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「食事の前には手を洗った方がいいんだぜ?」 そう教わったのはこの船に乗ってすぐのことだ。 ある日甲板に出てみたら、チョッパーにはそれほどでもない寒さだったが、他のクルーは外の寒さから逃れてキッチンに集まっていた。 ******* その内ゾロが鍛錬を始めるかも、と思いそのまま外にいようかとも 考えたけど、キッチンからとてもいいにおいが漂ってきたから中に入ることにしたんだ。
中に入って正解だった! 「あら、チョッパー。薬の整理はもう済んだの?」 ナミが気が付いて声をかけてくれた。 「お、おう、もう終わった!」 「ひとりで大丈夫だったか?上のほうとか置けたのか?」 ウソップが心配そうに聞いてくれる。 「大丈夫だ!お、俺、人型になるとでかいんだ!!」 「あ〜そうか…よく考えたらそうだよな」 「ウソップさんは優しいのね。お兄さんみたい」 ビビがにっこり笑って言う。 「そうか?いや、実はだな、俺がいた村でもガキんちょがたくさんいてな…」 「よかったな、チョッパー、これが出来上がる前に終わって。持って行こうと思ってたんだが、冷めちまうと膜が出来るからな」 サンジがコトコトと音を立てている鍋の前で咥えタバコをしながら微笑んでいた。 「まく?」 「それ、うまいのか?」 何のことだか分からなくて聞き返した俺と、いつでも腹が減ってるらしいルフィの声がかぶったけれど、サンジが教えてくれた。 「あぁ、ミルクで作るから、表面に膜が出来るんだ。熱い時だったら混ぜれば無くなるんだがな、冷めちまうと残って気持ち悪いんだよ。かといってミルク無しで作るとうまくねぇしな」 「そ、そうなのか…おれ、気持ち悪いの嫌だ」 「な〜んだ、無くなるのか…」 「ばかね、ココアの中に溶けるんだから口に入る量は変わらないのよ」 「ふ〜ん…不思議マクか!」 「はいはい」 楽しみだな〜と満面の笑みを浮かべるルフィとは全く逆に、しかめっ面のゾロが嫌そうにココアを注ぎ分けるサンジの手元を見て、言った。 「おい、俺は…」 「んだよ、マリモ」 サンジのくるくる眉がいきなり吊り上ったのを見てしまって、俺は座ろうとして椅子の足に引っ掛けていた右足を滑らせて危うく転がるところだった…。 「いや、俺はそれ…」 「いらねぇとか言ったら無理やり飲ますぞ」
よいしょ、と椅子に座ったけれど、その位置だと俺の真後ろにゾロがいるんだ…。 「も〜やめなさいよ、あんた達!サンジ君、チョッパーをにらんでどうするのよ」
ナミの言葉はなんかスゴイ効き目があるらしい。 「ごめんね〜ナミさん!このハゲマリモがつまらないことを言い出すから…」 俺の後ろから、谷底から響いてくるような怖ろしい声がする…。 「俺はまだ何も言ってないだろ!」 「ゾロもいちいちサンジ君の出すものにケチつけない!」 ナミの言葉は効き目があるけど、逆にナミの顔が怖い顔になるのは副作用みたいでおかしい。 「サンジ、不思議マク!不思議マク!」
ルフィは気持ち悪い膜ってヤツが平気なのかな? 「待て待て、まずはレディからだ!さ、どうぞナミさん、ビビちゃん」 びよんとルフィの手を弾き返してサンジが丁寧にカップを運んでくれる。 「ありがとうサンジ君」 「サンジさんありがとう」 「どういたしまして。ほらよ、その他。飲め」
テーブルに置かれたカップは3つ。 「ほらよ、マリモ」 「…おう」
サンジがテーブルをまわってゾロにカップを渡してた。
