「………ワレン…?…えっ………今、何て…………」
青年の台詞が己の聞き間違えである事を祈りながら、青年に問う。だが、青年は笑顔を崩さないまま、嘲りの視線を変えないまま、同じ台詞を言った。
「えぇ姿やなって言うたんや。お前にはごっつ御似合いやわ」
「――――――!!!」
衝撃が胸を貫き、小さく開いた口が大量の息を飲み込む。想像すら出来なかった裏切りを思わせる台詞。嘘だ。こんなの絶対嘘だ。ワレンは嘘を吐いてるんだ。
「…………嘘だ……嘘だよなワレン……。なぁ、嘘なんだろ?」
心の呟きが、そのまま口から出る。不安と悲しみと僅かな希望で揺れる深夜蒼の瞳をチラリと見た後、青年はポケットから煙草を取り出して火を点け、ゆったりと煙を吐き出した。
「時には嘘も必要やって言うたやろ。俺の行動は…お前を守ろうとしたんは皆嘘や。お前を“懐かせて”此処に連れ込むための作戦やったんや。ま、ヤり心地は良かったねんけどな」
「何だ。抓み食いしたのか?」
「えぇ。せやけどそいつが誘ったんやから、しゃーないやないですか。…そいつはかなりのスキモノやから楽しめると思いますで」
アハハハハ…と笑い合う2人の声を虚ろに聞く少年の瞳は自分の真下にあるシーツにあった。シーツを見つめる視界がボンヤリと滲み、滲みの原因である涙がポツポツと流れ落ちて行く。くぅっ……と口の中で漏れる高めの呻き声は、そのまま泣きじゃくりの声となり、気が付けば少年は子供のように泣き叫んでいた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああぁぁぁっ!!!!」
何時も見せてくれた人懐っこい笑顔も、守らせてくれって言った事も、自分を大金で買って身売りを止めさせようとした事も嘘?好きと言ってくれた事も、優しく抱いてくれた事も全てが嘘?違う。それ自体が嘘なんだよな、ワレン。お願いだから…そう言って………
「うっさいなぁ………」
“嘘だ”と言う言葉以外知らないかのように泣き叫び続ける少年を青年は鬱陶しそうに見ながら露骨に舌打ちをする。そして、泣き叫ぶ少年の眼前まで近付いたかと思うと手にしていた煙草の火を少年の甲に押し付けた。ジュッと言う肉の焼ける音が聞こえた瞬間、少年は一瞬黙り、煙の上る己の手の甲を見つめ、そして
「ああぁ……ぅあ……うわあああぁぁぁああっ!!!」
言葉にならない叫び声を発し、手の甲を押さえながらベッドに突っ伏した。手の甲の痛みよりも心の痛みの方が強かった。唯一信じていた存在に裏切られる。それは少年の心を容赦なく抉り、裏市街に来てから今まで受けてきた屈辱の傷の全てを掻き集めても適わない位に深い傷を作った。
「あーあ。余計に泣きだしてもうたわ。ホンマ鬱陶しいやっちゃなぁ…」
「余り苛めるなよ、ワレンシュタイン。可哀想じゃないか」
咎めるような台詞とは一致しない冷酷な笑みを見せる皇帝に青年も同じような笑顔を返して踵を返す。
「ま、後は陛下のテクニックでどうにかしたって下さい」
皇帝の返事を聞く前に出口へ向かい、重い扉を開けて部屋を去る。広い寝室には絶望と苦痛で慟哭を続ける少年と、その姿を冷たい微笑を浮かべながら見つめる皇帝のみが残った。

