激しく息を切らしながら早坂は目の前の自宅を見上げた。無我夢中で走っている内に到着していた家は、さっきの教室のように明かりが無い。両親は旅行に出かけ、自分は留守番を買って出たのだから当たり前の事だった。
 ポケットから鍵を取り出して扉を開けると、ニャアと言う歓迎の声と共に猫が階段から駆け下りて来て、主人の足の周りをうろちょろした。
「ただいま、遅くなってゴメンね?」
玄関の電気を点けて抱き上げるとゴロゴロと喉を鳴らして来た猫にニコッと笑いかけるが、その心の内はかなり打ちひしがれている状態だった。
 分かっていた。分かっているつもりだった。駿君が本当に好きなのは小林君だと言う事。それなのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。僕は未練がましい人間なのだろうか。家の中の明かりを点け、猫に餌をやりながら溜め息を吐くと同時に思い出すのが小林の笑顔。あの勝ち誇った笑顔と望月が小林に言っていた“好き”が改めて胸を切りつけ、貫いて来る。
「嫌っ……嫌ぁぁっ!!」
胸の痛みの余り、感情をそのまま叫びながら頭を抱えて座り込み、一点を見詰める瞳から大粒の涙をボトボトと零す。食い縛っている奥の歯が大きく震え、ガチガチと硬い接触音をあげた。その音が聞き慣れない音だったのか、器に頭を突っ込んで餌を食べていた猫が顔を上げ、何事かと言わんばかりに音の発生源である飼い主を丸い目で見詰めていると、早坂はその視線に気付いたのか顔を上げ、慌てて笑顔を作って猫の頭を撫でた。
「あ…あぁ、ゴメン。ご飯食べてるのに大声出しちゃって。何も心配要らないんだよ?」
頭を撫でていた手をそのまま顎の下に動かして、くすぐるようにすると猫も安心したのか改めて食事を始め、早坂はそれに微笑みかけた後、階段を上がって自室に向かった。
 机に突っ伏して眼を閉じると、嫌だと言うのについさっきまでの情事が瞼の裏に蘇り、胸の痛みと涙も蘇って机を濡らして行く。何もかもが自分を虐げているような被害妄想が衰弱している精神に入り込み、机の引出しを開けさせる。中から取り出したのは、量がかなり減って来ている甘い媚薬だった。
 この苦しみを一時的でも忘れるにはこれを使うしかない。胸の痛みを歪んだ欲望に変えた早坂は私服に着替えると、媚薬の入った鞄を片手に部屋を出た。

 やっぱり、ちょっと早かったかな。相変わらず派手な明かりが目立つ街を歩く足取りが何処となくおぼつかない感じがする。普段なら“相手”を見つけた後に使用する媚薬を家を出る直前に使用してしまったから無理も無い。口の中で無駄に溜まって来ている唾液を何度も飲み込み、人とすれ違う度に淫行に誘いたくなる衝動を必死に抑える。だが、薬はそんな早坂を嘲笑うかのように効果を発揮し、耐え続ける身体の中の熱の温度を余計に強める。本気で気が狂いそうな感触に目を硬く瞑り、震えだしそうな身体を強く抱き締める早坂の肩に何かが触れた。
「……………?」
息を荒くしながら肩に触れた何かの正体を見ようと振り向くと、若い男が薄い笑顔を浮かべながら立っており、早坂の瞳を覗き込んだ後、その笑みを強めた。
「…お前、これから用事とかあるのか?」
「………………」
台詞の意味を理解して小さく首を横に振りながら早坂はうっすらと微笑んだ。今日はこの人が満たしてくれるんだね。この後、行われるであろう行為に思わずクスクスと笑うと男は少し目を丸くしたが何も言わずに触れていた肩を抱き寄せる。二つの影がネオンで無理矢理明るくさせている夜の闇の中に消えた。

