くちびるをあわせるのは初めてのことだった。
ほんの数ヶ月前には考えられなかったようなこと。
兄弟子がすることが何もかも憎たらしくて、それでも認めるしかなくて……悔しさと情けなさが自分をひねくれさせ、いつも憎まれ口を叩いていた。
それに、彼はいつも自分に厳しかった。優しくされたりしたら余計に情けなくなるからある面では良かったのだけど、彼にとって自分はいつになっても”未熟な弟弟子”くらいの認識しかないのかと惨めな思いもした。
でも、おれは変わったんだ。
おれはずっと”ヒュンケルが”突き放して受け入れないのだと思っていたけど、本当は違ってたって分かったから。あいつを突き放してたのは、おれの方だったって分かったから。
焦点の定まらない紫色の瞳がポップを見つめてくる。
ヒュンケルはきっと、今なにが起こっているのか分からないのだろう。
ここで覚醒されたらどうしようか…と、ポップはいざという時のための逃げ口上を考えていた。上手く誤魔化せる自信などなかったけれど。
深いキスなどしたことがなかったが、それでも控えめに舌を差し入れてみる。ヒュンケルが纏うアルコールの匂いに、自分も酔ってしまえればいいと思った。
されるがままだったヒュンケルが、ポップの舌に答えてくる。同時に背に回る彼の力強い腕。ポップをぎゅっと抱きしめて、それからヒュンケルは力任せに体勢を入れ替えた。
片方の腕をポップの背に、他方で後頭部を掴んで更に激しく口内を貪る。ポップはどうしていいのか分からずに、それを受け止めることしかできない。彼に浴びるほどの酒を飲ませたのは、彼から正常な判断力と理性を奪うため。そして彼と繋がるため。しかし、こうもとんとん拍子にことが運んでしまうと今度は恐怖が湧いて出てくる。
怖いくらいに深く激しくくちづけてくるヒュンケルから自分が逃げ出さないように、ポップは更に行動を進めていった。彼の上着を胸のあたりまでたくし上げて、直にその肌に触れる。背中をなぞるように這わせると、数箇所肌の質感が違う場所にたどり着いた。おそらくこれまでの戦いでできた傷跡があるのだろう。
やっとくちびるが解放されて、ポップは再びヒュンケルの上着に手をかけた。脱がそうとしていることに気付いたヒュンケルが、ポップを拘束していた腕を解いてそれに従う。
完全にヒュンケルの元を離れた衣服を、ポップは両手でぎゅっと掴んだ。目を固く閉じて、それを自分の顔に押し付ける。怖くて目の前の男を見ることができない。行為そのものが怖かったのではない。ヒュンケルが正気を取り戻すのが怖かった。
「焦らさないでくれ」
ゆっくりと顔から衣服を取り除かれる。
今まで見たこともないような表情のヒュンケルがそこにいた。蕩けたような表情でポップを見つめ、そっと頬に手を添える。バンダナの上から額にくちづけると、小さな声で「外していいか」と囁いた。
断る理由もなかったので、首を軽く縦に振って承諾する。きつい結び目を、ヒュンケルは歯と左手を使って器用に解いた。
トレードマークのバンダナを、ヒュンケルに外されるということ。それが、こんなにも羞恥を覚えることだとは思わなかった。もしかしたら、衣服を脱がされるより恥ずかしいかもしれない。
髪を梳きながら額を舐められる。戯れなヒュンケルの右腕がポップのシャツを上から開いていった。ポップの肌の感触を味わうように辿っていくてのひらが胸の突起を掠める。はっと息を呑むと、今度は確たる意思を持ってそこを攻めてきた。指で軽くはさみ、親指の腹で撫でて先端を転がすように愛撫していく。
「……ッ」
声が出そうになって、必死に堪えた。
きつく口を真一文字に結んで、快楽を逃すように首を横に振る。それに気付いたらしいヒュンケルが、乱暴にポップのシャツの前を開いた。
突然彼が起こした荒々しい行動に、ポップの身がびくりと跳ねる。
「今更抵抗しても、無駄だ」
先のポップの行動を拒絶と受け取ったらしい。
そんなつもりなど毛頭なかったポップとしては、戸惑って震えることができるのみ。
乱暴にされると思った。
それは……こんな手段でヒュンケルと繋がろうとした自分への罰のように思えた。
突然哀しくなって、ポップはぽろぽろとその瞳から涙を流す。
自分はヒュンケルに奇跡が起こることを祈り、願って、こうなることを決意した。そのためにはたとえヒュンケルが自分を想っていなくても……ただ情欲の対象として身体を暴かれることになっても構わなかった。それだけの覚悟はしていたはずだ。
それなのに、なぜ自分はこんなに哀しいのだろう。胸がぎゅっと締め付けられるように痛いのだろう。
「お前……おれが誰だか、分かってるか?」
泣きながら言葉を放つポップを見て、ヒュンケルの顔から激情の色が消えた。
眉間に皺を寄せて、困ったような表情をしている。
「なにを言ってるのか分からない。お前はポップだろう?」
さも当然と言った風にヒュンケルが言葉を放つ。
躊躇いながらポップの頬に手を寄せ、それから瞼や鼻、口の形をなぞるようにゆっくりと動かした。
じっとポップを見つめると、今度は目を細めて小さな声で何かを呟く。それはポップの耳に届かなかったが、もうポップの中から迷いや恐怖は消えていた。
「そう、おれはポップだよ。そしてお前はヒュンケルだ」
耳朶を弄んでいたヒュンケルの手をとって、ポップは再度自分からくちづける。
