| 異母兄を心から愛していた。 弟として愛していたはずだった。 |
| 闇路の莟 |
| ククールのような一介の騎士でも多忙を極める時期がある。 本当に、疲れきっていた。 まだまだ若輩のククールは、雑用や面倒ごとを先輩騎士から押し付けられ、やらなくていい仕事が無駄に増えていく。結果的に自分が与えられた仕事にまで支障を来し、騎士団長に叱られるという……最悪のスパイラルに陥っていた。 鏡を見ればとんでもない顔色。立っているだけでふらふらする。 正直なところまだ起きたくなかったが、団長殿の呼び出しを受けてしまっては仕方ない。 ―――どうせまたいつものお説教だろうが。 体調も手伝って、余計に気が滅入る。動きたくないと反発している足に言うことを聞かせて、引き摺るように歩みを進めた。団長室は、目の前だ。 「やっと来たか、ククール。マルチェロさまがお待ちかねだぞ。どうも今日は何時にも増してご機嫌が悪いらしい。覚悟するんだな」 見張りの騎士が、からかうように言い放った。 それを軽く無視して扉の前に立つ。控えめにノックをしてから名乗りを上げた。 「聖堂騎士団員ククール。お呼びと伺い参上いたしました」 入れ、と低い声が室内から聞こえる。扉を開けて様子を伺えば、騎士団長は書類に目を通しているところだった。 「しばらくの間、誰も入れるな」 ククールを通り越した視線は、見張りの騎士に向けられたものなのだろう。 騎士は恭しく礼をしてそれに従った。が、ククールはその口元が楽しそうに歪んでいるのを見逃さない。上目遣いに自分を見る瞳は「ざまあみろ」とでもいうように蔑みの色を宿していた。 彼が扉を閉める前に、ククール自身が外界から遮断する一枚の板を押してやる。バタンと乱暴な音が上がるのと同時に呻くような声がした。どうやら身体を打ったらしい。ざまあみろ、と口には出さずククールは鼻で笑う。 「もう少し静かに閉めていただけないものかね」 深い溜め息とともに、後方から非難の声が上がった。 その低い声は、なぜか何時もよりも力がない。 不審に思ったククールが振り返ると、そこにあったのは驚くほど青い顔をしたマルチェロの姿。 ―――何が不機嫌だ。どいつもこいつも……全く分かっちゃいねえ。 ククールは心の中で軽く舌打ちした。 異母弟の姿を視界に入れたマルチェロが一瞬眉を顰めるが、すぐに何時も通りの無表情を決め込む。書類を片手に指示をするマルチェロからは、先ほどの疲労に彩られた様相が嘘のように消えていて……これでは他の団員が騙されても仕方ないとククールは呆れながらも感心した。 隙を見せたことに、このひとはきっと気付いていないのだろう。喜ぶべきか、悲しむべきか―――。 卓上の書類を隅に追いやって、ククールはその上に乗り上げる。マルチェロの首に腕を回して、唇を軽く吸い上げた。 兄は眉ひとつ動かさずにそれを受け止める。拒絶の声がないのをいいことに、ククールは更に唇を落としていった。額に、頬に、顎から耳にかけてのラインを舐め上げて、囁くように息を吐けば……漸く兄が口を開いた。 「何のつもりだ」 拒絶の声にしては普段よりも弱い。それどころか、今日の響きは何かを確認するかのよう。 「お疲れのようですので、私が団長殿をお慰めしようかと」 「そのような緩慢な動作で慰められると?」 ククール自身も疲れ果てていたことを、兄に悟られていたらしい。 だが、自分がマルチェロに隠しきれないのはいつものことだ。胸を焦がすこの想いも、彼には全て気付かれているのだろう。その上で彼は自分を貶め、蔑み、拒絶する。弟としてのククールを。 「オレも男ですからね。相手がその気にならなければ萎えますよ。すべては団長殿次第、というところでしょうか」 誘うように唇を舐めれば、マルチェロの瞳がすいと細められた。 口元から「淫乱め」と嘲る声が漏れるが、それは掠れてどうしようもない程の色香を醸し出している。 弟として兄を慰めるにはどうすればいいのだろう。 普通の兄弟は、どうやって互いを慰め、慈しみあうのだろう。 ククールにはそれが分からなかったし、おそらく兄も知らぬのだろうと思った。 「無理しないで」と労わる言葉は許されない。 「どうかしたの?」と詮索することも許されない。 自分たちに許された関係は「騎士団長」と「団員」だけ。その関係すらも、支配し、支配されるだけのものだなんて笑ってしまう。 ―――でも、この瞬間だけは違うんじゃないの? 「んっ……」 重ねられた唇から漏れる音。それごと喰らい尽くすように、マルチェロはククールの口腔を深く貪る。 