「ぅんっ………あ、……はぁっ……」
シーツを力の限りに掴み、目をギュッと瞑る。橙色の丸い明かりに照らされた早坂の腰が高く掲げられ、その中心に男の指が激しく上下すると媚薬がクチュクチュと淫靡な音を立てた。
「何だ、最初から準備出来てるんじゃないか。……潤滑油でも使ったのか?」
「……う…うぅん………油じゃなくって…媚薬………」
早坂の答えに男は微かに驚いたような表情を浮かべたが、すぐに納得したような表情に変えて頷いた。
「成る程な。だから、発情した顔してたって訳か」
「は、発情なんて……そんな………あっ…!!」
思わず否定しようとした早坂の顔が強張り、慌てて後ろにいる相手の方を振り返ると男は早坂から指を離してベッドの端に座っていた。
「い…嫌だ………弄ってぇっ!!」
中途半端な刺激を与えられた事で媚薬に完全支配されてしまい、叫びながら男の腕を掴んで淫らな行為の続きをせがむと煙草を口に咥えていた男は、まだ火の点いていないそれを灰皿の隅に置いて高笑いをした。
「ほら見ろよ。発情してるじゃないか」
「はぁっ……はぁっ…お、お願いっ………早く…続きして……もう…入れて良いからぁっ!!」
男の返事を待つ前に獣の体勢になって腰を突き出し、男がそれを強要する前に淫らな懇願を口にする。
「入れて……僕のHな―――に…―――ハメて…」
僕はこんな言葉を何時、何処で覚えてしまったんだろう。今ではすっかり弱まっている理性の何処かが戸惑うが男の手が触れた瞬間に、その戸惑いは消えてしまう。発情している淫乱な自分を戒めるように突き刺し、貫いた瞬間、ホテルの一室に歓喜の叫びに似た声が響き渡った。
「…んぁっ……はっ…い……イイ…よ………もっと…滅茶苦茶にしてぇえっ!!」
自ら壊される事を望むように激しく腰を揺さぶる早坂の反応に男は目を細め、腕を伸ばして胸元の突起を指で軽く抓った。
「全く…発情している上にマゾか?本当にやらしい奴だな」
「や…やらしい…よ……僕………だって…今……凄く滅茶苦茶にされたいんだもん…何もかも壊されたい位……」
だから、いっぱい奥まで突いて。身体を一回離し、体位を変える為に互いに向き合うと同時に腕を伸ばして誘い込む姿に相手は唾を飲み込み、そのまま両足首を掴んで広げたかと思うと、さっきと同じように容赦無く捻りこんで来た。
「ひああぁぁっ!!す…凄い……ぃ…もっと…もっとして…」
必死に腕を伸ばして相手に抱き付き、肩に頭を埋める早坂の瞳から涙が零れた。もっと、もっと滅茶苦茶にして。今の僕の心の中のように。そして、僕を壊して。何もかも忘れさせて―――
「分かってる。お望み通りにしてやるよ」
「ゃっ………ぁ……ああぁああぁーっ!!」
突如襲った衝撃に悲鳴を上げ、思わず背中に爪を立てると耳元に痛みによる呻きと舌打ちが聞こえた気がしたが、背中に引っ掛けた手を離すつもりは無かった。相手に強く抱き付き、性交に身を委ねて眼を閉じる早坂の瞼の裏に突如親友の顔が蘇る。小林と一緒に快楽に耽り、ひたすら彼の事が好きだと言っていた親友。その姿が早坂の乱れた心の中を余計にグチャグチャにした。
「…駿君………どうして…ぇ……」
無意識の内に出た、自分でも意味の分からない台詞。だが、それは本当に微かな声だったので早坂の身体を楽しむのに夢中である男の耳に入る事は無かった。その証拠に。
「な…なぁ……お前の―――すっげぇイイよ。やっぱヤり慣れてるからか?」
「そう…なのかな……自分じゃ良く分からないけど……ぁ…んっ…!!」
身体が大きく跳ねた早坂の両足の間に男の手が入り込み、露に塗れたそれの先端を指先で丹念に弄ると呆気なく露の量が増加され、側面や男の手を濡らしていった。
「ひっ………ぅあっ…駄目ぇ……!」
「本当は駄目なんかじゃないだろ?弄った途端に締めて来て……」
面白そうに言いながらも、相手の腰の律動は急激に速まって来ている事に早坂はある事に気付き、そのまま両足を相手の腰に絡めた。
「だ…出すなら…全部中に出して……僕が女の子だったら…妊娠しちゃう位……」
「!!」
思わぬ台詞に男は目を丸めたが、妊娠と言う言葉が妙に頭に響き、腰の動きを激しくする。そうだ、コイツは男なんだから、どんなに出しても孕む事は無い。早坂の狙い通りに男は動き、奥まで到達すると共に大量の体液をその場で吐き出し、それは暫く止まる事は無かった。

