傍にいる事と思う事。
どれほどの差異があるというのだろうか。

それはあまりに似通っていて、
片方だけでも十分と、思ってしまう。
……片方だけで、我慢しようと。

それでも傍にいれば心安らいで、
思えばぬくもりを求める。


それが当たり前なのだから、我が儘を言って。


叶えて、みせるから…………




一千一夜の遠つ距離



 空は逢魔が時。赤に紫、橙に灯火。僅かな青と白をそれらが染めながら更けゆく空を眺める視線を追いかければ、ほんの少し憂愁が満ちる。
 それに気づいたのか、瞬きを一つ落とすと空に溶けた視線がゆっくりと自分に向けられた。
 深く沈む色の中の穏やかさ。それは子供という身が持つには少々重い色。………掬いとられ、愛しまれて消えゆくべき、大人の懐郷のように。
 まるでそれは旅立ち行くものを見送るようで、胸を刺す。彼の心情を痛いほどに見てきたからなおさらに。
 「………爆くん………待つ意味って、あるんですか………?」
 思わずもれた謳うようなデッドの音は、僅かな剣呑さが含まれている。それを知っていたのだろう顔つきは、それに相応しく顰められ、鋭い視線にはいっそ殺意にすら近いものを含んでいた。これを晒す事はあまり良しとはしていない。だから普段は我慢している。それでも、自分にとっての光が息を潜めるように瞬いているを見る事しか出来ない忍びなさを他に表現する事も、押さえ込む事も出来はしない。
 それ故に与えられる答えは何となく予想できる。わかっていて、それでも言いたかった。こうして夕日に染められる身体を見遣るのは、少し寂しいから。
 隣に鎮座する自分にすら気づかないのではないかというその静謐さは、この年頃の子供が持つにはあまりに澄んでい過ぎる。
 …………どこまでもどこまでも進み行く人だから、それを繋ぎ止めたいとも思う。誰も知らないどこかに平然と足を踏み入れる無鉄砲さを諌める事もある。
 その背をただ見送るのではなく、駆け寄って、脇目もふらずに駆け寄って、もう危険な真似をする事はないだろうと訴えたい瞬間。
 「待ってなど、いないだろう」
 口のなか含まれる音を確認するような静かな音が返され、顰められた顔は苦渋に満たされる。玲瓏な面にさされる苦悩に似たそれに小さく苦笑すれば、交わされていた視線が逸らされ地に伏せられる。それを見るともなく見つめ、やんわりと追いつめる事をやめるように視界を空に返す。
 判ってはいるのだ。彼がなにを言いたいのか。こうして、彼の国に足を踏み入れる度に振り向く方向。その先がどこに行き着くのかなんて、自分が一番よく判っている。
 初めは無意識だったそれ。指摘されてからは僅かな意識とともに。…………不可解な、感覚だった。今までそんな事はなかったから慣れていないせいもあるだろうけれど。
 ずっと一人、駆け抜けるように生きていた。頼る事を忘れ安らぐ事を拒んで。ただひたすらに駆けて……まるで摩滅される事をこそ望むかのように。留まる事こそが息絶えるのだとでもいうよな幼かった自分の生き方。
 今更ながらに思うのだ。さぞ周りのものの心を痛めて生きていたのだろう、と。なにも見えなくて……生きる事にしか必死になれなくて。いつか死に逝く覚悟を持ち生きる事で、せめて誰にも悲しみを与えないようにと精一杯過ぎた。
 いまもまだ満足のいく歳ではないけれど、あの頃の自分を傍から見つめていたものがいたとしたなら、悲しませない事でどれほどの悲しみを植えたか知れない。
 それを知っているわけではなくとも十二分に想像できているだろう友人は、だからこそいまの自分を憂えているのだと、湖水の瞳に憂愁を滲ませている。
 「僕には待っているように映るんです………」
 たったひとりをたったひとりで待つのは、苦しいのだと、その唇が綴る。
 欲して止まない気配を求め続ける事が愚かとは言わない。諦めない事で手に入れる事が出来る、そういうものもある事を自分はこの子供に示された。鮮やかな残像とともに刻まれた記憶は決して色褪せる事なくこの命に溶けている。
 でも、だからこそ。
 孤高を体現してしまう人だから、伸ばす腕にはすぐに応える人が欲しいと思うのだ。もし自分がそうであったなら、他のなにも顧みずに駆けつけてみせるのに。そうはできない不器用者を、何故選んでしまうのか。忌々しく思ったところで彼の思いを覆す事も出来ないのだからどうしようもない。
 「爆君が待つだけの意味があるんですか………?」
 追いかける事を認め、先に行きはしても標を残して。………全て、相手の利益になることだらけで爆自身のプラスがデッドには見当たらない。
 そしてそんな一方的な関係であるなら、壊れてしまえばいいと暗く思う気持ちは否定できない。
 どこまでも自分の独り善がりの祈りだから口にはしないけれど、きっと気づかれている事を知っている。だから、ほんの少しその片鱗を落としてみる。………もしも彼が願ってくれるなら、自分は躊躇いもなくそれを敢行するだろう。
 「意味を求めるものなのか………?」
 小さな笑いを含み問いかける音。…………その根底に流れる響きに僅かに頬に熱を持つ気がした。
 一緒だと。尋ねる来るものを待つ行為は互いに同じだろうと、言われた。
 隠しているつもりはないが、それでもそれなりに手ひどい仕打ちをしている場面ばかり見ているから知らないかもしれないなど、甘い事を考えていた自分に笑いが込み上げそうになる。
 膝に顔を埋め、腕を交差する事で僅かに顔を隠す。浮かべられているであろう切ない微苦笑を悟られないように不自然でないよう心掛けて。
 それを見ないように空に還されたままの視線に感謝しながら、ぽつりと音を落とす。
