空が輝く。
 …………それは神々しき光。

 平伏したくなるほどの眩さは自分よりも小さな腕が生み出した優しさの灯火。
 自分自身のためではなく、人のためにこそ怒れる魂が醸す浄華の旋律。


 目を奪われる。…………息も出来なくなるほど。


 追いつきたくて足掻いて足掻いてその傍にいることを一時我慢しても……未だ追いつけないで。
 己の道をただひた進むその小さな背。



 縋りたいわけじゃない。
 甘えたいわけじゃない。
 守られたいわけじゃない。

 ただその傍らに。

 ………ともに歩んでいても足手纏いにならないだけの力をこの腕に………………………




祈りの行方


 棍の振り切られる音があたりに響く。
 薙ぎ払った岩の欠片が散らばり、小さな砂利の広場が形成されてもなおそれは休まることを知らない。
 ………掠れ始めた少年の息に眉を顰め、少女が傍らに鎮座する師匠たる仙人に目を向ける。
 無茶だということくらい……自分にだって判る。修行など初めての身だけれど、少年の行なっている内容が身体に負担しか与えないことは明らかだった。
 強さを誰よりも求めていた彼だから、冷静に自分の行動を振り返ったならそれくらい簡単に判る筈なのに…………。
 気づきも、しない。
 あるいはいま傍にいる自分達さえその視界には入っていないのかもしれない。
 昨日空に降り注いだ遥か彼方の光。………あり得ないほどの眩さでいまはこの地から覗くことも出来ない先に進んだ子供が灯した、光。
 呆然と見上げた少年を覚えている。その思いだって、判る。………自分も、ショックだったのだ。
 同じだと思っていた。勿論実力が、というわけではないけれど。
 どれほど先に進んだって追いつけない筈がない。根本的なものに差異はないと思っていた。思いたかった。
 それをあっけなく崩される。まるで手も伸ばせなくなると突き付けるように……………
 少女の噛み締めた唇を見つめた仙人はゆっくりと宙に浮き、浮遊の最中少年の扱う棍にヒゲを搦めた。
 糸ほどに細いそれは、けれど渾身の力を込めてふるっていた少年の腕を遥かに上回る力を秘めている。突然動かなくなった己の武器に驚いたように視線が向けられる。
 ………射すくめるほどに鋭い…視線。
 ゾクリと少女の肌が泡立つ。初めて会った時の少年の姿が、一瞬浮かんだ。…………もっとも、あの程度で あったなら自分が驚くことも恐れることもないのだけれど。
男であったことを思い出される。肌から立ち上る気の全てが渦巻きながら牙を研ぐ。
 渇き餓えたまま……それを甘受している野生の獣。己を極限に置き、さらなる高処を目指すそれは孤高の獣…………
 何も浮かべない仙人の瞳さえ射竦めながら、けれど不意にそれがやわらぐ。……否、やわらいだのではなくそれは力を失っただけ。
 強さを欲しがり周りが見えなくなる。その愚かさを嫌になるほど少年は知っているから。
 それでも湧きいでるこの枯渇した思いをどうすることもできず、だからこそなにか対象を求めて力が暴走する。
 …………表面上その胆力のみで押さえたところで無意味だということをよく知っている。強さを求める以上、誰もが一度は通る道なのだから。
 息を吐き出し、仙人はゆっくりとその場をあとにした。背中に感じる幼さの入り交じった弟子の視線を躱しながら……………………

