すきです、つきあってください。
 今日の放課後、掃除も授業も終わり、仕事に行こうとげた箱を開けた時だった。俺の靴の上に、二回折られた手紙というよりメモがある。なんだろうと思って広げたら、これを見たら校舎裏に来て下さい、とボールペンで書いてあった。書いてあるままに校舎裏へ行くと、見覚えのない男子生徒がそわそわして待っていた。俺が来るとはっとこっちを見て、俺の前に立ち、大きな声ではなかったがはっきりと、言った。

「好きです、付き合って下さい」

 思わずへ?と聞き返した。だって同性だし、冗談か罰ゲームかなにかかと思うのがふつうだろう。しかし俺より背が低く、身体も貧弱で、前髪で殆ど目が隠れてしまっているそいつは、真剣なようだった。

「で、OKしたんスか?」
「しねーよ」

 キセさんがぴこっと指を出したのと一緒に、ちゃぷん、とお湯が揺れた。
 これでもかって位でけえホテルの、多分俺の家の部屋合わせても足りない広さのスイートルームの、俺とキセさんが入ってもまだ余裕がある、ぴっかぴかのジャグジーバス。ぶくぶくした泡が気持ちよくて、はじめははしゃいでいたけれど、今はそうでもない。やっぱキセさんは、俺とは住む世界が違うんだなって思った。何やってるか知らねえけど。

「なんで?付き合っちゃえばよかったのに」
「好きでもねーやつと付き合わねえし。そもそもそいつの事知らないし」
「好きでもねーやつとセックスはするのに?」

 ちょっと棘がある言い方だな。むっとしてキセさんの方を見ると、なんともいえない表情で笑っていた。俺の様子を伺ってるようにも、楽しんでるようにも見える。
 キセさんはたまにこうやって、俺のこの仕事に関して、意地悪な事を言う。

「カガミっち」
「あ?」
「俺がもしカガミっちと同じ歳で、同じ学校だったら、その子と同じようにカガミっちに告白したと思う」

 ジャグジーバスの縁に腕を乗せて、頭を預けるキセさん。金色の紙がお湯を吸って顔に張り付いているけれど、少しも変じゃない。キセさんはかっこいいと思うし、綺麗だと思う。同じ男でも、お世辞抜きでそう思う。耳に付けたままのピアスが、きらっと光った。

「で、カガミっちにデリヘルなんて絶対させない」

 今度は、意地悪な顔じゃなかった。少し、寂しそうな顔。
 そんな事を言われても俺は、キセさんのものになんかなれないのに。
 前にキセさんが言っていた。はじめての俺にいろいろ教えた事を後悔していると。寧ろあの時、怖い思いをさせて、この仕事は最低な仕事なんだと思って、辞めてしまうようにすればよかったと。

「なんでキセさんがそう思うのか、俺には分かんねえ」

 思い出したあの時のキセさんにも向けて、言った。怒ってるわけじゃない。
 だって筋が通らないじゃないか、この仕事をする俺を嫌ってるなら、なんで俺を指名すんだ。あの日みたいに、処女でもない、いろんな事を知ってしまった俺を。
 意味の分からない事を言うくせに、説明はしてくれない。微妙な空気を楽しむ大人はずるい。

「分かんなくていーよ」
「……ふうん」
「機嫌損ねちゃった?ごめんね」

 そっぽを向いた顎をするすると撫でられたので、キセさんの方を向くと、ねっとりとキスをされた。
 温かいバスルームで、噎せ返るほどのキスに、思考はすぐに溶けていく。キセさんの舌の動きと併せて、自分のいい所を当てるようにしてくすぐる。

「ん、は、ぁ」

 垂れた涎が顎を伝って、湯船に落ちる前に、キセさんが手で受け止めた。力の抜けた俺の身体をジャグジーバスの縁に乗り上げさせて、大理石の床に手を着いた俺の後孔を舐め始める。

「んあぁあっ」

 ぶるっと身体が震えた。くすぐるように入り口を舐めて、力が抜けて開いた穴に舌を突っ込まれる。にゅるにゅるして、柔らかいそれを中で感じて、ひっと喉が鳴る。

「ふ、うあ……」

 風呂に入っていたから多少力が抜けているとはいえ、中を広げられるのはやっぱり気持ちよくて、力が抜ける。キセさんはしつこく俺の中を舐め、広げ、くすぐった。
 顔を放したキセさんが、俺に覆い被さるようにして、両脇から胸を鷲掴んだ。

「うぅん!」
「カガミっちのおっぱいおっきいね」

 胸筋をぐにぐにと両手で揉まれる。女じゃないのに、びりびりと微弱な快感が生まれるのを、俺もキセさんも知ってる。

「は、あぁっんっ」
「ほら、ここもこんなにして……男誘ってるんでしょ?」
「あっ」

 乳首をきゅうっと摘まれて、ひくんと顎が上がった。もどかしい、でも気持ちいい。乳首の刺激と繋がってるみたいに、腰が、後孔が、じんじんと疼く。
 入れてほしい。性器がほしいと、思う。
 くにゅくにゅ乳首を揉まれるのが、焦れったい。

