「よ、蒼葉」
暗い部屋に、一筋光が入り込む。擦れて血が滲んだ首を扉のほうに向けると、見知った男が立っていた。トリップがこっちを見て微笑む。俺は笑わない。
絨毯の敷かれた床に座り込んでいると、脇に手を差込まれてベッドに運ばれる。じゃららら、と首輪に繋がった鎖が音を鳴らした。頭から抜けない程度に大きなサイズの首輪が少し擦れて、首の傷が疼く。
「もう暴れるなよ、傷が治らないだろ」
軽やかな動きでポケットから古臭い形の鍵を取り出して、首輪の鍵穴に合わせれば、かちゃんと音を立てて首輪が外れる。重い物が落ちて自由になっても、動く気は起きなかった。
どんなに暴れても、もがいても、根深く打ち付けられた首輪は取れないし、鎖もほどけない。首輪に擦られた所だけが傷ついて、血が溢れてずきずきと痛い。そのうち暴れる体力も抜け落ちていって、その場にしゃがみこむだけになってしまう。
そんな事を毎日続けているから、首の傷はいつまで経っても治らなかった。
ウイルスかトリップがこの部屋にいる時だけは、首輪は外される。二人だけがもっている鍵によって。本当に囚われ、飼われていると思う。籠の中の鳥はこんな気分なんだろうかと思うと、傷が痛んだ。
ベッドに座ったままの俺を置いて、トリップが何かを持ってきた。箱を開けて取り出したのは、多分傷薬と脱脂綿、包帯。太い指で、細やかに脱脂綿を湿らせていく。なぜかその動作に、目が離せないでいた。
傷薬を含ませた脱脂綿を、丁寧に俺の傷口に当てる。じわっと染みて痛いけれど、不思議と心地いい。
こうして自分を手当てしてくれる手は、好きだと思う。好き勝手自分を犯す手は、どうしても好きになれないけれど。
「染みるか?」
ゆるゆると首を振る。本当は少し痛い。でも、素直に染みるとはどうしても言う気にならなかった。どこまでも優しい手つきに生まれるのは、喜びじゃなくて戸惑い。俺をここに繋ぎとめているのはお前達なのに、どうして俺をこうしてときどき、労わったりするんだろう。いっそただただ乱暴にしてくれたら、こんな風に戸惑わなくても済むのに。二人を心底、恨めるのに。
トリップが、傷薬を塗った後の首をべろっと舐めた。舌が伝った場所が、ひりひりして痛い。ひっと声を出すと、トリップがふっと笑った。大きな身体に抱き寄せられて、耳元で囁かれる。
「包帯巻くから、取るなよ。また腕まで縛らないといけなくなるから」
耳にキスをしながら、トリップが手元も見ずに丁寧に包帯を巻いていく。傷をしっかりと覆ってから、包帯を止めて、切り離した。そのまま耳を甘噛みされて、強く抱きしめられる。身体が火照っていくのを感じながら、トリップの荒い鼻息をただ聞く。
まるで呪いだと思った。
20121226
←back to top