端が欠けた月が見下ろす小さな村の片隅にある古びた宿の二階の一室。質素なベッドが並べられたその部屋の隅に申し訳程度に置かれている小さなテーブルで一人の少年が真剣な面持ちで分厚い書物のページを捲っては、並べられた小さな文字に念入りに目を通していた。
「良ちゃん」
背中から聞こえた扉を開く音に続く自分を呼ぶ声に少年は振り向き、そのまま自分を呼んだ茶色がかった髪をした少年に小さく笑いかける。その笑顔に答えるかのように相手も笑い、ゆっくりと自分の方へを近付いて来た。
「相変わらず勉強熱心だな。また魔法の本を読んでるのか?」
「うん。僕、これしか取り柄が無いから」
自嘲的な笑顔を浮かべつつも改めて魔術書に視線を戻した魔術師の少年――早坂良麻の横顔を眺めながら、望月駿は小さく口を開いた。
「でも俺達、今まで何度も良ちゃんの魔法に助けられたんだぜ? 小林さんも魔法使えるけど、良ちゃんほどじゃないしさ。正直、お前がいなかったら俺達とっくの昔に死んでたかも知れない」
「そんな大袈裟な…。まだまだ僕は未熟だよ。こうして魔術書を読まないとロクに魔法が使えな……っ!!」
自分を卑下する笑顔を崩さぬ早坂の表情と声を強張らせたのは、背後から伸びた望月の手。それは素早く自分の服の裾から侵入し、胸元を無遠慮に探って来る。良いだろ?耳元に入る望月の誘いの台詞と微かに荒い息遣いに、これからされる行為が何であるか判断した早坂は頬を紅潮させたが、慌てて自分の手を胸元に突っ込んで望月の手首を掴んだ。
「だ、駄目っ!」
「!」
掴まれた手は無理矢理胸元から追い出され、行き場所を失って空を掻く。予想外の反応に望月は眉間に皺を寄せ、不満そうに唇を尖らせた。
「何だよケチーッ! 良いじゃん、そろそろヤらせてくれたって。竜二さん達は酒場に行ってて暫く帰って来ないんだから今の内に…」
「駄目なんだよ!! せ、誓約にもあるんだから。えっと、このページの上から三行目を読んでみてくれないかな」
いまだ頬を赤くさせている早坂が指を小さく震わせながら手元の書物をパラパラと捲り、お目当てのページであろう巨大な魔法陣が描かれているページの近くに書かれている文字を指差すが、望月にはそれは様々なミミズの団体が無造作にのたくりあって、さまよって、頭と頭をぶつけ合っている風にしか見えなかった。
「古代語なんか読めねぇよ」
「……。え、えーっと、その、だからね。ここに書いてるのを要約すると、僕の魔力は純潔を失うと無くなっちゃうんだよ」
「純潔? お前、男じゃねぇか」
小さく咳払いをしつつ説明した“ミミズ文字”が記している内容を聞いた途端に怪訝そうに眉を顰め、改めて唇を歪めた望月に、早坂はやや困惑した顔を浮かべて黒い頭を掻いた。
「あぁ、もう…何て言えば良いのかな。つまり、相手が男の人だろうが女の人だろうが、身体を性的に接触させるとアウトって言うか何て言うか……もう、とにかくHな事したら駄目って事!!」
「えーっ! つまんねーつまんねーつまんねーっ!!」
「うるさいっ!」
性交禁止令を聞いた途端に、わざとらしく手足をばたつかせてブーイングを漏らす望月に向かって柄にもなく一喝した早坂は魔術書をパタンと閉じてテーブルの上に置いた。
「今は僕の魔力が必要なんだろう? だから仕方ないよ」
「ちぇーっ」
「駿君」
不満そうに唇を尖らせる望月に微かに困ったような笑顔を見せた早坂がゆっくりと望月の胸に顔を埋め、静かに言葉を続けた。
「もしも、この世界が平和になったら…僕の魔力が必要じゃなくなったら…その時に君に一杯抱かれてあげる。それじゃ駄目かな?」
「……!」
頬を染めつつ、上目遣いで自分を見詰めて来る早坂の表情に望月の顔は呆気なく赤くなり、心臓も無駄に大きな音を立て始める。余りにも露骨な自分の反応を隠すかのように望月は早坂の身体を優しく抱き締めた。
「駄目な訳無ぇだろ? それで良いよ…」
「良かった」
望月の返事(その声は微かに上ずっていたが、特に気にはしなかった)と自分を包み込む腕の温もりにニコッとあどけない笑顔を浮かべ、ゆっくりと腕を相手の背中に回す。抱き締め合う事によって感じる心地良い体温に目を閉じながら、早坂は小さく口を開いた。
「ゴメン、駿君。…有難う」
「ば、馬鹿。謝んなよ!」
「ふふっ」
何処か動揺を感じる望月の声に、おかしそうに笑いながら甘えるように頬を望月の胸に擦りつけると、自分を抱き締めている腕が優しく背中を撫でて来る。目を閉じて互いの温もりを感じ合う二人の少年の様子を宿の窓越しに見詰める鴉の不気味な紅の瞳が闇の中で光った。
「なぁ、ちょっとこの辺で休まねぇ? 俺、もー限界」
数日ほど滞在していた村を離れて数刻後の事。森の中を進む一行の先頭にいた服部竜二が頭を押さえながら振り返ると小林政男が呆れ顔で肩をすくめた。
