蘭・美和子・英理の3人がスタジオ内に監禁され、陵辱の宴の餌食として性奴隷と
化してからすでに6時間以上が経っていた。
その場にいた男達全員が最低一度は3人を犯し、複数回にわたった者も少なくなか
った。

「オマエ、どの女が一番よかった?」

足立が壁を背凭れにして足を投げ出し、腰を下ろしている渋谷に訊いた。

「そうだな・・・・ 3人とも上玉だったけど、やっぱり俺はロストバージンして
やったあのチャンピオン様だな。身体もなかなかエロかったけど、何つってもあっち
の締りがキツキツでぎゅうっと俺のモンをしめつけてよお・・・・ 最高だったぜ、
あの処女は」

そこへ中野が同調した。

「お、俺もそうっすね。あの蘭って娘(こ)は激マジよかったっすよ!
それにあの喘ぎ声はすっげえそそるっす。あれだけで何度も抜けるっすよ」
「で? オマエはどうなんだよ?」

渋谷が足立に問い返した。

「俺はあの女刑事だな。確かにあの蘭って娘も高校生にしちゃあ相当な上玉だったけ
ど、俺にはちょっと青くせえ気がしたな。その点、あの女刑事はまさに熟れ頃の最高
に美味しい身体してやがったし、あっちの方もとろとろの熱々でよお・・・・
それに何つっても3人の中じゃ犯った時の反応が抜群によかったろ」

そこで一拍おいて卑猥に笑った。

「よっぽど、高木って野郎の仕込みがよかったんだろうぜ」

そこへ品川も口を挟んできた。

「俺もあの女刑事が一番だな。でも熟れたっていやあ、あの弁護士先生もなかなか
だったぜ。歳の割には全然身体のラインは崩れてねえし、とても高校生の娘がいる
とは思えねよ。それにテレビじゃつんと澄ましてたあの弁護士先生が身を捩じらせて
悶えいっちまってる姿は、ホントたまんねえぜ」

そこへ荒川が近づいてきた。

「どうだ、楽しめたか?」
「もちろんですよ。これだけの上玉をマワセるなんてもう最高ですよ」
「そうか・・・・ そりゃあ良かったな」

荒川は意味深な笑いを浮かべた。
この4人にとっては生涯で最後になるかもしれない
セックスを楽しめたようでなりよりだ。
そんな荒川の思いに気づかず、足立が急に思い出したように言った。

「そういやあ・・・・ アイツらは今日は来てないんすね?」
「アイツら?」
「高尾と立川です。やっぱあのせいですか?」

二人は前回のゲスト調達係であり、パーティー前に先にゲストを喰ってしまい、
荒川と泥山会の連中に制裁を喰らったのだ。

「ああ、あいつらには今回もゲストを調達するように言ってあるのさ。
元々ゲストはあの親娘だけで女刑事は予定になかったからな。
二人だけじゃ足りねえだろうと思って、もう一人調達してくるように命じたんだが、
結局来なかったようだな」
「でも、全然連絡がないってのもおかしくないですか?」
「確かにそりゃそうだが・・・・」

荒川が訝しんだその時、スタジオで大姦声が起こった。

スタジオ内では今度は美和子が宙吊りにされ、その背後から泥山会の若い男が
彼女の乳房を乱暴に揉み砕きながら別の男に命じた。

「ようし、あれを持ってこいよ」
「あれって?」
「あれだよ、あれ。例のクスリさ」
「ああ、あれね」

男はいったん別の部屋へ引っ込むと、すぐに注射器を片手に戻ってきた。
その注射器の中の無色透明な液体を見て美和子の顔色が変わった。

「(ま・・・・ まさか、あれは覚醒剤!)」

だが、男はそんな美和子の動揺を見透かしたように彼女の耳元で囁いた。

「安心しなって、刑事さん。あれはシャブじゃねえよ。アンタらをシャブ漬けに
するのは組に連れ帰ってからさ。あれはシャブなんかよりもっといいものさ」
「いいもの・・・・ ですって」

男が注射器を受け取り、ニヤリと笑った。

「これは最近マニアの間で流行ってるアメリカ製の超即効性の催淫剤さ。
これを打てば還暦過ぎた尼さんでもその場で素っ裸になって腰をくねらせ始める
ってくらい超強烈なしろものなのさ」
「なっ・・・・」

絶句する美和子にさらに男が言いたした。

「もっとも、もう身体が男を欲しくて欲しくてたまらなくなっちまってるアンタ
には必要ねえかもしんねえけどな。ホント、淫乱な刑事さんだぜ」

男達の哄笑が響く。

「だ、誰がっ! ふざけないでっ!」
「ふざけてなんかねえよ。アンタはホントいい声で喘ぎ悶えてくれるもんなあ。
あれだけいい反応してくれると俺達も犯し甲斐があるってもんさ」

男は美和子の腕を取り血管を探る。

「クックックッ・・・・ すぐに天国を味あわせてやるよ。おっと、今のアンタに
とっちゃ返って地獄かもしんねえけどな」
「や、やめてっ! やめなさいっ!」

必死にもがく美和子。
だが、男達にがっちりと拘束され、針の尖端が柔肌に触れた。

「暴れるなよ、刑事さん」

ちくりとした痛みが走り、たちまち注射内の液体の全てが美和子の体内に注入された。

「ようし、これでいい。どれだけ乱れてくれるか楽しみだな」
「ふ、ふざけないでっ! だ、誰がっ!」

男を睨みつける美和子だが、3分と経たないうちに身体に異変が起こった。
全身が火照ってかっと熱くなり、柔肌からは玉のような汗が噴き出してきた。
そしてまるで全身の毛穴が開いかのように身体全体が鋭敏に研ぎ澄まされていく
奇妙な感覚に襲われ、さらに身体の内側から波濤のように押し寄せる妖しくも
淫らな陶酔感が彼女の官能を刺激し、肉体と理性をもろくも蕩かしていく。
その抗いがたい陶酔感に、美和子は心ならずも太ももをすり合わせて身をくねら
せ、切ない声で悶え喘いでいた。

