目の前での惨劇。

血と焔と月の記憶。

闇世の中の冷たい死の香り。


全てが現実過ぎて、ほんの少し奇異だった。



赤く染まった視界はいまもまだ、(すす)がれはしない……………




記憶の底の掠れた曙光


 ゆっくりと息を吸い、吐く。
 幾度かそれを繰り返し胃の奥底までを清浄に保とうとするかのように循環を促す。
 清らかな新緑の香りだけが身を包み、他の一切が遮断される瞬間。それは決して長い間保てる神秘ではなく、自然との一体感はそう易々とは手に入らない。
 それでももう少しましだった、気がするのだ。
 小さく息を吐き、カイは瞼を開いた。陽光が肌を滑る様すらはっきりと感じられるのに、どこか遠い気がする。
 瞑想の果てに到達するそこに、いま自分は行けない。いままでも行けなかったというのなら己の力不足を認めるけれど、過去に数度とは言えそこに到達できたのだ。その瞬間の言葉にする事不可能な恍惚と深みを忘れるはずもない。
 何故と問う相手がいまはいない。
 自分を育て導いてくれた師は己の修行の為に未だ入る事を許されていない山奥の祠に潜り込んでしまった。一度入り込んでしまえばどれほど語りかけても師は現れない。己で定めた時を過ぎない限りは。
 それは大抵が自分を見つめ直せと言う暗黙の指示である事くらい、いくら幼い身であっても解る。
 だからこその、瞑想だ。
 そよ風に身を任せて空気を肌で感じ、自然の底に流れる希有なる音楽に耳を傾ける。それはさして難しい事ではなかった。もともと自分は山に住み、そして自然の奏でる声音を眠りの床で耳寄せながら育っていたのだ。今はそれがなお奥深くになり、より間近となったに過ぎない。
 目標を、持ったのだ。
 かつて抱いた憧れとは違う、それは打ち倒し名を遂げる為の目標。
 それを口にした日から、師は自分に与える言葉が少なくなった気がする。
 いつだって成長を喜びなにかを為そうとする自分を導いてくれたのに。何故かいままでで一番強く願ったこれだけは、どこか憂愁さえ見せて頷きもしない。
 わからない、のだ。
 一体なにが悪いと言うのだろうか。
 ただ己の強さを知りたい。この山で強さを磨こうと思ったあの夜を打ち砕けるだけの強さを示したい。
 それだけだというのに…………
 微かな溜め息を落とし風に拭かれる己の髪を見遣った。大分、あの日から伸びている。それだけの月日を経て培われたものを示したいと思う事が浅慮だという事だろうか。
 あるいは未だそれを倒せるに値しないという事………
 「そんなことは……」
 ない、と言いかけて握りしめた拳に草が悲鳴をあげるように引き千切られた。
 気付かなかったそれに少し驚いたように目をやる。指先には緑の香りが移っている。再び吹いた風にさらわれたその草を胡乱とした目で見つめて、息を落とす。
 未熟な事は知っている。死の足下にも及ばない。それでも、強さを携えはしたのだ。GCという立場を得て、人を守るに値するだけの実力を認められた。
 だからこそと思ったのだ。
 それなのに認められていないのだと解る願いは、一体どこが愚かなのかが解らない。
 強さを求めてきたのだ。それを師は知っている。その上で自分を受け入れて育て、師事する事を許してくれた。
 「……………」
 解らない事だらけで混乱する。
 回答を求めて師に問いつめたいのに、それを許さず己で考えさせる為に時間はいっそ苦痛だ。
 溜め息を落とし、ごろりと草の上に身を横たえた。それを迎え入れる柔らかな感触と、注がれる陽光に瞼を落とそうとして………ふと気付く。
 「あ……れ………?」
 眉を顰めてそのままぐるりと見回してみる。探し求めるものと同じ視線の高さだが、それは見当たらない。
 何故と思い慌てて起き上がり、ようやく気付いた。
 ………彼は、いまだ瞑想を続けていた。
 こんなにも真横で動き回る自分がいても揺るがないほど深く。
 それが少し羨ましくて、妬ましくもある。
 自分の何十倍も生きている聖霊なのだから当然と言えば当然なのかもしれない。それでも焦がれてしまう。それほどの揺るぎない意志を自分も持ちたいのだ。
 ずっとずっと、そう思っていた。
 だからこそ強くなりたいと、そう願っていたのだ。
 手足を組んだまま微動たりともしない小さな聖霊。自分の手のひらにおさまるほどのその身で、どれほど多くの現実を見て来たのだろうか。量り知れない深さを、寡黙な彼から感じるのはいつもこんな時だ。
 足下にも及ばない。それはしに対してだけではない。パートナーである彼にすら、自分は及ばないと思い知らされる。
 「………バクザン…」
 声は、微かに震えている。
 気付いて欲しいようで、気付いて欲しくなかった。
 まるで眠りを覚まさせるように境地に至った彼を舞い戻そうとする所作はどこか浅ましく感じられた。
 だから、気づかなくてよかったのだ。その深い思索の果て、自分の声など届くはずもないのだから。
 「……………」
 それなのに、彼は目を開けた。
 その両手を解き、問うように眼差しを自分に向けるのだ。
 …………喉が、詰まる。
 知っているのだ、どれほど自分が支えられているか。多くの手が自分を導く為に差し伸べられ、自分はそれに何一つ返す事も出来ずただ甘んじている。
 霞む視界を耐えるように唇を引き結び、身体を堅くして瞼を閉じた。力一杯のその仕草ははた目から見てどうやっても幼い。
 わかっていてもどうしようもない。他に耐え方が解らないのだから、せめてもの精一杯で耐えるしかないではないか…………?
 微かな吐息の音。
 耳に分けいったそれに恥じ入る。愚かしいと、呆れられたのだ。こんなにも自分は幼く、何一つ出来る事はなくて。強ささえ、示す実力がない。
 嗚咽がこぼれそうになり堅く結ばれた唇が、不意に綻ぶ。
 ぽん、と。親しみを込めて膝を叩かれる。開かれる事のない粛正の手のひらが優しく慰める仕草で数度それを繰り返した。
 顰められていた眉根は解かれ、情けないほどに垂れる。………今度は別の意味で、泣きたくなった。
 いいのだ、と。
 慌てる事はないのだと、彼は言う。
 瞑想の深さは自分以上で、その底すら知れないというのに。こんな愚かな子供一人の小さな声だけでそこから舞い戻って来てくれる優しい聖霊。
 自分の悩みも痛みも知ろうと心砕いてくれる。決して語ろうとしない唇を許し、その上で構わないのだと悠然と頷く仕草。
 涙が、あふれる。
 自分は気付かなかった。瞑想の中にすら入り込めなかった自分がその存在すらとらえられなかったのに、彼はその奥底にいながら自分をいたわっている。
 「………勝ちたい……です」
 ぽつりと呟いたのはただの単語。誰に、とすら確定できない祈り。
 けれど言葉は確かで、意志を通わせる以前に力が込められる。
 「強くなりたい……それしか、ないから……」
 願いも祈りもそれ以外携えてはいない。
 煌めく陽光がこの身を包み、凍えるなと囁くけれど。かつての夜の惨劇が、いまもこの身を凍てつかせる。
 …………強くなりたいのだ。それ以外なにもいらない。
 他のなにも自分は持っていない。あの日戦う事すら出来ずにただ守られた事を、今も許せない。
 守りたかった。愛しい命たちを。この身の為の犠牲になど、したくなかったのに。
 だからただ、強く………………!
 零す涙すら拭えず、嗚咽すらおさめる事の出来ない姿で晒す、本音。
 なににかも、どうしてかも、わかりはしない
 その先の結果を、ほんの少し眇めた視線で見極めた聖霊が小さく息を落とす。いまここで彼を正さなくては歪むだろう未来も見えていた。
 純粋に願う先にあるその陽光を、自覚すらしていない。
 憧れや意志は決して醜いものではなく、軽んずべきものでもないけれど、彼のそれは少し度を過ぎる。
 どれほどの事が自分に出来るかは知らないが、それでも示さなくてはいけない道がある。
 自分の仲間を思い、ふと笑みをのぼらせた。
 …………彼が認めた相手であるなら大丈夫。きっとこの子供を正し、導いてくれるだろう。

