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 H*Pスキーさんに20のお題(ヒュンポプ同盟さまより)
  #001 「平和」
  #002 「勇者」
  #003 「アイテム」
  #004 「魔法」
  #005 「技」

 

 

 ***「平和」



 パプニカに春がやってきた。

 色とりどり咲き乱れる美しい花々、蒼く繁る木々……そして睦みあう恋人たち。
 それらを見つめて、パプニカ王女レオナは何故か溜め息をつく。
 平和の象徴とも呼べる事柄を目の当たりにして当然喜ばしく思う気持ちもあるのだが、つい先日「美しい過去」を「現実」というもので裏切られた彼女からは苦々しい息しか零れない。

「ちょっと聞いてる? ポップ君」
「はいはい、聞いてますよ姫さん」
 今まで散々愚痴を聞かされていたポップは、書類から目を離さずレオナの問いに答える。
 30分ほど前、ポップの執務室にお茶と菓子を片手に乗り込んできたレオナ。仕事を淡々とこなしながら彼女に相槌を打っていた大魔道士はさすがパプニカの頭脳と呼ばれることはある。


 話の顛末はこうだった。
 レオナが幼少の頃、一度だけ会ったことがあるリンガイアの貴族の子息。レオナより7つ年上で、とても優しく聡明な少年だったという。泣いていたレオナに柔らかく微笑みかけ、何も問うことなく美しい菫の花を寄越した彼は艶やかな黒髪と優しい褐色の瞳をした美少年だった。
 3日ほど前にリンガイアを訪ねた折、その少年と、まさに10年の時を経て再会する機会があったらしい。
 レオナは美しい思い出の中の少年がどのように成長しているか胸が躍った。もしかして恋の予感? 美しい姫君を巡って竜の騎士と貴族の青年が火花を散らすことになってしまうかも……。いや、むしろそうなれ。あの恋愛に無頓着な「勇者」の心を乱してやれるなら、揺れる乙女心を演じることにも何のためらいがなかった。
 ―――なかったらしい、のだが。

「信じられないわよ。私は期待を裏切らずこんなに美しく成長していたって言うのに。それがあの貴族のバカ息子ときたら……魔王との戦いがあったにも拘らず大層ご立派な体格に成長してて! 日頃の不摂生が祟って肌は吹き出物だらけ、頭の中身は空っぽのどうしようもない男になってるんだから」
 レオナはそう早口でまくし立てると、どんっと音がするほどにテーブルを叩いた。紅茶のカップが軽く跳ねて赤茶色の液体が波を作る。
「いい? ポップ君。私はね、彼がハムみたいな体形になったことに落胆しているわけでも女好きで色に励むだけのバカになったことに憤りを感じているわけでもないの。この時の流れに絶望してるのよ!」
 本当にそれだけだろうか……。ポップは苦笑したが、レオナの言いたいことは分からないわけでもない。一国の頂点に立つ者として、そして魔王軍と必死に戦い抜いてきたアバンの使徒として、彼の「成長のしかた」には呆れを通り越して怒りすら感じてしまうのも無理はないだろう。
 あわよくばダイの嫉妬をと、期待したことが為しえなかったからではない。……と、思いたい。

「まあまあ、姫さん。世の中には無駄に歳を食っちまったり、とんでもない方向に成長する奴もいるから仕方ないさ。その能無しハム野郎のことはさっさと忘れちまって美しい思い出だけとっておけばいいって」
 第一、彼女には素晴らしく純粋で現在進行形立派に成長している愛しい王子様もいることだし。そう口には出さなかったが、ポップの言葉は多少レオナの慰めにはなったらしい。ま、それもそうね、と小さく呟いて紅茶を手に取った。

 ポップも大量の書類を片付け、紅茶に手を伸ばす。
 これで(色々な面で)やっと一息つくとホッとしたのも束の間。レオナが「そういえば」といった顔をしてにやりと笑った。
「いま気付いたんだけど。7つ年上っていったらヒュンケルと同い年になるのよねぇ……。同じ年を重ねてきたとは到底思えないわよ。本当、あのハムに彼の爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいわぁ」
 面白がって銀髪の剣士の名を出してみたものの、意外にもポップは冷静だった。もう少し動揺してくれるのを期待していたのだが……彼は紅茶を手にしたまま悪戯っぽい笑顔を見せて言葉を返す。
「やめておけって。あいつみたいに無愛想なのも困ったもんだぜ?」
「まあ! 大切なコイビトに向かって酷い言い草ね」
 レオナのからかうような笑顔と、ポップの苦笑。まだ若き大魔道士が「恋人」という言葉に反応し、真っ赤になってそれを否定しなくなったのは喜ぶべきことなのか。

