「よしっ、完成」
朝っぱらから食堂には甘い匂いが充満している。多分今日は、どこの家だって同じようなもんだろう。だって明日はバレンタインデーだ。
バレンタインデーは好きな人にチョコレートを送る日だから、俺はこんな夜に恋人であるかわいい弟のために腕をふるってるわけだ。その甲斐あって、作ったガトーショコラはなかなかの出来だ。形も味も、我ながら素晴らしい。
自画自賛しつつこれなら雪男も喜んでくれるかな、と時計を確認した。もうすぐ0時だ。今から切り分けて持っていけば、部屋を開けたらジャスト0時だろう。
ぴったりに渡さなきゃいけないもんでもないんだろうけど、なんとなく、そうしたかった。
雪男の喜ぶ顔を想像すると、自然と顔が綻ぶ。
「雪男っ」
「兄さん、夜中にどこ行って……って」
「へへへー」
俺の手の上に乗ったガトーショコラを見て、雪男が目を丸くする。その顔が見たかったんだ。
「えっと、ハッピーバレンタイン!」
「……」
雪男の顔が、みるみる赤くなっていく。耳まで到達して、まるで耳からぽんっと煙でも出てきそうだ。
雪男、もっと喜んで。雪男のためだけに作ったんだ。もっとよく見て、よくできてるだろ?雪男のためだけに頑張ったんだ。
「僕のために?」
「うん」
「兄さんっ!」
抱きついてくる雪男に応えながら、ケーキをさっと身体から遠ざける。ちょっと倒れそうになったけどそこは体格差だ、しょうがない。
「なんだよーお前はまだまだ子供だなあー」
「兄さん、嬉しいよ、ありがとう」
「うん、分かった分かった」
背中をぽんぽんと叩くと、さらにぎゅうっと力を込められる。おいおいそんなに力入れたらいくら丈夫な兄さんとはいえ潰れちまうぞって思いながら、嬉しいので抱かれておいてやる事にした。
こいつ可愛い。雪男は俺に可愛い可愛い言うけど、俺から言わせればこいつのが可愛い。
手の力が抜けて、しあわせーって顔してる雪男が俺に目を合わせた。
「兄さん、僕も兄さんにチョコレートあるんだ。明日あげようかと思ってたけど……今から用意してもいい?」
「お、いいぜ。お前はこれ食べて、俺はお前の食べよう」
「うん!食べてくれるよね?」
「もちろんだよ」
子供みたいにばたばたと部屋を出ていった雪男を、微笑ましく見送る。普段の忙しさも考えてさすがに手作りではないだろうけれど、買ったものだって雪男が俺の為に選んでくれたものだ。嬉しくないわけがないじゃないか。
ふふふふと笑ってしまう顔をそのままに、雪男が戻ってくるのを待った。
「おまたせ」
ドアを開けた雪男の手の上の皿には、チョコの上品なトリュフがちょこんと数個乗っていた。白いシロップが上から掛かっていて、ちょっと斬新かも。
「へえ、おいしそうだな。トリュフ?」
「うん、僕のは作ったやつじゃないけど……でもきっとおいしいよ」
「ありがとう雪男、嬉しい」
俺の一言で、雪男はうち震えて喜んでる。素直な奴だなあって俺まで嬉しくなって、なんだか照れくさい。
「は、はやく食べようぜ!」
「そうだね、おいしそうだ」
甘ったるい空気を打破したくて急かした。嫌いじゃないけど、やっぱり気恥ずかしい。
ーー
もぐもぐとケーキを頬張る雪男に、教卓に立っている時の緊張感や生真面目さはない。俺の作ったチョコに喜ぶ弟、そして恋人だ。
「わあ、やっぱりおいひいよにいはん」
「ばか、飲み込んでからしゃべれ」
頬に付いたガトーショコラのかけらを掬って口に入れると、またぽっと雪男が顔を赤くした。
「兄さんも、僕のチョコ食べて」
「ああそうだな、もらうよ」
雪男ばっか眺めてて忘れてた。改めて、皿の上のチョコと向き合う。
銀紙をそのままつまんで口に入れようとして、ふと思った。
そういえば、このトリュフの上に掛かってるシロップはなんなんだろう。砂糖かな?と思って、食べる前に鼻に近づけて嗅いでみた。今思うと、あんな事せずに口に放り込んでしまえば、まだ傷は浅かったかもしれない。
それは、嗅いだ事のある匂いだった。昔は本当にたまに、最近はしょっちゅう。特に雪男といる時、雪男としてる時、雪男とセックス、してる時。そこまで考えて、体中から血の気が引いた。
間違いない、でもそうだと思いたくない。烏賊だとか栗の花だとか塩素系漂白剤だとかにも例えられる匂い。ほんの少し透明な白。
だから買ったチョコなのに用意が必要だったんだと今更気づいても遅かった。
