帰国日


 帰ってきてまずすることと言えば。



 車を降りて、集まってきた使用人達との挨拶もそこそこにあの子の部屋へと急ぐ。
 時刻はまもなく午後12時。
 毎日の日課だから、きっといる。
 それにしてももう少し狭い家だったらよかったのに。
 この時ばかりは広い敷地が恨みがましい。
 ようやく辿り着いて、ノックをする間すら惜しくて勢いよくドアを開いた。
 予想通り彼女はそこにいた。

「――富良兎!」

 自分と同じ色の髪と瞳を持つ妹の名を呼び、飛びつくようにして抱きしめた。
 懐かしい、ほっとする匂い。帰ってきたんだとやっと実感が沸いた。
 しばらくこうしていたかったが腕の中から抗議の声があがったためにやむなく体を離した。


「明日の夜って言ってたじゃない」
 富良兎はモニタと小型カメラのスイッチを切るとそう言った。
 留学期間、富良兎とは毎日決まった時間に衛星の映像を通してやり取りをしていた。
 だから“言ってた”になる。
 連絡手段にメールを提案されはしたがそれじゃ顔が見れないと即刻却下した。
「日付け変わったんだからもう『今日』だろう?間違えてないよ」
「子供みたいな理屈ね……」
「だめかい?」
「いいわよ、もう」
 すっかり呆れてしまったようだ。
 おとな気なかったか――けど驚いた表情を拝めたのだからちっとも後悔していない。
「で、本日の報告は?」
「今日はなし。お兄ちゃん、長旅で疲れてるでしょう?朝になったら話してあげるわ」
「僕は構わないよ。聞かせて」
「だーめ!今日はもう休みなさい」
 反論は許さない。そんな口調で言われてしまったので素直に従うことにしておやすみと言ってから、長い間使われていなかった自室ヘと向かった。


 遅めの朝食をとっている時、先に食事を終えた富良兎が昨日の話を聞かせてくれた。
 主にテッちゃんのこと。そして自分のことを少々。
 悔しいけど、富良兎はテッちゃんのことを話している時が一番いきいきしているのは今も昔も変わらぬ事実だ。
 桜家に侵略者が来るようになってからというもの、殊更楽しそうに報告してくれていた。
「ところでお兄ちゃんは今日どうするの?土曜だから学校は休みだけど……テツ、家にいるとは限らないわよ」
 要約すると「何か仕掛けるの?」といったところか。
「テッちゃんのことは来週にするよ。いろいろ準備が必要だしね。それより富良兎、1日僕に付き合ってくれないか?」
「付き合うって何に?」
「買い物。制服とか、揃えなきゃいけないだろう」
「私が行かなくてもいいでしょうに」
「でもいてくれた方がいいんだけどな」
 富良兎は少し考えてから僕の誘いにOKを出した。


 家を出たのが昼頃で、何だかんだと見てまわっているうちに気がついたら日は落ちていた。
 街灯がともされた、葉がすっかり落ちた並木道を並んで歩く。

「冬は昼が短いね」
「だから車で来ればよかったのに。荷物、重いでしょう?」
「たまには…ね。こういうのもいいかなって」
 たまには2人きりで出掛けて、穏やかな時間を過ごして、静かな夜道を散歩するのも。
 なんかデートみたいでいいなと思う。

 デートみたいだから……

「ねぇ富良兎」
「なぁに?」
「僕帰ってきたんだよね?」
「そうね」
「ならさ、おまえ何かすることがあるだろう?」
 富良兎はすぐに思い当たったようで、ちょっとの沈黙の後ほとんど棒読みなセリフを発した。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「恋人でも作りなさいよ。実の妹に言うことじゃないでしょう?」
「生まれる前から一緒にいた仲なんだからそれ位いいだろう?…まぁ、僕につり合うような人がいたら話は別だけどね」
 僕がにっこりと微笑んでみせると富良兎は
「仕方ないわね…」
 とこぼして、足を止めた。

 ちょうどそこはライトの下で、富良兎がこちらに体の正面を向けるよう回ると黒い髪が揺れてキラキラと光を反射した。
「まるでドラマみたいだね」
 冗談めかして言ってみる。
「だからそういうのは恋人に言いなさいって」
 言いながら富良兎は手を伸ばし僕の肩にそっと触れた。
「富良兎…嫌ならいいんだよ?」
「これ位いいって言ったのは何処の誰かしら?いいわよ。ちっちゃい頃からそうだったんだし今更だもの」
 さらりとした態度に喜ぶべきか心配すべきか。
 とりあえずは苦笑いをしておいた。

 上目遣いに真直ぐ見つめてくる瞳。
 鮮やかな紅色の唇はわずかに動いて、きゅっと結ばれる。
 そこまで見てからゆっくりとまぶたを閉じた。
 肩に乗せられた手にふっと力が込められたのを感じるとほぼ同時に、唇にぬくもりが触れた。
 刹那の、でも確かな感触。


「おかえりなさい」


 耳元で優しく囁かれた言葉。一番言って欲しかった人に一番言って欲しかった言葉。
 目を細めて微笑んでいるその人に心から――


「ただいま」


 やっとそう伝えることができた。



終わり


いやあの…なんぼなんでもこれは仲よすぎだろっ!とは思いますけど。
おかえりのチューって……
始めはっ!始めはちょっとしたネタのつもりだったんです!「先週帰ってきた」のに学校始まるまでテツに攻撃仕掛けなかったことについての1〜2ページのショート漫画のつもりだったんです。
文にしてちょっと幅広げて書いてみようと試みたら、こんな。
富良兎さん……旦那との話よりも甘くなっているような気がしてなりません。
ああ。まるで久しぶりに会った恋人のよう……





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