「まあいいわ。城内でポップ君とヒュンケルにまで桃色の空気を出されてたら心臓に悪くてしかたないもの。あなたたちが意外にもバカップルじゃなかったのが私にとっては唯一の救いね」
「そりゃどうも」


 軽く扉をノックをする音が聞こえて、ポップは「あいてるよ」と簡単に応答する。さすがは大魔道士さま、扉の外に誰がいるのかくらいは察しているのだろう。
 入室してきた人物を確認して、レオナはなるほどと思った。そこには先まで話題に上っていたポップの恋人の姿があったからだ。

「レオナ姫の居場所を尋ねたらここだと言われた。武器の在庫確認ができたので見て欲しい」
 口数の少ない彼らしく用件だけを簡潔に述べて書類を手渡す。受け取ったレオナは書類の文字を視線で流していくふりをしてポップをちらりと見た。普段と変わりない表情の彼が、普通に窓の外を眺めながら紅茶を啜っている。

 恋人の来訪に、少しは喜んでみたり頬を赤らめてみたりしてもいいんじゃないの?
 これだからアバンの使徒たちは……。

 心の中で、レオナは独りごちる。
 当然ここに居ないマァムにも、そして何よりダイに向けた台詞であったが。

 何故か色々疲れてきたレオナは、その現実から逃れるよう書類に集中し始める。
 だから、ポップが軽くウインクしてヒュンケルに投げキッスを飛ばしたことも、ヒュンケルがそれを受け止めるよう右手を掲げてから自分のくちびるにそっと押し当てたことにも気付かなかった。



 パプニカに春がやってきた。
 そして、今日も平和だった。



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隠れバカップルが書きたかっただけです。

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 ***「勇者」



 ダイが戻ってきて、初めての秋。
 ポップとダイは、のんびりと草原を散歩していた。

 秋の花々が美しく咲き乱れ、ちょっと涼しくなった風が頬を滑っていく。傍らでは勉強から解放されて大喜びしているダイが、嬉しそうに飛び跳ねながら草原を走り回っていた。
 去年の秋が嘘のように穏やかな時間。優しく通り過ぎていく日々。
 親友が戻ってきてくれたという現実を実感して、ポップの胸にじん、と温かいものが走った。

「ねえねえ、ポップ! 見てよ」
 突然声をかけられて、ハッと振り返る。そこには、しゃがみこんで何かを指差しているダイの姿があった。
「ほら! 見て、オンブバッタだよー」
 ダイの言葉に促され、近付いて観察してみる。そういえばもうそんな季節だったかと、聡い大魔道士はその生態について考えていた。
「いいなぁ……いつも一緒で」
 何気なく漏れたダイの声音は小さく、それでもどこか寂しげな色を宿している。秋は感傷的になると誰かが言っていたが、それはこの勇者にとっても同じなのかもしれない。

 ポップは兄弟子らしくそんな弟弟子を見守っていたが、
「ねえ、このバッタの赤ちゃんが乗ってるのってお母さんかな? それともお父さんかな?」
 純粋な瞳をしたダイが発した言葉で、ずっこけるほど衝撃を受けた。
「お、おい……」
 どうやらダイは何かとんでもない勘違いをしているらしい。すぐに訂正しようと思ったが、そのバッタを親子と思い込んでいるダイにどう伝えれば良いものかとポップは逡巡した。
 純粋な勇者。本当に、彼に教えることが多すぎて頭が痛くなってくる。

「あのな、ダイ。それは……」
「ダイ」
 言いかけた台詞は、第三者によって遮られた。
 驚いて振り向くと、いつから居たのかそこには彼らの兄弟子が陽の光に眩しそうに目を細めながら立っている。その姿に一瞬見蕩れてしまったポップは、直ぐに言葉を返すことができなかった。
 気配を殺して近付く癖だけは本気でやめて欲しいと、無意識に高鳴る胸が訴えている。驚いたのは兄弟子が突然現れたからではない、別の理由もあるからだと自分で気付いているから尚更憎い。