ヒュンケルが、また小さく何かを呟いた。
今度は聞こえた。彼はいま、ポップの名を呼んだのだ。
「ああっ! あっ……!」
いまだ男も女も知らないポップにとって、他人からもたらされる中心への直接的な刺激は衝撃だった。
下衣の中に手を差し入れ、ヒュンケルはゆっくりと、それでもじわじわとポップを追い上げていく。
敏感な部分を指で擦ったり、爪で軽くひっかいてみたり……それだけでポップ自身は震え、先走りの液を零す。快楽を追い上げるように首筋を這う舌は何の躊躇いも見せず、身体全体を寄越せというように様々な場所を辿っていく。ポップがびくりと反応すると、ヒュンケルはその場所に印をつけるように赤い痕を残した。
本当に、暴かれるという言葉が正しい。ポップはヒュンケルによって自分が快楽を得られる場所を知るのだ。
「ん……っ! ヒュン、も、やめ……」
限界を迎えそうになって、腰が逃げを打つ。それに気付いたヒュンケルが、愛撫していた右手を引き抜いた。
本当にやめてしまうとは夢にも思わなかったポップは、熱くなった身体を持て余し、どうしていいのか分からず頬を真っ赤に染め上げる。油断すると零れ落ちそうな涙を堪えるために目を閉じるが、ヒュンケルによって上体を起こされてしまった。
「えっ!?」
ヒュンケルはポップの脇の下に手を差し入れると、その身体を肩に抱え上げるような状態にする。そして、手早くポップから残った衣服を取り除いた。
裸にされてしまったポップが羞恥からその場にへたりこむ。ヒュンケルの膝の上に乗るような形になってしまったが、最早そのことを恥ずかしいと思う余裕すらなくなっていた。
「最初は痛むかもしれんが、我慢してくれ」
自分の指をたっぷり唾液で濡らしていたヒュンケルが、ポップの秘部に指を這わせる。
最初は人差し指の第一関節まで。それから固い入り口を解かすようにゆっくり弧を描いていく。
「んんんっ……! いッ」
内壁をこじ開けられるような感覚に、ポップは戦慄いた。それを宥めるようにくちづけて、ヒュンケルは更に奥まで侵入してくる。
「う、ああっ!」
下肢の感覚で、ヒュンケルの人差し指を全部飲み込んだことにポップは気付いた。
一度、彼の爪に見蕩れたことがある。自分の手が火傷の痕だらけなのと同じように、戦士であるヒュンケルの指はお世辞にでも綺麗とは言えない。それなのに、爪はとても綺麗な形をしていて……もしも剣を振るわなかったらポップが羨ましくなるほど美しい手をしていたに違いなかった。
しかし、ポップは今のヒュンケルの指が好きだ。それが見た目よりも優しいことを知っているから。
「ゆ、指……」
「指が、どうした?」
内部をかき回すようにしながら、ヒュンケルはポップの耳元で囁く。
「お前の指……すきだ」
ポップの台詞に驚いたのか、ヒュンケルが一瞬動きを止めた。しかし、それは本当に僅かな間のことで、ヒュンケルは直ぐに動きを再開する。
「指を増やすぞ…」
言いながら大きく息をつくヒュンケルに、不安になったポップが彼の顔を覗き込む。綺麗な銀髪が汗で湿り、形のいい口からは荒い息を漏らしていた。
ポップに見つめられて、もう一度ヒュンケルは大きく息を吐く。
「そんな顔で見られては、心臓がいくつあっても足りん」
淡く微笑みながら放った台詞は、ヒュンケルが興奮していることを、そして彼自身も我慢の限界が近いことをポップに気付かせた。
「ヒュン……も、いから……」
自分から求めるのが恥ずかしくて、ぎゅっとヒュンケルにしがみつく。
それからポップは小さな声で呟いた。
「おれ、痛くてもいいから……来いよ」
次の瞬間。ポップの背は、再び寝台に沈みこむ。
入ってくる瞬間は、これまでに感じたことのない不思議な感覚だった。
快楽や痛み、喜びに苦悩……そして自分に芽生えているのは、確かな愛情。それらが混濁して何がなんだか分からなくなる。
「ヒュン! ヒュンケル……!」
彼のものを内部に感じるたびに、全身を貫くような衝撃が走る。
「ポップ……」
耳元で名前を呼ばれて、ぞくりと肌が粟立った。甘い息を漏らして、意図せずにヒュンケルのものを締め付ける。
内部で存在を増し脈打つそれが嬉しくて、ポップは苦しげに荒い息を吐きながらも笑顔を見せた。
「お前は、笑って、くれるんだな……」
ヒュンケルが切なげな瞳でポップのくちびるを奪った。
「こんな時でも、お前は、笑ってくれる…」
ポップにはヒュンケルの言葉の意味が分からなかったが、両手で彼の頬を包むことでそれに応える。
「あっ! そこ触っちゃだめだっ」
激しく腰を突き上げながらヒュンケルが施す手淫に、ポップは目の前が真っ白になるほどの快感を覚える。
制止など意にも介さず、ヒュンケルの動きは激しくなる一方で。おそらくは彼も限界が近いのだと計り知れた。
声にならない声、息をつめるような音が聞こえる。
ヒュンケルが内部で弾けたのだと理解して、ポップも彼の手の中で精を放った。
ヒュンケルと身体を繋げられたという現実だけが、ポップの心を支配していた。
もう奇跡が起こるかどうかなど、どうでもよくなっていた。
そんなものに頼らなくても、絶対自分はヒュンケルを治してみせる。
ポップの愚かな勇気は、いま、強く揺ぎ無い勇気に変わったのだ。
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