平凡な道……両側に住宅が立ち並んでいる。 見なれた景色だ。自宅からそんなに離れていない、よく通る道。 その先に女の子が2人、楽し気に話している。 1人は長い黒髪。もう1人は青い髪をポニーテールに結んでいる。 空のように澄んだ色がとても綺麗だ。 彼女達はこちらに気付き手を振ってくれた。 そして。 「優一さん」 舞咲さんが満面の笑顔をこちらに向けてそう呼んだ。 今朝、久しぶりに見た夢の中で。 “もしも”という仮定法 その夢ではオレは高校生で、家が舞咲さんの家と近所で親しくしていて、だから舞咲さんもよくなついてくれていた。 「おじゃましまーす!」 「どうぞ」 舞咲さんと愛梨さんをリビングに案内したあと、オレは自室に向かい、私服に着替えた。制服の窮屈さを逃れた時の開放感がやけにリアルだった。 リビングに戻ると2人は紅茶を入れてくれていた。 「立場、逆じゃないかなぁ?」 「いいの。優一さん疲れてるでしょ?」 「オレ達、この家の勝手よく知ってるしな」 2人は顔を見合わせて笑った。 じゃあせめて、と何か食べるものを探し適当に見繕ってテーブルの上に並べた。 2人は紅茶を運んできて席に腰掛ける。いただきます、と言ってそれぞれお菓子を手に取り、包みを開いた。 「優一さん。これ」 紅茶を一口飲んでくつろいだ心地を見計らったようなタイミングで舞咲さんは自分の鞄から取り出した物をオレに差出した。 細いリボンで口を結ばれた透明な袋の中にマフィンが入っている。 手作りのようだった。 「オレがもらっていいの?2人の分は?」 「私は試作食べたし、愛梨ちゃんももうここに来る前に食べてますからどうぞよかったら」 「今食べてもいい?」 彼女はこくりと頷いた。 「おいしい」 お世辞ではなく、本当においしくて気がつくとそう言っていた。 「ホント!?よかったぁ」 舞咲さんが顔の前で手を合わせて声を弾ませる。 「だーから言ったろ?すっごくうまいんだから大丈夫だって。なのに舞咲、ずっといらん心配して……」 心配? 愛梨さんの言葉を不思議に思って舞咲さんの方を見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。 「愛梨ちゃんっ!」 「『気に入ってもらえなかったらどうしよう』ってずっと言ってたんだよ」 愛梨さんはカラカラと笑って、けれど舞咲さんを見つめる目はとても優しいものだった。 「もうっ……」 彼女は照れ隠しに紅茶の入ったカップを口に運んだ。 「じゃ、オレ用事あるから。舞咲、また明日な」 自分のカップを片付けると、彼女は1人で行ってしまった。 「用事ってなんだろ?」 いつも2人一緒にいるのが自然で当たり前のようだったから珍しく思えた。 舞咲さんはうっとりした表情を浮かべて言った。 「愛梨ちゃんね、これからデートなんです」 「デート!?」 「ここのところずっと忙しかったらしくて、久しぶりだからって愛梨ちゃん、とっても楽しみにしてたんです」 「舞咲さん、羨ましい?」 「えっ……あ、はい」 彼女は一瞬驚いた表情のあと、頬を朱に染めて俯いた。 感情に素直な仕草の1つ1つが微笑ましくて、彼女を一層愛らしく見せる。 彼女を眺めていると幸せな気分になれた。 「あの、優一さん」 「ん、何?」 つい見とれてしまってぼうっとしていた所にいきなり声をかけられ、内心かなり焦りつつなんとか平静を装おう。 「優一さんは、その、彼女とかいないんですか?」 舞咲さんはそう言ったあとに慌てて、失礼なこと訊いてごめんなさいと付け加えた。 その様子が可笑しくてクスリと笑ってしまった。 「気にしなくていいよ。彼女か…いないよ。女の子と話すことすらめったにないし。舞咲さん達くらいだよ、オレが話す女の子」 「そうなんですか?優一さんすごくかっこいいのに」 「ありがとう」 しまったという顔をしたことに、本心から言ってくれたのだと思うと嬉しい。 彼女は照れながらどういたしましてと言った。 「舞咲さんこそそういう人いないの?」 「いないです」 質問したとたん、キパッと言い切られる。 一瞬、その答えにやや違和感を覚えた。 多分、気のせい…… 「じゃ、今度オレとデートしてくれる?