七夕



散歩がてら外を見て回っていたとき。
ふと見ると、ある大きなビルの脇に笹が揺れていた。
笹には色とりどりの縦長な四角やら星やら人の形に切られた紙がいくつも括られていた。
あれは……?


「七夕よ」
アリスは富良兎に今日見たものを説明してそれがなんなのか尋ねてみた。
すると彼女はそう答えたのだ。
よくわからない、といった表情でアリスが首を傾げる。
「知らない?年に一度、7月――場所によっては8月だけど――に行なわれるお祭りよ。笹に括られている細長い紙、短冊に願いごとを書くの」
「聞いたことはある…ゾヨ」
けれどどんな行事なのかは知らなかった。未来では日々職務に追われていたのでそのようなものをやったことがなかった。
知ろうと思えば知ることはできたが、行事というものは大抵大勢でやるものである。
文献で見ても、1人きりのアリスには寂しさしか得るものはない。
だからずっと触れずにいた。
過去に来てから正月もひな祭りも子供の日も初めて体験して、楽しかった。
今は知りたいと思える。
「もっと詳しく聞かせてくれるゾエか?」
富良兎はふわりと笑った。
「七夕にはこんな言い伝えがあるの。昔、とても綺麗な布を織る織姫という天女がいたの。彼女は彦星と夫婦になったんだけど、仕事をしなくなって、布が作られなくなってしまった。だから、夫と引き離されることになり、仕事に専念するために年に一度だけしか会えなくなったの。その年に一度の日が7月7日なのよ」
「けど、どうしてそれで願いごとをするゾエ?」
彼らに願うにしても、せっかくの年に一度の機会にはたして他人の願いを叶えてくれるのだろうか?
「日本にはもう1つ、7月7日に水辺に神様が降りてくるって話もあるからそれと合わさって今のようになったんでしょうね」
「へえ……」
富良兎に教わりながらふとあることが頭を掠めた。
ドタバタ混乱状態だったあの時に出会い、突然別れた記憶――
「けど、必ず一年に一度会えるならまだずっといいゾヨね」
ぽつりと呟かれた言葉を富良兎はただ黙って聞いていた。


7日の夜、桜家の端には笹が飾られた。
貰ってきたのか拾ったのか、テツが持って帰ってきたからだ。
アリスは1人笹の前に立ってじっと見つめていた。
吊るされた短冊が風に吹かれて表に裏にとひらひら舞う。
願い事。
宙にペンを走らせた少年の姿が脳裏に浮かぶ。
もし会えるならば。
年に一度なんて我が侭なことは言わない。
ただあんな中途半端な別れ方で終わらせたくない。
手を伸ばしそっと笹の葉に触れる。
「読者にもう一回会いたいゾヨ……」
言って溜息をついた。何を言っているのだろう。叶うわけもないのに。
アリスは手を笹から離すと世界樹に戻ろうと身をかえした。
その時だった。
「ぅわあっ!!!」
闇の中からそんな声が聞こえた後、何かが地面に落ちた。
驚いて地面の上のものを言葉もなく凝視した。
それはうつ伏せから上体をおこしゆっくり立ち上がった。
「ってー……」
打ち付けたのだろう、半袖の白いワイシャツから伸びている腕を摩りながら顔をあげた。
アリスと目が合うとそれは照れ笑いを浮かべた。
「ひさしぶり、アリス」
「…読者?」
あまりに急なことに間の抜けた声が出てしまった。
だって…ありえない。
「ソチ、何でここにいるゾエ!?」
「さぁ?よくわかんないけどまた来ちゃったみたい」
二度目となるとこんなにも飄々としていられるのだろうか。
最初のときとは比べるまでもなく、読者氏は落ち着いていた。
「七夕、やるんだ」
アリスの後ろに笹があるのを見て読者は言った。
「じゃあ俺がこっち来れたの七夕だからかな?」
「えっ!?」
ひょっとしてさっきの願い事……?
「そんなに俺は彦星には合わないか?」
読者はアリスの驚きようがオーバーに思えたのだろう。
何があったのか知らないのだから仕方ないのだが。
「あ、えっと……」
どうしよう?言ってもいいものだろうか。それとも曖昧に答えて誤魔化す方がいいのだろうか。
ちらっと彼の方を見る。
ちゃんといる。今ここに、確かな存在として。
今回はいつまで続くのだろう。
次なんてあるかわからない。
ならば。
「たぶん、アチキのせいゾヨ」
「どういうこと?」
「アチキがお願いしたゾヨ。ソチに会いたいって……迷惑だったゾエか?」
本当に叶うなんて思わなかった。それでも会いたいという気持ちに嘘はない。
後先考えるよりも、会いたくて仕方なかった。
自分勝手な願いだと最初からわかっている。
「せっかく帰れたのに…アチキのせいで」
負担がかかるのは読者だ。
申し訳ない気持ちが心にずしりと重く、ひっぱられるように感じた。
ごめんなさい、と言おうとしたときに頭を乱暴に撫でられた。
「なっ何ゾヨ!?」
プチ混乱しながらぐしゃぐしゃになった前髪を整えた。
「いいんだよ…」
「?」
読者氏は少し頬を赤く染めて思いきり笑った。
「だって俺も会いたかったから。気にしなくていいよ」



漫画と現実の間。
「よろしいのですか?漫画神様……」
彼らの様子を画面で見ながら妖精の1人が、専用のソファに深く腰掛けているハイデガーに話しかける。
ハイデガーは閉じていた瞼をすうっと開き語った。
「仕方ないことだ。原因を作ったのは我々だからな。今日くらいはあの2人に時間を与えてやってもいいだろう。彼らも次があるとは思うまい」
あれほど一途に想っているのを放って、ずっと燻らせているよりは良いとそう判断した。
アリスには最初の侵略者として存分に振るってもらわねばならないのだから。
注意が散漫になっていてはだめなのだ。
だから、七夕という特別な日に。
活力とするにはあまりにも短い期間だけれど。
今宵の逢瀬を小さな灯火としてほんの少しでも先を見ることができるようになるのなら、漫画の世界と彼らへの埋め合わせの足し位にはなるだろう。
画面の中で楽し気に笑い合う2人に、そう願った。


終わり



ぎゃあ!もうすぐ七夕終わるっちゅーにっ!
ああ…なんだかとっても中途半端v無理矢理シメ……や、だって時間ない。
ようやく書いた読者×アリスなんだけどねぇ……
いつか…きっといつかまた書くからその時にもそっといちゃついてもらうか。(できるのか?)
余裕のないあとがきですみません…
どうでもいいことなんですけど、七夕の話忘れちゃってたんで調べたんですが。結構奥深いですね。富良兎さんならもう少しうまくあらすじ組み立てられるでしょうが私にはできません。







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