砂漠から来た転入生
あれから数日が経った…。
富良兎が漫画神ハイデガーを脅迫して「サクラテツ対話篇」と「荒野の砂漠 水一滴もなし」の世界を繋げさせたので、テツは二つのマンガの世界を行き来して両方の主人公をこなす、前以上にハードな毎日を過ごす事になった。
そんなある日の事…。
「え〜、今日は転入生を紹介します」
日本人離れした担任が告げる急な転入生の知らせを聞いてクラス中がざわめいた。
クラスメートの栗斗が脳天気な声を上げる。
「なぁ桜、カワイイ女の子だといいな!」
「相変わらずオメーは女の事しか考えてねーな。俺なんてそれどころじゃねーっての…ブツブツ……」
「それでは入ってきなさい」
教室の扉を開けて転入生が姿を現す。制服の上に独特の装飾品と帽子を身に付けた姿…。
テツは彼女の顔に見覚えがあった。
「チワン!なんでここにいるんだ!?」
「ドン!驚いた?」
チワンはテツに駆け寄り抱きつく。
「わっ…おいよせチワン!みんな見てるぞ!?」
「別にいいじゃないか!向こうでは、いつもこうやってじゃれあってるのに!!」
「桜っ…!出井といいアリスちゃんといい…お前って奴は……!!うおぉ〜っ!!世の中不公平だぁ〜〜っ!!!」
栗斗を筆頭にクラスの男子達が号泣する。
「チワンがこっちの学校に来るという事は…さては富良兎、おまえの差し金だな!?」
富良兎は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「チワンとトールンにこっちの世界の知識を復興の為に学びたいって頼まれただけよ。何か都合の悪い事でもあるのかしら?」
「むぅ…別に悪くは無いが……。そういやトールンは別のクラスなのか?…ひょっとして……」
「大正解よ。紀世能兄さんのクラスに行ったわ」
廊下がにわかに騒がしくなる。この独特の雰囲気は紀世能しかいない。
やがて大勢の老若男女を引き連れて教室に入ってきた。
「やあテッちゃん。今日も元気そうだね」
「また嫌がらせに来やがったな!?さっさと帰らんかい!!俺の授業料をムダにする気かーっ!!!」
「トールンが校内を見たいって言うから案内してあげてただけだよ。ちゃんと校長に話は通してきたから心配しないで」
「うむ、この人は本当に親切だぞドン。なぜそんなに怒るんだ?」
「…ダメだ…トールンの奴、すでに紀世能の術中に陥ってる…しかも………」
「あ〜んv紀世能さま〜っ!!!」
「超ババ様まで何やっとんのですか!!!」
「おお、勇者ドン!!チワンとトールンの様子を見に来たのじゃが、道に迷ってしまっての。そこをこの素敵な殿方が…」
年がいも無く頬を赤くする超ババ様に紀世能が優しく声をかける。
「ええ超ババ様、ゆっくりしていってください」
「フフ…前にも増してにぎやかになるわねテツ」
「あは…は…は…もうどうにでもしてくれ………」
テツはただ呆然とするだけだった…。
そしてその夜三人を桜家に招き(なぜか富良兎もついて来た)、歓迎会が行われた。
「二人がこっちの学校に来るなんて思ってもなかったぞ。前もって知らせてくれよな」
「すまないなドン…驚かせてやろうと思って黙ってたんだ」
「ドンにばかり両方の世界の懸け橋をさせるわけにはいかないからな!」
こうして歓迎会は和やかな雰囲気で進んだ。
しばらくしてテツはチワンの姿が無い事に気づいた。
「なあトールン、チワンはどこへ行った?」
「屋上で夜風に当たってくると言っていたが…」
トールンの言った通り、チワンは屋上で夜景を眺めていた。
「よぉチワン、こっちの世界の夜はどうだ?」
テツの言葉に振り向いたチワンはいつもの快活な彼女からは
想像できない位沈んだ表情だった。
「ドン…この世界は私達といた世界よりも楽しい……?」
「チワン………」
「ドンは元々こっちの人間だよね。虚との戦いの事ばかり考えてた向こうよりもここの方が楽しそうだから…」
「そうでもねーぜ?やかましい侵略者連中の相手に学校、何より姉ちゃんが勝手におっ立てたこの遊園地を家の土地からどかす費用を稼ぐ為に前以上にキツくなった朝晩のバイトとこっちはこっちで大変だ」
テツの表情が真剣なものに変わる。
「だが……俺はどっちの世界も好きだ。
この世界での桜鉄としても、そして向こうの勇者ドンとしても両方の世界やそこに住むみんなが大事だ。
色々な騒動があったが、俺はこれからどんな事が起こっても守り抜いてみせる…絶対に……!!」
「ふふ…それを聞いて安心したよ!私、ドンがもう一つの記憶を思い出す事で私達の事を忘れちゃうんじゃないかって心配してたんだ!」
「何を言う、一緒に戦った仲間を忘れるもんかよ!虚もいなくなったし復興はこれからだ。
それに、こっちの連中も俺達の大切な仲間なんだから遠慮なくこき使ってやれ!
