On a Rainy Day
-nighttime 1-



みんなが寝静まった夜中、空は晴れることなくいつまで経っても雲が重くのしかかっている。
見張り台の上で一人、誰に気兼ねすることなくため息をついて、サンジはうじうじと孤独に浸っていた。

(はー、静かでいいよなァー、夜はみんな寝てるしなァー)

誰かに聞かれたら、お前イジケテるだろと言われても反論する余地のないような抑揚のない言葉と態度で、サンジは毛布にくるまったままくわえ煙草でぼんやり進路を見つめている。

(今日はホントついてなかったな…。朝から雨と曇り空だし、ナミさんには怒鳴られるし…)

自分が男でなければ、孤独に浸って涙するのもおかしくないくらいの疎外感と、情けなさ。
クルー全員がなんとなく自分を避けているのでは、という思いと、騒がしい程おしゃべりで明るくてテンションの高い(と思っている)自分が、今日は必要なこと以外はあまりしゃべることもなかったし、天気のせいにして1日中ふさぎこんだカオをさらしていたことだろうと、思い返すとなんとも情けない、という思い。

(今日寝て、明日の朝になったら元気になるかなァ…俺)

こんな調子のことは初めてと言っていいくらいで、どうしたらスッキリと元に戻れるかもわからない。

くわえ煙草を深く吸い込み、そのまま煙を吐く。
あまり格好のいい煙草の吸い方ではないのでいつもはしないが、今日は別だ。いつもしない、だらしない、カッコ悪い、という3拍子そろった仕草でとことん暗い気分と孤独に浸りたかったのだ。

そんなアンニュイなサンジの耳に、もう寝たと思った誰かの靴音が甲板からするのが聞こえた。

(あれ…誰だ? ま…誰でもいいんだけど)

どうせ俺とは話なんてしに来ないんだろぉー…、とふてくされていたが、この重そうな靴音はナミやロビンではないなと見当がつき、じゃあクソ剣士か誰かが酒か食料でも荒らしに起きてきたのか、でも今夜の俺は阻止する気力なんてないから、勝手に荒らしとけクソ野郎共〜!!などと、すねまくって心の中で悪態をついた。

その時。

靴音は見張り台の真下までやってきて、マストに手をかけたらしい振動が伝わってきた。

(ん…?誰だ? 交代の時間まではまだあるはずだけどな)

暗い気分に浸っていたかった自分にとっては招かれざる客、しかしクルーに避けられているのではとおどおどしていた自分にとっては嬉しい見張り台への訪問で、一体誰が現れるのかと思わず知らず、息をひそめて靴音の主の登場を待った。


現れたのは。


「…おい、酒、飲まないか」

ゾロだった。



***



ぽかんと口を開けたサンジが我に返って返事をする前に、考古学的嗅覚を利かせて見つけ出したらしいサンジ愛蔵のワインと、実はゾロのために用意していた辛口の焼酎をいくつかずつ持って、ゾロが狭い見張り台の中であぐらをかいて座った。

「つまみが欲しいとこだが、よしとするか」

そう言ってワインと焼酎を1本ずつ開け、口を開けたままのサンジにワインを押し付け自分は焼酎をひとまずあおる。

ゾロとワインと焼酎を見比べてまだ口のきけないサンジに飲むように促し、ポツリポツリとゾロが語ることには。

「お前、今日何だか変だったから、見張りも大丈夫かと思って」

「皆で心配し通しだったんだぞ?」

「ため息ばっかついてたろ」

「ナミが、お前がため息ついてるのは、なんかフェロモン出てるとか言ってな」

「チョッパーも気が付いたみたいだったし」

「ウソップとルフィもうすうすお前が変なのは気が付いてて、触らぬ神に祟りなしとか言ってたしな」

「ロビンはロビンで、コックさんはいつもあんなに色っぽいのかとか、ナミとこそこそやってるしよ」

聞けば聞くほど顔から火が出るほど恥ずかしくて頭から毛布をかぶって消え去りたくなり、焼酎をラッパ飲みでどんどん飲んでいるゾロにやっと言ったことは、

「う、嘘だろ…?」

消え入りそうな声の、情けなさに満ちた一言だった。

きっとサンジの顔は火照りに火照って、真っ赤になっているに違いない。 それを気にしているサンジの心中を知ってか知らずか、ゾロは焼酎のビンに目をやったままで話を続ける。

「いや、結構マジだ」

「嘘、だろ……?」

嘘であって欲しいと思うサンジの願いとは裏腹に、とどめの一言がゾロから発せられた。

「真っ昼間から、誘われてるんだと思ったぜ、今日」

「!!!」

それは…ナミに怒鳴られた時のことを言っているのか。
だとしたら、とハタと気が付いて、思わずサンジは聞いてしまった。

「じゃ、じゃあ、今日みんなが俺をじぃっと見てたのは…?」

「あぁ…多分、お前フェロモン放出してたんじゃねぇのか」

「!! 嘘だろ…!」

情けない声を上げたのも無理ないだろう、というくらいのショックをサンジは受けた。
あの時もあの時も、クルーが何かそそくさと目をそらして「別に」 と言っていなくなった時、俺はフェロモン出してたっていうことなのかぁ?!