 行為を終えた気だるい空気を部屋のボンヤリした明かりが表現する中、早坂が相手の男の腹部に舌を這わせ、自分が吐き出した精を丹念に舐め取っていると、男は未だ精と体液に塗れたままの一物を早坂の口の前に突き出した。
「こっちの方も掃除しろよ。コレのおかげでお前は狂ったように叫びながらイッたんだ。感謝して欲しいもんだな」
「は…はい…有難う……御座います………」
濡れたそれを躊躇なく掴んで恭しく礼をした後、万謝の口付けを先端に幾度もして喉の奥まで突き入れる。自分の下半身の辺りで動く頭を満足げに撫でながら男は棚の上にあった何かに手を伸ばし、中を探った。
「ほら、取っとけよ」
「……え?………あ…そ、そんなの……」
奉仕を中断すると共に顔を強張らせる早坂の近くに撒かれたのは福沢諭吉が描かれた紙幣数枚。慌てて掻き集めて返そうとする早坂に男はニヤリと笑いながら首を振った。
「貰っとけって。そんな反応しても分かってるんだ。お前、金目当てでヤッてるんだろ?」
「ち、違……僕…そんなつもりで……」
「そうやって無欲なフリをするのが、また可愛いねぇ。そんな可愛い所見せて余計にお小遣い貰おうって事か」
「要らないってば!!僕…お金なんか………」
「金目当てでポルノビデオに出た奴が何言ってんだよ」
「!?」
金を突き返す姿勢のまま凍り付いてしまった少年を見下しながら、男は煙草に火を点けてゆったりと煙を吐いた。
「面白そうだから知らないフリしてたけど、お前一部じゃ有名なんだぜ?無修正のレイプビデオに出てたらしいが、アレも実は高い出演料貰ってたんだってな」
嘘だ。お金なんか一銭も貰ってないし、お金を積まれてもあんな悪質なビデオに自分の意志で出る訳が無い。誰かが勝手に作った冗談に尾鰭が付いて来て、とんでもない事になってるんだ。そう口にすれば、少なくとも相手の男だけは信用してくれた(その可能性は低い方だと思うが)かも知れないのに、その言い訳を口にする前に早坂の髪は掴まれ、中断していた奉仕行為の再開を強要された。
「休んでないで続きしろよ。上手に出来たらもう少しあげてやっても良いぞ?金の亡者さん」
「……うっ……んぅ…うぅぅ…!!」
そんな…違うのに………!!涙を流して訴えようとするが、頭を掴まれている上に喉の奥まで当たるように突き入れられている状態なのでまともに話す事も出来ない。心の中で、塞がれた口で伝わらない言い訳を必死にしながら激しく嗚咽する早坂の口内に容赦無く精を放たれるまで、それほど時間はかからなかった。

  明かりの点いていない暗い部屋でチカチカッと蛍光灯の発光音が耳に入る。机の周り以外は闇と化している自室で早坂は椅子に座りながら机の引出しを開け、綺麗に整理されている其処から2冊の通帳を取り出した。机の蛍光灯に照らされるのは通帳の中身。1冊は子供の頃から余った小遣いやお年玉をコツコツと貯めて来た“綺麗な金”の通帳。もう片方は、つい最近家族には内緒で作った別の銀行の通帳であり、それに記されているのは自分の身体がいかに汚れているかと言う証だった。
  金目当てでビデオに出た金の亡者。何時の間にか貼られていた不名誉なレッテル。金なんか欲しくないのに、自分を抱く人間は行為を終えた後、数枚の紙幣を置いて去って行く(勿論、金など払わずに去る者もいたが正直そっちの方が有り難かった)。最初は、その金を使って無理矢理豪遊でもしようかと思ったが、とても汚れた金で贅沢をする気にはなれず(それ以前に、贅沢の仕方を知らなかった)、だからと言って現在旅行中の両親に何かをプレゼントするには相応しくない金で。そして、自分と同じくらいに汚れた金は使われる事の無いまま貯まって行き、気が付けば莫大な金額となって幼い頃からの貯金をアッサリと追い抜こうとしていた。
「……………はぁ……」
溜め息を吐いて通帳を閉じると銀行のマスコットであろう動物のキャラクターが愛くるしい笑顔を見せていたが、早坂にはそれが自分に対する嘲りの笑いに見えた。その隣にいるリボンを付けたマスコットキャラクターの円らな瞳が軽蔑の瞳に見えた。それに付随するかのように何処からともなく笑い声が聞こえて来るような気がした。自分の周りを包む闇に自分を追い込む悪魔が潜み、集団で指差しているような気がした。アイツは汚れてる。アイツはもう駄目だ。アイツはもう戻れない――――
「あぁ……あっ……やだっ………やああぁぁぁああーーーーっ!!!!」
叫びながら頭を抱え、机に額を擦り付けながら目を瞑ると、数日前の悪夢がトドメを刺すように脳裏に浮かぶ。小林の勝者の笑顔。望月の自分を無視した叫び。その後、自分を抱いた男の“金の亡者”と言う言葉。
「違う!違うっ!!嘘だ!嫌だ!駄目だ!!」
言っている本人も、どう言う意味で言っているのか理解出来ない否定の言葉を狂ったように連呼しながら抱える頭に爪を立てるが悪夢は幾度も上映され、頭から離れる気は全く無いらしい。少しでも頭の中の映像を途切らせようと目を開いた瞬間に、入って来た物に早坂は反射的に手を伸ばした。
「消え…ろ……頼むから…消えてくれぇぇええぇ!!!」
チキチキチキ…と言う音が、目に入る反射光が、右手首に走る赤い太線が、太線から引かれて行く熱い細線が全て別世界に感じる。実感が湧かないから、幾度も幾度も光が赤線を引いていく。ピチッ。熱い赤が頬に飛んだ瞬間、早坂の瞳はハッと正気を取り戻した。
「………あっ……」
叫び続けていた所為か掠れかかっている声を出しながら、軽く視線を動かすと辺りに大小の赤い斑点が飛び散っており、身体の左半分が大きく揺れている事に気が付いた。震源地である左手に握られているのは刃が血で濡れたカッターナイフである事に息を呑み、恐る恐る右手を見ると手首や腕の内側には真っ赤な線が何本も描かれ、既に幾つかの線は雫と化して床に滴り落ちていた。
「え……ぼ、僕………何で…」
ヌルヌルと滑るカッターナイフを床に落としながら赤く染まった右腕を見詰める。彼の望み通り、頭から悪夢は消えたがその代わりに痛みと自分が行った行為に対する恐怖心が其処を埋め尽くし、瞬きを忘れた瞳の底からじんわりと涙が滲んで頬を伝った。
「…もう嫌だ………誰か…助けてよ……」
机の上が血に濡れるのも構わずに突っ伏し、血塗れの右腕に頬を乗せて泣きじゃくるが辺りはしん…と静まり返り、まるで苦しむ早坂を無視しているようだった。

