綺麗に伸ばされた背中。
弛むことなく歩む足。
まっすぐと真理を指し示す指先。
何者にも染められない瞳。

どれほどあなたに惹かれる理由を考えても、結局は帰り着く先はたった一つ。

あなたがあなたであったから。
私が私であったから。

あまりにもそばにいることが当たり前すぎて、理由など後から付け足したものに過ぎなくて。
それでもあなたに知って欲しくて言葉にかえて。
やっぱりそんな言葉よりもこの腕で抱き締める方が伝えられる気がする。

だから、でしょうか。
言葉を手繰ることがうまくないから。
だから、あなたに伝えきれない。

………………悲しいことを言わないで。



言葉とぬくもりと。


 軽く見上げてみれば深い青。
 薄い雲が流れていて、晴天と言うにふさわしい空だ。それでもその唇に込み上げたのは柔らかな笑みではなく引き結ばれた仏頂面。
 ………何が悲しくてこんないい天気にこんな風にだんまりを決め込むのか。
 一応、理由は解ってはいる。それでもよく解らないというのが本音だ。
 あまりにも些細なことだった。………些細な口論で、あんまりにも些細すぎてその原因も忘れてしまった。
 ただ彼は悲しそうに眉を寄せた。
 それだけ、克明に目蓋に焼き付いている。
 こんなことは案外多い。まわりからみると喧嘩などしたことがないように……自分が専制君主のように見られがちだが、その実この少年の自我はかなり強い。その大部分が結局自分を思っての強固さなのだから結局は周りの見る目が正しいと言わざるを得ないのかもしれないが。
 微風が頬を過る。前髪を揺らしたそれは柔らかく彼にも届き、長い髪を揺らした。
 ………座り込んだまま、背中を晒して。このまま自分が立ち去ったりしたらそれこそ必死で追いかけてくるくせに。
 案外、この少年だって自分を知っているのだ。こんなとき、自分が消えることがないとか。どうすればいいのか思い悩んでいるとか。………たった一つのことを除いて、案外彼は自分を知っている。
 もっともそのたった一つを知らないから、こんな風にすれ違うこともしばしばなのだが。
 微かに息を落とす。苦笑ともつかない笑みが浮かんだ。
 「カイ」
 その名を呼んでみる。いつもと変わらない力強さで。
 ぴくりと動いた肩。なにに怯えているかくらい、知っている。
 世界中の何よりも自分を恐れている少年。馬鹿だなと、何度思ったか解らない。広大な世界のちっぽけな人間一人を恐れてなんになるのか。
 ましてその相手がそばにいるくせに。
 「………カイ」
 もう一度、今度は返事を促すように微かな間をあけて。
 ほんの少しの逡巡。カイの肩の揺れがはっきりとしたものになり、振り返ることが解った。それを眺めながら息を吸い込む。
 胃の奥に力を溜めないと、途方もないくらい怯えているカイを前に甘やかしたい衝動が消えない。
 年下の自分にそんなことを思われるのもどうかとは思うし、しればきっと本人も羞恥で地に埋まりたい気分になるのだろうけれど。
 「なん…ですか?」
 掠れた小さな声が言い淀むように紡がれる。
 それでも視線だけは外さない。妙なところで律儀なのか、それとも自分がいなくなるとでも思っているのか。どちらにせよ、怯えるだけよりはましと思うべきか。
 唇には小さな苦笑。怯えているくせに、焦がれている。そんな陳腐なフレーズがひどく当て嵌まる姿に喜ぶべきかたしなめるべきかの判断もつかない。
 ……………ただほんわかと灯ったものを苦笑に変える。
 「なにを不貞腐れている」
 ゆったりと響いた子供の声。どこか絵空事のような音にカイはしばしほうけたように音を眺めた。
 別に……不貞腐れていたわけではないのだ。ただ悲しかった。
 どうしようもないくらい、悲しかった。
 自分はそばにいて。…………爆の、そばにいて。
 許されるならこの先もずっと一緒にいたくて。道は違えど同じように高処を目指す仲間でいられると思うのに。
 怯える彼はそんなことも許してくれないのだろうかと、思ってしまって。
 …………それが邪推であることくらい解っていて、だから言えなくて。
 でも、悲しくて。
 言葉が出なくなってしまっただけ、だったのだけれど。
 この広い世界にたった一人。………それが当たり前。
 あまりにも簡単に綴られた音は、だからこその重みがあり…それ故に途方もないほど切なく響いた。
 自分よりも小さな肩や、細い手足を携えているくせに、時折……まるで自分の師にすら匹敵するほどの老成さを覗かせる。それらはきっと彼の生きた道を示すのだろうけれど。
 それでもと、思う。
 そばにいたい。癒したい。そんな大それた真似が出来るほどの力はないけれど、その力となれるのなら喜んで命くらい賭けてみせる。
 自分の価値なんてそんな天秤ではからなくては見つけられないくらいちっぽけだけれど、想う気持ちまでちっぽけだなんて思いたくはない。
 言葉にしてそれらを伝えられたなら、そんなこと思わずにいてくれるのだろうか…………?
 そんな過去の悲しみを、さも当たり前のことと不思議そうに眺めずにいてくれるのだろうか………?
 だって人は、ひとりでなんて生きないから。短い間でさえ、誰かが寄り添うことを願うから。…………幼い身は、それこそより多くの腕を求めて当たり前なのだから。
 求めないことが当たり前なんて、あまりにも悲しい。…………それはまるで求めることを自分に禁じているようで、切ない。
 誰かが自分に関わることで傷付くなら、自分が傷付く方を選ぶ人だからよけいに………………。
 顰められた眉。悲しみに項垂れた長い耳。………赤い瞳が揺らめいて、銀の軌道を作りそうだった。
 見つめる赤に映る姿は苦笑を染めた小さな子供。こぼれかけた涙をたしなめるように伸ばされた幼い指先が肌に触れるよりも早く、抱き竦める。
 一体なにが、出来るのだろうか。
 …………彼のために、どんなことが出来るのだろう。
 憂いてばかりで言葉にも出来なくて。こうして抱きしめてぬくもりを送ることくらいしか、自分に出来ることがなくて。
 情けなくて、泣けてくる。そんな自分でも許すように添えられる指先があるから余計に。
 悔しくて指先に力がこもる。余裕などなくて、おそらく痛みすら与えているだろう抱擁に気付けない。
 ただ噛み締めた唇が戦慄きながら紐解かれる。
 なんと言えばいいのか、解らない。………切なさや悲しみを伝えれば、きっと爆はそれらを自分の内でのみ処理するべき事柄なのだと思うだろうから。
 そんなことをして欲しいわけではなくて。自分も、いっそ巻き込んで欲しい。
 ……………どうしたならそれを伝えられるのだろう。その方法も術も解りはしない拙さがいっそ恨めしい。
 「不貞腐れて、いないです」
 言葉を必死で紡いでいる、震えた音。
 抱き竦められているからそれは耳のすぐそばで自分にだけ響く。
 「解りたいのに、伝えたいのに、言葉に出来なくて…………」
 戸惑う声音に雄弁な指先。
 手放したなら消えるとでもいうように込められた力の強さ。眇めた視界の先には、風に揺れる長い黒髪。
 添えた指先から伝わるカイの鼓動の早さと身体の震え。
 「何も出来ない自分が、歯痒いだけです」
 ………怯えながらも真摯さを秘めて捧げられた瑞々しき言の葉。
 力になりたいのだと示される辿々しき姿に爆は小さく笑んだ唇をカイの肩口に埋める。
 怯えて。…………怯えて恐れて自分の背しか見ていない馬鹿な少年。まるで全て自分に頼っているように錯覚して、己の力を時折見誤り卑小に見下す愚かさ。
 こんなにも、寄り添っているくせに。
 こんなにも………心あたためるくせに。
 あんまりにもそれは自然で、きっとカイにとっては当たり前のこと。
 その当たり前こそが尊いと、なぜ解らないのだろうか……………?
 それは本当に奇跡に近い確率の、自分というピースに当て嵌まる形のくせに。自覚もなければ驕りもない。ただただ何も出来ないと嘆くばかり。
 本当に、愚かだ。
 ………………自分のことばかり考えて、己の力なさに打ち拉がれる。もっとよく、見てみればいいのに。
 たったひとつ。
 あと、たったひとつ。それだけを知っておけばいいのだ。

