人の気持ち、人への気持ち・後編 全てを手に入れるなんて、何もそこまでは望まない。 でも一度得たものを手放すことはとても辛い選択だから。 諦めがつかないことは悪いことだろうか―― 街灯に照らされて雪が光り輝く。 ジャングルジムに背を預けて、そんな風景を見ていた。 「綺麗だと思う?」 深い追求をしないで黙ってそばにいてくれる人に尋ねる。 「んー?」 「雪よ、雪」 「さあな、わからん」 降ってくる雪を手のひらで直にすくうと途端に融けてしまう。 独特の六角の造型が跡形もなくじわりとただの液体となってしまう様は 見る者に儚さを感じさせる。 もし大気に意思があったなら、せっかく作った物が壊れることに対して どう思うだろうか。 「帰って寝なくていいの?」 社交辞令として一応言っておく。 ただでさえバイトばかりで睡眠時間を削っているのに眠らなくて良いわけがない。 でも、いてくれる。 きっと私の気がすむまで。 「おまえこそいつまでも外にいていいのか?」 「まだ帰りたくないもの」 「……そ」 甘えを許してくれる間、とりとめもない会話をぽつりぽつりと続けた。 かつて通っていた幼稚園は深夜になるとこんなにも静かで別の場所のようだ。 記憶にあるここはいつも賑やかでめまぐるしかった。 それが楽しいと思えたのはテツがいたからだ。 テツに手を引かれて遊びの輪に加わって、子供の我が侭から何か問題が起きても テツがうまく解決に導いてくれた。 同い年なのにそういった周囲への気配りができたのは家を守るという責任感が 当時からあったからだろう。 あの頃は守られる一方で失うものは何もなく、居心地が良かったのも当然のことだ。 けど、今は違う。 富良兎はジャングルジムを押すようにして反動で背を離すと手を組んで伸びをした。 「帰りましょうか」 「もういいのか?」 「ええ」 そうして2人は20分ほどいた場所を後にした。 「風吼にね、告白されたの」 帰り道で富良兎がそう切り出した。 「出がけにテツの所に行くのかって訊かれてそうだって答えたら 行かないでって頼まれて」 「結婚やめてくれないかって。好きな人が取られるのを祝福はできないって」 淡々と語られる説明にテツは口を挟まず、静かに耳を傾けた。 「やめるなんて嫌よー。せっかくの桜家の内部に潜入するチャンスなんだから」 富良兎はクスクス笑ったが、ふっと視線を下に落とした。 「でも私、何も言わずに出てきたの。嫌われるのが怖くて。 返答は1つしかないのに。それでも――」 友達としての好きまで失いたくない、と彼女は言った。 異性としての好きには応えられないのに随分身勝手な話よね、と加えて。 「で、どうするんだ?」 「朝にでも桜家に嫁に行くって言うわよ。結局そうなるんだから」 「それで距離を置かれるようになってもか?」 「じゃあやめる?」 「…おまえ、やめる気ないって言ったじゃねーかよ」 「言ったわね」 テツは髪をかきあげ、長い溜息をついた。 「1人で結論出してんのに俺を連れ回す必要はあったのか…?」 「1人だと危ないでしょ、夜道」 「危ない、な……」 夜道でずっと突っ立ってたのはどこの誰だ。 大体、しばしば夜中に出歩いて何かを調べ回ってるのだから今更な冗談である。 「そうよ、だから家まで送ってくれる?」 「1人で帰れ」 「冷たーい。そんなんだからもてないのよ」 「棒読みで言われても痛くも痒くもないわ。つーかもててどうする」 「あら、好かれることはいいことよ?」 「金にならんことはどうでもいい……」 迂闊だったと気付いたのは後の祭り。 結婚はお金になるの?と訊かれて答えに窮する羽目になった。 おわり |