 涙に濡れる子供の傍らに付き従い、聖霊はそろそろ現れるだろう仙人を思う。


 時は熟し、盲目を正す日が近付いていると感じたから……………




 キリリク333HIT、カイとバクザンのサーでの話でしたー!
 ………わざわざ3を3つ並べてくれたよ。
 今回はシスターシリーズの番外編っぽいです。といっても爆の話ではないのでシスター出てませんが。

 カイの強くなりたいっていう気持ちは、ちょっと中学くらいの自分に似ていて滑稽です。
 強くなりたい負けたくない、そういう気持ちは向上心に直結しますけど、根拠もなければ理由もないそれは真っ直ぐなようでかなりねじ曲がっているものです。
 自分でわかるわけないですけどね(笑)
 だから力強い言葉であればあるほど虚無的。

 今回バクザンです。………いや、私は聖霊好きですが。どっちかというと聖霊=ジバクくんなんで!(爆)
 私のジバクくんへの愛を試された気分ですよ。バクザン……あまり深く彼の事を考えたことがないのでちょいと困りましたわ(笑)
 ジバクくんが爆の無二の親友的立場なら、バクザンはカイの師と同等らしいです。
 ほら、爆は自分で自分を振り返れるし。カイは馬鹿だし(ちょっと待て)

 この小説はキリリクをくれた恵ちゃんに捧げますv
 ………リクいただいて翌日に仕上げた私を褒めて下さい。



■…冗談でもなんでもなく。本当にリク言った翌日に届いたヨ…!ガタガタ。
■まぁ何つうか。ココで激の名前を出さない辺りが(笑)もっと3が多ければ激とかヒロトとか(え?)言い出すんですけどねッ☆