「あああっ・・・・ だ・・・・ だめぇ・・・・ あああっ・・・・」
「クックックッ・・・・ 効いてきたようだな」

しかし、それも束の間、美和子の身体にさらなる変調が起こった。
心臓がバクバクと異常な速さで打ち鳴らし、顔からはたちまち脂汗が滲みだしてきた。
さらに息もぜいぜいと上がって苦しげに呻き、滅茶苦茶にもがき苦しみだしたのだ。
始めはクスリの効果かとにやけていた男達も明らかに今までとは違うその症状と
異様な苦しみ方に異変を感じ取った。

「おいっ、おいっ、大丈夫かっ!」

男達が慌てて駆け寄った時、すでに美和子は白目をむいてヒクヒクと痙攣を起こして
いた。
男達は知らなかった。
美和子にたった今注射された催淫剤はアルコールとともに摂取すると危険な副作用を
引き起こすのだ。
そして先ほど渋谷に飲まされた『スピリタス』との相乗効果で、彼女の身体に異変を
もたらしていたのである。

「ううっ、ううっ、ううっ!」

痙攣はますますひどくなり、口から白い泡を吹き出す美和子。
やがて意識も朦朧状態となり、がっくりと頭を垂れた。

「おいっ、やばいぜ、やばい。いくらなんでもこりゃあやばすぎるって。
とりあえず降ろそうぜ」

だがその時、突然のパンパンという射撃音とともにドアが押し破られ、一斉になだれ
込んできた男達。

「警察だっ! 動くなっ! 動くんじゃないっ!」


さかのぼること6時間前、西多摩市某所において仕事帰りのOLが人気のない路地で
2人組の男達にいきなり車中に引きずり込まれて拉致された。
だが、彼女は男達の油断をついて何とか脱出に成功し、最寄の交番に駆け込んだ。
男達は慌てて逃走したが、通報を受けて緊急配備した警察によって彼らはあっさりと
身柄を拘束され、西多摩署での厳しい取調べが始まった。
逮捕された高尾学と立川昇は当初頑なに容疑を否認し、被害者の女性の証言と車中
から発見されたドラッグを突きつけられると、今度は一転して完全黙秘を決め込んだ。
だが刑事達の峻厳な取調べについに音を上げ、二人は女性の拉致を認め、
さらに今から向かうはずだったパーティーのこと、そして女性を拉致しようとした
動機までを全てを自白(ゲロ)ったのだった。

「何だって!」

取調べに当たっていた刑事達はその自白に色めきたった。

「そ、それは本当なんだな!」

もちろん西多摩署にも蘭・英理・美和子の誘拐拉致事件の情報は入っている。
ベテラン刑事が若手刑事に命令した。

「大至急、警視庁に連絡しろ!」
「分かりました!」

若手刑事が部屋を飛び出し、残されたベテラン刑事は深くため息をついた。

「こりゃあ・・・・ 大変なことになったぞ」

───────────────────

ひそかに集結したパトカーが音楽スタジオを取り囲んだ。
管轄の西多摩署が主体だが警視庁からも応援が駆けつけている。
パトカーの中から目暮が姿を現した。さらに白鳥、高木、千葉らも続々と出てきて、
最後に現れたのは小五郎とコナンであった。
子供のコナンは警視庁で待機しているように言われたのだが、パトカーに無理やり
乗り込み付いて来たのだ。

「(蘭っ! 頼む、無事でいてくれ・・・・)」

まだ明け切らぬ闇夜に浮かぶ音楽スタジオのシルエット。

「(ここに美和子さんが・・・・)」

逮捕された男達の自供によれば、このドラッグの売人達が集まる極秘パーティーでは
若い女性を拉致監禁し、参加者全員で輪姦するという想像するにおぞましい鬼畜な
イベントが行われているという。
蘭と美和子、そして英理が連れ去られてからすでに6時間以上が経っており、
3人が彼らのどす黒い欲望の餌食とされている可能性は高い。
ましてや美和子は刑事なのだ。
その正体が露見したとしたら、その憎しみの矛先が彼女に歪んだ形で向けられるのは
必定だろう。

「(美和子さん!)」

大切な恋人が獣欲に猛り狂った若者達に陵辱の限りを尽くされ、輪姦されているかも
しれないのだ。
高木はすぐにでも突入したい気持ちを抑えるので精一杯、顔からは血の気が引き、
握り締めた拳がブルブルと震えていた。
刑事達がスタジオの周囲を取り囲んだ。
二人の刑事が入り口のドアに近づいて手を掛け、音を立てぬようにそっと回したが
ロックされていて開かない。
二人は視線を交わして、おもむろに拳銃を手にして頷いた。

「(いくぞっ!)」

入り口から続く長い廊下を走ってスタジオ内に一斉になだれ込んだ刑事達。
瞬く間にスタジオ内は怒声と悲鳴が渦巻き、男達はまるで蜘蛛の子を散らすように
逃げ惑った。
しかし高木はそんな彼らには目もくれず、ただひたすら美和子の姿を探していた。

「美和子さんっ! どこですかっ、美和子さんっ!」

そして高木は目に映った愛しい女性(ひと)の姿に声を失った。
美和子は部屋のほぼ中央で両手を縛られて宙吊りにされ、その一糸纏わぬ裸身を
無惨に晒していたのだ。

「美和子さんっ!」

一目散に駆け寄る高木。

「美和子さんっ、美和子さんっ、しっかりしてくださいっ!」

意識を失っていた美和子を揺すぶると、愛しい男の呼びかけに反応したように美和子
が一瞬だけ意識を取り戻した。

「た・・・・ 高木・・・・ くん・・・・」
「しっかりしてください! 美和子さんっ!」
「ら・・・・ 蘭ちゃんと・・・・ 妃先生を・・・・」

高木がはっとして周囲を見回すと、奥のベッドの上では美和子同様の全裸姿の蘭が
大の字に縛り付けられた状態で意識を失っており、そのベッドの陰に倒れ付している
もう一人の女性の姿が見えた。