「二日酔いですか? だから、あの時私は止めたではないですか。せいぜい二杯ぐらいで止めておけって。それなのに、貴方は私の制止も聞かずにドンドン呑んで…」
「だって、あの酒場の林檎酒マジで美味かったんだぜ? さすが、村の名産品って豪語するだけあるよなぁ」
早々と武器や荷物を降ろし、手近な大木の根にどっかりと腰を下ろして呑気に笑う竜二に続いて、他の仲間達も荷物を地面に置いて座り込む。だが、早坂だけはその場に立ち止まったまま怪訝そうな顔で空を見上げていた。
「うん? どうしたんだよ、早坂。お前も休めって。ずっと歩いてて疲れただろ?」
「ねぇ、あの鳥…」
「あ?」
早坂がゆっくりと指差す先にいたのは木々の間から抜けた青空の中で飛び回る一羽の漆黒の鳥。眩しい日の光に目を細めつつ見詰めてくる一行の視線も構わずに、鳥は彼らの上空をグルグルと落ち着き無く飛んでいる。
「カラスみたいだな。あれがどうかしたのか?」
「うん。あの真っ黒い鳥、ずっと僕達を追いかけてる気がするんだ。確か、僕達が村を出る時にもいたような…」
「ふぅん…? 食い物でも恵んで欲しいのかな?」
「いや、俺達の中から近い内に死人が出るって予測しているのかも」
「うわ、キツイなそれ。勘弁してくれよ」
荷物の中から取り出した干し林檎の薄切りを齧りながら笑う竜二達だったが、それでも表情を変えずに鳥から眼を反らさない早坂を見た途端に笑顔が消えた。望月が立ち上がって、早坂の肩を軽く叩きつつ顔を覗き込む。
「心配し過ぎだって、良ちゃん」
「でも…」
「…よく気付いたな」
「うん? 竜二さん、何か言いました?」
「いや、俺は何も喋ってな……うわあぁっ!?」
竜二のそれと酷似した声が空から聞こえた瞬間に地面から植物のツルを思わせる何かが生え、一行達の手足に絡み付いていく。
ただ一人、魔術師の少年を除いては。
「な、何だよコレっ! 気持ち悪ぃな!!」
「…くっ! 私の力でも、引き千切れないとはっ…!!」
振り払おうと、引き千切ろうと、もがけばもがくほどに絡みつくツルに焦る仲間達に早坂は暫く顔を青くして突っ立っていたが、漸く自分がすべき事を考えて持っていた杖を振りかざした。だが
「わあああぁぁっ!!」
「良ちゃんっ!!」
何か術を唱えんと杖を振り上げた瞬間に、顔の横を例の鳥が素早く飛んで翼を広げたかと思うと、漆黒の羽は同色のマントになり、鳥の姿をしていたそれは一人の男に変わる。顔をマントと同じ色の仮面で覆ったその男は早坂の身体を抱え、ふわりと宙に浮いた。
「うっ…くっ、は、離、せっ…!!」
「暴れるな。お前を運ぶこっちの身にもなれ」
「―――――っ!!」
男の拳が早坂の胸元に軽く触れ、中指の辺りが一瞬眩しく光った途端にもがいていた早坂の全身から力が抜け、頭がガクンッと音が聞こえそうなまでに激しく下を向いた。カツンッ。早坂の左手から滑り落ちた杖が空から落ちて地面の上で小さく跳ねる。
「!! て、てめぇっ!! 良ちゃんに何をした!!」
「騒ぐな。眠らせただけだ。…コイツは我が帝国の大切な客人だからな」
「帝国の!? お前、一体…!!」
「…………」
竜二の声に男はゆっくりと振り向き、体温を感じぬ鉄仮面の瞳にあたる部分から竜二をじっと見詰めていたが、やがてふっと顔をそらして静かに言った。
「いずれ、分かる。この魔術師は貰っていくぞ」
「くそっ…くそっ…!良、ちゃんっ…!!」
「そんなに暴れなくても、この場から俺が去ればそれも消える。そのままお前達を大地に繋ぎ止めて、野垂れ死にさせる事も出来るが、流石にそれは面白くないからな」
「ち、畜生っ…馬鹿に、しやがって…!!」
「それは甘く見たくなる位にお前達が弱いからだ。ハハハハハッ…!!」
笑い声を天に響かせながら漆黒の男が早坂と共に霧のように消えた瞬間、自分達の手足に絡み付いていたツルも幻だったかのように姿を消す。身体が自由になると同時に望月は地面に転がっている杖に向かって駆けた。
「っくしょう…畜生畜生畜生っ!!!!」
余りにもふがいない自分自身に対する怒りを拳に託し、拳から血が滲み出るのも構わずに幾度も地面を殴りつける。震える唇を噛み締めながら早坂が落とした杖を胸元に抱き締める望月の頬には幾筋もの悔し涙が伝っていた。
<To Be Continued......>
流石にエロ以外のシーンは行き当たりばったりなだけあって内容が薄いです。
一目で適当に書いたのが分かりますね。
特に謎の男(正体バレバレ)の台詞なんて、だっせぇ少年漫画みたいで書いてる本人もナニでアレな感じだよ…。
さぁ、第2章からはファンタジーの真の本編(=エロ)が始まっちゃうよ!!
でもだいぶ長い事放置してるよ!やる気あるのかコラ。