まだ梅雨入りもしていないというのに、その日はじっとりとした暑さだった。ただじっとしているだけでも汗が滴る湿度の上に身体を厳しい練習で動かしているバスケ部員は、ぬぐってもぬぐっても汗が止まらない。その暑さに部員全員がだれはじめたのを見かねて、リコが休憩を入れる。
 目にしみる汗を鬱陶しげに火神が払っていると、火神くん、と黒子が声をかけた。

「なんだ」
「次から白のシャツ一枚はさけて下さい、それかもっと厚手のものにするか……インナーを着てみてはどうでしょうか」
「は?オイさっきからなんの話だ」
「透けてます」

 びっと指した指の先が触れた場所から、電流が流れたように巨体がびくっと強張る。

「乳首」


「はー……」
 土曜日という事もあってか賑やかな街道を歩きながら、火神は一人ため息をつく。あれから部活が終わり、某有名メーカーで適当に選んだインナーをいくつか買い、帰路についた。金銭的にも余裕があるわけではないし、ほしいものだってたくさんあるのに、何故こんなものを買わなければならないのかと火神は頭の中で頭を抱える。しかし、事態は自分が思っていた以上に深刻だった。
 あの時黒子が指示した所は、汗で滲んだシャツが透けてぺったりと肌に張り付き、乳首の形や色が分かるほどに透けてしまっていた。気づいてからはただただ恥ずかしくて、慌てる火神に黒子はいつもと変わらないまっすぐな瞳で、

「以前は気にならなかったのですが……大きくされたんですね、青峰くんに。その事実は僕としてはとても嬉しいのですが練習中にその状態でいられると萌えてしょうがないんでどうにかして下さいね」

 とサラサラと口にした。
 なんで青峰だって分かったんだとかなんでお前が嬉しいんだ萌えってなんだとか聞きたい事は山ほどあったけれど、暑さも相まって頭のキャパシティがオーバーした火神は、わかっ……た、と落胆したように答えた。

 事実黒子の推測は、ひとつも間違っていなかった。
 青峰大輝は黒子の元光、そして火神のよきライバルであり、めくりめくって今では恋人という立場になっている。高校生という多感な二人は、想いの強さもあってか一気に段階を駆け上がり、付き合い始めてすぐにセックスまでを経験していた。それから予定を合わせては会い、バスケをする日もあれば、会っている間中火神の家で蜜事に浸る日もある。
 思えば青峰は、男である自分の胸をよく弄るなと火神は思った。決して目立たず、色だって意識した事もなかった乳首は、青峰の手によって膨らみと色味を増してしまったのだ。怒りとともに、こみあげる羞恥。どうして自分がこんな目にと思っていると、ポケットの携帯が震えた。表示された名前に顔をしかめる。

「なんだよ」
 『なんだよじゃねーよテメェどこ行ってやがる。土曜日だろーが』
「あァ?今日は部活あんだよ!今どこだよ」
 『お前んちの前』
「はぁ?!」

 どうやら青峰は、火神がいると思って家まで来たらしい。連絡を入れろと言っているのに、青峰は頭より身体が先に動いてしまうのだ。アポなしに当たり前のように家に来た事が今まで何度あっただろう。

「……もうすぐ帰っから、ちょっと待ってろ」
 『あ、ジュース買ってこいよ。俺の好きなヤツ』
「な!なんで俺がっ」
 『いいもんやっからさ。じゃーな』

 そこで通話を切られた。
 頭をがくっと下げてから、やれやれと火神は帰路途中のコンビニに向かった。


「おう、お帰り。なーにムスっとしてんだよ」
「別に」

 今日お前のせいでひと悶着あったとも言えず、ぷいっとそっぽを向く。そんな子供のような動作に、青峰はかはっと笑った。

「あっちー中待っててやったんだしよ、入ろうぜ」

 お前が勝手に待っていたんだろうと思ったが、その笑顔にほだされてしまった火神は素直に鍵を開けた。ずいっと青峰が先に入った後どかどかと靴を脱ぎ、家主より先にリビングまで行ってしまった。手に持ったジュースが入った袋を投げてやろうかと思いながら、これもいつもの事なので仕方なく自分も習い家へ上がった。

「ジュース」
「っ……おらよ!」
「お、さんきゅー。じゃあこれ」

 命令のように差し出された手に腹立ち紛れに乱暴にジュースを投げると、流れるような動作で受け取った。そして、待っていた時から手に持っていた袋を、火神に投げて寄越す。

「なんだこれ」
「いいもんやるって言っただろ。ソレやる」
「へえ、シャツ?」
「俺が買ったのと同じシャツ親が特売だったとかって買ってきやがったんだよ。お前なら着れるだろ」

 同じ柄二枚持ってんのも恥ずかしーし、と青峰はペットボトルの蓋をあけジュースをあおった。

「着てみろよ」
「うん」

 なぜ今とか考える間もなしに、火神は恥ずかしげもなくその場でシャツを脱ぎ捨て、新しいシャツの袋を開けて身に付けた。柄とはいえシンプルな灰色のVネックだ。火神ほどの大柄でも、肩も張らず余裕があって楽に着られる。