椅子に腰掛けたマルチェロを跨ぐように抱きついていたククールの その身体が後方に傾くと、ガタリと机が大きな音を立てた。 「暴れるな…」 耳元で囁かれて、ククールの肌が粟立つ。震えた息が治まる前に首筋に舌が走れば、上半身が大きく揺れた。再び起こる耳障りな音。 邪魔されるくらいなら身体を預けてしまえとばかりに、マルチェロはククールを机の上に押し倒した。離れてしまった体温が寂しいのか、無意識に伸ばされるククールの手。それを捕らえて同じように縫い付ける。ククールは不満そうな表情を浮かべたが、白いブーツに手をかけたマルチェロに気付いて驚きの声を上げた。 「ちょっと……! いきなり下脱がせるわけじゃ…!」 「そのまさかだが?」 マルチェロは手際よくブーツを抜き取ると、流れるような手つきで下肢を覆う衣服を脱がしにかかる。あまりにも性急な行動に不満の声を上げたククールにはお構いなしで。 抵抗する間もなく白い足が外気に晒され、寒いのか、それとも羞恥からかククールの全身が震えた。 「外しておけ…」 下半身を剥いただけでは満足していないのか。マルチェロは次にククールの左手を取って上着のボタンに促す。ククールから返ってきたのは、やはり不満そうな声だった。 「脱がしてくれないのかよ…」 「私は忙しいのでね」 言いながら、マルチェロは右手で軽くククールのものを扱いた。 嬌声とともにククールの足が突っ張る。それに気を良くしたのか、今度は更に強弱をつけて擦った。 優雅に椅子に腰掛けて。すっかり反応して透明な液を滲ませている熱を、マルチェロは弄ぶ。先端を親指で弧を書くように愛撫してみたり、裏筋を上から下へすっと撫でてみたり。 「あっ…、あっ……ん!」 そのたびにククールからは途切れ途切れの声が上がった。 視線を彼の上半身に戻してみれば、いつの間にか はだけたシャツ。彼の薄い胸板が、ククールの荒い息とともに上下している。 「素直なものだ…。褒めてやる」 躊躇いながらボタンを外したのだろう。些か遠慮がちに開いたシャツを見てマルチェロはにやりと笑った。白い肌を更に楽しむため、シャツを掴んで大きく左右に開いてやる。 「言うこときいたんだからさ……触ってよ…」 どこを?と問いかけてやりたかったが、ククールの敏感な部分はマルチェロもよく心得ていた。 「同じことを何度も言わせるな。私は忙しい……自分で触っておくといい」 ―――お前のこの指とこの指で、ここを。 「ああっ……!」 指を一本一本舐められ、そこを胸の突起に押し当てられ……ククールは悩ましげな声を上げる。 すっかり尖ってしまった先端は、更なる刺激を欲しがるかのように存在を主張していた。 「お…願いだから! 兄貴」 蒼い瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。陽に照らされた泉のような輝きを見せる双眸を見つめて、マルチェロは更なる嗜虐心が芽生えるのを感じた。 「兄貴? お前は実の兄にこんなことを強請るのかな…? 困った弟だ」 傷ついたように顰められた形の良い眉。ぎゅっと結ばれたくちびるがまたゆっくりと開く。 「団長、殿…。お願いします…」 頼りなく懇願するククールの声。それでもマルチェロは彼に否定の言葉を浴びせるのだ。 「上司として、それは聞くことはできんな…」 ククールの顔が堪えきれぬ欲情と悲哀に歪んでいく。 「マルチェロ……」 どうすれば良いのか分からずに零れた、ククールの囁くような呼び声がマルチェロの耳に届いた。 震える指で自分の胸を弄りはじめる異母弟の扇情的な顔が視界に映る。 尖った部分を指でつまみ、転がし……。 「ああっ! は……ッ」 待ちかねた愉悦にククールは乱れる。 濡れた睫を伏せて、半開きになったくちびるから漏らすのは、小さな喘ぎとマルチェロの名前。 同時に下を擦ってやれば、たまらないと言ったように蕩けた表情で兄を見る。 その媚態に煽られたのか、熱を持ったマルチェロの中心が更にその質量と硬度を増す。窮屈そうにしまいこまれていた自分のものを外に解放してやれば、それはククールの中を貫く瞬間を心待ちにしているかのように怒張していた。 こんな風に、欲望を抑えきれなくなるのは、ククールを相手にしたときだけだ。 快楽に溺れるククールの隙を窺って、マルチェロは後方に指をぐっと押し入れた。 「いっ……!」 予想外の行動で、覚悟ができていなかったらしいククールの表情が苦痛に歪む。意識がそちらに向いてしまったのか、か細い指は胸への愛撫を続けられずにぱたりと卓上に落ちた。 