竜一の背中に寄り添って泣き続けていた早坂だったが、漸く落ち着いたのか小さくしゃくりあげながらも広い背中からそっと離れた。
「……もう大丈夫か?」
「…うん、有難う」
相変わらず早坂から顔を逸らしたまま問う竜一にニコッと微笑みかけて立ち上がり、屋上をフラフラと歩きながら御目当ての場所に向かう。辿り着いた其処に手を伸ばしながら、早坂は振り向かぬ竜一の背中に向かってクスクスと笑いかけた。
「何?もしかして照れてるの?」
「ばっ……何言ってやがんだ!!そ、それに…誘ったのはお前だろ!?」
「まぁね。とりあえず僕の誘いを受け入れてくれて有難う…とは言っておくよ」
背後から聞こえる声が普段の何処か気取っているような声色に戻っている事に気が付いた竜一は一瞬、顔を輝かせたが、性交をしたと言う気恥ずかしさが身体を固定し、顔を早坂の方に向ける事が出来なかった。そのささいな気恥ずかしさが激しい後悔に変わる事も知らずに。
「……本当に有難う、竜一君。“最期”の相手が君で良かった。君の抱き方……凄く優しくて…僕、嬉しかった」
「…は?“最後”?何だ、お前コレで野郎同士のセックスから足を洗………ッ!!!!」
“さいご”を取り違えながら振り向いた竜一の顔が凍り付き、口からタバコがポロリと落ちる。反射的に立ち上がる竜一の視線の先には夕日を背にフェンスの上に立った早坂がいた。その表情はとても穏やかで口元には微笑すら浮かべている。何かを叫びながら(よく聞き取れなかったが、恐らく“やめろ”と言っているのだろう)駆け寄って来る竜一に早坂は再度笑顔を見せ、両手を広げると共に片足を上げて何かの玩具のようにフェンスの上でクルリと回って無邪気な声で言った。
「見てて」
上げていない方の足でフェンスを軽く蹴り、夕日に向かって背中から飛び出す早坂の姿がスローモーションをかけられたかのようにゆっくりと見える。こんなにゆっくりなら間に合うかも知れない。間に合わないといけない。…あぁ、何でだ。何で、俺の身体もスローになってるんだ。これじゃ早坂を救えないじゃないか。早坂が落ちちまうじゃないか。落ちたら…早坂は……
「早坂あああぁぁあーーっ!!」
喉の奥から叫びを搾り出しながら機敏に動かない手を精一杯伸ばし、早坂の足を何とか掴もうとする。届け。届いてくれ。間に合え。触れた。何が。指先が。早坂の足の先に。掠った。チリッて音がした。早坂の上履きの先が視界から消えた。その瞬間、耳に飛び込んで来たのは別校舎から聞こえる吹奏楽部のやけに暗いクラシック曲と、別室にいる声楽部の甲高いソプラノの声。それぞれ違う曲の筈なのにそれは見事に調和し、鎮魂歌となって屋上を包み込む。スローモーションは一気に早送りになった。

