腕を伸ばして触れさせて。
触れることで得られるものなんてほんの僅か。
それでも冷たい時を知っている腕には心地いいから。

ぬくもりをわけて。
笑みに埋もれていたいから。
……空知らぬ雨に濡れることなく地に立っていたいから。

あなたに触れさせて。吐息に溺れさせて。



そうして、あなただけで埋め尽くされて……この背にある見えない翼信じさせて。

あなたの傍らにいる資格を、確かな形で示して…………………



言の葉に隠れて


ちらりと見やった先には逸らされた視線。
いつも冷静な…いっそ冷たいとさえ見られる無表情な面にのぼる微かな幼さ。
それを愛でることは好きだけれど、憤り故に晒された幼さは自分の手にはあまる部類で溜め息しかこぼれない。
別にたいしたことではなかったと……思うのだ。
お互い些細な言い争いだったと正直感じている。それは伝わる気配に滲む悔恨とも言えるもどかしさでわかってしまう。
微かなその変化も、感情の機微も、無意識に零したそれを拾えると信じている。
……………わかるくらいには、近しいという自負があるのだ。
どこまでも高処にいると信じて疑わなかったたったひとりの子供。
伸ばす腕は無数で、そうしたことに疎い自分の隠されがちな腕には勿論気づくことのなかった筈なのに。
指し示された。その他の腕になど目もくれないで真直ぐに。
お伽話にあった姫のような心地だろうかと苦笑しても、相手は王子にも……もちろん姫にもなる気のない潔癖さで悠然と佇んでいた。
子供が選んだのはともに歩むべきパートナー。
どこまでも純乎とした魂が願ったのは醜悪さの欠片も見えはしない透明な感情。
固定観念になど括られることのない自由さは恋愛などという枠組みさえ知らない拙さで口吻けに応えた。
あるいは…一生花開くことのなかったものなのかもしれない。自分がそうした形を望まなかったなら子供は永遠にそれを知らないままだったのだろうことが躊躇う思いの所存に伺えた。
思いを厭うのではなく知らなくて戸惑っている。与えられた道具の使い方がわからずにどうすればいいのかと持て余しているような姿に目を見張った。
誰も彼もが、彼を望んでいた。自分と同じ意味でなくとも彼の傍にいることを願っているのに。
知らない、のだ。その心の奥底にずっと閉じ込められたまま掛けられた鍵は何処かへと消えてしまった。
わからないとその瞳は囁いた。
…………どうしたらいいのかが未だ理解出来ないと顰めた眉に憂いをのせた。その場限りのごまかしも惰性で流されることもない清廉な子供は言葉にも出来ないそれを深く沈んだ黒曜石に秘めて示した。
なにを示すかわからない子供に触れた唇は本来なら拒まれてしかるべきだったのだと知っている。
それでも子供は自分が願ったなら与えることを厭いはしなかった。………その重さを知らないが故の無頓着さであっさりと許された。
思いを知らないから許されたなんて、思わない。
ぬくもりをわかつだけの行為でないことくらい鋭敏なる子供の本能が理解出来ないわけがないから。
それでも与えられた。拒まれなかった。それはたしかで。
抱いた指先は斬り付けられることもない。伸ばしたなら受諾される、のに。
不安は募ってしまう。同じ思いを他のものが向けたならなんて馬鹿らしいけれど。
潔癖さ故にあり得るはずのないことだと打ち消しても時折もたげるその想像。
……だからこそどこか過保護めいている自分を知っている。この子供に自分の護り手など必要はないだろう事実も。
誰よりも強い。肉体的だけでなく……精神的な強靱さ。どんな人間のどれほどの行為も彼の魂を損なうことはないとわかってしまう。
其れ故に子供はあらゆることに無頓着で………ことに自身の身に対しての無関心ぶりは度を過ぎている。
思い出して、胃の奥が痛む。
その背を捕らえて自分の腕の中に閉じ込めたいなんて、願う気はない。自由に飛ぶ翼を愛でているのに鎖に繋ぎたいなんて思わない。
それでも遣る瀬無くなるのだ。
……………肌を辿る唇が幾度数を重ねても傷を見つけないことはない。それが未だ血にまみれていることだって珍しくなく、ただ抱き締めて傷を癒す夜も少なくはない。
痛みを恐れもしない。その身に負担となることを恐れることはない。痛みすら生きる糧としているかのように…………
だから子供は笑みを覚えた。力強い、誰もが平伏したくなる絶対者の暴力的なまでに圧倒的な笑み。
……言葉を挟む余地もない。子供に不可能はないと信じさせるに足る笑み。
他のどれだけの人々が騙されようと自分は騙されない。もう、知ってしまったから。
不死身などあり得ない。痛みを知らない人間なんていない。
傷を忘れられる魂なんてあり得ないということを………………
だから子供は肌を許した。負った傷を隠す術のない状況を甘んじた。
そう出来るのは自分だけで……傷を晒すことを覚悟の上で子供が肌を晒す相手もやはり自分だけで…………
だからこそ苦言は自分が示さなくてはいけないという、どこか義務感めいたものが生まれもしていることも否めないのだけれど………………
希有だと、わかっているから。
この子供の命を途絶えさせる可能性を全て否定したくなってしまう。枷になるとどこかで囁く自分がいることも知ってはいるけれど打ち消せないどこか予言めいたビジョン。
自分の血にだけ包まれてたったひとり地の奥底に沈む躯。
追い掛けることもともに果てることもなく、この腕さえも置き去りにして見知らぬどこかで誰かのために…………
くだらないと、きっと笑われる。
