「ミズキ!おはよ」
「蒼葉、おはよう」
毎朝のように来てくれる蒼葉に申し訳ないと思いつつも、緩む顔を止められない。病室のドアが開いて、蒼葉が元気に顔を出す。それにつられて俺も笑顔になって、二人で挨拶を交わして。そんな些細な事が、とても幸せなんだ。
「今日は身体どうだ?頭とか、痛くないか?」
「ああ、大丈夫だ。最近頭痛も全然しなくなったし」
俺は、この病院に来てから1、2週間の記憶がない。医者から聞いた話では、暴れて自傷行為を繰り返したかと思うと突然倒れたりして、本当に錯乱状態だったらしい。ほとんど意識は無かったけれど、あの時はただただ全てが不快で、生きている事が不快で、解放されたくて、イライラしていた。
一時は精神病院送りになりそうだった俺がここまで回復できたのは、蒼葉のお陰だと思う。意識がなくても覚えてる。毎日病院に通ってくれて、俺に声を掛けてくれた。握ってくれた手が温かくて、すごく安心した。
毎日来てくれる蒼葉の為に頑張ろうと思えたから、俺はここまで回復できたんだ。度々蒼葉が俺に申し訳なさそうな顔をするのがすごく気になるけれど、聞かれたくない事なんだろうから、聞かないでいる。
蒼葉のお陰で元気になれたのは、事実なんだから。
「ミズキほんと元気になったな。お前が頑張ってるからだよな」
「いや、違うよ」
「ん?」
「お前が来てくれるから、俺も頑張らなきゃって思えるんだ」
白い頬が、さっと赤くなる。表情を素直に出せる蒼葉は、素敵だと思う。かわいい、とも思う。毎日顔を見ていて、気づいたんだ。俺は蒼葉の事が好きなんだ。
「そ、それなら嬉しいけど……」
照れ隠しに目線を逸らす、その顔もいい。綺麗な青い髪にも、触りたい。そういう意味で好きなんだと気づいた途端、思考がどんどん我侭になっていって困る。蒼葉も俺も男だ、伝えられるはずがないのに。
今はそばにいてくれるだけで、幸せだと思っていたい。でも、少しだけ。少しだけ、いいだろうか。
「蒼葉、手貸して」
蒼葉が、すっと手を差し出す。俺より細くて、長さは同じ位だろうか。触れると、俺を温めてくれた温度に安心する。温かい、すごく。この体温が、俺を元気にしてくれるんだ。いとおしい手を、ゆっくりと頬に持っていく。目をつぶって、その感触を確かめるみたいに感じ取る。
蒼葉がはっとしたのが分かった。止めなければと思うけれど、止められない。
今だけ、許してはくれないだろうか。こうしていとおしむ事を。
「あったかいな」
目を開けると、蒼葉の顔がずっと近くにあった。
すごく傷ついたような顔をしてる。嫌だったのだろうかと思って何か言おうとした口は、そのまま塞がれてしまった。
蒼葉、なんでそんな悲しそうな顔でキスするんだ。俺はお前とこうしていられて、嬉しいのに。蒼葉からキスをされるなんて、夢みたいなのに。蒼葉が俺の首に腕を回したのと同時に、俺も蒼葉の顔を引き寄せる。そうするのが自然みたいに。
閉じられた瞼から、零れそうになってる雫を拭う。泣くなよ蒼葉、泣かないでくれよ、蒼葉。
窓の外はいつの間にか、雨が降っていた。
20121228
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