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 H*Pスキーさんに20のお題(ヒュンポプ同盟さまより)
  #006 「武器」
  #007 「師」
  #008 「兄弟弟子」
  #009 「魔界」
  #010 「旅」

 

 

 ***「武器」



 あの日から、ヒュンケルは武器を持たない。





 城内を歩いていたポップは、剣を打ち合う音と男たちの歓声を耳にして立ち止まった。
 見れば、修練場でヒュンケルと若い青年が打ち合っている。ヒュンケルは言わずもがな、青年もなかなかの太刀筋だと剣には明るくないポップでも容易に計り知れた。

「行け、そこだ!」
「すげえぞ、ミシェル!」

 騎士団の面々が紅潮した面持ちで叫んでいる。どうやらヒュンケルと対峙している青年の名はミシェルと言うらしい。
 好戦的な性格のようで、ヒュンケル相手にも全く物怖じしていない。積極的に打ち込んでいく。対するヒュンケルは防戦一方で、傍から見れば一方的に打ち込まれているようにも見えた。
 まあ、ダイやラーハルト辺りが見ればヒュンケルに余裕があるということは一目瞭然であったろうが。(ポップでさえ分かったのだから)

 ミシェルが軽く息を上げてきた頃、勝負が決まった。
 一瞬の隙を見て、ヒュンケルがミシェルの剣を叩き落したのだ。
 ミシェルは悔しそうな顔をして地を拳で叩いたが、すぐに立ち上がって上司に恭しく礼をする。

「ありがとうございました! さすがは団長です。若輩者のわたしですが、今後も宜しくお願いいたします!」
 先程の剣さばきからは考えられないような、真摯で殊勝な台詞だ。好戦的なのは剣を持っているときだけで、普段は温厚な青年らしい。負けて悔しそうな顔をしていたのも一瞬のこと、ヒュンケル相手に険のない素直な笑顔を見せている。
「いや、見事な剣さばきだった。今後もこの調子で鍛錬に励んでくれ」
 ヒュンケルの褒め言葉に、周囲からどよめきが起こった。稀代の戦士ヒュンケルに同僚が認められたのだから当然のことなのかもしれない。

 それからヒュンケルは団員たちに二言三言声をかけて解散させた。
 タオルを受け取ってその場を去るヒュンケルを追いかけるようにしてポップが言葉をかける。

「よお。お前んとこの部下は良く育ってるみたいじゃんか」
 振り返ったヒュンケルが、トベルーラで浮いているポップを視界に入れて僅かに笑みを見せる。
「恥ずかしいところを見られたようだな」
 苦笑するヒュンケルには気にも留めず、ポップはあえて軽い口調で答えた。
「んなことねえだろ。部下が良く育つのは上司の力があってのことなんだからさ」
「オレの力かどうかは分からんが、本当にミシェルは力をつけてきた。このままでいくと、ミシェルがオレを超えるのも時間の問題かもしれんな」
 言ってから、ヒュンケルはしまったと思った。
 自分の身体が昔のように動かないのは今更どうにもならないことであるし、あの戦いについて何も後悔することなどありはしない。なるべくしてなった。そう思っている。それでも、不用意に放った台詞が弟弟子の気を病ませてしまったら……そう考えると心苦しいのだ。

「それでも別にいいじゃん。今更昔のお前だったら……なんて言っても仕方ねえし。どうにもなんねえことだってあるんだからさ」
 けらけらと笑いながら、ただでさえお前は馬鹿力なんだから今くらいで丁度いいんだよ、と酷いことを言う。

 懸念が杞憂に済んだことで、ヒュンケルがふっと穏やかな笑みを漏らす。
 兄弟子相手に口さがない、こんな台詞が言えるのはポップくらいのものだろう。ヒュンケルを傷付けることを恐れて周囲が口に出さない台詞を、彼は事も無げに放ってくれる。
 ヒュンケル自身、他人に悲痛に哀れまれたらどうしていいのか分からなくなる。だからこそ、正直なポップに好感が持てたし、ありがたかった。

「あ、そうだ。お前に助言ってのも変な話だけど、今日の訓練さ、修練で使う模造の剣を使ってただろ? 一度真剣を使わせた方がいいかもしれねえぜ」
 唐突とも言えるポップの言葉に、ヒュンケルは目を丸くする。理由に思い当たる節がないでもなかったが、あえてそこは無言で通して次の言葉を待った。
「お前も分かってると思うけど……いざ真剣を手にしたときにさ、怖くなって力を出し切れないような奴がいるんだよ。いざっていうときにそれじゃ困るだろ?」
「この平和な世の中、真剣を手にしなければならない機会はそうないだろう」
 ヒュンケルの言い分は尤もだった。モンスターの残党や魔界のことなど憂いは多少あるものの、世界はいま平和への道を辿っている。
 そう、確かにヒュンケルの言う通りなのだ。