「どうかしたの?兄さん」
にこにこ笑っている弟の方を、ぎぎぎぎと音が出そうなぎこちなさで見る。お前、そんな爽やかな笑顔のやつが何故と問いつめたい。
今すぐゴミ箱にダンクシュートしたかったけれど、まがりなりにもこの白い液体がかけられたトリュフは、雪男からのバレンタインチョコなのだ。
「……食べないの?」
「うっ」
まるで小動物みたいな顔をして訪ねるこいつは、きっとなんの悪意も持っていないのだ。それが逆に恐ろしい。
恋人として付き合いはじめてから色々と分かったけれど、雪男の愛情表現は普通からちょっとずれてる。なんでも雪男の初恋は俺であり、この歳になるまで恋人もいなかったのだから当たり前らしい。隙あらばあれもこれもと試された事は一度ではないし、セックスの途中で気絶させられた事も何度もある。訂正しよう、かなりずれている。
このきっと安くないであろう(雪男は俺の為なら出費を惜しまない)トリュフの上にかけられた精液だって、雪男にとっては愛する兄さんの為に僕の絶品トッピング!というノリなのだ、多分。
食べ物になんて事を、なんて言えない。
「兄さん……」
「た、食べるよ!な?」
俺は、愛する弟の為にも腹を括る決意をした。こんな事なんでもないと言い聞かせながら、心で漢泣きした。
意を決して、掴みすぎて溶けかけてるそれを口に入れる。とろっとしたチョコの味に安心していると、えぐみのある苦味。う、雪男の味だとかわかる自分がいる。嫌だ。
「うっ」
「おいしくなかった?!」
「い、いや!うまいぞ?おいしい!」
「よかった」
雪男の顔が曇らないように、もうひとつ摘んでみせる。今度のはさっきのより白く濡れていて、正直ここから逃げ出したい。
口の中に広がるチョコと、精液の味。とんでもない組み合わせに、泣いてしまいそうだった。
それでも、ぎこちないながらも、どうにか口に運んでいく。咀嚼しながら、飲み込む度に自分まで変態になってる気がしてきた。
そんな俺を嬉しそうに見ている雪男の息づかいが荒くなってる事に、気づかなかった。
「はあ、兄さんっ!」
「おわっ!」
椅子に座った俺に飛びついてきたもんだから、椅子ごと倒れそうになる。と思ったけれど、その瞬間雪男にすくい上げられて、うつぶせに床に下ろされた。
寝間着にしてるジャージのズボンを下着ごとずるっと脱がされる。
「ちょちょちょちょっと待て雪男!」
「はあ、やだ、待たない、んっ」
「ひゃあ!」
尻たぶをひっつかんで左右に開かれ、後孔に舌をつっこまれた。反射的に声が出る。熱くてぬるついた舌が、雪男がどれだけ興奮しているか物語っていて腰が揺れそうになる。
「あっ!ん、ぁあっ……」
中を舐められ、出し入れしながらねぶられる。後孔の刺激を性感として捉えるようになってしまっている俺の身体は、丁寧に快感だけを拾う。雪男の舌のされるがままだ。
「あんっ……あ、ゆきおっんっ!」
にゅるん、と音を立てて舌が出ていく頃には、もう身体から力が抜けきっていた。俺の後孔は、雪男に向かってだらしなく口をぱくぱくしているんだろう。
「はあっ……」
「あああっ!」
雪男の大きくて太い性器が、ずぶずぶと沈むようにして侵入してくる。舌では届かない奥まで擦りながらいっぱいにされて、嬉しいと思ってしまう。
そのまま、遠慮なく揺すられる。そんなに擦ったら、やばいのに。
「ああっ!あ、あっ、やっ」
「に、兄さんが、僕の精液の掛かったチョコ、食べてると思ったら……」
「んあっ、あ!も、あぁーっ」
「すっごいエロくて、嬉しくて、興奮したっ……」
雪男が俺に覆い被さってピストンしながら、興奮しきった雄の声で耳に吹き込んでくるからたまらない。耳穴まで犯される。
もういく、そう思った所で、雪男が動きを止めた。
「ゆ、雪男?え、ええっ!や、やだっ」
「さあ兄さん、いっていいよ、出してっ」
「や、やだ、やだ、だめだ、あぁっ……!」
「僕もいく、うっ……」
そうして俺は、雪男のために作ったガトーショコラの上に精液をぶっかけてしまった。
中でいった後、呆然とする俺の身体を仰向けにして、手で掴んだ精液まみれのケーキを食べる雪男は
「兄さん、おいしい」
なんて、今日一番嬉しそうな顔をして言った。
20120215
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