 皇帝の言い付け通り、寝室の前で“警護”する青年の耳に流れ込んで来るのは性交時特有の音。悲鳴。慟哭。快楽の叫び。厚い扉の筈なのに此処までリアルに聞こえてしまうのは意識的に耳を澄ませてしまっているからだろうか。
「やだっ……もう………中は嫌あぁぁっ………!」
「お願いだから……許し………許して…くだ…さい……」
定期的に聞こえる少年の懇願の声。時折、裏切り者である筈の自分を呼ぶ声さえ聞こえて来る。それを完全に無視して皇帝は少年の身体を弄んでいるのだろう。そして、少年は自分の裏切りによってズタズタに引き裂かれた心の傷に塩を塗り込まれているのだろう。
 本当は耳を塞ぎたい。いや、今すぐにでも部屋に飛び込んで少年を救い出したい。実際、少年の懇願の声や自分の助けを求める声を聞く度に、手が腰から提げた剣に移動し、剣を抜き放って部屋に飛び込みそうになる衝動を必死に抑えていた。
 そう。少年の言う通り、嘘は自分がさっき取った彼への態度だった。最初はこんな筈ではなかった。皇帝の命令はこうだったのだ。
「今、裏市街に暮らすハミルカルの忘れ形見は誰にも心を開かない少年らしい。だが、お前なら彼の心を開かせて帝国兵にさせてやる事が出来るかも知れない。だから、お前が彼を見守ってやってくれ」
自分は命令通りに、彼と付き合った。途中から命令抜きで友として、それ以上の存在として彼を見るようになった。そして、彼が自分に対して心を開きつつあると報告した日。命令の内容が変わった。その命令の内容が、今行われている“処罰”。そして、自分は少年を裏切る事を命令された。
 全ては皇帝のシナリオ通り。他人に心を開こうとしない悪徳の少年を“懐かせる”為の操り人形である自分。勿論、彼は処罰に反対した。しかし………
「………………」
部屋から漏れる泣き声に胸を痛めながら、首の辺りを探ると出て来たのは小さなメダリオン。銀で出来たそれを開けると、中で愛くるしい少女が笑顔を見せていた。皇帝に人質に取られた、たった一人の妹。命令に背けば、彼女はこの先皇帝の権力によって何をされるか分からない。妹の不幸を取るか友への裏切りを取るか。迫られた選択。そして、彼が選んだのは…………
「ゴメンな、ハンニ……俺、お前を守れへんかった……」
メダリオンを抱き締める青年の瞳から大粒の涙が溢れ出て、床や靴先を濡らしていく。悔し涙を流し続ける青年の耳に少年の殆ど枯れ果てた悲鳴が飛び込んで来た。

 少年の頬に掛けられた処罰の終わりを告げる欲情は幾度も果てた所為か、水っぽい透明な液体と化していた。頬に生温かさを感じながら虚ろな瞳の少年は目を瞑る。漸く許された失神。漸く与えられた全てを忘れて意識を捨てる時間。死んだように動かなくなった少年を見下ろしながら、服を整えた皇帝は扉の方に目をやった。
「ワレンシュタイン、いるか?」
扉が開き、長身の兵が無言で入って来る。その僅かに赤い目に皇帝は内心でニヤリと笑いながら、近くに倒れている少年を顎でしゃくる。
「処罰は終わった。仮眠室にでも連れて行け」
「………処罰……っちゅーより…陛下の“排出行為”ちゃいます?」
少年の頬を濡らす涙とは違う透明な何かと、足の間からトロトロと流れ出ている白濁液を汚らわしそうに見ながら、非難混じりの声で言う青年に皇帝は例によって冷笑を浮かべ、端を吊り上げたままの口を開いた。
「……私に対する忠誠心を身体に刻み込んだだけだ。……私に逆らうような口の利き方だな?」
「……………………………」
沈黙と張り詰めた空気が寝室を包み込む。その異世界のような空間に先に耐え切れなくなったのは青年の方だった。
「……いえ、そう言う訳ちゃいます」
マントを外しながらベッドに近付き、少年の裸体を包んで抱き上げる。冷笑を崩さぬ皇帝を一瞥しながら、青年は失礼します、と深々と御辞儀をし、部屋を後にした。

