうじゃない。
それにしてもホント蘭はモテモテよねぇ」
「もう園子、他人事だと思って! それに人の噂は85日じゃなくて75日よ」
「あら、そうだっけ?」
園子はぺろりと舌をだし、屈託なく笑った。
その時、二人の背後から声が掛かった。
「あの・・・・ 毛利蘭さんですよね?」
4人を乗せたカローラは中野の運転で帝丹高校へ向かっていた。
帝丹大学と帝丹高校は同じ帝丹学園グループではあるが、隣接しているわけでなく
車で5分ほどの距離だ。
「でも、顔を見に行くってどうやってみつけんだよ?」
渋谷が助手席の足立に訊く。
「この時間ならまだ武道場に行けばいるんじゃねえか。俺達だって空手部OBなん
だし、後輩達の練習を覗きいったって別に不自然じゃないだろ?」
「そりゃそうか」
もっとも正確に言えば、帝丹高校の空手部出身でもあるのは足立だけで、他の3人
は他校から帝丹大学に進学したくちだった。
とりあえず帝丹高校の裏門近くに車を着け、適当な駐車場所を探していると、
「おいっ、あれっ! あの娘じゃねえか、関東チャンピオン様は」
足立が声を上げ、指差した。
「えっ?」
3人が一斉に足立の指差した方を振り向くと、ちょうど裏門から園子と蘭が一緒に
抜け出てきたところだった。
渋谷がオペラグラスを覗き込み、『週刊スクープ』のグラビアと見比べながらにや
けた。
「そうだ、あの女だよ、間違いねえ。へえー、写真より実物の方がもっといけて
るぜ」
「確かに可愛いじゃねえか。隣の茶髪は友達か? そっちもまあまあだな」
同様にオペラグラスを覗きこんだ品川が応じる。
その時、一人の学生服の男が二人に近づいてくるのが見えた。
「うん? 誰だよアイツは?」
その男は蘭にしきりに話しかけ、蘭はかなり迷惑そうに顔をしかめている。
例の勘違い男の一人が蘭に言い寄っていたのだ。
男はなかなかしつこく、
立ち去ろうとする蘭の左腕をつかんだ。
だがその瞬間、
ヒュン!
蘭のスカートがふわりと翻るや、空気を切り裂く鋭い音とともに右脚回し蹴りが
その男の顎先でピタッと寸止めされた。
「いいかげんにしてよねっ!」
男は腰を抜かして尻餅をつくと慌てて逃げ出し、蘭と園子は何事もなかったかの
ように再び歩き始めた。
「すげえなあ、おい・・・・ さすがに関東チャンピオン様ってとこだな」
唖然とする車中の4人。
しかしその鮮やかな蹴りとは別のものもしっかりと目に焼き付けていた。
それはすらりと長く伸びた脚線美、それでいて程よく肉の乗った目に痛いほど白く
眩しい大腿部。
渋谷がごくりと生唾を呑み、卑猥に笑った。
「たまんねえなあ、あの太もも・・・・」
中野が渋谷を振り返った。
「そ、そ、そうっすね。それにああいう勝気な女ってのは何かこう・・・・妙に
そそりますよね。それこそ素っ裸にひん剥いて、がんがん犯してまくって
滅茶苦茶にしてやりたいって気にさせますよね」
渋谷もわが意を得たとばかりに大いに頷いた。
「何だ中野、オマエよく分かってんじゃねえか」
「そりゃもう・・・・ 先輩の直伝すから」
軽口を叩き合う二人を足立が制した。
「無駄口はそのくらいにして、あいつらをつけるぞ。中野、オマエは車を頼む」
足立・渋谷・品川の3人は車を降りてひそかに二人のあとをつけていく。
「じゃあね、園子。また明日」
「うん、じゃあね、蘭」
園子と別れた蘭は途中でスーパーによって買い物を済ませ、その後は寄り道せずに
自宅へとまっすぐ帰った。
3人はそこまで見届け、とりあえず車に戻った。
品川がシートに寄りかかりながら、両手を頭の後ろで組んだ。
「思ってた以上の上玉だったな。ゲストとしちゃ最高だけど・・・・でもどうやって
拉致るつもりだよ? それにさっきの見ただろ。下手なことしたら俺達が返り討ちに
あっちまうぜ」
慎重な品川とは対照的に渋谷がこともなげに言った。
「そんなの何とでもなんだろ。俺達は一応あの女の先輩なんだからよ。そうさな・・
・・ 例えば関東大会優勝のお祝いするとか言ってうちの部室に呼び出して、その
まま拉致しちまうとかさ」
足立がタバコに火をつけ、紫煙をくゆらせながら天井を見上げた。
確かにそれが一番簡単かもしれない。
それにわざわざ荒川が指名してきたのも自分達なら立場上蘭に近づきやすいと思って
のことなのだろう。
これまでのゲストはパーティー後に全員泥山会に引き渡され、その後は行方不明だ。
噂では彼らによってさらに慰み者にされ、さらにクスリを使って従順な性奴隷と
された上で、新たに別組織に引き渡されて国内外に人身売買されているという。
つまり生贄とされた「ゲスト」は二度と世間の表に出ることはない。だから拉致に
さえ成功してしまえば、自分達の身元がばれても問題はないのだ。
とはいえ、なるべくそのリスクは極力避けたいところでもある。
足立は後部座席に放り出された『月刊空手道』に目をやり、にやりと笑った。
「それを利用させてもらうか」
「えっ、どうするつもりだよ?」
「ああ、俺にちょっと考えがある。まあ任せておけって」
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