「ヒュンケル、見て! ほら、オンブバッタだよ」
 ダイがやはり笑顔でヒュンケルに訴える。
 そうだ、この場はやはりアバンの長兄に任せるべきだろう。自分がダイの夢を壊すことはない。
 昔から逃げ足の速さだけが自慢だったポップは、光のような速さでその話題から一歩引いた。既に傍観する身となったその瞳で、自分の兄弟子と弟弟子の姿を捉える。
 オンブバッタを繁々と見つめる二人が、なんだかとても可愛らしかった。

「ね、仲が良いと思わない?」
「ああ、本当だな」
「いいよね、いつも一緒でさ……」
「確かに、そうだな」

 そこで一度ヒュンケルはポップをちらりと見る。予想外の行動に、落ち着きを取り戻していたポップの心臓が、バッタもびっくりなほどにまた跳ねた。

「本当、親子っていいよね」
 ダイの恐ろしい発言がまた飛び出す。兄弟子がどう対応するのか穴の開くほど見つめてしまったポップは、ヒュンケルの次の言葉でさらに恐ろしい目に遭うことになる。
「ああ、本当にそうだな」
 微笑みながら、なんと兄弟子ヒュンケルはそう言い放ったのだ。


 ―――愕然。


 自慢ではないが、ポップは自分が頭の良いほうだと思っている。そうでなければ大魔道士など務まらない。
 そして、勇者ダイと戦士ヒュンケルが知の部分においては自分に及ばないことも知っている。
 だが、いまだ十代であるダイはともかく……すでに二十代であるヒュンケルの間違った認識はどうだろう。というか、むしろ自分に”あんなことやこんなこと”を散々してきている彼の、勇者同等のピュアっぷり(そう形容していいのかどうかは分からないが)に頭痛どころか眩暈までしてきた。

 そんなポップの心を知らぬ勇者は、終始ご機嫌で城に向かって走り出していった。どうやらレオナが遊びにきたマァムと一緒にケーキを焼いたらしい。

「お前は行かないのか?」
 残されたポップに、やはりその場に残っていたヒュンケルが言葉をかける。それで我に返ったポップは、脱力しつつもヒュンケルのマントの裾を掴んだ。
「あのさぁ……あのバッタって」
 呆れつつも、兄弟子に真実を伝えようとするが。
「つがいなのだろう?」
 思ってもみない言葉が返ってきた。

 知ってたんだったらなんでダイに教えてやらねえんだよ。
 視線だけでそう訴えてみると、大したものだ、ヒュンケルはポップの意を悟ったように口を開いた。
「今日教えなくてもいいだろう。そのようなことは何時でも知ることができる」
「でもよ……」
 ポップは納得がいかない。それも悟ったらしいヒュンケルは更に続ける。

「ダイはあのバッタを見て父と自分に思いを馳せていたのだろう。それを無下にすることなど、オレにはできん」

 少しだけ、ポップは自分が恥ずかしくなった。
 平和になった現在。勇者ダイに戦い以外のことを覚えさせようと焦り、些か傲慢になっていた自分に気付いたからだ。

「お前って……むかつく」
「何がだ?」
「おれより頭とか悪いくせに、間違ったことは言わねえからさ」
「まがりなりにも、アバンの長兄だからな」
 妙なところで謙遜しているのが却って嫌味だ。
 むーっと不貞腐れた顔をしていると、ヒュンケルの手がポップの髪をくしゃくしゃっと撫でる。子ども扱いされているようで腹立たしいが、ヒュンケルに頭を撫でられるのは嫌いでなかった。
 しかし、そこは意地っ張りなポップ。矜持を保つために憎まれ口のひとつも叩いておかねば気が済まない。
「子ども扱いすんな」
「しているつもりは毛頭ないが?」
 なんならここで証明してもいいぞ。
 そう耳元で囁かれて、赤面してしまう。要らぬところで墓穴を掘った。