さあ、下に戻ろうぜ。あんまり遅いとみんな心配する」
「うん!」
桜家の物置の一番奥に二つの世界を繋ぐ出入口はあった。
まるで水面の様な空間のひずみの向こう側にうっすらと夜の砂漠が見える。
「では勇者ドン、明日から二人を頼むぞ」
「まかせてください超ババ様!!」
「ドン!また明日ね!!」
三人を送ってから後、テツは玄関先に富良兎がいるのに気づいた。
「富良兎、まだ帰ってなかったのか?」
「さっき屋上で何を話してたの?」
「さあな、教えてやんねーよ。また対話篇のネタにされたらかなわんからな」
「フフ…大体想像はつくけどね」
「そうだ、この間の礼を言うのを忘れてたな…ありがとよ。ただ俺とした事が、家の事はかすかに覚えてたんだが……
……おまえの事を忘れちまってたなんて悪かったな……」
テツの意外な言葉を聞いた富良兎は少し驚いた表情の後、優しく微笑んだ。
「でも、向こうに行く前の私との約束は守ってくれたのね。『家の事は忘れない』って……それでいいじゃない!」
「あのな富良兎……前から言おうと思ってたんだが………」
そんな二人の様子をアリス・久散・鉄瓶・ボケじいさんの4人が近くの物陰に隠れて見ていた。
「テツもすみに置けないゾヨね〜!」
「いいわよテツ…このまま行けば逆玉は間違い無しよ!」
「姉ちゃんもアリスちゃんもやめなよ〜。兄キにバレたらタダじゃすまないって…」
「う〜っ…寒いわい…へ、へ、へ〜っくしょい!!」
「あわわ、おじいちゃん!!静かにするゾヨ〜っ!!!」
「アリスちゃんが一番うるさいってば!」
その瞬間、テツが人間離れした跳躍力で4人の前に立ちはだかった。
「くおらっ!てめえらずっと見てやがったな!!!」
「違うゾエ!アチキ達はただ園内の見回りをしてただけゾヨ!!」
「そ、そうよテツ。ゲボッ!!…急に発作が……」
「ごまかすなーーーーーっ!!!」
「わ〜ん!!だから言ったのに〜っ!!!」
大騒ぎする桜家の面々を横目に富良兎は星空を見上げた。
「フフフ…明日はいったい何が起こるのかしら?この騒がしい日々がずっと続きますように……」
もう満月となる事の無い月が、全てが始まったあの日と同じように輝いていた。
終わり
あとがき
サクラテツ対話篇の唐突なラストは、また次号から騒がしくも楽しい日々が続くかのような印象を受けました。
それから最終回後のキャラクター達の物語を暇な時に妄想しては少しずつメモ帳に書いていました。
様々な事情で一旦消してしまったのですが、一度この作品への想いを形にしてみようと思い、こうして発表の場をいただく事ができました。
最終回のみの登場で、台詞も少なかった「荒野の砂漠 水一滴もなし」のメンバーを私なりの解釈で好き勝手に動かしてしまいましたが(笑)、
「最終回の後にこんな事もあったんじゃないかな〜」といった気楽なお気持ちで読んで頂ければ幸いです。
K131
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