「蘭さんっ! 妃先生っ!」
「わ・・・・ 私は・・・・ いいから、早く・・・・ 二人を・・・・」

だが、高木が動くより早く小五郎とコナンが二人のもとに駆け寄り、助け出していた。

「英理っ!」
「蘭っ!」

高木は美和子がつながれているロープを拳銃で打ち抜いて美和子を床に下ろしたが、
すでに美和子は再び意識を失っていた。

「美和子さん、しっかりしてくださいっ、美和子さん!」

思わず抱きしめた美和子の身体中のいたるところにどす黒い青痣ができていた。
さらに乳房周辺には無数の歯形と噛み傷がつけられ、血で滲んで紅く染まっている。
そして美和子の「女」には無惨な裂傷が刻み込まれ、そこから溢れ出した異臭を放つ
白濁液が大腿部を白く濡らしてぬらぬらと不気味に光っていた。
それらはこのスタジオ内で行われていた淫虐の宴を証明する何よりの証。
この世でたった一人、一生をかけて愛し、ともに生きていくと誓った愛しい女性
(ひと)を襲ったおぞましい陵辱劇。
もしあの時、自分が持ち場から離れていなければ・・・・
高木の胸を言いようのない怒りと後悔が突き刺した。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

美和子を抱きしめた高木の咆哮がむなしくスタジオ内にいつまでも響いていた。

───────────────────

ドラッグ密売組織摘発の記事はその日の夕刊の一面を大きく飾った。
パーティーに参加していた者だけでなく、芋づる式に大半の売人が一斉に逮捕され、
さらにそれを資金源としていた泥山会にも警察の手が入って、密売組織は一気に
壊滅された。
だが、そのきっかけとなったあの秘密パーティーでの逮捕劇については、
警察がその事件の内容や、また被害者の一人が現役刑事であることなどを慮って徹底
的な緘口令を敷き、事実上の報道管制をしいたため、当初に通り一遍の報道がなされ
ただけでその後の詳報などは一切なかった。
そして、マスコミがその事件の内容を取材によってようやく知る頃には、蘭・美和子・
英理の3人は警察病院に運ばれて治療を受けるとともに、何とか被害者に接触しようと
群がるマスコミからは完全にシャットアウトされ、隔離されることになった。


───────────────────

身動き一つできない自分の目前で、男達が蘭を一糸纏わぬ姿に剥いていく。

  「やめてっ、お願いっ! 蘭は、蘭だけは助けて上げてっ!」

  必死に叫ぶ英理。
  だが男達はそんな英理をせせら笑い、次々と蘭の裸身に手を伸ばし、
  嬲り弄んでいく。そしてついには一人の男がその屹立した剛直を蘭の秘裂へと
  あてがった。
  
「いやっ! いやっ、いやっぁぁぁぁ! た、助けてっ、お母さんっ!」

  愛しい娘の悲痛な叫びが英理の胸を切り裂いた。

  「蘭っ!」



「蘭っ!」

英理は自分自身の叫び声で意識を取り戻した。

「英理っ! 気が付いたのか!」

自分の名を叫ぶ声に顔を向ければ、小五郎が心配気に覗き込んでいた。

「あ、あなた・・・・ こ、ここは・・・・ あっ!」

英理はベッドから跳ね起きた。

「蘭はっ! 蘭はっ! あなた、蘭を、蘭を助けてあげてっ!」
「英理、落ち着け、落ち着くんだ。蘭ならそこにいる」

小五郎は取り乱す英理の肩を掴んで押さえ、隣のベッドを指差した。

「えっ・・・・」

そこには蘭が横たわり、英理の方に顔を向けて目を閉じ、眠っていた。

「蘭・・・・・ あ、あなた、蘭は、蘭は大丈夫なの?」

「大丈夫、二人とも助かったんだよ。警察が突入してお前達と佐藤刑事を助け出し
たんだ。犯人は全員逮捕された」
「助かった・・・・ ああ・・・・」

英理は朦朧とする意識の中で、スタジオ内に響く怒号と悲鳴、そして自分を抱きかか
えて絶叫する小五郎の腕の感触をかすかに覚えていた。
小五郎は英理をベッドに寝かしつけると、蘭のベッドから片時も離れようとしない
コナンに言った。

「コナン、医師(せんせい)を呼んできてくれ」
「あっ、うん」

コナンが部屋から出て行くと、小五郎は英理と向き合った。

「英理・・・・」
「あなた・・・・」

英理と蘭、そして佐藤刑事があのスタジオ内で彼らに何をされていたのかは、
あの現場を見れば明らかだった。
そして小五郎は彼らを取り調べた目暮から蘭と英理が陵辱の宴の標的とされた理由も
聞いていた。

「英理・・・・お前・・・・」

ぐっと唇を噛み締める英理。
あの男達に犯されたことの屈辱・恥辱は大きな衝撃だ。
だが、それよりもっと英理をうちのめしたことがある。
蘭が・・・・ 誰よりも大切な最愛の娘がレイプで処女を散らされ、さらにあろう
ことか、あのケダモノ達に相次いで輪姦されたのだ。
荒川は兄を刺殺した墨田を弁護し、執行猶予を勝ち取った自分を恨み、その復讐を
果たすために蘭を誘拐し、そして彼女自身の目の前であのケダモノ達に次々と犯させた。
つまり、蘭は自分のせいで犯されたといえるのではないか。

「(私の・・・・ 私のせいで蘭は・・・・)」

自分が墨田の弁護を引き受けなければ蘭がこんな淫虐非道な目に遭うことはなかった
のでは・・・・
そんな後悔と自責の念が鋭い刃となって英理の心を責めさいなむ。

「(英理・・・・)」

小五郎にはそんな英理の気持ちが痛いほど分かった。

「英理・・・・ 自分を責めるんじゃない。お前が悪いわけじゃないんだ」

だが、英理は首を振り、蘭を見やった。

「私が・・・・ 私が・・・・ 私のせいで蘭は・・・・」
「違うっ! お前のせいじゃないっ! 悪いのはアイツらなんだっ!」

これは荒川の明らかな逆恨みであり、英理だってそんなことは分かっているはずだ。
だが、目の前で最愛の娘を犯され、必死に助けを求めたであろう彼女に何もしてやる
ことができなかった自身への怒り、後悔、無念はどれほどばかりだろう。
こうして自身を責めたて、傷つけることでしか、今の英理は救われないのかもしれ
ない。
たぶん自分が英理の立場だったとしてもそれは同じだろう。
だが・・・・ 英理には夫である自分がいる。