「へえ、いいな」
「気に入ったか?ならちょっと四つん這いになってみろ」
「はあ?」
「じゃないとやらねえ」

 意味のわからない要求に顔をしかめた火神だったが、ポーズをとる以外の何を強要されたわけでもないので、その位なら、と両手両膝をついて四つん這いになる。これでいいかよ、という風に青峰の方を見ると、ニヤニヤしながら火神を見ていた。主に、Vに開いた首回りの中を、ねとつくような視線で見つめている。
 四つん這いになってしまったせいで開いたシャツとその視線の先に気づいた火神は、ばっと姿勢を起こして後ずさった。

「お、お前どこ見てやがる!」
「あ?なんだお前、女か」

 気付けば、身体を隠す女のように、胸の前を腕で隠していた。咄嗟とはいえその状態にかーっと顔を赤くした火神に、青峰はいやらしい笑顔のまま近づく。こんな時の青峰は、一瞬恐怖さえ感じる程に、野獣の眼をしている。

「なに意識してんだよ。お前男だろうが」
「意識して、なんか」
「ねえって?じゃあさせてやる」

 青峰は、フローリングの床にゆっくりと火神を押し倒した。


 空調もまだ効かせていない部屋で、蠢く二つの大きな身体がある。ひとつは小さく震え、もうひとつはその上で獰猛に息を荒げていた。
 シャツを脱がせた火神の乳首を、青峰がじゅうっと吸う。

「ひ、ァうっ」
「やっらしーなあ、お前のここはよぉ」
「い、ん、あっ」

 片方を吸いつつ、片方はぎゅうっと摘み上げる。乱暴に噛まれて火神の腰が快感に震え、はしたない声は青峰に快楽を伝えた。止めようとしてももう、火神にはどうしようもなかった。それ程に気持ちがいい。

「誰がお前の胸をこんなにいやらしくしたと思ってんだよ」
「ひっ!あ、あお、み」
「あ?」
「青峰、のせいで!俺の、む、ねが……」

 青峰のせいで、こんな淫らな胸になってしまった。形も色も、感度も。普段男が意識する事のないそれを、こんなに声を上げてしまうように、青峰が火神を作り変えたのだ。それがたまらなく憎らしく、そして、嬉しい。どんなに嫌な事があっても、結局は青峰が好きなのだと、火神はたびたび思い知る。
 これからもこの身体は、青峰が教えたように疼き、仕込んだように感じるのだろう。

「こんなやらしく、なっちまった……」
「……」

 生理的な涙の滲んだ目を細めた火神をしばらく見ていた青峰は、その唇にそっと唇を合わせた。そのまま舌を絡め、優しくキスをする。火神もうっとりとそれに応えた。
 キスってこんなに気持ちいい。それも青峰が教えてくれた。

「ふぁ……」
「なんか、あったのかよ。悪かったな」

 珍しく火神の心情を察した青峰は、その身体をぎゅっと抱きしめた。そんな青峰に、ドキドキと火神の心はときめく。黒子に乳首を指摘されて怒っていた事も、わざとらしく胸を攻められた事も、全部許せてしまいそうだ。

「青峰、続き……しようぜ」
「ん、そうだな」

 ちゅっとまた唇を軽く合わせてから、火神を抱え上げてソファに横たえる。急に優しくなった相手に戸惑いながら、火神が部活用のズボンを脱ぐと、青峰が何かを指の上で温めていた。

「ハンドクリームなら大丈夫だろ」

 テーブルの下に転がっていたハンドクリームを、潤滑油代わりに使うらしい。狭い場所にぐぬっと入ってくる指にはじめのうちは身体も強張っていたが、次第に緩み、柔らかくなっていく。はじめての頃に比べたら、ここも随分簡単に解れるようになった。
 指が余裕で行き来するようになったのを見計らって、引き抜き、青峰がズボンの前を寛げる。火神の痴態に張ったそれにポケットにしまっていたコンドームを開けて被せ、まだ口をあけているそこへ宛がい腰を進めた。

「んぁっ……」
「う……相変わらずやべえな」

 ぐっぷりと埋め込んでから、青峰がまたにやっと笑った。

「俺はお前以外ともうヤる気はねえし、お前を俺以外の誰かとヤらせる気もねえ。だからどんなにやらしくたっていーんだよ」

 俺をもっと喜ばせろ、と暴君のような顔と発言の後の律動は、まるで火神を気遣うようだった。


「でもやっぱり納得いかねえ」

 甘い時間が終わり、身体を綺麗にして床とソファの掃除に勤しんでいた火神はぼそっと呟いた。インナーの値段でぐちぐち言うつもりはないが、それでも引っかかるものがあった。これからも汗をかく機会はやまほどあるし、インナーでは対応しきれない場面も出てくるかもしれない。

「あ?何がだよ」
「乳首透けたら困るだろ色々と」

 ぴくっと青峰が耳を動かした。どろっと溢れだした黒いオーラに、床をごしごしと拭く火神は気づかない。

「透けた?乳首が?」
「ああ、今日汗だくで部活してたんだよ。それで」
「それで?」

 青峰の手が肩をがしっと掴んだ所で気付いても、もう遅かった。びきびきと血管を浮き上がらせながら静かに笑う青峰に、火神は恐れ戦く。

「それでそれを誠凛のやつらに見せてやったってわけだな?部活中ずっと」
「や、え、えーと!でも俺の乳首なんて喜ぶのお前位だって!」
「よーしわかった!火神こっちこーい」
「え、嫌だ、やめろおおおおおお!」




20130615

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