 問題のオンブバッタが、ぴょんぴょんと草むらを跳ねていくのがヒュンケルの視界の端に映る。
 いつも背中にくっついて。行く道を決めているのは一体どちらなのだろう。
 振り落とされないように、掴まえているのも一苦労だろうに。
 メスもメスだ。背に乗ったオスを一体どう感じているのだろう。離れないで欲しいと少しは思ったりするのだろうか。

「オンブバッタになるのも悪くはないかもしれん」
 ヒュンケルが呟いた言葉にどのような意味が込められているのか、ポップには量ることができない。
「お前はあんな小さくて可愛くねえだろうよ。重くて潰れるぞ、おれ」
 つがいのバッタを素直に”ヒュンケルとポップ”として考えた。その、普段ならば大暴れするであろう恥ずかしい現実に気付かない迂闊で可愛い大魔道士。そんな彼を見つめて、ヒュンケルの瞳がますます穏やかになる。

「なぜあのオスバッタは交尾以外でも離れず乗っかっていると思う?」
 この魔剣士は意外にも博識だったのかと尊敬しながら、ポップは素直に「なんで?」と問いかけた。
「他の奴に大事なメスを取られたくないからさ。だからいつもくっついているんだ」
 大真面目に語るヒュンケルに、ポップからはクスクスと小さな笑い声が漏れる。
「うそくせえ…。それ、バッタじゃなくてお前のことじゃん?」
「ばれたか」

 ポップの頬に手を添えて、ヒュンケルは彼にくちづける。
 吐息さえ奪うような長いキスから解放されて、ポップはおとなしくヒュンケルの肩に顔を埋めた。


「ダイはさ、あのまんまでいいのかもしれねえ」
「ああ、そうだな」

 おれたちの勇者は、勉強が苦手で身体を動かしていることのほうが好きで。
 誰よりも真っ直ぐで、優しくて。
 色気よりも食い気のほうが勝ってしまうほど、まだ幼いけれど。
 そのうちきっと、文句もないような素晴らしい青年に成長していくだろう。
 彼らしさを残したまま。

 大切な勇者。
 彼が戻ってきてくれたのだから、ちょっとした勘違いに付き合うくらいなんでもない。

「さあ、そろそろオレたちも行くか」
 後ろから抱き着いて、ヒュンケルはポップに歩けと促す。
「重いってば! おれたちにはオンブバッタは無理だって!」
 後ろで薄く笑う気配がして、ポップは少しだけむくれた。
 が、次の瞬間。ポップは悪戯っぽい笑みを浮かべると、一気にトベルーラで空に舞った。
「お前、甘いもの苦手だろ? このまま少しオンブバッタになってようぜ。土の上では無理だけど空ならなんとかなるしな!」
 ヒュンケルがククッと低く笑う。
「話が分かるじゃないか」



 いつまでもこないポップとヒュンケルに痺れを切らして呼びにきた。(レオナとマァムにきつく叱られたからなのは言うまでもない)
 空を見上げ、軽やかに飛んでいる親友と兄弟子を見つめていたダイはほんの少し首を傾げる。
 なぜか、さっき見たオンブバッタのようだと思ったのだ。

「もしかして、オンブバッタって親子じゃなかったのかなぁ?」

 可愛いダイに自分たちの関係を気付かれているとは思わない兄弟子ふたりには分からなかっただろう。
 ふたりの邪魔をしないように、こっそりダイがその場を去ったこと、レオナやマァムへの言い訳を代わりにしておいてくれたことにも。
 ポップの好きな甘いイチゴのケーキと、甘さ控えめのブランデーケーキを彼らのために残しておくように伝える彼は、現在……やはりこのパプニカの平和を守る「勇者」に相違なかった。



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勇者には最強で居て欲しいものです

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 ***「アイテム」



 あやしげなアイテムが散乱した「陰湿」という言葉がよく似合うその部屋に、そぐわない明るくてちゃらけた声が響く。
 大魔道士として名を馳せたマトリフが目の中に入れても痛くないほど可愛がっているその少年は、存在するだけで場の空気を明るくする。自分にはなかった特性だと、師である彼も感心せざるを得ない。
 そんな少年―――ポップが、なにやら怪しげな液体を片手にやってきたのは今から十分ほど前のことだ。どうやら新薬を開発したらしい。研究好きなところは自分に似たのかと、マトリフは些かの歓喜を交えた感嘆の息を漏らしたが、話の内容を聞いて脱力した。