「英理・・・・」

小五郎は英理の手に自分のそれを重ね、ぐっと握り締めた。

「あ・・・・ あなた」

小五郎は英理をぐっと見据え、一言一言を噛み締めるように言った。

「英理・・・・ 今、お前が蘭にしてやれることは何なんだ?」
「えっ・・・・」
「それは自分を責めることじゃないだろ。蘭が目覚めた時、お前が一人の母親として
蘭にしてやれること、してやらなければいけないことは何なんだ、英理?」
「そ、それは・・・・」
「それは謝ることなんかじゃない。英理、蘭が目覚めたら・・・・
何も言わずにただ優しく抱きしめてやってくれ。それが蘭にとっても、
そしてお前にとっても今最も大切なことだと俺は思う」

小五郎が英理を抱きしめる。英理の肩が小刻みに震えていた。
おそらく泣いているのかも
しれない。

「英理・・・・」
だが、続く言葉が出てこない。
今の英理にはどんな優しい言葉も、慰めも無駄だろう。
ようやく、一言だけ心の底から搾り出すように言った。

「英理・・・・ 愛している」


───────────────────

蘭は暗闇の中にいた。

  「(ここは・・・・ どこ?)」

  突如、スポットライトのような光が照らされ、そこに浮かび上がる人影。

  「(あ、あれは・・・・)」

  間違いない、ひたすら待ち続けた愛しい幼馴染。
  蘭は彼の元へと駆け寄った。

  「新一、帰ってきてくれたんだね」
  「バーロォ、必ず戻るって言ったじゃねえか」

  新一は蘭の肩に手を伸ばすや、ぐっと引き寄せ、そのまま優しく蘭を抱きしめた。

  「あっ・・・・ ちょっと新一・・・・」
  「待たせたな、蘭。今度こそ本当に戻ってきたぜ」
  「な、何が待たせたなよ。私は新一を待ってなんて・・・・」

  だが続く言葉を発することはできなかった。
  蘭の唇は新一のそれで塞がれたのだ。
  「(新一ぃ・・・・)」

  蘭は一瞬大きく見開かれた瞳をそっと閉じ、なすがままに任せた。
  長い長いキスを終え、新一の真剣な眼差しが蘭をとらえた。

  「蘭、俺はお前のことが好きだ。もうお前を置いてどこにもいきやしない」
  ずっとずっと待ち望んでいた言葉。蘭もまた新一を見つめ返した。
  「新一ぃ・・・・ わ・・・・ 私も・・・・ 新一のこと・・・・」

  新一が蘭の唇に人差し指を押し当て笑った。

  「分かってる、蘭。お前は何も言わなくていいんだ」

  だが、蘭はぶんぶんと首を振り、はっきりと自分自身の気持ちを確認するように
  言った。
  「新一・・・・ 私もアナタのことが好き。ずっと、ずっと、
  アナタのことを・・・・」
  「分かってたさ、蘭、お前の気持ちは。でもこれだけは男の俺から
  絶対告白しなきゃだめだと思ってたんだ」

  新一は照れたように笑い、続けた。

  「これで俺とお前は、はれて恋人同士ってわけだな」

  蘭は『恋人同士』の言葉に赤面した。
  こんなあからさまな言葉は新一らしくない。
  
  「ねえ・・・・ 新一・・・・ ちょっと・・・・」

  だが、蘭が言い終わらないうちに、新一はもう一度蘭の唇に自らのそれを重ね、
  そのままもつれ込むようにして蘭を背後に押し倒した。

  「あっ・・・・ 新一・・・・ な、何をっ!」

  すると突然、新一のそれまでの優しい口調が一変して乱暴でぞんざいになった。
  「決まってんだろ、恋人同士になったんだ。やることをやらせてもらうんだよ」
  新一の手が蘭の上着の裾をたくし上げ、その中に滑り込んでくる。
  「新一っ! いやっ、やめてったらっ!」

  必死に押し返そうとする蘭。
  だが、彼女の手首を新一以外の手がつかんで押さえつけた。
  気が付けば、見知らぬ男達が二人を取り囲み姦声を上げていた。

  「ひん剥けっ!」
  「犯っちまえっ!」
  「ぶち込んじまえっ!」

  みるみるうちに新一の顔が歪み変形していく。

  「クックックッ、たっぷりと可愛がってやっから、楽しみにしてな蘭ちゃん
  よお」

  そこにいたのは愛しい幼馴染ではなく、どす黒い歪んだ欲望に卑猥な笑みを
  浮かべる男。
  瞬く間に蘭の服が引き裂かれ、全てが剥ぎ取られていく。

  「いやぁぁぁっぁ!」

  男が下半身を露出し、青筋を立てて怒張したペニスを蘭の股間にあてがった。

  「アンタのバージンは新一君の代わりに俺がいただいてやるよ」

  そして蘭は抵抗するまもなく、その男に一気に刺し貫かれたのだ。

  「いやぁぁぁぁ! た、助けてっ、新一ぃぃぃぃっ!」



「いやぁぁぁぁ! た、助けてっ、新一ぃぃぃぃっ!」

かっと目を見開いた蘭の目に映ったのは見知らぬ白い天井。

「蘭っ! 蘭っ! だ、大丈夫だ。しっかりしろっ!」

小五郎が蘭の両肩を掴んで揺すぶった。

「お、お父さん・・・・」
「ここは病院だっ、病院なんだよ!」
「病院・・・・」
「そうだ、お前と英理は助かったんだ」
「お・・・・ お母さん・・・・ あっ! お母さんは、お母さんはどうしたのっ!」
「蘭・・・・ 私はここにいるわ」

隣のベッドで医師の診察を受けていた英理が小五郎に肩を借りてベッドから降りると、
蘭を抱き起こし、そのまま何も言わずぎゅっと抱きしめた。

「お・・・・ お母・・・・ さん」
「蘭、今は・・・・ 今は何も言わなくていいの・・・・ 今は身体をゆっくりと
休めなさい」
「で、でも・・・・ お母さんも・・・・」