 兵士用の質素な仮眠室には誰も居なかった。扉を閉め、手前の小さなベッドに少年の身体をそっと横たえ、真っ赤な髪を手櫛で梳く。ゴメンな、ハンニ。辛かったやろ。あんな変態皇帝の排出行為の相手させられたもんなぁ。手近な布で少年の顔を汚している精を丁寧に拭い取りながら、青年は溜め息をついた。
 家族の為に自分を犠牲にした少年。家族の為に自分を慕ってくれた存在を皇帝に売り渡した自分。
「……俺…最低や…………」
消え入りそうな声で呟きながら少年の手を握り締め、そのまま自分の額に押し付ける。少年の手は生命が無い器であるかのように冷たかった。
 今、彼が起きたらどうなるのだろう。きっと、思い付く限りの呪いと憎しみの言葉をぶつけてくるだろう。そして、前のように自分にあどけない笑顔を見せる日は永遠に訪れないであろう。
「……そんなん………嫌や…」
首を何度も横に振り、握り締めている手を震わせる青年の目からは新たな涙が溢れ、ポロポロと頬を伝って行った。このまま、2人の間に深い溝を作ったままでいろと言うのだろうか?治安の悪いあの場所で過ごした彼との時間はあんなに充実していたのに?
「………………」
少年の冷たい手を離して布団の中に入れた後、ポケットから小指程の大きさの筒を取り出し、蓋を開けて手の平の上で振ると白い錠剤が2つ転がり出て来た。知り合いの老魔術師に調合して貰った記憶消去の薬。最初の内は本当に効果があるのかと疑っていた。しかし、今ではその薬の効果に頼らざるを得ない状況に陥っていた。もし、この薬の効果が本当に現れれば、自分と少年は全て最初からやり直す事が出来る。それを信じて、青年は手の平の錠剤の1つを手に取った。
 1つを自分の頬に流れる涙に押し当て、もう1つを少年の目から横に伝い落ちている涙に押し当てる。互いの涙を染み込ませたそれを飲めば、その涙を流した人物に関する事は何もかも忘れてしまう。そんなに都合良く記憶が消去出来るのかと再度疑ってしまうが、少年の青い顔を見るとその疑いも一気に頭から追放された。
「……ホンマ堪忍してや、ハンニ」
俺達の関係はゼロからやり直しや。自分勝手やって思うかも知れへんけど…俺、お前が好きやから、今の記憶引き摺るのごっつ辛いねん。せやから…リセットさせてや。
 少年の身体をそっと抱き上げ、唇を重ねて錠剤を少年の口の中に送り込む。その後に、素早く水も口移しで送り込むと少年はアッサリと喉を鳴らして錠剤を飲み込んだ。これで彼が目を覚ました頃には記憶の中からワレンシュタインの存在は消去される。薬を飲み込んだ事を確認した青年は、ゆっくりと少年を寝かせ、自分も残りの錠剤に目をやった。
「ゴメンな、ハンニ。…もし、また俺達が何かの縁で友達か何かになれたら…そん時は今度こそお前を守ったる。お前に何かが起こったら相手が何やろうと一緒に戦ったるからな」
再度、少年の寝顔を見つめた後、錠剤を口に含んで勢い良く水を喉に流し込む。ゴクッと喉を鳴らして薬を飲み込んだ青年は少年に背中を向け、仮眠室を後にした。
 そして、数分後。全てはリセットされた。

 その日。兵士寮の一室に一人の新兵が入って来た。まだ何処かあどけなさが残る顔。漆黒の髪に深夜蒼の瞳。均整の取れた長身は質素な鎧を身に纏っている。目の前の扉に手をかけた時、横から男の声がした。声の方を振り向くと、一人の兵が駆け寄って来る。人懐っこい笑顔と鳶色髪が印象的な青年だった。
「何や、見た事無い顔やなぁ。新人さんかいな?」
「……え?あ、はい………」
奇妙な言葉使いに面食らいながらも返事する新兵に青年はニッと歯を見せて笑い掛けて来た。
「んな緊張せんでもえぇって!俺も兵になって日が浅いしやな。仲良くしようや」
手をズボンに擦り付け、握手を求めてくる手に自然と自分も手を突き出してしまう。元々人見知りが激しく、人嫌いの傾向がある自分にとっては珍しい事だった。
(初めて会ったような気がしない………)
心の中で呟きながら、青年の顔を凝視する。何処かで見たような、自分にとって何か特別な存在であるかのような人物。だが、頭をフル回転させても思い出す事が出来ず、結局“気の所為だ”の一言で終わらせてしまった。
 青年の方も自分と同じような感触を覚えたらしい。自分の深夜蒼の瞳をじっと見つめ、何か考えているようだったが、10を数える間に元の笑顔を取り戻していた。
「ハハッ…何や知らんけど俺ら仲良くなれそうやな。そんな感じするわ。俺、ワレンシュタイン言うねん。ヨロシクな」
「……私はハンニバルと言います。今日からこのアバロンの帝国兵として働く事になりました。宜しく御願い致します、ワレンシュタインさん」
「ハンニバル、か。珍しいけど、えぇ名前やなぁ。…それに俺に敬語はいらへんし、呼び捨てでえぇわ。堅苦しいのは嫌いやし。ほなヨロシクなハンニ」
握手する手に力を加えてニカッと笑うワレンシュタインにハンニバルも自然と微笑を返していた。その心の中には裏市街での屈辱の傷と記憶が残っていたけれども。皇帝による陵辱の痛みも残っていたけれども。しかし、最も深い傷の要因はどうしても思い出す事が出来なかった。