「惚れ薬だぁ? そんな馬鹿なもん作ってる暇があるなら姉ちゃんのケツでも追いかけた方がましだろうよ」
「何言ってるんだよ、師匠。これは大発明だぜ?」
 作った張本人は悪びれる様子もなく、マトリフは頭痛がしてきそうだった。
「薬に頼るなんてどうしようもねえ。まさかおめえ、本気で使うつもりじゃねえだろうな?」
「使わない使わない。これはおれが師匠のために作ったものなんだからさ」
 更に訳のわからないことを言うポップに、起きて息をしているのさえ面倒になってきた。これなら永遠に寝込んでいた方がマシだろう。

「おめえに惚れろとでもいうのかよ? 冗談じゃねえ。そんなもんは、あの無愛想な誰かさんにでも使っておけ」
「あ、それ必要ないのよね。そんなものに頼らなくてもヒュンケルとおれは愛し合っちゃってるからさ」

 臆面もなくそんな台詞を吐くポップだったが、当の本人の前では可愛くない態度をとっているに違いない。少しヒュンケルが気の毒になってきたが、実はあのヒュンケルも相当な無愛想、おまけに言葉足らずでポップを泣かせているのも事実だった。
 なんとか想いは通じ合い(むしろマトリフは「先にやることやってその後だろう」と確信していたが)コイビトのようなものになった今でも「相変わらず」で。それも致し方ないような気がする。

「これはさ、師匠が師匠のことを好きになる薬なわけ。というわけで、絶対毎日飲んでくれよ」

 いつ死んでも構わない。身体が弱っていっても生に縋ることなどなかった。
 そんな師を見て、ポップが作ったものは確かに惚れ薬。自分自身を大切にして欲しいと願いをこめた。

 真摯な瞳が訴えている。
 ポップの真意を悟って、マトリフは深い溜め息をついた。

「ったく……新しい呪文やら薬やら、つまらねえものばかり作りやがる」
「確かに! ヒュンケルを治したのは失敗だったわー」
「心にもねえことを言うな」

 あの男を治すために、ポップがどれほど苦労を重ねて研究していたかマトリフは知っている。
 ポップにそこまでのことをさせておいて、なぜヒュンケルがポップの想いに気付かないのかが不思議だった。

「同じようなもんを、あの銀髪の兄ちゃんにも使ったってわけか」
 薬を見ながら、マトリフが呟くように言葉を漏らす。
 その声はポップの耳には届かなかったようだが。

「ふん……。もらっといてやらあ。効くか効かないかは分からねえがな」

 憎まれ口を叩いてみるものの、本当は分かっていた。
 飲まなくても分かるのだ。この薬の効能が。


 結局、あの男は「自分のことを大切に」思えるようになったのだから。
 それが誰のためかなど、マトリフと同じく素直に口には出来ないだろうけど。



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ポップがヒュンケルを治す話は別に書きたいです。

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 ***「魔法」



 書類を渡すことを口実にカールに出張。
 所謂「仕事」というものは30分程度で済んで、ポップは現在のんびりとお茶をご馳走になっていた。

「ねえ、アバン先生。前から聞きたかったんですけど」
「なんですか? ポップ」
 カップを優雅に口に運び、微笑んで師が答える。王として多忙を極めているだろうに、そんなことはおくびにも出さず付き合ってくれるのがとてもありがたく、そして安心する。
 穏やかな空気の中、その質問はポップの口からするりと放たれた。

「おれは先生から魔法を習ったけど、その他剣とか武術とか基本は教えてもらったじゃないですか。でも、なんであいつには魔法を教えなかったんですか?」
 名前を出さず、”あいつ”という呼び名で問いかけるのが非常にポップらしい。気になっているくせに、素直になれないポップ自身を表しているようで可笑しかった。
「あいつとは? ヒュンケルのことですか?」
 少し意地悪をして名前を出してみる。改めて名を出されると質問が気恥ずかしくなったのか、ポップが俯き加減で紅茶に手を伸ばした。
「ちょっと気になっただけです。忘れてください」
 すぐに逃げ出すのは昔からの悪い癖だ。そうは行くかとアバンはポップの呟きをさらりと流した。