英理は首を振った。

「大丈夫、蘭。私のことは心配しないで。ほら、疲れるから横になってやすみなさい」
英理は蘭を寝かしつけ、医師を振り返った。

「先生、蘭の診察もお願いします」

───────────────────

それから二日後。
蘭と英理は警察の計らいで特別室に二人で入院することができた。
今英理は精密検査のために部屋にはいない。

「(助かった・・・・か)」

確かに命は助かった。
しかし、命の次に、いや、蘭にとっては命と同じぐらい大切なものを奪われたのだ。
二度と取り返すことのできない大切なものを。

「(新一・・・・)」

今最も会いたい、いや、最も会いたくないのかもしれない愛しい幼馴染の顔が
脳裏に浮かぶ。

「(新一ぃ・・・・ 私・・・・ 私・・・・ 本当は新一だけに・・・・
なのになのに・・・・)」

涙が頬を伝ってこぼれる。

「蘭・・・・ 大丈夫か?」

気が付けば小五郎と医師が部屋に入って来ていた。

「うん・・・・」

力なく答える蘭。
入院以来、蘭の顔からあの誰もが惹きつけられた屈託のない魅力溢れる笑顔は全く
消えていた。
蘭は若い。
だから身体の傷が癒えるのは早いだろうが、逆に抉られた心の傷はより深いとも
いえた。

「(蘭・・・・)」

小五郎もどれほど深く傷ついたであろう最愛の娘にかける言葉が見つからない。
そして小五郎には分かっていた。今の蘭を救えることができるのは自分ではなく、
どこをほっつきあるいているか分からないあの幼馴染ただ一人だけだということを。

「(あのバカ野郎、蘭がこんな時にどうして・・・・)」

蘭がふと顔を上げた。

「お父さん、しばらく一人にしてほしいの。お願い」
「蘭・・・・ 本当に大丈なのか」

小五郎の表情が揺れた。
まさかとは思うが精神的にショックを受け、思いつめた蘭が妙なまねをしないかと
不安なのだ。

「ごめんなさい。でも大丈夫、心配しないで。ただ一人になりたいだけだから」

小五郎の心配を払拭するように蘭は無理に微笑んだ。
小五郎が医師を振り返り、医師が蘭を簡単に診察すると小さく頷いた。

「だいぶ落ち着いてきましたし、大丈夫でしょう」
「そうか・・・・ わかった。じゃあ俺は、ちょっと外でタバコでも吸ってくる。
たぶん英理もすぐ戻ってくるだろう」

二人が病室を立ち去り、蘭はじっと白い天井を見つめた。

「(私・・・・ これからどうなるんだろう・・・・)」

「(新一・・・・ 私はもう・・・・)」

ずっと思い描いていた新一との明るい未来――そう遠くない将来、彼と結ばれ、
彼の子を産み、彼と同じ人生の道をともに歩いていく――は全て断ち切られて
しまったのだ。
自分があの男達に輪姦されたことをもし新一が知ったとしたら彼はどう思うだろう。
汚いものを見るような目で蔑まれるのか?
それとも哀れみと同情の眼差しを向けてくるのか?
そのどちらにも耐えられない。蘭は胸を押しつぶされるような苦しい思いに思わず
涙ぐんだ。
もはや新一と自分をつなぐ絆は切れてしまった。
二人の未来が重なることはありえないのだ。
瞳から零れ落ちる涙が止まらない。

その時ふと人の気配がした。
英理が戻ってきたのかと慌てて涙を拭って振り向くとコナンがベッド脇に立って
いた。

「コナン君・・・・」
「蘭・・・・ ねえちゃん、泣いてたの?」
「ううん、違うのよ。これは・・・・」

言葉が続かない蘭の左手をコナンが両手を伸ばしてしっかりと包み込んだ。
そしてまるで蘭の心中を見透かしたように言った。

「大丈夫だよ、蘭ねえちゃん。新一兄ちゃんは何があっても蘭姉ちゃんのことを
誰よりも大切に考えているよ。ううん、新一にいちゃんは蘭ねえちゃんのことを
愛しているんだ。そうさ、絶対に・・・・ 僕には分かるんだ」

まるで自分に言い聞かせているような言い方だった。

「コナン君・・・・」

一瞬、コナンと新一の姿が重なった。

「うん、うん、うん・・・・ ありがとう、コナン君。 本当に・・・・
コナン君が新一だったら・・・・ よかったのにね」

さらに無理に笑顔を作り、付け加えた。

「でも『愛している』なんて、コナン君にはまだちょっと早すぎるわよ、このお
ませさん」
「蘭・・・・ ねえちゃん」

そのあまりにつらく哀しい蘭の笑顔を前にしてコナンはただただ自分の無力さを
呪い続けていた。


───────────────────

美和子の母親はベッドの上の娘を痛ましげに見やっていた。
美和子はもう3日間も意識不明の状態が続いている。
医師は最善を尽くしてくれたが、このまま意識が戻らなければ最悪の事態も覚悟
してくれと言われた。
またたとえ意識が戻ったとしてもどんな後遺症が出るかは分からないという。

「(どうしてこの娘(こ)が・・・・)」

美和子がまだ幼い時に刑事だった夫が殉職し、女手一つで育て上げた大切な愛娘だ。
夫の事もあり、もちろん刑事が危険な職業であることは承知していた。
だから美和子が警察学校に入りたいと言ってきた時は大反対した。
だが結局彼女の熱意に負ける形で許したのだが、まさかこんな悲劇に襲われよう
とは・・・・
今はたとえどんな後遺症が残ろうと、ただひたすらもう一度愛娘の元気な顔を見て
みたい。

「(美和子っ! お願いっ! 戻ってきてっ!)」

その時、ドアがノックがされ、病室のドアが開いて高木渉が入ってきた。
母親は振り返って軽く会釈した。
美和子とこの若手刑事の関係については入院直後に彼自身の口から直接聞かされて
いた。
その時は正直驚いた。
警察に奉職して以来、まるで男っ気のなかった娘にまさか結婚の約束まで交わした
相手がいるとは到底信じられなかったのだ。
だが、すぐに彼の態度・言動から、この若者がどれほど娘のことを真剣に愛して
くれているのかは分かった。