「きゃああああぁぁーーっ!!!」
夕日に手を伸ばしたまま固まった竜一を動かしたのは不運にも現場に居合わせてしまったらしい第1発見者の悲鳴。とても覗き込めない下から続々と悲鳴が重なり、様々な叫び声が聞こえて来る。救急車を早く呼べ。誰かの叫び。早坂。誰かが騒ぎの元凶の少年の名を叫んだ。誰かが倒れたような音も聞こえた気がした。
「…………ぁ……ぁぁ……」
揺れる床の上に立ったかのように全身をガタガタと左右に震わせながらフェンスから後退りし、ペタンッと尻餅をつきながらポケットから携帯電話を取り出す。画面がブレる位に激しく震える手で電話をかけようとするが、動揺と震えが簡単な行為も出来なくしている。普段は数秒で出来る事を数十秒かけて漸く成功させ、震えの止まらない身体を抱き締めるようにしながら電話を耳に当てると、ハイ…と状況を知らない者特有の呑気な声が聞こえて来た。
「……も、望月………お、お前…今何処に居る…?」
「??図書館ですけど?小林さんと待ち合わせしてるんで。どうかしたんですか?」
何も気付いていないのかよ。お前の悩みの種が大変な事になったのに。動揺は何故か怒りに変わり、竜一は怒号を電話にぶつけた。
「お前、何にも気が付いてないのか!?外見てみろよ!!」
「外……?あ、そう言えば何かベランダに人集まってますね。何かあったのかな」
「………何が起きたか自分の目で確かめてみろ」
「………………?はぁ…」
電話の向こうからイマイチ状況を把握出来ていない間の抜けた返事が聞こえたかと思うと、残っていた生徒でごった返しているベランダに向かったらしいざわめきが混ざって来る。言葉にならない叫びが耳を貫いたのは、次の瞬間だった。ガシャンッ。電話を放り投げて飛び出したらしい、床に激突する音をボンヤリと聞きながら竜一はゆっくりとうなだれた。

「良ちゃん!!良ちゃんっ!!!」
狂ったように叫びながら人を乱暴に掻き分けて辿り着いた先にはうつ伏せに倒れた親友がいた。各所がありえない方向に曲がっている身体の周辺のコンクリートがジワジワと赤く染まって行く。嫌だと甲高い声で泣き叫びながら、親友をこの腕で抱き締めようと赤い海に足を踏み入れようとした瞬間、誰かが腕を掴んで望月の動きを阻めた。
「駄目だ!近付いちゃいけない!」
「うるせぇっ!!離せよ!良ちゃんが…良ちゃんがぁぁっ!!!」
錯乱している望月を救急隊員や教師が羽交い絞めにしてズルズルと早坂から引き離そうとすると、望月は捕らわれた野生の獣のように唸り、激しくもがいた。もがく望月を無視するかのように、目の前で早坂は毛布に包まれ、担架で足早に救急車の中に消えて行く。耳に刺さるサイレンを鳴らしながら救急車が正門から姿を消すと、望月は糸の切れた操り人形のようにガクンッと膝を付き、そのまま両手も床に付けてコンクリートを凝視していたが、数秒後にその瞳からボタボタと大粒の涙を零し始めた。
「…ゃ…だ……嫌だ…よ……良ちゃ……ん……ああぁぁああああーーっ!!!」
地面に顔を押し付けて号泣する望月の姿を周辺やベランダから人々が沈痛な面持ちで見詰める中、一人の少年が深い溜め息を吐いて天を仰いだ。
「……愚かな…。其処までして彼を振り向かせたかったのですか?早坂君…。そのような事をしても彼を悲しませるだけだと言うのに…」
それ以上、言う事は無いと言わんばかりにベランダを後にした小林政男のいる場所から丁度上に位置する教室では藤堂護がクスッと笑みを零し、ポケットから手帳を取り出しつつシャープペンシルを軽くノックした。
「…全く……。注意書きを増やさないといけないな。“この薬は過度に使用すると精神不安定を引き起こす事がありますので、精神が弱い方は御注意下さい”って」
サラサラッとメモ欄に追加の注意書きを書き記しながら、藤堂はまだざわめいているベランダの方を向いて小さく礼をして呟いた。
「有難う、早坂君。君はあの薬の良い実験材料になったよ…おかげで、あの媚薬もヒット商品になりそうだ。クククク……」


一番シャレにならないラストです。
早坂飛び降りちゃったよ…あうぅ……。既に「くにおくん」の世界観から大きくズレてますね。
いや、鬼畜エロ書いてる時点でズレまくりな気もするけど。
早坂ファンの皆さん、本当に申し訳御座いません。
でも私も早坂大好きなんです、信じて下さい(無理)…大好きなのにこんな目に会わすのか…
あ、早坂が結局命を取り留めるか死ぬかは敢えて書きません。
皆さんで各自で決めて下さい(逃走)

作品全体の言い訳後書きへ。