ルフィが、不思議マクがねぇよ〜とガックリしているのを見て、サンジが出来たてのにはねぇんだよ、と教えてる。 「わ、忘れてた」 「どうしたの?トニー君」 「手、洗うんだ。埃を払ったりしたから、汚れてるんだ」 俺が椅子から降りてシンクの方へ向かったら、ナミとウソップがへぇ、と言ってこっちを見た。 「な、なんだよ?」 「ううん、なんでも。この船にはそんなこと気にしないような輩ばっかりだから。ウソップなんかさっきまで新作の研究とか言ってガチャガチャやってたのに」 「う、うるへー」 「トニー君は綺麗好きなのね?そっか、お医者さんだものね」 「さ、サンジに聞いたんだ!なんか食べたりする前には手を洗った方がいいって!」 そうなのかー?というルフィと、皆がサンジの方を見た。 「そうだぜ、チョッパー。ここ使わせてやるから」 あっと思ったときには、サンジが咥え煙草で俺を抱き上げて蛇口に手が届くようにしてくれた。 「あ、ありがとう…」 「ほら、指の間も洗うんだぞ…って、蹄か?まぁいいや」
俺、別に抱き上げてもらわなくても人型になってちゃんと蛇口にも手が届くように出来るのに… 「よし、こいつで手を拭け」 「おう…」 床に下ろされて、タオルを渡される。 「トニー君は偉いわ、ちゃんとサンジさんの言うこと覚えてて」 「ホントね。他のアホどもとは大違いだわ」 ビビとナミの笑顔に囲まれて、俺は、俺は… 「う、う、うるせぇな!嬉しくなんかねぇぞ!!」 「うふふふ」 「はいはい」
実は踊りだしたいくらいだったなんてことは黙っておこう。 「よし、じゃココア飲めよ」
俺はサンジの笑った顔が大好きなんだ!また踊りだしたくなったけど、なんとか隠せたはずだっ。
ココアに口をつけたゾロが、驚いたように目を見開いて、ふ、と視線を上げたのが目に入った。 ゾロが見ていたのは。
俺の後ろのシンクにもたれている、サンジだった。
なんか、胸の奥にずーんと響いてくる。 「チョッパー、早く飲まないとルフィにココア飲まれちまうぜっ」 「あ…うん」 ウソップの声にハッとして、椅子に座りなおしてココアを覗いたら…。 「膜が出来てる」
あぁ…あの気持ち悪いって膜が、俺のココアに出来ちゃってた。 「チョッパー!不思議マクかっ?!見せてくれ!!」
きらきらした顔でルフィが手を伸ばしてくる。 「このクソゴム!チョッパーのものにまで手を伸ばしてんじゃねぇ!」 「だってよぉ、サンジ!俺も不思議マク見てぇもんよ〜〜」 「見るだけだぞ?!一口でも飲んだら今夜のメシは肉抜きだ」 おう!と威勢のいい声を上げてルフィが俺のカップを覗き込む。 「ホントだ〜〜!膜がある!」
うひょーー!と声を上げるルフィに、うらやましいなと俺は思う。
救いを求めてサンジを見上げたら、俺の方を見て笑ってるサンジの顔と出会った。
サンジの顔は、とても満足しているように笑ってた。
と、突然そっぽを向いて不機嫌な顔になった。
がたん、と音を立ててゾロが立ち上がった。カップをテーブルに置いて、外へ出ようとする。 「口に合ったぜ、クソコック」 「俺の作るモンが合わねぇはずがあるか。クソマリモ」 ナミがちら、とサンジを見上げたけど、ゾロは何も言わずに寒い外に出て行った。…鍛錬しに行ったのかな。 「チョッパーーーー、その不思議マク俺にくれよ〜」 「え…」 どうしよう、俺、ココアは飲みたいけど…膜…。 「おいおいルフィ、てめぇは自分の分飲んだだろ?それはチョッパーのだって言ってんじゃねぇか」 「だってよ〜〜」 「ル、ルフィ、膜だけならいいぞっ」 「ホントかっ!!」 「ちょっと待てルフィ!!おい、チョッパー!」 「!!」 サンジ、怒ったかな?!俺がココア飲まないから…! 「ほら、これでかき混ぜてみろよ」
きら、と光るものがサンジの手から飛んできた。 「今ならまだ溶けるだろ、膜」 「溶ける?」 俺はその小さなスプーンをじっと見つめた。 「あぁ、まだそんな冷めてねぇだろ?」 スプーンを握って膜をちょん、と突付いてみると、突付いたところに穴が開いた。 「ほ、ホントだ。無くなった」 「おお〜〜〜消える不思議マクか!!」
思い切ってスプーンを膜ごと沈めてみたら、膜がココアの中で確かに溶けていった。 「溶けた」 「だろ?」
サンジはまた嬉しそうに笑った。 熱いのがいきなり口の中にたくさん入ってこないように、ゆっくりココアをすすって飲んだ。
…あったかい。
あれ…また膜が出来てる。
こんなおいしいココアから、どうして気持ち悪い膜が出来ちゃうんだろう?