 「辛くは……ならないですか………?」
 いつ出会えるかなんて確証もなく、約束すらしない二人をしている。自分のように留まり続け通うものを待つ気楽さは、決してない。そのうえ爆はいつ命を落とすかすらしれない。
 危険な真似ばかり一人背負ってひた走る姿を見る度に引き止めたくて……それでも力強い彼の笑みに自分こそが救われてしまう。
 そんな状況でそれでも離れていられる絆の存在が信じがたいのだ。気づかなかっただけで途切れていると、そう疑う事すらしない至純さに目を見張る。
 愚かしいと、彼以外のものであったなら冷たく斬りつけるだろう行為。それでも彼だから、あり得るはずのないものを見せつけられるような衝撃を受ける。
 喉が裂けるほど叫んで構築されたわけでもなく。激しい激情の果てに生まれたわけでもない。
 あまりに二人の絆は静か過ぎて、いつ生まれたのかなど、互いですら知らないだろう自然さが不可解だ。変化に気づかないほど鈍感ではないはずの人が、それでも知らず変わる事実は、それだけをもってしてその存在の重さを突き付けられているようだ。
 それなのに……離れ離れ。それをよしとして駆け付ける事すら稀など………麗しき絆故に苦しくはならないのか。その息すら搦めとり心を殺めるように……………
 そんな姿は見たくないから、傍にいるものを選べばいいのにと思う。こうして空を見上げてなにに思い馳せるのかと見つめるだけでも息が苦しくなるのに。
 何事もなかったかのように平静と変わらない爆の心の所存が見えなくて、その深さ故に凍えているのではないかと……思ってしまうのだ。
 「見えているからな。そういうのは感じない」
 穏やかな音に知らず視線が向く。引き寄せられる音の先には静かな笑みをたたえた幼い子供。
 …………暮れ行く空に溶けるような淡やかな静寂に紛れ、その音は地の果てからいまだ舞散る細い陽光のように漆黒の服を突き抜け肌に滲みる。
 「あいつは自分の道を探している。俺と同じになるのではなく、自分を探している」
 どこか誇らし気な響きに胸が痛む。………己を知るというそれが、どれほど難しいかを自分は知っている。
 可能性の否定ではなく肯定として、描かれ行く未来を歩む事の危うさと恐怖も。
 襲いくる戦慄にすら似た(おのの)きに細い指先が固く握りしめられる。
 悔しさとも後悔とも言えて、それらとはまるで違う何かを押さえ込むように。
 「そう出来る奴は少ないからな。……信用くらい、している」
 同じになろうと、同じ道を歩もうと、ただ模倣し懊悩し、そうして無理やり型を変えて成長したと勘違いするものは世に多い。そうした愚かさを好まず、たとえ道は違い、ともに歩めなくとも己を探す事を求める子供は、それをこそ願い生きるものを見つけた。
 たったそれだけの事。
 ………そしてそれが出来るものが他にどれほどいるかなど、自分には明言できない。
 あまりに彼は眩過ぎて、その道こそが正しく、別の道を模索する努力を忘れそうになる。
 その事実を悲しいほど理解しているが故の答えだと言われたが……した。
 「…………もう日が暮れるな」
 鬱屈と悲しみ耽る気配を拭うように爆が呟く。そろそろ頃合いだと立ち上がりかけた瞬間、上着の裾を引き寄せられる感覚に目を向ければ、白い指先が鎮座している。
 爆の言葉に秘められたものに慌てたよう差し出されたそれは言葉より先に引き止めてしまっていた。素直すぎる反応に呆気にとられたように爆がデッドを見遣れば、ようやくその面を上げた。
 僅かに赤く染まった目元が青白い面を痛々しく見せる。それを爆に晒す事を好まないデッドの、けれどそれすら忘れて示した言葉に爆はきょとんと目を丸める。
 「まだ! あの……まだ、もう少し……いて下さい」
 夜が来て自分の時間になれば月を土産に訪問者が訪れる。それを知っている爆の気遣いは嬉しいが、それを甘受するわけにはいかない。今日は……駄目なのだ。引き止めて決して帰さないというかのようなその気魄すら込めた必死さに小さく爆は破顔する。
 「………ハヤテが拗ねるぞ」
 「邪魔なら簀巻きにして吊るしておきますが……」
 気にする必要はないというその音に含まれる親しさに笑い、爆は立ち上がりかけた腰を下ろした。
 帰ると示しても尚ごねる事は珍しくもない。そしてその度に久しぶりに会う外見の割に幼い鳥ははしゃぐように自分にも懐いて………邪魔だとデッドからの制裁が加えられるのもいつもの事。
 出発を一日延ばしたところで誰に迷惑をかける事もないと笑い、のぼりはじめた月を見つめる。
 そんな爆の横顔を見つめ、留まる事を許してくれた事にほっとする。
 こっそりと自身の腕に未だ残されたGCウオッチの座標を見つめ、あと僅かで訪れる訪問者を思い描いた。
 どちらにしようか、本当は悩んでいた。
 爆の答え如何によっては、少々手荒な歓迎を行っただろうし、いまここに爆を残す事もしなかっただろう。
 それでも示された答えは思った通りのもので……少しだけ悔しい。
 馬鹿な鳥がたまたま見つけた彼の想い人。人のいい鳥の事だからそろそろ自分のところに爆が来るだろう事を思い付き会わせてやろうなどと考えて連絡をよこしたのは丁度日の暮れ始めた頃だ。
 爆がいる事を教えないという事で来る事を許可したけれど、それはそれでちょうどいいプレゼントだ。きっと……喜ぶだろうから。
 静かな笑みばかりを覚えた子供にあげられる最高の贈り物がこんなものなのだと思う事自体歯がゆいけれど、それでも笑顔は見たいから。
 ほんの少しの嫉妬と苛立を飲み込んで、デッドもまた月を見上げた。