「おかあさん、美和子さんはまだ・・・・」
「ええ。でも美和子はきっと・・・・」

高木はベッドに近寄ると、美和子の右手を握り締めた。

「(お願いです、美和子さん、戻ってきてください!)」



  暗闇に惑う美和子の背後から声が掛かった。

  「ここに来るのはまだちょっと早すぎるんじゃねえか」

  聞き覚えのある懐かしい声。
  振り返った美和子の目に映ったのは・・・・
  
  「ま、松田君!」
  
  松田陣平はぶっきらぼうに言った。

  「アンタにはまだやるきべことがあるだろ」
  「やるべきことって・・・・」

  その時、もう一人の男が姿を現し、美和子は思わず叫んでいた。

  「お父さんっ!」

  父親――佐藤正義は厳しい顔で美和子に言った。

  「美和子、お前はまだこっちに来るべきではないんだ。お前を待っている人が
  いるだろう」
  「それは・・・・ お母さん?」
  「ああ。それにもう一人、お前を誰よりも大切に思い、愛してくれる男(ひと)
  がお前を待っているんじゃないのか」
  「でも・・・・ 私は・・・・もう・・・・」

  父親は美和子を両肩を掴み、優しく諭すように言った。

  「美和子、自分の愛した男を信じなさい。そして自分自身を信じるんだ。
  お前はこんなことに負けるような娘じゃない」

  松田もうなずき、さらに言いたした。

  「そういうこった。それに俺が惚れたアンタはそんな簡単に弱音を吐くような
  女なんかじゃなかったはずだぜ」
  「松田君・・・・」

  父親が美和子を優しく抱きしめた。

  「美和子、もう時間だ。お前はあっちの世界に戻りなさい。私達はお前のことを
  ずっと見守っているよ」

  父親と松田刑事の姿が徐々に姿が遠ざかっていく。

  「お父さんっ! 松田君っ! 待って、待って、待ってよっ!」

  必死に手を伸ばす美和子。
  だがその手を別の手につかまれた。

  「美和子さんっ!」



高木が握り締めていた美和子の右手がピクリと動き、かすかに呻き声をもらした。

「美和子さんっ! 美和子さんっ! しっかりしてくださいっ! 美和子さんっ!」
「ううんっ・・・・」

意識を取り戻した美和子の目に映った愛しい男と母親の姿。

「美和子さんっ!」
「美和子っ!」
「高木君っ・・・・ お母さん・・・・」

母親は美和子を抱き起こすとぎゅっと強く抱きしめた。

「よかった・・・・ 美和子。本当に・・・・ よかった」

医師を呼ぶため部屋を出ようとする高木を美和子が呼び止めた。

「高木君っ! ら、蘭ちゃんと妃先生は大丈夫なのっ!」

高木は振り返り、美和子を安心させるように力強く言った。

「だ、大丈夫です。二人とも今この病院に入院しています。怪我はしていますが
命に別状はありません」
「そう・・・・ よかった・・・・」

精密検査の結果、幸い、美和子には特段の後遺症などは残らなかった。
その後、ショックの大きい蘭と英理に代わって美和子が事件についての事情聴取に
応じることになり、しばらく高木は美和子と二人きりになるチャンスはなかった。

そして1週間後。
高木が病室を訪れるとそこには母親と美和子の二人だけがいた。
美和子は高木をちらと見やると、母親に声をかけた。

「お母さん、悪いけどちょっと席を外してくれない」

母親は黙って頷いて病室を出て行き、そこに残された二人が向き合った。
美和子の前でがっくりとうなだれる高木。
男達の供述から彼らの最初のターゲットは
蘭と英理だけであることが分かっていた。美和子は蘭の拉致現場を偶然目撃し、
彼女を助け出そうとして逆に拉致されてしまったのだ。いわば巻き込まれたに
過ぎない。
あの時、自分が持ち場を離れていなければ・・・・ 美和子が陵辱の生贄と
されることはなかったのではないか。
そんな後悔に責め苛まれる高木。

「すみません。僕があの時、現場から離れなければ・・・・」

美和子は黙って首を振った。
高木が現場を離れた理由は千葉刑事から聞いていた。
確かに落ち度はあるかもしれないが責められるものではない。

「ここを退院したら・・・・ 私は警察を辞めるわ」
「美和子さんっ!」
「だって、続けられるわけないでしょ」

刑事を天職と思っている美和子にとっても辛い決断だ。
だが・・・・
美和子があの男達に輪姦された事実は警視庁内で徹底的な緘口令が敷かれたが、
人の口に戸は立てられない。
美和子を襲った悲劇は瞬く間に庁内に広まり、いまやその事実を知らぬ者などいない
といってよかった。
そんな中で今まで通り、復帰して捜査一課で働くことなどいくら気丈な美和子でも
できなかった。

「で、でも、他の署に転勤したら・・・・」

美和子の気持ちを知る高木がそう言いかけたのを遮り、美和子は続けた。

「無駄よ」

警察一家は良くも悪くも結束が固い。
そしてそれは警察というムラ社会自体がかなり狭いことも意味していた。
ましてや美和子は近県の警察にもファンがいるというほどのよく知られた警視庁の
マドンナ的存在なのだ。
そのマドンナを襲った今回のこのあまりにセンセーショナルな輪姦事件はどれほど
緘口令を敷こうと警察内部では知れ渡ってしまうだろう。

高木は沈黙した。
彼もそんな警察の内部の事情はよく分かっている。
実際、美和子の輪姦事件を興味本位で噂話している同の姿を何度も見かけた。
美和子もまた沈黙した。
今まで誇りに思い、その身を尽くして奉職しようと思っていた警察組織ともお別れだ。
そして・・・・ 目の前の男(ひと)とも。

美和子は想いを吹っ切るようにわざと明るく言った。

「だから高木君も私のことは忘れて、早く別のいい娘(こ)を見つけるのね」
「・・・・・・」
「大丈夫、高木君だったらすぐにでもいい娘が見つかるわ」
「・・・・・・」
「いい、分かった? これは上司としての最後の命令よ」

高木は顔を上げ、彼女を真摯な眼差しをぶつけてはっきりと言った。

「いやです。その命令は聞けません」
「高木君っ! 何を言っているの!」
「美和子さん、確かに自分は刑事としても人間としてもまだ未熟かもしれません。
ですが・・・・ 男としてあなたを諦めることは絶対にできません」
「高木君・・・・ 自分が何を言っているか分かってるの? 私はあの男達に・・・・」