右手に握りしめてた小さなスプーン。
俺はスプーンを握ったまま、ゆっくりココアを飲んでた。 「ホンットに、あからさまなのよね…」 …? 「あ、ナミさんもそう思う?」 「そりゃぁね…。ビビが乗る前からアレに付き合ってるんだから、嫌でもねぇ…」 ?? なんのことだ? 「お前ら、なんのこと言ってんだ?」 ウソップも不思議そうな顔をしてナミとビビを見比べてた。 「あぁ、いいのよ。女の子の会話だから」 「はぁ?何言ってんだ?」 「まぁまぁ、ウソップさん」 ナミはなんともない顔をしていたけど、ビビはおろおろと二人の間になって宥めていた。 「あ〜〜うまかった!!な、チョッパーー!」 「う、うん、そうだな!サンジの作るものはうまいよな!」 「だよなぁ〜〜。でもあれだよな、やっぱ肉も食いたいよな」 ルフィの一言にウソップの鋭いツッコミが入る。 「おい!おやつの時間に肉はねぇだろこのスットンキョーが!!」 こんな感じでラウンジでくつろいでたら、サンジが入ってきた。 「ふぃーっ、外は寒ぃぜ!」 「あら、じゃあわざわざ外に行かなくてもいいじゃない?サンジ君」 ナミの顔がちょっといじわるそうだ!変態だ! 「え、いや、その、ちょっと倉庫で片付け物があったのを思い出して…」
あらそう、と言ってナミは航路のチェックに出て行った。 「あ」 サンジがカップを見て、あ〜ぁ、という顔をしてる。 「おい、ルフィ」 「ん?なんだサンジ」 ルフィを呼びながらサンジがスプーンでカップの中からあの膜をすくい上げた。 「お!不思議マクか!」 「やるよ、冷めちまったからもう溶けねぇし」 「うおぉ〜やったーー!」
すごい勢いでルフィが膜をスプーンごと奪って口に入れた。 「ル、ルフィ、気持ち悪くないのか?」 「ん〜〜、なんかヌルっとすんなぁ!しししし!」 「ヌルっと…?」
やっぱ気持ち悪そうだ…! 「サンジ、ご馳走様」
シンクにもたれてココアを飲んでいたサンジにカップを差し出す。 「チョッパー、うまかったか?」 「う、うん、すっげぇうまかった!サンジはすげぇな!」 はは、ありがとよ、って俺の好きな笑顔で答えてくれるサンジ。俺も自然にニカッと笑った。 「実はよー、お前、味の濃いのとか、匂いのキツイもん苦手だろ?甘いのもどのくらい甘くしていいかわからなくてよ」 え…? 「でも、でも、すっげぇうまかった!ホントに!」 わかったわかった、とまた笑いながらサンジが俺のカップを受け取って、シンクに沈めた。 「だから他のヤツより甘いのを少なくしたんだよ。ちょうど良かったみたいだな」 「え、サンジっていつも俺の分だけ、違う味にしてくれてたのか?」
そんなこと気がつかなかった! 「ま、違うって程でもねぇけど、薄くしたりな」 そうだったのか〜〜! 「やっぱサンジは天才だな!」 「だろォ〜?そこら辺は気の利いた俺様のことだから、抜かりはないぜ?」 俺がサンジの料理の腕前に感動してたら、それを聞いてたウソップも相当感動したらしく、やたらと誉めてる。 「お前なぁー、そんなに俺様の料理に感動するくらいなら、キノコも残さないで食えよ。クソうめぇんだぞ?」 「うっ…ぐぐ、すまん、サンジ、俺は男部屋に戻らないといけない病が…っ」
話が自分に都合の悪い方にいって、ウソップはそそくさと出て行った。
ルフィは俺にも特別肉作ってくれよ〜と騒いで、サンジに、うるせぇ、てめぇは量さえあればいいんだろうが、とか言われてる。 俺は… あったかいココアを飲んだおかげでホカホカしてきて、キッチンがちょっと暑く感じたけどここに残ってたくて。 ふぅーっ、とサンジが吐き出す煙もちょっと煙いけど。
特に何にも話さないサンジの後姿を椅子に座ってぼんやり見て、なんだかサンジとキッチンを独り占めしてるみたいだ。 ふわふわした暖かい気分のまま、シンクの中でサンジが洗っていくカップやスプーンのかちゃかちゃ鳴る音が終わるのを、楽しみに待ってた。 |
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