 ………二人が訪れるまであとほんの僅か。


 零れる驚きの喜色を思い描き、ゆうるりとデッドは微笑んだ。

 月だけが覗けたその穏やかな笑みの先の、柔らかな思いとともに。




 あっはっは。見事に爆とデッドのみ。私が書くと爆←デッドっぽいのはなぜ?
 いや、デッドのは憧れと敬慕ですが。

 というわけで、恵ちゃんのHP始動お祝いの品です。カイ爆と子猿どっちがいいか聞いたらこっちを言われました。
 まあどっち書こうとイメージ似たものなんで(笑)
 ハヤテ×デッドも絡めるとカイとハヤテが消えます。何故。
 爆とハヤテでも書きたいものですが、そうすると兄(爆)と弟(ハヤテ)になってしまいます。
 ………何故?(汗)

 なんというか、うちのデッドって健気に爆の為に頑張るのですが。………でもカイに対して怖いんですが。嫌っちゃいないはずなのにおかしいな………



■マイサイト開設記念に頂きました〜。いやー…私がせせねにたかる物品がカイ爆でなくてどうすんのヨ!笑。しかしそこでデッド、と言い出すのも忘れない辺り。
■ともかく有難う〜!!せせねの程の作品数は全然揃えられてないですが(無理)私も頑張っていくですよ!