幼い瞳に老成された深き慈悲を秘めて子供はきっと自分の心を優しくいたわってくれる。そうと知れる形ではなく、息苦しさを消す方法を子供は身につけているから。
………相手が申し訳なさを感じることなく受容出来るやわらぎを、その強烈な魂の奥底に包み隠しているから……………………………
だからこの腕は子供を包みたいと喘ぐのだ。
抱き締められるのでも守られるのでもなく。血に濡れたその身を抱き締め守りたいのだと…………
頑なまでに逸らされた視線。晒されたままの無防備な背。
近付いたなら確実に気づかれる距離。互いの鋭敏な感覚は決して相手の所作を見落とすことはない。
伸ばした、指先。あと僅かな距離でその身を包む腕はゆっくりと動く。
祈るように厳かに、まるで逃げることを許す腕の震えが視界に入り子供は少年に気づかれないよう心の内に息を落とす。
自分を抱く腕なんて、本当はいらなかった。
包まれたなら溺れたくなる。自分が弱いと知っているから、いらなかった。
独り立っているからこそ絶対であれるのだと自覚している。…………この腕の中、自分が覇王でもなんでもないただの年相応な不器用な子供に戻ることを腹立たしいほど自覚しているのだ。
それでも拒めなかった。震える指先が哀れだったとか、情けない瞳を安心させてやりたかったとかそんなことは二の次で。…………ただ自分が欲しかった。
決して失わない隠れ家を。自分ひとりの誰かを。
それがどんな意味合いかなんて、知らない。ただこの腕を選んだならもう震えることなく前を見続けられると思った。
優しい腕はいつだって逃げることを許してくれる。拒むことを認めてくれる。
それでも自分は一度だって絡んだ指先を解かせたことはないことくらい、知っているはずなのに。
どこまでも憂える赤はこの身が傷ついたなら同様にその心を痛めるのだ。………他人事だと流せない純朴さは愛しいけれど。
もっと、信用して欲しい。ここが自分の帰る場所なのだと。……たとえ息絶えることがあったとしても必ずここに戻るのだと。
振り返れば泣きそうな顔。少年が怖れているものがなにかわからないわけじゃない。
消えないことを約すように瞼を落とせば噛み締められる唇。
それを綻ばせる効果があるかなんて知らないけれど、いたわるように重ねたぬくもりに情けなさそうに少年が眉を垂らした。それに困ったように苦笑を落とし額を少年の肩に溶かす。
………わかっていても納得出来ない感情に戸惑うのは少年だけではない。
残される痛みを知っている、から。先に逝くつもりもない。………それでも自分の生きる道は常に危険が蔓延っているから。
馬鹿らしいほど愚かな……悲しいままごとの約束しかしてやれない。
上着の襟に指先が触れる。微かにずらされた衣服の隙間、晒された日に焼けない肌。
…………それを侵す赤い亀裂。
首の付け根に走る傷は服に紛れて気づかれづらい。それでも確実に感じ取る少年は見逃してなどくれなくて。 それが、誇らしいなんて…身勝手と知っている。
落とされた唇に込められた熱が仄かに発光を促す。
灯された熱と明かりに毒々しい赤は緩やかに色を落とし子供の肌を優しく包む皮膚へと変化していく。
溜め息のように息を落とし、震える声音は押し隠すように一度深く息を吸い込んだ少年が小さく囁く。
……憂いと、微かな誇りと比べるべくもない不安を溶かして。
「無茶を、しないで下さい」
いつだってこの腕が彼を癒せるとは限らない。赴く前にその身を地に落とすことのないようにと祈る声は哀れなほど幼い。
……………抱きとめて、囁ける言葉のなんと少ないことか。
歩むべき道を定めたなら危険はつきまとい、それを避けたなら自分は自分ではなくて……………
大いなる矛盾を溶かせるほど自分も少年も達観など出来はしない。
だから不器用に互いの拙い指先を搦めて辿々しい足取りを繰り返す。
児戯のようだと笑われても、選んだ道も相手も、誇れるのだから。
確たる約束など出来ない。……それは互いに。
それでも信じたい祈りの言葉は同じだから。
…………囁いて、胸にしまう。
首元に落ちた唇に、少年の髪に吐息を交えて子供が小さく小さく答える。
掠れた弱々しさは少年にだけ晒される幼気な声。
悼みを祈りを知った声は優しく悲しく世界を包む。
「ちゃんと……帰ってくる」
震える少年の背を抱き締めて、手繰るように蠢く指先に小さく息を飲む。

癒されるのがどちらかなんて、わかるはずもない。



だからせめてぬくもりを。
………どれほど離れても忘れ得ぬ、その片翼を。

虚空を掴むことのない指先は熱い唇に舐めとられ優しく包まれた…………………………



 


というわけでイラストをなんとか組み込もうという努力が滲み出た作品でした。
………なんてうちの二人に似合わないシチュエーションだ。
まあ喧嘩さえ互いのことを思ってというのはいつも通りだがね(笑)

ラストが一番悩みましたわ(遠い目)
うちの子たちに色気なんか求めていませんよね、みなさんv
求めるだけ無駄だということはわかっていただけていると祈ります。ええ。
この二人に限っていえばはっきりいって想像がきかないんですよね……こういうの。
ヒーロー関係なら可能なのに。やはり子供相手だからかなー(ーー;)
まあジバクくん関係では書く気がセフィロト内くらいでしかないからいいのさv
それすら省こうか悩んでいるくらいだしな(笑)



■返礼、ということでちゃっかり頂きました。
■まだカドハシくん(草原さん私物パソの名前)入手前に描いたので、完成品は私の所には展示してません。せせねのサイトにてヨロシクー☆
■そんじゃ、セフィロトに期待しましょう(笑)