心のパーツ 困る。 ものすごく困る。 だって私にはそれが欠けているんだから。 「私が一度学校を去った理由覚えてる?」 ああ、なんだってこんな遠回しな言い方を…… 学校を去る=コンビ解消だったのだから知らないわけはないんだけど。 しかし、彼の行動からはそのことをまるで知らないとしか思えない。 「心のパーツが欠けてるからそれを探しに、だろ。覚えてるよ」 「その欠けてるパーツが人を好きになる心っていうのも……」 「もちろん」 「じゃあ今のこの状況は何!?」 日に焼けた小麦色の肌の話相手はいつものペース。 人に、まさに目と鼻の先くらいの距離まで顔を近付けておきながら。 説明が遅れたのは申し訳ないが、でもやむをえない。 混乱してそれどころじゃないんだから。 私、山田さんはどうしてこんなことになってしまったのでしょう―― 今日もいつも通り町の平和を守ってました、私たち。 『かってに改蔵』が今更バトルマンガになったりしたら改蔵君は瞬殺されますから。 いろんな所と戦わなければならないのは大変だけど2人で頑張って守ります。 そう、2人で。 2号――地丹くんの弟。双子なのに随分外見が違ってしまったものだ――と一緒に。 当然戦いには勝利してさあ帰ろう、とここまでは良かった。 気付かぬうちに日は西に傾き、雲まで橙色になっていて。 その時私たちがいた場所は人があまり来ない校舎の裏で。 でもまさか。 好きだ、なんて言われるとは。 しかもご丁寧に逃げられないよう壁に押さえ付けるようにしてくれちゃって。 もちろん軽く、だけど。 なまじお互いの戦い方見てきたものだから下手に攻撃を仕掛けられない。 身動きがとれないまま今に至るわけです。 「だから、オレがオマエにせまってるんだろ」 「どうしてよ!」 「好きだからだって」 「じゃなくてっ!人の話聞いてた!?」 「この距離だから聞こえてるって。それこそ吐息までしっかり」 誰もそんなことまで訊いてない…… たぶんわざと言っているのだろう。呆れて返す言葉もない。 私が黙ったことで少し間が空いた。 2号の眼が真直ぐに私をとらえる。 彼の瞳孔に私の顔が映っているのが見えた。 ふと、2号が微笑んだように思ったのは気のせいだろうか。 「返答できないんだろ」 さっきまでの飄々とした感じじゃなく、静かで、ふんわり包み込むような声だった。 「わかってる。オレのことそういう風には見られないんだろ。いいんだ、それで。すぐに返事が欲しいわけじゃない。ただ…覚えていて欲しいんだ。オレが山田を好きだってこと。ひょっとしたらオレが心のパーツになれるかもしれないし。だから言っておきたかったんだ」 自惚れかな、と言って2号は笑った。 こういうのってやっぱり嬉しいものなのだろうか。 好きになる心がないことを他のどの瞬間よりも悔しいと感じた。 心があればもっとうまく言葉を返せたのに。 「2号は…いいの?私、好きになってあげられないのに、それでも好きだっていうの?」 受け入れることも拒むこともしないのに、不平等だとは思わないのだろうか。 「いいさ。好きになって欲しくて惚れるんじゃなくて、惚れたから好きになって欲しいって思うもんなんだから。後は自分の努力と相手次第で変わるもんだろ。まだ決まってもいないのに諦めるなんて勿体ないからな」 2号は私から手を放し1、2歩退いた。 「さて、帰って夕飯でも作るかな」 照れているのか顔を逸らして、はにかみながらそう言った。 さっさと歩き出した長い影。 私は追いかけてその影の主の腕を掴んだ。 「夕飯、何作るの?」 見開かれた眼はすぐに笑って。 もう一方の手で私の頭を撫でる。 「焼ソバ。これから買い出しに行くけどオマエも来る?」 「パンも買ってくって言うんならね」 終わり |