侵入を拒むかのように竦められた身体を、マルチェロは容赦なく攻め続けていく。 「あ……兄貴…っ!」 逃げを打とうとしたククールの腰は、兄の左手によって簡単に押さえ付けられた。行き場をなくしてさまよう両腕を、抵抗されるよりはマシだと自分の背に促してやる。 ククールが自分自身の力でマルチェロに抱きつくのを確認すると、後方への指を更にもう1本増やした。 「………ッ!」 痛みと衝撃でククールの背中が跳ねる。それでも叫び声ひとつ上げない弟を、見事なものだとマルチェロは感心していた。 「兄貴、痛い……」 「だろうな」 マルチェロの返答は酷薄なものであったが、ククールは微かに笑って見せる。 それどころか彼は、 「も、いいよ…。入れて」 と、マルチェロを促すように両足を開いた。 指を引き抜いてククールの両脚を抱え上げる。ククールは片腕をマルチェロの首から解いて、自分の口に押し当てた。繋がったときに漏れる苦痛の声を、外部に漏らさぬようにするためだろう。そう悟ったマルチェロは華奢な手をその場から退けて代わりに自分の手のひらを与えた。 「辛ければ噛め」 言うよりも先に、マルチェロは狭い内部に自分の昂ぶったものを押し込む。 「―――ッ!!」 ぎゅっと奥歯を噛む感覚が手のひらを通して伝わってくる。 きつく閉じられた瞳からは涙が零れ落ちていた。 軽い振動を左手に感じる。ククールが何かを呟いているのだと知って、マルチェロはゆっくりその手を外した。 最初に聞こえたのは 「アニキ…」 受け入れるのに慣れて余裕が出てきた頃には、 「激し、すぎるよ…団長殿…」 苦笑しながらそう呟く。 そして、快楽に身をゆだね、自ら腰を揺らす頃に聞こえた ―――マルチェロ…。 全く統一性がない。と、マルチェロは呆れる。 だが、同時に羨ましく感じていた。 こんなときに彼の名を呼んでやれない自分よりは幸せだと。 「マルチェロ……マルチェロ……! も、オレ…いく」 苦しそうに首を振りながらククールが訴えてきた。マルチェロ自身も限界が近い。 「もう少し……我慢しろ」 深くえぐるように突き、入り口すれすれまで引き抜く。抜き差しを繰り返す。受け入れている箇所がギチギチに広がって、よく壊れないものだと感心した。 ―――ああ、そうだ。いつでもそうだ。 壊れるどころか、ククールはマルチェロを捕らえて離さない。 「いくぞ……」 「ん…。――――ッ!!」 マルチェロの呟きに応えるようにククールが中を強く締め上げる。 耐え切れず最奥にマルチェロが欲望を吐き出せば、後を追うようにククールがマルチェロの手の中に精を放った。 「よかっただろ?」 マルチェロの腕から離れて、ククールはからかうように言い放つ。 ひょいと机を飛び降りて自分の衣服を手に取った。兄は既に身支度を整えている。 本当はもっと触れていたいのだけど、それは許されることじゃない。多くを望めば、この関係はすぐに終わることを知っていた。 不遜かもしれないが、自分はマルチェロにとっての最後の砦でありたいのだ。 「団長殿、それでは失礼してよろしいでしょうか?」 「構わん……」 そう短く言い切ったマルチェロは、何か考えてこんでいるようだった。 騎士団長になって半年。彼が無理をしていることをククールも知っている。しかし、その件について触れてはいけない。 「お慰めになりましたかね?」 暗く沈む心を隠すように、わざと軽口を叩いてみる。 「余計に疲れた」 きっぱり言い切られて、ククールは苦笑した。 「ははっ。もうお年ですか。でも、結構やりたい放題やってたよね。本当は善かったんだろ?」 冷たく否定されるかと思っていたが、マルチェロから返ってきたのは意外な台詞。 「ああ、善かったよ。お前の中は―――」 ―――そこだけかよ! そう突っ込みを入れたかったが、真剣な顔をしている彼には何も言えずその場を去る。 身体だけでも、気に入ってくれていればいい。彼の慰めになっているのならそれでいいと思った。 赤い騎士団服を翻して外に出て行く弟。 その姿を見つめるマルチェロの翡翠の瞳は、どこか昏い影を宿している。 ―――ああ、本当に。お前の中は、温かい。 その温もりを、いつか自分自身の手で捨てる日がくることを……彼は知っていたのかもしれなかった。 |
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2007/09/02 |
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