「うん、そうだよな。変なこと言ってごめん」
 ポップは納得して言葉を返したが、自分自身の胸に何かもやもやとしたものが燻っているのにも気付いていた。



 ダイが帰って来て、ダイ探しの旅を続けていたヒュンケルもパプニカに戻ってきた。
 レオナ姫の願いもあって、パプニカの騎士団長を任された彼。

 そして、その日からヒュンケルは真剣を手にしなくなった。
 偶に式典などで剣を佩いていても、それを抜くことは一度もない。

 もう自分に武器など必要ないのだと。
 自分の役目は終わったのだとでも言うように。





 大戦後、誰もがヒュンケルの身体を案じ、治そうとした。
 大魔道士マトリフや、師アバンも助力を惜しまなかった。
 ヒュンケルに想いを寄せているエイミは勿論、マァムも、メルルも、レオナも……出来る限りのことをしようとしていたと思う。
 しかし、誰もヒュンケルを治すことはできなかった。

 そして彼らの希望は二代目大魔道士に向けられる。
 誰もが「彼ならば」と願わずにはいられなかった。普段は憎まれ口を叩くものの、誰よりも優しく、知性に溢れ、驚くべき成長を遂げた……大魔道士ポップならば、ヒュンケルを治すことができるのではないかと。

 だが、ポップの答えは周囲の期待を裏切るものだった。

『どうして治さなくちゃいけないんだ? 治さなくても普通の生活はできる。それならば、無理に治療することはないだろ? 身体が元に戻っても戻らなくても、ヒュンケルはヒュンケルだ。何も変わらねえよ。
 大体さ、お前ら聞いてみたのか? 本当にヒュンケルが治りたいと思っているのかどうかも分からねえじゃんか』

 誰もが呆然と言葉を失った。ポップの言葉が信じられない、とでも言うように。
 誰かがポップを詰る声が聞こえた。それでもポップは自分の意思を通し続けた。

 そして、ずっと無言だったヒュンケルが、その時初めて言葉を発した。

 ―――ポップの言うとおりだ。

 そして彼は静かに語った。自分は元の身体に戻れなくても絶望などしないと。自分を治そうとしてくれるその心だけを受け取っておくと。

 ―――オレは充分救われた。過分であるほどに色々なものを得た。だから、もういいのだ。

 おそらく本心であろうヒュンケルのその言葉に、逆らえる者などひとりも居なかった。





 執務室の戸がノックもなく乱暴に開けられて、ポップは思わず眉根を寄せた。
 犯人はダイだ。勝手に部屋に入ってきたことを咎める気など毛頭ないが、どうしてこの親友は落ち着きがないのだろう。やれやれと言ったように息をつく。

「どうしたんだよ、ダイ。慌てて……」

 言いかけた台詞が途切れたのは、ダイの表情が青ざめ、くちびるが震えていることに気付いたからだ。
 ぞくりと背筋に悪寒が走る。ただならぬ予感、それも嫌な予感が脳裏を駆ける。

「ヒュンケルが……ヒュンケルが、大怪我をして……!」

 ヒュンケルという名と、大怪我という状況がポップの足元をふらつかせる。
 それを必死に堪えて、師の言葉を忠実に守ろうとした。
 大魔道士は冷静に、どんな時でも、何があっても。

 心内でポップは舌打ちをした。なんて難儀な職業なんだろう。
 大魔道士は、大切な人が窮地に陥っていても冷静でいなければならないのだろうか。

「落ち着け、ダイ。まずはヒュンケルのところへ案内してくれ。歩きながら状況を聞く」



 ことの顛末はこうだ。
 いつものようにヒュンケルが団員の指導をしていると、突然ミシェルから申し出があった。
『団長、真剣を使ってみてはいけないでしょうか?』
 当然ヒュンケルは反対しようとしたが、先のポップとの会話が脳裏に浮かぶ。確かに多少真剣にならす必要があるかもしれない。平和な世の中ではあるが”いざというとき”というものは予想できないからこそ起こりえるものなのだ。
 ヒュンケルが見ている団員は年若い少年ばかりで(熟練の団員は他の地域に派遣されていたり、先の大戦で死亡していたため)多少責任を感じていた自分は彼らを甘やかしている面があったのかもしれない。

 ヒュンケルは武器庫から剣を持ってこさせて団員たちに与えた。緊張しているらしい若い団員たちを指導し、手ほどきをしていく。
 ミシェルは真剣でも修練と変わらぬ剣さばきだった。彼はやはり本物の剣士なのかもしれないと、ヒュンケルは淡い笑みを見せてそれを眺める。―――その時に事故は起こった。

 ミシェルには足りなかったのだ。
 ヒュンケルが持っていた剣に賭ける想いと、その意味。そして恐ろしさ。
 剣士としての技量は足りていても資質が足りなかったのだ。

 ミシェルは初めて使う真剣に舞い上がり、そこに油断と慢心が生まれた。そして彼は剣を扱うものとして致命的なことをしてしまった。
 大きく手をふりかぶって下ろした瞬間、彼の手が滑り、剣が鋭い切っ先を向けて飛んでいく。
 その先には彼の仲間が居た。剣の扱いも不慣れな、入団したての若い少年だった。

