夏華繚乱
宛内区では毎年恒例の夏祭りが行われていた。 もっとも…今年は例年と違い、ある種の寒さと暑苦しさを与えるナルシストの象徴や、 宇宙人やロボット達が闊歩するほんの少しだけ異様な光景が繰り広げられていたのだが…。 祭りもいよいよクライマックスを迎え、河原では花火大会が始まろうとしていた。 「ふぅ〜っ…やっと一息つけるわい」 テツは人気の少ない場所を確保し、どっかと腰を下ろす。 毎年祭り会場でのアルバイトをしているせいか、穴場もすっかり熟知していた。 「テツ」 聞き慣れた声を聞き、テツは後ろを振り向く。 そこには自慢の黒髪を後ろに纏め、藍染めの浴衣を着こなした富良兎がいた。 「よぉ富良兎、おまえも花火を見に来たのか?」 「ええ、さすがにいい場所知ってるのね。 かき氷の屋台にはチワンとトールンしかいないから、心配したのよ? いつもなら『稼ぎ時じゃーっ』とか言ってがんばるのに、意外よね」 「あいつらすっかり張り切っててな……。 作業を一通り覚えたら『私たちに任せてドンは休んでて』って追い出されちまった。 ま、ちょっと花火見物してから、すぐ戻るけどな」 そう言って苦笑いするテツの顔には異世界出身の仲間への信頼も感じられた。 二人の学費は富良兎が大統領に直談判した甲斐あって、基本的に無料だが、 その他の諸費用はこちらの世界の事柄を学ぶ事も兼ねて、テツに紹介されたアルバイトで稼いでいた。 もっとも、そこまで至るには色々あったのだが、それはまた別の話である。 「ねぇテツ、となりに座ってもいい?」 「ん?別に構わんが……」 富良兎はテツの右側にちょこんと腰を下ろし、小さな肩をそっと近づけた。 風呂上りなのか、いい香りがテツの鼻腔をくすぐる。 テツは富良兎に内心を悟られないよう、必死に平静を装おう。 「お…おい…あんまりくっつくなよ。 せっかく涼みに来てんのに、これじゃ意味ねーだろ?」 「あらぁ?別の理由で暑くなってるんじゃない?」 テツの顔が一気に紅潮する。 「ア、アホ言うんじゃねーよ!!!…花火…そろそろ始まるぞ……」 焦るテツを見て、富良兎はただ静かに笑っていた。 しばらくして、夜空に大輪の花が咲き始める。 「おおっ!こりゃすげーな!!いつもはバイトに集中しとるから、 気づかんかったわい……なあ富良兎……富良兎……?」 富良兎の澄んだ大きな瞳は、花火をまっすぐに見つめていた。 彼女の端正な顔が光で照らし出される。 「ええ…綺麗よね……ダイナマイトの爆発もいいけど、 一瞬で咲き乱れ消えていく花火の儚さも好きだわ……」 そんな富良兎を見て、テツは小声でつぶやいた。 「おまえにゃかなわねーよ……」 「なにか言った?」 「い、いや…なにも言っとらんぞ……」 不器用に誤魔化そうとするテツを見て、富良兎はクスッと微笑む。 「フフ…そういう事にしてあげる……。 …そのかわり、もうちょっとだけ……」 突然富良兎は自分の胴回りぐらいはあるテツの腕に抱きついた。 柔らかな感触と優しいぬくもりがテツを襲う。 「うおっ!?ふ、富良兎っ!!?」 「もうちょっとだけ……いいでしょ……?」 昔から無邪気に微笑む富良兎の顔を見ると嫌とは言えない。 テツはまるで照れを隠すように、ぶっきらぼうな言葉を返す。 「…ったく…しゃーねーな……。 だが、後で売り上げに貢献しろよ……」 しかし、言葉とは裏腹に顔はまんざらでもない。 「はいはい……みんなを誘って行かせてもらうわね……」 二人はそれ以上何も言わず、そのままの体勢で花火を眺めていた。 一瞬で消えゆく花火。いつかは終わる祭り。必ず明ける星空。 現在(いま)は確実に過ぎ去ってしまうけれど、このぬくもりは永遠に消える事はない……。 お互い言葉には出さないものの、きっと同じ事を考えているのだと確信するのだった。 終わり あとがき サクラテツの連載が夏まで続かなかったため、ついつい妄想してしまったエピソードです。 きっとテツは昔からバイトばかりで、富良兎もその観察に徹していたでしょうから、 こうやって二人きりで夏祭りを体験するのは極めて珍しい事だと思います(笑)。 この夏の夜の出来事は、きっと二人の大切な思い出になるでしょう。 ちょっと富良兎に大胆な行動をさせちゃったかもしれませんが、楽しく書かせていただきました! K131 |