 こうして自分がその背を抱き締める相手が、一体他にいるのかどうかということを。



言葉になんて自分にも出来ない。
……照れくさいとか、そんなことではなくて。
既成の言葉のどれにも、当て嵌まらず、全てに当て嵌まる事象をどうあらわせと言うのか。
だから、言葉になんかしない。
自分で気付けばいいのだ。

…………ただこの腕の先にたたずむものがたったひとりなのだと、気付けばいい。




キリリク79000HIT、カイ爆で『Mr.Pressure』のイメージです。
……………子猿でも同じリクをしたこの人を鬼と呼んでも私は責められないと思います。

久しぶりに書きましたよ。カイ爆。やっぱいいね〜v
そしてあんまりにもいつも通りな二人。カイの目から見て怯えた爆って、そうなー、ないかな。
今回の話の発端も、おそらくせいぜい「お前らと会う前は一人だったぞ」程度の軽い言葉からだったのでは、とか。
…………カイにとっては重大だったんですよ。
自分が一人だったことはないからね。

この小説はキリリクをくれた恵ちゃんに捧げます!
ようやく出来上がったよ。お待たせしました。今度開口一番に鬼と呼ばせてねv




■いやー…連続でキリ番踏んじゃってなぁ。それなら何か繋がりのあるリクをしよう!と思って。 ハヤテデッドと悩んだんですが。←どっちに転んでも鬼。自覚がある辺り尚始末が悪いヒト。
■だけどな。先に子猿書き上げて、「カイ爆書き上がるまでは更新しない!」…って言っちゃうせせねが好き(笑)