言葉の数 忘れていた。 いや、日付けは覚えていたのだ。 ただ、今日がその日だということに気付かなかっただけ。 誕生日。 自分の――正確には自分と兄の生まれた日。 朝食の時「おめでとうございます」と言われて“happy birthday”の文字の入ったガトーショコラを出され、ようやく今日が誕生日だと知った。 忙しくてそれどころじゃなかったせい。 桜家の不思議現象が前にもまして面白くなってしまったものだからそっちばかり気にしてて、毎日書き込んでいる日付けに注意がいかなかった。 最近の記憶を思い起こしながら大好きなケーキを口に運んだ。 ベッドに寝転がって携帯で11月のカレンダーを見る。 22日は今年、土曜日だ。 「今日は会えないかな……」 テツ。 幼なじみでクラスメート。 私の生涯をかけた研究対象。 それと、左薬指にはまっている指輪の贈り主。 家は近いから行こうと思えばすぐだ。 だが土日祝日は1日中バイトに出ていることが多い。 平日でも睡眠時間3時間とスケジュールを詰め込んでいるのだから休日返上は当然と言えば当然の選択だろう。 午前中に桜家に行って訊いたら案の定今日は帰って来ないらしい。 携帯を閉じて枕元に抛った。 「それならそれでもいいけど」 自分自身、誕生日に思い入れはない。 プレゼントとかデートとか、欲しいとは思わないし。 欲しいと言ったところでくれる相手じゃないし。 実際今までにテツから誕生日に何か貰ったことはない。 あ、でも―― 「毎年『おめでとう』は言ってくれてたっけ……」 学校へ行く道の途中。 バイト帰りに家に寄ってくれた時もあった。 その年によって場所は違ったけれど必ずもらった祝いの言葉。 出会ってから、ずっと。 「連続記録途切れちゃうわね」 誰に聞かせるわけでもないセリフは広い部屋の中ですうっと消えていった。 静か…… まるで何も動いていないみたいに。何も変わらないみたいに。 けれど時は流れるし、日も変わっていく。 今日という日もじきに終わってしまう。 淋しくはないが、少し物足りないかもしれない。 軽く溜息をついた。 いくら考えたって仕方がない。 今日の出来事でも書こうと、身を起こして対話篇をぱらぱらとめくる。 と、どこかから小さな振動音がした。 ――携帯。 マナーモードにしてたんだった。 枕元にあったそれを見ると見知らぬ番号からの着信だった。 手のひらの上で震えている携帯をしばし眺め、どうしようか考えたが暇なので出ることにした。 「はい」 『富良兎か?』 聞き覚えのある声が返ってきた。 「……テツ?」 電波を介している分やや劣化しているものの、間違いなくテツの声だ。 「どうしたの?携帯にかけてくるなんて初めてじゃない」 『あー、バイト仲間から携帯借りてんだよ。無料通話分めちゃくちゃ余ってるからって』 「バイト平気なの?」 『今休み時間だからな。すぐ戻るけど』 「そう。それで一体何の用?」 『今日おまえ誕生日だろ。おめでとう』 「え?」 …今確かにおめでとうって。 だってさっき諦めたのに。 今年は電話ごしだけれど、それでも言葉に違いはない。 ――記録、まだ続くみたいね。 「……それだけ?」 『あ?物ならやらんぞ』 思った通りの反応がおかしくて笑ってしまう。 「そうじゃなくて、それだけのためにわざわざ?」 『んー…や。毎年言ってたことだから、今日言わないとなんか変な気がしたっつーか、気が済まなかったから、さ』 「習慣になってるってこと?」 『たぶんな』 習慣。 悪い気はしない。 それだけテツの生活の一部になっているってことだから。 「…そろそろ戻ったら?」 『ああ、そうだな。あともう1つだけ』 「何?」 『ありがとう』 「…なんであなたがそれ言うのよ?」 『生まれてくれたことに対してありがとうなんだよ』 「なによそれ。私、あなたの娘じゃないんだから。…じゃあもう切るわよ」 『おう。じゃな』 生まれてくれたことに、ありがとう。 普通に考えると同い年の相手になんて変な感じはする。 でもなんとなくわかる気もする。 生まれなきゃ出会えなかったから。 出会わなきゃこうして話すこともできなかったから。 「…だとしたら両親に感謝すべきかしら?」 18回目の誕生日にもらった言葉は2つ。 終わり |