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マルチェロが朝目覚めると、普段は朝寝坊な弟が既に起きて隣に座り込んでいた。
何か考えているようで、難しい顔をしている。どうせろくでもないことであろうが、ここで何か聞いてやらないと後々面倒なことになりそうだ。不承不承身体を起こして「どうした?」と問いかけてみる。
すると、ククールは真一文字に結んだ口をやっと開いた。
「あのさ、ずっと言いたかったんだけど……逆にしてくれねえ?」
「何を」
嫌な予感がしたので即答してみる。
場所が寝台、お互いに全裸とくれば良からぬ方向に想像が働いてもいたしかたないだろう。
しかし、マルチェロの想像は今回は外れていたようだ。
「オレ、そっちがいい」
そう言ってマルチェロを指差したククールが不満に思っているのは、どうやら眠る場所のことらしい。
喧嘩でもしていない限り、ククールが夜自室を使うことはなくなった現在。
当然寝床をともにするわけだが、マルチェロは寝台の左側に、ククールは寝台の右で休むのが常であった。
しかし、弟はどうやらそれが気に入らなかったようだ。理由を聞いてみれば、やはりそれはまた(マルチェロにとっては)くだらないことで。
「オレさ、左向きで眠るのがクセになってるみたいなんだよね。無意識のうちに寝返りをうって左を向いちゃうわけ。
そうするとさ、あんたの左隣に寝てるオレはあんたに背を向けることになるんだよ。てゆーか、今朝起きたらそんな状態だったわけ。まあ、ご丁寧にあんたもオレに背を向けてたわけだけど。オレはそれが不満なの。どこの倦怠期迎えたカップルだよ!」
―――ばかばかしい。
ふーっと大袈裟に溜め息をつく。
何事かと思えばそんなこと。マルチェロは呆れて物も言えない。
正直なところ、どうでもいいことだろう。
「あ、今どうでもいいことだろうって思っただろう?」
言葉には出さなかったものの、マルチェロが感じていたことをその表情と溜め息でククールも察したらしい。が、それでも負けずに食い下がってくる。
「オレにとってはどうでも良くないことなの! それに、無理難題を言ってるとは思わねえけど? ただ寝る場所を変えてくれって言ってるだけじゃないか。それとも何? 今の状況はあんたなりに意味のあることなのかよ」
子供扱いすると怒るくせに、随分子供じみた物言いだ。
相手にするのも面倒だったが、いい加減顔も洗いたいし朝食もとりたい。仕方なしにマルチェロはククールの話に乗ってやることにした。
「ああ、当然あるに決まっている。私のすること全て、無意味なことなどないのだ」
ククールがぐっと言葉に詰まった。
充分説得力があったらしい。確かに今までの兄の行動を思い起こせば納得せざるをえないだろう。
―――まあ、このどうしようもない弟を自分のそばに置いていること自体について突っ込まれると困るのだが。(ククールあたりは「オレを愛してるからだよな!」と満面の笑みで答えそうだが)
それについてはマルチェロ自身も何故”これ”なのかと不思議で仕方ない。しかし、この如何ともしがたい現実についてはとりあえず横においておくことにする。
「さてククール、お前と私の利き腕はどちらだったかな?」
気を取り直して、マルチェロは横柄に言い放った。
「オレは左で、あんたは右手だけど……」
ひどく落胆したような表情で、ククールがボソボソと呟く。
「その通り。 それではククール、次の質問だ。現在の私たちの生活に安寧はあると思うかね?」
マルチェロの言葉で、明らかにククールの表情が強張った。
「な、何かやばい仕事でもしてるのかよ!」
聖地ゴルドの戦いのあと、死んだことになっているマルチェロ。現在はスパイ活動のようなことをしている兄である。ククールにも偶に手伝わせることはあるが、基本マルチェロの単独行動でなされている。
ククールがそんな兄を心配して動揺するのは当然のこととも思えた。
「お前の質問に答えれば、”現在は”然程でもない。しかしこれからは分からんし、過去の遺恨がある者も存在するだろう。
眠っている時とはいえ油断はできん。それは私にとって今も昔も変わらないことだ。だから利き腕は使えるようにあけておく。お前が右隣にいたら剣もとれんだろう。
それとも何か? お前はうっかり私に斬りつけられたいかね?」
神妙な顔で、ククールは静かに首を振った。
少々虐めすぎた気がしないでもないので、マルチェロは「何事も備えあれば憂いなしだ」と一言付け加えておく。
弟がどうやら納得したらしいので、マルチェロはやっと寝台を降りることができた。
―――まったく、あれが私を信じやすいのは困ったものだな。
顔を洗いながらマルチェロは苦い笑みを落とした。
実は、さきほど自分が言った言葉に偽りはなかったが、全てが真実というわけではない。
誰が隣に居ようが剣は取れる。いざとなったら呪文もある。それに、マルチェロは左手でも人並み以上に剣を振るえた。
だから、本当はククールが左にいようが右にいようが関係ないのだ。
ただ、ククールを壁際に眠らせたいだけなのだ。
眠っているククールを起こさずにベッドを降りることができるように。
侵入者があったときには、背の向こうに隠せるように。
「あれが私に背を向けるのは腹立たしくもあるが……」
それでも、どうしても譲れない。
ククール以上にくだらない理由だと、マルチェロは苦笑するしかなかった。
<おわり>
※メルフォのお礼だったものです |