さっき誉めてくれたお礼におごってあげる。あんまり高い所は無理だけど」 「え?」 「オレじゃ役不足かな?愛梨さんも一緒の方が楽しいなら愛梨さんの分も持つよ?そうしよっか」 「役不足だなんてっ!」 慌ただしく手を左右に振って否定してくれた。 「嬉しいです…とっても」 「そう、よかった」 ふと舞咲さんの目線が横にそれた。 「本当に…本当にいないんですよね?彼女………」 「いないけど……何で?」 念を押すように訊くのだろう。 「なら、2人きりで行ってもいいですよね?」 「あ、うん。いいよ?」 彼女の瞳はまだ横を向いたままだ。 「舞咲さん?」 「もう少し、もう少し大きくなるまで……ううん、もう少し私が大きくなった時にもしまだ――」 言葉が一度途切れる。 オレはただ次の言葉が出てくるのを待つことしかできなかった。 「まだあなたの隣が空いているようだったら、デートに誘ってくれますか?」 「それって……」 「だめですか…?」 ようやくこちらに向けてくれた瞳に熱と湿り気と不安が映っていた。 あまりにも控えめな言い方が脆さを表しているようで崩れてしまいそうで、すぐにでも支えてあげたかった。 できることならオレが…… でも。 「オレでいいの?今決めてしまってもいいの?舞咲さんは……」 それで後悔しないのか。 舞咲さんが好きになる人は他にいる。 誰だった……? 彼女の同級生。 違う。もっと自分に身近な―― 明るい鬱金の髪と深く澄んだ青紫の瞳。 誰よりよく知っている、その少年の姿。 「…別に夢くらい好きにしてもよさそうなものですけどねぇ……」 誰に言うでもなく、1人呟いてみる。 日は西に傾き、空にグラデーションがかかっている。 朝見た夢にもう一度だけ浸りたくて夕飯作りを任せて裏の林を歩いていたが、そろそろ戻る頃合だ。 踵を返しもと来た道を戻る。 あの時。 精一杯の告白の言葉に応えていたら、その続きはどうなっていただろう。 好きだよと返していたらどんな顔をしてくれただろう。 笑ってくれただろうか。 今さらながらちょっと惜しくなってきた。 「あ!おじさま!」 前方に目をやるとそこには舞咲さんの姿があった。 草や木の根で歩きにくい地面を急いで駆け寄ってきた。 「よかったぁー会えて。なんかここ迷っちゃいそうなのと何か出てきそうで…結界で守られているのはわかっているんですけど」 「1人で来たんですか?」 「いけなかったですか?結界あるしすぐ戻るから平気だと思って。天国くんはそのうち戻ってくるからいいって先に夕飯食べてますけどやっぱり皆で食べた方がおいしいから」 「すみません。お気遣いいただいちゃって」 「いいえ。早く行きましょう。でないと冷めちゃいます」 くるっと回れ右をして彼女は歩き出した。 どこまでも無邪気で優しいその少女の後ろ姿に愛おしさが胸の中に広がる。 夢の中での恋心とは違い、天国に抱くのと同質のもの。 それは決して嫌なことではない。 けれど、できることならあと1回、今日の光が消えてしまう前に。 「舞咲さん」 前を歩いていた少女が足を止めて振り返る。 高く結んだ髪が反動で振り子のように揺れて止まった。 真直ぐに自分を見つめる瞳は夕日に照らされ、より鮮やかに見える。 明日になればきっと忘れる。 だから今日だけ、ささやかな願いを。 淡く儚い夢の中での気持ちをあと1回だけ。 「名前で呼んでみてくれませんか?私のこと」 彼女はきょとんとして小首を傾げていたが、すぐに笑顔を浮かべて呼んでくれた。 夢で最初に見たのと全く同じように。 仮定法、英語で習った時好きでした。使えるかどうかは別として。 実際には叶わないことってあたりが哀し気でいいんです。 優一さん。あはは、やっぱり天国×舞咲より先に書いちゃってる。 夢を題材にしたはいいけど制約なさ過ぎて逆に辛かったです。関係、性格どんなに変えても「夢だから」ですませられるっていうのは……どうしろと!? 本物の舞咲ちゃんならもっとストレートに告白するよねぇ…んー、優一さんの心理の表れか? 夢の中での一人称オレ、楽しかったですv多分きっと学生時代はオレって言っていたと信じて。 天国編、櫂編も書くかもしれないけど、まずウソ予告になることでしょう。 |