高木は美和子の肩を掴んで揺すぶった。

「それが何ですっ! 僕は・・・・ 僕は・・・・ 美和子さんっ、あなたを
愛しているんだっ!」

だが、美和子は首を振った。
彼らに陵辱・輪姦されたことを知りながらも『愛している』と叫んでくれる高木の
気持ちには応えられない。
あの陵辱の宴で自分が演じた痴態。
高木はそれを知っても自分を許してれるだろうか。
いや、たとえ彼が許してくれたとしても、美和子自身が自分を許せないのだ。

「ごめん・・・・ 高木君」

呆然と立ち尽くしうなだれる高木。
だが、すぐに顔を上げ、静かに言った。

「美和子さん・・・・ 以前僕に教えてくれましたよね。
『刑事は時効の最後の一秒が過ぎるまで諦めてはいけない』って。
たとえ未熟でも僕は刑事なんです。だから絶対に美和子さんを諦めません」
「高木君・・・・」
「美和子さん、愛しています」

高木が美和子をぐっと引き寄せ、その唇を奪った。
美和子の脳裏にあの父の言葉が蘇った。

――自分の愛した男を信じなさい。そして自分自身を信じるんだ。
  お前はこんなことに負けるような娘じゃない

「(お父さん、松田君・・・・ 私は・・・・)」

美和子の頬を熱い涙が一筋流れ落ちた。


───────────────────

九条玲子は検察側の論告求刑の前日、自室で法令書に目を通しながら、今回の被告達
のことを考えていた。
泥山会の組員を除けば、その大半はごく普通の大学生であり、一人一人はとてもあの
ような大それた犯罪を起こすような人間には見えなかった。

ところがただ一人、今回の事件の首謀者である荒川猛だけは違った。
警察での取調べ記録を読み、自身でも直接取り調べたが、彼からは今回の事件に対して
何ら反省の色も贖罪の意識も感じ取れなかった。
それどころか彼がいかに苦労してあの密売組織を作り上げたか、そして売人達の不満を
そらすためにあの秘密パーティーがいかに効果を上げていたかを得々と話すのだ。
玲子が思わず、被害者達に謝罪する気はないのかと詰問しても

「まあ、犯っちまったことはしょうがねえし、もともとあっちが悪いんだよ」

とまるで悪びれる様子もなかった。

「(壊れている・・・・)」

もはや人間として壊れているとしか言いようがなかった。
だが、こんな壊れている人間でも無期懲役刑のない現行の法規定にのっとれば、
最短ではおよそ15年もすれば社会に戻ってくるだろう。その時、彼はまだ40前後
なのだ。
そして出所した彼がまた似たような犯罪を起こす可能性は・・・・ 残念ながら
極めて高いと言わざるを得ない。
思わず深いため息をつく玲子。それでも検事の彼女に今できることは一つしかない
のだ。

論告求刑当日。
法廷内では緊張した面持ちの裁判員と傍聴席を埋め尽くした傍聴人を前にして
秋霜烈日のごとく被告を指弾する玲子の凛とした声がとうとうと響いていた。
玲子は犯罪と、そして犯罪者も憎んだ。

『罪を憎んで人を憎まず』とはよく言われる言葉だが、玲子に言わせれば
それは犯罪の現実を知らない人間のたわごとにしか思えない。
確かに、犯罪者の中には酌量すべき情状を持つ者もないとはいえない。
だが、身勝手このうえない動機や、己の欲望を満たすためならば何のためらいもなく
犯罪を行う人間も腐るほどいるのだ。そんな人間を憎まずにいられるほど自分は
人間ができていないし、それでいいと思っている。

今回の蘭・美和子・英理のい3人を集団レイプした男達などその典型だろう。
レイプ――それは心を殺す犯罪であり、まさしく殺人にも劣らない重大犯罪なのだ。
さらに集団で女性をレイプするなど、もはや人間の皮を被った獣の所業としか思え
ない。
ましてやその動機は兄を刺殺した犯人を弁護し、執行猶予を勝ち取った英理を恨んで、
などという逆恨みとしか言いようのない身勝手なものなのだ。

だが・・・・ その荒川剛刺殺事件を担当したのも自分だった。
被害者の荒川も弟同様に「壊れた」人間であり、被告の墨田には今度の事件とは
逆に大いに情状に酌量の余地があった。
だから求刑も至極軽いものにしたし、かなり被告よりと思われた裁判官の訴訟指揮
にもそれほど深くは抵抗せずに従った。
表向きはともかく、正直、玲子自身も内心では執行猶予が付くのが妥当だと思って
いたのだ。
そしてその結果がこれだ・・・・。 
結果論だがもしあの時墨田誠に実刑がついていたら、今度の事件は起こらなかった
かもしれないのだ。

「(皮肉なものね・・・・)」

英理は法廷内で何度か苦汁を飲まされたことのある手強い相手だ。
だが、立場は違えど同じ法曹に携わるものとして彼女の手腕は認めているし、ある
意味、尊敬すらしている面もある。
その好敵手(ライバル)を襲った悲劇・・・・ 彼女が弁護士として復帰できるかは
わからない。いや狭い法曹の世界では、このような事件の被害者となった英理の復帰を
望むのはほとんど不可能かもしれない。
もちろん、私心を法廷に持ち込むのは厳禁だが、尊敬すべきライバルをこんな形で
葬ったこの男達を断罪せずにはいられない。
彼女自身としては、こんな外道どもは死刑にしても飽き足らないくらいだが、
残念ながらそれは法律上不可能であった。そんな無念な想いを言葉に込め、
玲子は求刑に際し、異例ながら最後にこう締めくくった。

「被告の行った行為は極めて非人道的かつ卑劣極まりない、最も忌むべき重大犯罪です。
レイプは『心を殺す殺人』であり、それはまさしく殺人にも等しいものと私は考えます。
ましてや集団で女性を陵辱するなど言語道断、鬼畜の所業と言わざるを得ません。
私は検察官としてだけでなく、一人の女性として、いや、一人の人間として彼らの行為
を絶対に許すことはできません。彼らに情状酌量すべき余地などかけらもなく、当法廷
において正しい裁きが彼らに下され、正義が実行されることを強く望むものであります」

