自分に言い訳するなんてらしくないとは思った。
 気の迷いだ。俺が蒼葉に抱いている感情は、そんなものではない。おおかた吊り橋理論のようなもので、何かどこかでまかり間違って俺は、蒼葉を見ていると心が安らいで、蒼葉が話すと胸が高鳴って、名前を呼んでくれるとどうしようもなく嬉しくなってしまうのだと言い聞かせていた。心臓がドキドキするなんて、走ってもするじゃないか。そんなに特別な事じゃないだろう。
 らしくない、ほんとうにらしくない。俺らしくない。普段の俺は、気のいいやつって言われるようなやつで、女は世界の宝がモットーで、何事もさっぱりと、後腐れなく解決できるやつなんだ。こんな友達に変な感情を抱いて混乱してるのは俺らしくないんだ。
 俺らしいってなんだろう。悩みすぎてよくわからなくなってきた。そんなに頭が弱いわけでもないのに、こんな時ばかりは自分で自分がわからない。こんな風に並べ立てなくてはならないほど、俺の思考は小難しいものだったか?
 
 考え事をしていたせいか、いつのまにか青柳通りに出てしまっていたらしい。もしかしたら無意識に、人の多い場所に足が動いていたのかもしれない。
 それも蒼葉に、会いたいが為なのか?コイルを一回鳴らせば、いつだって話はできるし、会う約束だってできるのに。ちょっと前まで、当たり前にしていた事じゃないか。それがなぜできない。
 気の迷いだ、きっと。暫く経てば良くなる。暫く経てば、前みたいに普通の友達に戻れる。
 戻れる?一体何から?
 
「紅雀!」
 
 耳にまっすぐ届いた声は、確かに蒼葉の声だった。咄嗟に振り向くと、その顔は存外近くにあってはっとする。
 
「お、おお、蒼葉じゃねえか」
「今日は女、連れてねーの?」
「ああ」
 
 平常心を保て。おかしい、顔を見て、声を聞いただけで胸がドキドキして苦しいとか、そんなはずがないじゃないか。だって俺と蒼葉は友達で、幼馴染で、たまに家にいったりとかしてて、だから友達の力を抜いた表情に胸ときめかすなんておかしいんだ。
 否定し続けていた全てが、蒼葉を見ただけで壊されていくのを必死で止める。蒼葉、待ってくれ。それ以上、俺を追い詰めないでくれ。俺はまだ、心の準備ができてない。
 形を変えてしまった感情を認める、心の準備が。
 
「じゃあ、久しぶりに二人でちょっと歩こうぜ」
 
 ふっと、蒼葉が笑った。胸から溢れる感情が、体中を満たしていく。
 気づいてはいけない。わかってはいけない、認めてはいけない。言い訳は完璧だ、俺らしくなくてはならない、自分をだますのは簡単だった。
 ただ見ないようにすればいいだけだったのに。
 
 それを許してくれないほどに、俺の好きな人は魅力的だった。




20130111

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