 少年だったハンニバルを苦しめ続けた心の傷。だが、時の流れと唯一無二の親友と言う存在が傷を僅かずつながら癒していった。
 彼が普通の幸せを手にいられる保証は何処にもなかったけれど。

<To Be Continued…?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


*後書き(言い訳)*

クソ長えぇーーっ!!!
皆さんお疲れ様でした。今回も何故か長くなってしまいました。
この話…4、5章位で終わる筈だったのになぁ?
どうしてこんなに長くなるのやら……。

今回は殆どオリジナル状態です。全て私の妄想話。
腕力最強のインペリアルガード様が元不良少年だなんていかんでしょ。←なら何故書いた。
ただ昔の荒れたハンニバルを書いてみたかったんですよ。
あと、ワレンシュタインとの関係(出会い)も。
しかし、オリジナルっぽい事に変わりはない。

で、今回一番自分としては印象的だった事。
ハンニ馬鹿過ぎ。ワレン卑怯過ぎ。
トドメに…ワレンはストーカーですか!?
何かハンニの居る先々に奴が居ます。絶対待ち伏せしてますコイツ。

今回はかなり異色…だったかも。ハンニがワレンにときめいていますしね。
っちゅーか話の展開やラストが相変わらず弱過ぎる。
実は一番苦手なのは小説の締め括りなんです。…言い訳ですね。
ちなみに、最後が「つづく」っぽくなってるのは読んだ方なら分かると思いますが
「何もかも忘れて…」に関係があるんです。
最初はそうするつもりは無かったんですけど……。行き当たり人生万歳。
↑「何もかも忘れて…」は現在撤去してます。と言う訳でラストの文も少しだけ変えました。
後、ハンニとワレンが「少年」「青年」と言う表記になっているのも…何となくです。
 

ワレンとハンニはこの小説ではラブラブかましていますが、
現在(インペリアルガード就任後)の2人は例によって親友ですので誤解の無きよう。

後、ワレンがハンニを裏切った理由である妹ですが
詳しい設定はまだ無いです。
ワレンより5歳ばかり年下で可愛らしい女の子。
怖い物知らずで敵無しの彼にとって唯一頭が上がらない存在。
つまり、ウチのワレンは妹に甘くて弱いです。
ハンニの身売りの理由はベタ過ぎるのでパス。

今回は荒れてるハンニと言う事で、かなり口調違います。
いつもの堅物口調とはだいぶ違って、新鮮な感じでした♪
ちなみに「ハンニバル」が「バール神の御気に入り」と言う意味である事は本当ですが(伝記より)
バール神が古代の戦闘神である事は嘘っぱちです。
と、とにかく、彼らの世界では「バール=無敵の古代戦闘神」と言う事で。まさに妄想設定。
ハンニバルの父親の名前「ハミルカル」も伝記から取りました。
…普通はゲームの中に出て来るRS2キャラを親にするよね。
ワレンに関しては、例によって関西弁がエセっぽいです。九州人なので勘弁して下さい←…。

長い小説になってしまいましたが最後まで読んで下さって有難う御座いました。