翌日の新聞の大見出しには玲子の言葉が踊った。

『レイプは心を殺す殺人』
『検察官、正義の実行を求める』

だが、別のマスコミは違う面に注目していた。

『美人検事が正義の鉄槌』
『検察のマドンナ、レイプを厳しく断罪』
『マドンナ告発、「レイプは心を殺す殺人」』

玲子自身に焦点を当てた記事も目立っていた。
彼女の写真が大きく紙面を飾り、彼女を「検察のマドンナ」として大きく持ち上げ、
一斉に書きたてた。
それはまるで英理を「法廷のクイーン」として持ち上げた時と全く同じことが
繰り返されているかのようであった。
そして・・・・ そのことがさらなる悲劇を生むことになるのである。


───────────────────

玲子のことを興味本位で大きく取り上げた週刊誌を広げながら酒を酌み交わす4人
の男。
彼らは玲子が通っているフィットネスクラブの会員である羽村・清瀬・国立と
クラブのサブマネージャーの田無だ。ここは田無の住むマンションの一室だった。

「それにしても驚いたな。まさか、あの美人が検事さんだったとはねえ・・・・」

羽村が半ば感心したように言った。

「ああ、公務員だとは聞いていたんだけど、まさかそんなお堅い職業だとは
思わなかったな」

清瀬が同調し、さらに言いたした。

「でもやっぱり検事さんだけあって、ただの美人じゃなくてなんかこう・・・・
知性がにじみ出てるっていうか、気品ってのを感じてちょっとそそるよな」

それに国立も軽口で応じる。

「それにしても『レイプは心を殺す殺人』だとよ。ホント頭のいい女は言う事が違う
な。でもやっぱりこういう女はセックスについてはお堅いのかねえ・・・・」
「いや、わかんねえぜ。案外ああいう堅い仕事をしてる女ほど、ベッドの上じゃあ
逆に淫乱奔放だったりするもんだぜ」
「くぅ・・・・ 一度でいいから俺もこんないい女を抱いてみてえなあ」
「無理無理、俺達なんか相手にしてくれっかよ。高嶺の花ってやつさ」
「そりゃそうか」

それまで3人の会話をじっと黙って聞いていた田無がふと顔を上げ言った。

「そうでもないぜ」
「えっ? どういうことだよ」

田無がぐっと声を潜めた。

「オマエらにその気があんなら・・・・ この検事さんとやれるって言ってんのさ」
「ど、どういうことだよ?」

いっせいに身を乗り出す3人。
田無は週刊誌の赤の見出し文字を指差し、ニヤリと笑った。

「レイプだよ、レ・イ・プ。この検事さんを俺達で犯っちまおうってことさ」
「ええっ!」
「そ、そりゃあいくらなんでも・・・・ なあ?」
「ああ、相手は検事なんだぜ、そんなの無理っ! 絶対に無理だって」

さすがに尻込みする3人。
だが、田無はニヤリと笑い続けた。

「何だ、案外根性無しだな。この検事さんとやりてぇんだろ? それだったら・・
・・」
「そ、そりゃあ、やれるもんならやりてぇけど、いくらなんでもレイプはまずい
だろ」
「そうそう、そりゃあ、この検事さんはいい女だけどさあ・・・・そんなことで
警察に捕まって一生を棒に振りたくはねえよ」

だが、田無は卑猥に顔をゆがめた。

「そのことだったら大丈夫さ。要するに誰が犯ったのかわからなければいいんだろ。
その方法もちゃんと考えてあるんだ。絶対安全確実な方法がな」
「えっ・・・・ 絶対安全確実な方法って・・・・」

沈黙する3人。
明らかに迷っている様子だ。
田無はさらにたきつけた。

「よーく考えてみろよ、ノーリスクでこの美人検事さんを好き放題にできるんだぜ。
男だったら、こんなチャンスを逃す手はないと思うがな」

3人がおどおどと互いの顔を見合わせまだ逡巡している。
あと一押しで落ちるのは確実だ。
だが田無はそこでわざと焦れたような言い方で突き放した。

「もういい、分かった。その気がないってならしまいだ。まあ別にオマエらじゃなく
ても、他に仲間のあてはあるからな。今の話は忘れてくれ、だけど絶対に他言する
なよ」
「ま、待てよっ。本当に、本当に絶対安全確実でばれないのか?」

3人が一斉に食いついてきた。
そのあまりに予想通りの行動に田無は内心ほくそえんだ。

「ああ、どうする? 犯る気があるのか?」

3人は顔を見合わせ頷いた。

「教えてくれよ。どうすればこの検事さんを犯るつもりなんだ?」
「ようし、そんじゃ教えてやる。実は――」

小一時間後、3人が部屋を出て行った後、田無は一人満足げな笑みを浮かべていた。

「(うまくいったな。それにしてもこんな偶然もあるんもんだな)」

自分が生まれた直後に田無家に養子に出されたこと、そして実の兄弟が二人いることは
先日急死した養父母から聞いていて前々から知っていた。
だが物心ついて以来一度も面識のない兄弟などに興味はなかったし、会おうという気も
なかった。
だが、最近ふとしたことから彼らの身元を知り愕然とした。
そして、その弟を告発している検事が自分の働くフィットネスクラブに通っている
九条玲子だとマスコミ報道で知るに及んで、そのあまりの偶然に身体が震える思い
だった。

「九条玲子」――彼女には前々から目をつけ、何とかモノにするチャンスをひそかに
狙っていたのだ。
そしてさっきの3人も玲子に邪な思いを抱いていることも知っていたので、今回の報道
を利用してちょっとたきつけてやれば絶対この計画にのってくると確信していた。
そうしたら案の定、あの単純な男達はものの見事に田無の思惑通りにはまったのだ。
田無は週刊誌を広げ、玲子の写真を指で押さえて顔を歪めた。

「クックックッ・・・・ 『レイプは心を殺す殺人』ね。そんじゃそれを実体験して
もらうとしようか。たっぷり可愛がってやるから、楽しみにしてな検事さんよお」

彼もまた弟達同様、いやそれ以上に「壊れた」人間であった。

                                  完


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