<To Be Continued......?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<言い訳と言うか無理矢理補足と言うか>

もう、本当に早坂ファンの皆さんすみません
何か今回の話はプロットから少しずれてしまったような気がします。
早坂が一人歩きしてしまったと言うか…。
プロットの段階では「僕、淫乱なんだよ。だから一杯Hしてね。フフ☆」
って感じのストーリーだったんですけど…。
薬を求めた理由も「Hをする時に、より気持ち良くする為」で
それ以上の事は無かった筈なんです。
でも、話を書いている内に「心の内では望月の事が諦めきれない」と言う設定になってしまい
薬やHを求める理由も本編に書いている内容に変わってしまいました。

本当は、それなりに幸せになる筈だったんですよ早坂は。
そりゃ、知らない人とHする事はアレだけど、それ以上に気持ち良いから良いやって感じで。
ですが、望月の事を絡めてしまった事で一気に不幸な展開に…
出す予定の無かった小林さんも登場出来ましたが、かなり意地悪な人間になってるし。
まぁ、小林さんは嫉妬深いので(妄想設定)「貴方なんかに渡しませんよ!」と必死になったんでしょう。
で、それを見て余計に早坂ぶっ壊れ。
やっぱり受けを不幸にするのが好きみたいです、私。

何と言うか…今回も苦しい展開になってしまいました。
早坂が良く分からない感じに。
この辺は小説内の説明不足が原因です。表現力が無くて申し訳無いです…。
箇条書きで少し説明させて頂くと…。

・自分と交わる相手を望月とダブらせる事で失恋等の傷を紛らわせようとしていた。
・でも、それは良くない事だと思っている気持ちもあり、やましい気持ちが自分を追い込んでいた。
・そんな自分の目の前で望月を犯っちゃった小林&小林を好きだと言った望月。
・トドメに勝手な噂が歓楽街の一部に広まっている。
・もう嫌だ

…と言った感じでしょうか(←わかんねぇよ)
つまりは早坂は自分にも周りにも追い込まれている状態に陥っている訳で。
正直、ラストのリストカットは最初は書く予定無かったんですけど
壊れ具合を表現出来たらなぁ…と思いまして。
でも自分自身、実際に切った事無いのでどれ位血が出るとか言うのは分かりません。
本当はラストは「痛い」と泣き叫ぶ予定でしたが、意外と痛くないらしいのでボツにしましたし

にしても、少し気になるのが今回初登場した音無。
書いた本人が言うのも何ですが、ココまで軽い(気さく?)性格じゃない気がする…
本当は音無じゃなくて竜二とかでも良かったんですけど
冷峰男性キャラを全員何処かで出したかったんで。
とりあえず、べーすぼーるのレギュラー(大運動会メンバー+四天王)全員出せたから満足

最後まで付き合っていただき、有難うございました!
…マジで今回は分かり難い話でゴメンなさい…