 ヒュンケルは少年を突き飛ばして彼を庇った。
 少年はかすり傷で済んだが、ヒュンケルのその背には、ミシェルが放った剣が深々と突き刺さっていた。



 血など見慣れているはずなのに。
 鮮血に染まったヒュンケルの衣服を見て、ポップは震撼した。
 レオナや三賢者が治療を施し、ヒュンケルの傷はすでに塞がっている。今は寝台の上で静かに眠っていた。どうやらかなりの出血だったらしい。
 足元がガクガクと小刻みに震えている。この場に居るのが自分ひとりであったら、既に足元から崩れていただろう。


 『どうして治さなくちゃいけないんだ? 治さなくても普通の生活はできる。それならば、無理に治療することはないだろ?』


 そうだ、自分は3年前にそんなことを言った。
 でも、本当は……本当は陰ながら色々研究していたのだ。誰に頼まれなくても、ヒュンケルを治す方法があるならばと。沢山の本を読み、薬草を配合し、呪文の研究をした。
 それでも彼を治すだけの力を持つものは生み出せなかったから。

 大魔道士ポップでも治せない身体。その事実が知れたら、どうなるかは目に見えていた。
 ヒュンケルや周囲の人間をこれ以上絶望させたくなかった。
 だから聞き分けの良い大人のふりをして。ヒュンケルを理解しているふりをして。
 自分自身をその言葉で納得させるしかなかったのだ。

 しかし、今はこんなにも自分が情けなくて、悔しくて仕方ない。
 もしもあのとき治してやることができていたら。
 ヒュンケルはこんな怪我をすることなどなかったはずなのだ。
 昔のようなスピードがあれば、剣に追いつくことができただろう。昔のような反射神経があれば、飛んできた剣を弾くことも綺麗に受け止めることも可能だっただろう。
 大切な彼の団員に、かすり傷ひとつ負わせることなどなかったはず。


 『身体が元に戻っても戻らなくても、ヒュンケルはヒュンケルだ。何も変わらねえよ』


 分かっていた。
 ヒュンケルはヒュンケルだと、分かっていたのに。
 元のような力はなくとも、元のように剣を振るえなくても、ヒュンケルはヒュンケルだと分かっていたのに。
 こうなることも予想はできたはず。
 彼はいつでも自分の身を挺して誰かを守ってきた男だったから。
 武器は持てなくても盾になる。そんな男だと分かっていた。



 ―――いやだ。



 頭では理解できても、認めることなどできはしない。
 それが彼の生き様だと分かっていても、納得などできるはずがない。



 ―――おれは、どうしてもヒュンケルを失いたくない。





 ポップの突然の来訪に、ふたりはとても驚いたようだった。
 大戦で両腕に傷を負った男と、その男に惚れこんで彼の傍に身を置いている北の勇者と呼ばれていた少年。
「お久しぶりです、ポップさん。どうしたんですか?」
 屈託のない笑顔で問いかけるノヴァとは対照的に、ロン・ベルクはポップの表情を見て厳しい顔をしている。
「ふたりに頼みがあって、来た」
 ポップの言葉に、やっぱりといった面持ちでロン・ベルクは息をついた。
「お前らの頼みごとはろくな事がない。まさか武器を作れというのではないだろうな」
「その、まさかさ」
 ポップの声は低く、顔は真剣そのもので……ロンは彼の意思の強さを知る。
「聞くだけ聞いてやる。どんな武器が必要だ」
 ロン・ベルクは逡巡した。ノヴァの技量と、少しだけ動くようになってきた自分の右手。そのふたつを合わせてどこまでの武器が作れるだろうか。
 
 ロンの眼光の鋭さから、彼が自分の要望を受けるつもりだと理解したポップが笑みを見せる。
 強く、そしてどこか儚いその笑顔と、胸に光る輝聖石。
 迷いのないその姿は、驚くほど清廉に目に映る。

「剣を作って欲しい」

 ロンとノヴァは瞠目した。
 魔道士であるポップが剣を所望する理由が分からなかったのだ。
 だが、聡明なる鍛冶職人ロン・ベルクは剣という武器に或る心当たりを見つける。剣の使い手でありながら、友の武器を使い続けた銀髪の魔剣士。

「そう、ヒュンケルの剣を作って欲しい」

 驚いたノヴァが驚愕の声を上げた。
「で、でも……ヒュンケルさんは」
「おれが、絶対に治してみせる」
「ど、どうして今頃になって?」
 ノヴァには理解できないらしく、ポップに疑問の言葉を投げかけてくる。
 しかし、ポップはその問いに答えなかった。



 彼にもう一度武器を持たせるために、自分はヒュンケルを治してみせる。
 自分はもう諦めない。彼にも諦めさせたりしない。
 独りよがりな想いではあるけれど、もう一度ふたりで戦いたいのだ。

 剣こそが彼の武器。
 彼を盾にすることも、自分が盾になることもしたくはない。
 ふたり並んで生きていきたい。




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長くなった…。

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