ぴちゃんと水が落ちる音が聞こえた。
夢心地に重い瞼を開けると、見知ったタイルと浴槽の淵。グレーで統一されたそれをぼやける視界で確認してから、自分の身体が湯に浸かっているのにゆるゆると気づく。そして自分の背中に触れる、人肌にも気付く。どうやらまた、気を失っているうちに風呂に入れられたらしい。中に放たれたものを掻き出されたのだろう腸の中は思いのほかスッキリしているけれど、身体がすごくだるい。指の一つだって動かしたくない。ウイルスとトリップが自分を抱いた後はいつもそうだ、と蒼葉は思った。
ウイルスとトリップにここに閉じ込められてからというもの、毎日毎日まるで弱った獲物を生殺しにして可愛がる猫のように、二人は蒼葉を抱く。抵抗など空しく、むしろすればするほど二人を燃え上がらせて、より手酷く犯される事に気づいてからは、暴れるのもやめてしまった。それなのに自分に触れる手は優しく、いとおしむように甘い。光麻薬や音麻薬よりも危ない麻薬を、二人から与えられ続けるようだった。浸からされていく沼から、抜け出すことはもうできない。
「起きた?蒼葉」
トーンの低い、落ち着いた声。自分を風呂に入れているのはトリップだとなんとなく分っても、蒼葉は何も言わない。もう唇を動かすのも億劫なのだ。できるならまた、寝てしまいたい。
「ほら、細い腕」
トリップが蒼葉の腕をとり、見せるようにすうっと二の腕から指先まで撫でる。自分の腕とは比べ物にならないほど逞しくて、太い腕。指だって長い。きっとこの手は、本気になればこの腕なんて簡単に折ってしまうだろう。しかしそれをしない。その方が、楽しいから。
「また痩せた?ご飯ちゃんと食べなよ」
蒼葉は思わず笑いそうになった。食欲さえ奪っていくのは誰だと聞いてみたい。始めはせめてもの抵抗のつもりで二人が用意する料理を食べていなかったけれど、今はもう、食欲も忘れてしまったみたいにお腹も空かない。それでも皿が空になっていなければ、ウイルスとトリップは皿に乗った料理で新しい遊びを考えてしまうので、無理やり口に押し込んでやりすごす。食に対する喜びも、もう忘れた。
「蒼葉」
更に低い声で名前を呼ばれて、湯に浸かった身体を撫でられる。あ、あ、と喉が勝手に声を出す。身体が持ち主の気持ちなんて考えずに、触られる事に喜んでいる。
「……俺」
声を出すつもりはなかったのに、嬌声と一緒にいつのまにか声に出していたらしい。トリップの手の動きが止まった。少し驚いているのか、小さく息を吸うのが聞こえた。それもそうだろう、ここに来てから、懇願とあえぎ声以外、聞いた事がなかっただろうから。最近は、こんなしっかりした言葉を喋るのも久しぶりかもしれない。
「風呂は、トリップと……入りたいな」
今更この男の虚を突いてやろうなんて、おかしいのは分かってる。でも本当にそう思ったから、口から出てしまった。それでも背中に当たる逞しい胸がぴくっと震えたのを感じて、少し嬉しい。嬉しい?嬉しくなんかない、そんな感情、自分の中にはないはずだ、もう。この男ともう一人に奪われてしまったはずだから。
また眠気が襲ってくる。このままもう寝てしまおう。考える事も、もう面倒だ。自分を撫でまわす腕が随分急いでいるのを無視して温かい身体に身を預けて目を閉じると、触れた胸がドクドクと早く脈打つのが分かった気がした。
20121217
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