 風さえ沈黙を守り、なんの音も零さない。
 吐息さえ飲み込む音が響きそうな静寂の中、少女は居心地悪そうに佇む。
 ………このまま少年を置いて立ち去ってもよかったが、こんな状態の仲間を放っておくことも出来ず、さりとてなにかできるわけでもなくて………僅かに顰めた眉も溶かすことなく少女はそこに佇んだままその背を見つめていた。
 余裕のなさなんて、この修行に入ると囁いた時から見えていた。掻き集めた理性だけで囁いた、いい子の模範回答。
 それを本心だなんて誰も思っていない。強くなりたいその理由だけが本心だった、切ない決意。
 離れたくなくて手放したくなくて。足掻いて足掻いて……少年はそれでも相手のために一歩退く性根を携えていたから。
 我が侭を、飲み込んだ。思う相手の危険を天秤にかけてまで晒す願いを少年は知らないから……………
 動かない背中。座り込んだまま瞑想でもしたかのように弛まない。………見せ掛けだけの薄っぺらな…………………
 歯痒くて、幾度苛立ったか判らない。
 自分と変わらないくせに。……同じ思いを同じ相手に抱えているくせに。
 それでも少年は相手のことばかり。己の思いを忘れ果てたかのように。………熱情は胃の奥底に隠して晒しはしない。
 決して、その相手以外には………………………
 軽い溜め息が空気を揺らす。それに力を得たかのように微かな風が少女と少年の髪を揺らした。
 背を押すような微かさに苦笑のような笑みを落とし、少女はゆったりと声を吐き出す。……どこか諌めるような厳しさを包み込んだやわらかな鈴の声音を……………
 「あんた、自分の顔見てみたら?」
 呆れたような囁きはどこか憂いさえ含んでいて。それに気づける少年は顔を顰めて自分の額を覆うように腕を持ち上げる。
 人に見せられるような顔をしているとは……到底思えない。
 ………それくらいの自覚はあるのだ。この身の奥から込み上げる焦燥と苛立ちと………狂わんばかりの愛おしさ故の息苦しい痛み。
 それらを隠し通せるほどには熟練していない自分の拙さに歯を噛み締めても仕方ないけれど…………
 押し黙るように俯いた少年の沈黙に軽い吐息が触れる。
 責めるのではなく、まるで駄々をこねる子供に向けられるようにやわらかさを内包した母性の…………
 不思議そうについ向けた顔の先、差し出されていた指先。前髪を掠め眉間に触れたそれは熱を感じ取る暇もなく軽くその額を押して戻される。
 笑みが……浮かぶ。少女の瞳をやわらかく…けれどどこか哀しげに染めたものがなんなのか判らずに不可解そうに少年はいたわりをのせた瞳で眉を顰めた。それを確認し、少女の笑みはいよいよ深まり切なささえ見るものの胸を詰まらせる。
 なにか囁こうとして開かれた唇は……けれど閉じられる。いまの自分が誰かをいたわる余裕があるわけがないことを知っているから………………
 受け止めきれないことはそれを示さないことよりときとして残酷だと、この身は知っている。だから自分には出来ないとわかっていることをできる振りをして手を差し伸べるなんて欺瞞を少年は出来ない。
 それさえ知っている少女の澱みなき声が響く。
 ………どこか、願う人に似た真直ぐさに視界が霞む気がした…………………
 「知らないでしょ? あんたね、爆がいない時には情けない顔なんてしないのよ? ………いつだって真面目そうに顔顰めて悩んでさ。バッカじゃないの?」
 自分にも師たる仙人にも曝せない素顔を、たった一人の子供だけが引き出せる。それが何故かなんて本人たち以上に周りの方が敏感に感じ取れるのだ。
 だから解る。……解ってしまう。
 この不器用極まりない少年に一体なにが必要か。いま……なにが欠乏してしまっているか。
 未だ駆け寄ることも出来ない自分達が、誰を求めているか………。腹が立つほど同じ思いは、けれど少年には酸素と同じほどになくては枯渇し枯れてしまう類いなのだと見せつけられる。
 ………同時に感じ取れるその危うさと危険性。
 いまこの時に引き離した仙人の意図が今更ながらに理解出来て吐く溜め息も絶えはしない。
 少女の言葉に驚いたように目を丸める少年に楽しげに笑い、少女は少しだけ戯けた調子で言葉を付け加えた。
 「大体ね、私はあんたのライバルよ? ライバルに手助けなんかさせないでよね?」
 ………そんな真似させないくらい強くなってもらわなくては困るのだ。
 それは肉体的強さではなく心の強さ。
 誰かを愛おしく思うのであればなによりも保たなくてはいけない根源の………………
 息を詰めるように引き結ばれた唇に少女は笑う。
 本当に……不器用で、けれど見捨てられないほどに真面目で真直ぐで。
 なによりも人の言葉に耳を傾けることを知っているその瞳。
 澄んだ赤が澱まないようにその背中を蹴ることくらい………その程度の役目くらい、いまは代わりになっても構わないから。
 自分の愛しい人のために俯くことなく前を進むように。
 ……全ては自分のため、なのだけれど。
 自覚している自分の願いに己でも笑みがもれる。馬鹿で不器用で…幼くて。戸惑いながら歩いている拙い二人の背を見守るのは、それなりに好きなのだ。
 だから………答えて欲しい。
 降り注ぐ太陽の光に少女の桃色の髪が透けるように溶ける。その輝きにさえ負けない眩い笑みの先、その唇は綻んだままに囁きかける。
 「私にとられたくなんかないんでしょ?」
 楽しげな囁きは謳うようになめらかに晒される。
 ………それに返された強い眼差しに少女は嬉しそうに微笑んだ。


 この背を震わせることのない、深き優しい赤に祝福を……………………




 キリリク38888HIT、カイ爆でテンパに爆がいるあたりのカイの話、でした!
 ………さり気なく当たり前にピンクがのっとりかけているのは私がピンク好きなせい(オイ)

 いや……なんとも珍しいお題をいただきました。楽しんで書きましたが!
 珍しく男っぽさ全開!なカイになってくれるかな〜と初めは期待していたんですけどね。なんというか…GCっぽいといえばいいのか。
 頼れるのだという絶対的な存在? ………無理でしたけどね(遠い目)こいつでそうしようとした私が馬鹿でした。
 そしてピンクが主に。初めは激にしようと思ったけど……ヒゲじゃね……。話が出来ない…………。
 カイの話なのかピンクの話なのかよく解らなくなったのは私の愛の偏り(いやどっちも好きですけどね!)

 この小説はキリリクをくださった草原恵さんに捧げます。
 手紙で申告、電話でリクという前代未聞な記録をありがとう☆

 ちなみにこの小説は一応真夜中の月とセットという感じで。
 こっちは「テンパにいる頃の爆」ですv



■そんな訳で、私が初めてせせねからふんだくったキリ番がコレな訳ですね。う〜ん、しょっぱなから無茶苦茶言います。私。
■しかしこれ。どうしてもピンクに惚れそうになりませんか。どうですか。
■ともかく有難うございましたッ!