「そんなのあり得ねぇぇ!俺は朝からなんか調子出なくて、テンション低くて、何もヤル気が起きなくて…!!」

はいはい、と聞き流すかと思ったゾロは、何を思ったか焼酎のビンを床に置き、やけに改まった感じでサンジの肩に手を置いた。

「な、なんだよ?」

「それが、ナミが気が付いたんだが…、お前、誕生日とっくに過ぎちまってたんだな」

「誕生日ィ?」

突拍子もないことをゾロが口に出したので、デカイ声で繰り返してしまった。

「そう、誕生日」

そんなこと、最近のめまぐるしい天候の変化と進路の確保で忙しくしていて思い出しもしなかったので、自分でもすっかり忘れていたのだった。

「それでナミが、お前がため息ばっか吐いてるのはそのせいじゃないかって言い出してよ」

ちょっと待て、とゾロの言葉をさえぎりたかった。
じゃあ俺は、今日1日、クルー達に「自分の誕生日を祝ってもらえなくて落ち込んでるヤツ」として扱われてたのか?と今まで感じていた情けなさに輪をかけて情けなくなってきた。

サンジがあまりのどうしようもなさに半ば絶句しているのをどう取ったのか、ゾロが先を続ける。

「だからっつって、食料も少なくなって来てるから宴でも開くかってわけにいかねぇし、どうしようって相談したんだけどな」

ログポースとにらめっこしてナミが出した結論は、今すぐ何かするにもろくなことは出来ないし、とりあえず次の島に到着する目安がついたら何かお祝いしましょ、ということのようだ。

「って、それ、内緒話でしてたのか…?」

「おぉ、驚かせようとか言ってたな」

「…はぁ? じゃなんで今しゃべっちまってんだよ?」

ナミさんのお心遣いが台無しじゃねぇか!とゾロに詰め寄りながらも、やっとまともに人と話すことが出来てサンジは自分の頬が弛むのがわかったが抑えられなかった。

こうして話しているだけでも、今日1日暗かった気分が一気に晴れていくようだ。
クルーが影でこそこそやってるのも、原因がわかればなんのことはない自分のための計画をこっそり用意しようとしていたからで、サンジが不安に感じることなど少しもなかったのだ。
むしろ自分のためを思ってクルー達がそんな計画を考えてくれていて、改めて仲間という存在への嬉しい気持ちが抑えきれなくなっていた。

やっと眉を開いたサンジを見たゾロ自身も、近距離から繰り出されるサンジの足技を受けつつ避けつつ笑っている。

「良かったな、誕生日を祝ってもらえそうで」

まだ誤解してやがるな、と思ったが、サンジはなんだか明るくなった気分のまま、あえて訂正する気にもならなかった。手に持ったワインをひとくち飲む。

「うめぇ」



***



サンジがふと気がつくと、ゾロの体を椅子の背がわりに寄りかかって見張り台の中でくつろいでいた。

(あ〜…、ずいぶん飲んだな…? ワイン、2本も開いてる…)

焼酎はとっくに全部なくなって、何だか視界がぐらぐらするサンジよりも飲んだくせに、ゾロはさして酔った様子もなくサンジの髪の毛を触って遊んでいる。

「なぁ、今何時だ…?」

髪の毛をいじりまわす手が止まって、ゾロが、お?という感じでにやっと笑いながら言った。

「起きたか、酔っ払い」

「なに言ってんら、俺は寝てなんかねぇ…」

「ロレツのまわらない口でよく言うぜ」

実はサンジは途中から焼酎も飲み出して、胃の中ではワインと焼酎のチャンポンが出来あがっているのだ。
昼間の低いテンションを取り戻そうとしているようにひっきりなしにしゃべっては飲み、飲むとテンションがあがるのでまたしゃべり、と繰り返して、今は非常にいい気分でいるのだった。

「なァ〜…ゾロォ〜…」

知らない内に背もたれになっていたゾロの顔を見ようと、サンジが頭だけ動かして振り向き、ゾロを見上げる。
酔って半眼になったサンジの潤んだ瞳に下からのぞかれて、ゾロは少なからず動揺した。

「…、お前なぁ…」

「なんらよ?」

サンジは自分の舌がうまくまわっていないのにも気が付いていない。

ましてや、無邪気に問いかけた自分の様子に思わずゾロがごくりと喉を鳴らしたことなど。

ゾロが、今日1日触れていなかったサンジの唇に目を奪われていることなど。

全く気が付かずに、けげんそうに眉をしかめて不思議そうにゾロを見上げていた。
そしてゾロがその唇にキスをしようと近づいて来ても逃げもせず、むしろ当然のことのように自分から顔をあげ、目を閉じた。




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*H表現アリですので、お気をつけ下さい*

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