結ぶ



極々普通の住宅の、極々一般的な扉の向こうから声が2つ。

「すごーい!手際いいね――」

感心しているのは高く澄み渡るような声の方。
それに対してやや低め、静かに響く声が呆れたように返す。

「当り前だ、もう2年やってるんだから……ほら、これでいいんだろ」
「うん、ありがとう!」

やわらかなクリーム色を基調とした部屋にはヌイグルミがいくつか並んでいる。
女の子の部屋ならばよくみられることで全くもって普通の光景である。
ただこの部屋の主も、その話相手も、少々普通とは言い難かった。
少女は「ひもろぎ」という神の寄り代となる体質を持っており、現在はクリオネのような姿をした空気の神様と生活を共にしている。
一方、彼女の目の前にいる少年は、将来日本を影から支える法術師の一族の後継者である。

そんなちょっと変わった2人が、休日の朝、ただネクタイ1つのことで会話していた。

「できもしないのにやるなよ。依頼先に行くのが遅れたらどうしてくれる」

時間になっても来ない舞咲を心配し(本人は決して認めないが)、部屋を訪ねたところ舞咲がネクタイを結べず悪戦苦闘していたのだ。

「ごめんね」
彼女、舞咲は謝りつつも胸元の綺麗に結ばれているネクタイに目をやり、満足そうに微笑んでいる。
ネクタイを撫でてぽつっと呟く。
「これじゃ立場逆だよね」
それを聞いた少年は怪訝な顔で彼女を見た。
「はぁ?なんのことだよ」
「だからー、普通は奥さんが旦那様にしてあげることでしょ。ホントなら私が天国くんに……」
「誰が旦那だ!」

ゴツリという音の後、やや間があってからなんとかひねり出した様子でゴメンナサイと舞咲は言った。
結構痛かったらしく涙目になりながら頭をさする。

「まだ旦那様『予定』だもんね」
「そこじゃないっ!」
「はいはいはい、わかってますよー」
「舞咲!いちいちひっかかる言い方するな!」
「はーい」

頬を赤くし、必死に否定しようとする天国を舞咲が軽く受け流すように返事をするようになったのはだいぶ前から。
小五のころから半分は恋のため、半分は借金のために毎日のように一緒にいたため、段々と天国の扱いを覚えていったのだ。
中学にあがる頃にはこの手のネタでは舞咲に分があるようになっていた。

これ以上言ってもしょうがないと判断して、案の定天国は口を噤んでしまった。
舞咲がにこりと笑うと天国が溜息をつく。
今ではそれがすっかりお決まりのパターンになっていた。

「…ひょっとしてあれか?オマエそれがやりたくてネクタイしようなんて……」
「当たり〜!練習しとこうと思ったの。うまくできなかったけどね。次はちゃんと自分でやるよ」
「…バカか」
「バカで結構。夢だったんだもん、素敵なおよめさん」
彼女は両手を胸の前で結んでポーっとして言った。
天国ががくりとうなだれ、ドレッサーの椅子に腰掛ける。
「オマエ…もし仮に、仮にだからな、オマエがウチに嫁に来たとして、ウチの家業じゃネクタイ結ぶ機会なんてねーだろうが……」
それを聞いて舞咲は目をぱちくりさせながら首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって、背広着て占いはしないだろ」
「別に仕事じゃなくてもいいじゃん。外出る時とかさー」
ノーテンキな物言いに天国は苛ついた。
つい語気が強くなる。
「外って当主不在でどうすんだよ?下手すると日本潰れるぞ!?」

「でも、じゃあ天国くんは外に出ないで、それでいいの?」

声を荒げられても平然として舞咲は言った。
「同窓会があっても友達の結婚式があってもずっと家の中にいるつもりなの?」
彼女の瞳が真直ぐに天国を捕える。
心の奥底を見透かされそうな、太陽の色をした瞳。
見ていられなくなって天国は視線を逸らした。

「しかたないだろ。そうするしか……」
「でも行きたいんでしょ?家継いだって外に出たいんでしょ?いつも空けちゃうわけにはいかないだろうけどたまには出かけたっていいじゃない」
「無茶言うなよ…できるわけ」
「私がなんとかする」
顔をあげた瞬間、真っ青な髪が揺れるのを見た。

「マ…サキ?」
自分が彼女に抱きしめられていることに気付く。
彼女は子をあやすように優しく囁きかけ始めた。
「何でもかんでも背負うことないよ。たまにお休みしたっていいじゃない。優一さんや未千子さんや、他の法術師の方に手伝ってもらえばなんとかなるよ。
 お兄ちゃんだって万に一つでものすごく偉い神様になれるかもしれないし、私も頑張ってサポートできるようになるからさ。
 だから、諦めないで」

舞咲はゆっくりと体を離し、呆然としている天国の前髪を細い指で梳くと口の端を上げて言った。
「天下のひもろぎ様に任せてちょうだい」

天国は俯いて、
「なんだよそれ」
とだけ言った。
自分はどんな表情をしているのだろう。
すごく間抜けな顔をしているのではないだろうか。


舞咲があんなこと言うから――


たいして根拠ないし、そんな甘い問題じゃないと思っても、その言葉で心が軽くなっている。


びっくりして、嬉しくて、でもどう言えばいいのかわからなくて。




「……依頼主の所に行くぞ」
くすぐったさから逃げるようにして天国は部屋を出た。
「あ!待ってよ天国くん――」
後を追い掛ける舞咲の襟元でネクタイが楽しそうに跳ねた。



就活してて思いついたネタ。
本文中じゃ説明不足でわからないけど2人とも中学生です。男子制服はブレザーということでひとつ……
勢いで書いちゃってますねぇ。結局ハグで終わっちゃってる…女の子から抱き締める図が好きなもんでして。
てゆーか初の天国×舞咲だ――!!!書いちゃったよやっほう。これで「天国×舞咲支持サイト」の名が偽りじゃなくなります。…優一舞咲がメインじゃないんですよ?本当ですって。浮かぶネタはそっちのが多いけど。
しかしタイトルもちょっとしっくりくるのがないものか?
勢いで書いたから読み返すのが怖いです。誤字、誤用がありましたら訂正よろしくおねがいします。(他力本願)
…やっぱ自分で直すしかないっすね(涙)




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