「私も教えようとしたんですけどねぇ……ヒュンケルが頑なに拒むものですから。頭も悪くありませんでしたし、素質がなかったわけではないと思うんですけど」
「あいつ、魔法の素質があったんですか?」
 ポップが目を丸くしてアバンに問う。いきなり食いつきがよくなったことに苦笑しつつも、アバンは先を続けた。
「魔法戦士っていうんですかね。最初、私はヒュンケルをそういうものに育てられればと思ったんですよ。もし僧侶系の呪文が使えるようだったら、彼は武技も得意ですし……パラディンも良いかと思いました。でも、ヒュンケル自身が生粋の剣士を目指したものですから。自分に魔法は必要ない、とね」
「……魔法は、必要ない……ですか」
 伏し目がちに、少し傷付いたような表情をして、ポップが言葉を漏らす。魔法を否定することがポップを否定することと同意義ではないだろうが、それでも胸が痛むのだろう。
 可愛い弟子を傷つけるつもりなど毛頭なかったアバンとしては、彼の誤解を解いておかなければ気がすまない。

「今になって思えば、ヒュンケルはあれでよかったと思います。だって、魔法はあなたがいますからね」
 その台詞でポップがやっと顔を上げ、アバンを見つめた。
「世の中に完璧な人間などいません。長所があり、欠点があり……そして足りないものを補いあっていくのが、人間というものですよ」
 ひとつ息をついて、アバンは続ける。
「誰もが、理由を持っています。あなたが魔法使いを目指した理由があるのと同じように、ヒュンケルにも剣士でありたいと願った理由があるんですね」
 そこでポップが思い出したのは、ヒュンケルの育ての親であるバルトスのことだった。
 地獄の騎士バルトスが旧魔王軍最強の騎士であったとは、ヒュンケル自身がかつてポップたちに語ったことである。

 父の背を見て、ヒュンケルは剣士を目指したのだろうか。
 魔法が使えるのなら、覚えておいても損はないのに。戦いだって有利に進められるだろうに。
 もし自分に剣を扱える体力と素質があったら、喜んでポップはそれを学ぶだろう。

 不器用な生き方しかできない男。
 でも、そんな男だからこそ―――。

 ポップはハッとして意識を止めた。
「どうしたんですか、ポップ。顔が赤いようですが?」
 師が飄々と述べるのが恥ずかしく、そしてちょっと憎らしい。
「そ、そろそろ帰ります! お邪魔しました!」
 居たたまれなくなったポップは、慌ててその場を逃げ出した。

「逃げ足が速いですねぇ……」
 忍び笑いをしつつ呟くアバンの言葉は、当然ポップに届かなかったが。 





「お前、部下の喧嘩を止めて怪我したんだって?」
「耳が早いな」
 呆れたようにヒュンケルが息をつく。
 そして、無意識に左手首を擦った。どうやら怪我したのはそこらしい。
「見せてみろよ。治しちゃる」
「掠り傷だ。放っておいても治る」
「いーんだよ。おれが治したいんだから」
 淡い光はホイミだろうか。しかし、大魔道士の為すものだからその効果は覿面。
 まったく傷跡の残らない手首を見て、感心したようにヒュンケルは息をつく。

「魔法はおれの専門。お前はその頑丈な身体と馬鹿力でおれたちを護ってればいいんだよ」

 偉そうに言い放つポップ。
 何を今更……と、言葉の意味を量りかねてヒュンケルは首を少し傾げる。
 それから、思い立ったようにポップの身体をひょいと抱き上げた。
「なななな何しやがるっ!」
「……いや、回復呪文の礼に疲れているようなので運んでやろうかと」
「要らん! 要らんから下ろせ!」
 激しく暴れたせいで、ヒュンケルの胸の高さからポップは落ちた。
 いやというほど腰を打ってポップはまた大騒ぎをする。
「いてえ! いてえじゃねえかばかやろう!」
「お前がおとなしくしてないのが悪いのだろう」
 そしてまたヒュンケルはひょいとポップを抱き上げる。

 魔法を使えば、腰の痛みもすぐに治る。
 それでも。
 とりあえずヒュンケルが運んでくれるようなので、ポップはそれに甘えることにした。



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出来上がってない時期というのもまた萌え。

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 ***「技」









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2008/03/23〜2008/0/0