「んああ……キセさんっ」
「ん?なんスか?」
「は、早くっ……」

 きっと業とだろう、ずっと尻に擦りつけられていた性器に、俺から尻を擦りつける。キセさんの性器も、もう大きくなって、硬くなってる。あれがほしい。

「ふふ、カガミっち、もうこれ欲しいの?欲しい?」
「ほ、欲しいっ……!からぁ、早くっ」
「淫乱」

 キセさんがぼそっと言った。どんな表情をしていたのかは、性器ばかり見ていたせいで見られなかった。ぐっと押し入ってくる性器に、すぐ何も考えられなくなる。

「うあああああっ……!」
「っ……ほんと、キツキツ」

 締め付ける入り口をこじ開け、狭い中を押し広げながら中まで入り込んで、ぱんっと腰が尻に当たった。みっちりと中を犯される感覚が、たまらない。
 キセさんが、ひゅっと息を飲んだ音がした。それと同時に、両肩を大理石に押しつけられて、がくんと身体が落ち尻だけを上げた格好になる。俺に乗り上がったキセさんが、獣みたいにぱんぱん腰を振った。当然、性器は深い所まで沈み、ごりごりと肉を擦りながら抜かれるのを繰り返す。

「は、あ、ああっ、あーっ!」
「……カガミっち、俺はね」
「あ、あああっ、あひっ」
「カガミっちが、こんなとこが気持ちいいなんて知らなかったらよかったと思うんス」

 思わずもがいてしまう俺を押さえつけてキセさんが何かを言っている。とんでもないペースのピストンには似合わない、落ち着いた声だった。

「カガミっちが、こんないやらしく男のペニスを咥える方法なんて、知らなかったらよかったって」
「あ、んああっ!あーっ」
「カガミっちが、こんな、こんな仕事に、はまってしまうなんて、だって俺」

 カガミっちが、好きなんスよ。
 それだけがなぜか、クリアに俺の耳に届いた。途端、体中がぶわっと逆立ったように熱くなる。
 キセさんが、俺の事、好き?嘘じゃなくて?キセさんは俺の事好きなのか。今日男なのに告白してきた、あいつみたいに。
 震えていて、でも真剣な声。確かに、同じだ。

「ああ、あん時マジで、帰さずに、閉じこめて、俺のものにしちゃえばよかった」
「はうっ!」
「カガミっちが向いてるとか、あん時の俺、マジ殴りたい……やり直したい」

 キセさんがぱんっと音を鳴らして腰を叩きつけて、奥まで入り込んだ性器を回し始めた。中を広げるみたいに。絶妙なタイミングで、性器が前立腺を押しつぶす。

「あ、はああんっ……」
「カガミっちに、他の男が触れて、キスして、こんな風にエッチしてると思うとすげーむかつくのにっ」
「うあっ!」
「それでもカガミっちの事抱きたくて、また指名しちゃうんスよぉおっ!」
「あ、あーっ……!」

 びゅうううう、と中に精液が注がれていく。熱く、満たされる感覚に、全身が喜んで弛緩した。

「お、おーーっ……カガミっちが女だったら、妊娠させて、俺のものにできたのにっ……お、ううっ気持ちいい、かわいい、大好き、カガミっち……はぁ」

 獣みたいに唸りながら、俺の中に射精して、やがて全部出し切った頃がくっと俺の上に倒れてきた。

「!キセ、さん……?」

 バスルームでしたせいなのか、よっぽど興奮したのか、のぼせて気を失ってしまったらしい。俺より色が白くて、綺麗で、でもたくましい身体が、べったりと俺にのし掛かっている。

「……」

 キセさんが魘されているように言っていた事を思い出して、複雑な気分になりながら、キセさんを俺の上から下ろし、背負う。俺もキセさんも全裸だけど、どうせ二人しかいないんだ、いいだろう。そのままバスルームから出た。
 広くてゴージャスな部屋に改めてため息をついてから、キセさんをベッドまで連れていく、ベッドまでいくのに、こんなに歩くってどういう事だよ。意味なく広いな。
 10人は寝られそうなベッドに、キセさんを下ろす。さらさらと光るシルクが、イケメンなキセさんによく似合っていた。本当にこの人、なんの仕事をしてるんだろう。金も持ってるし、アイドルかなんかだろうか。テレビはスポーツ番組しか見ないからその辺は分からない。
 すうすうと寝息を立てるキセさんに少し寄り添うみたいにして、そばに座る。ほんと、いい男だ。

「……なんで」

 なんでキセさんは、俺にあんなに言ってくれるんだろう。好きだって、かわいいって、俺だけのものになればよかったって。嬉しいし、身勝手だとも思う。
 だって、俺にこの仕事をするなって、やめろって言うくせに、結局自分も、俺を指名するほかの男と同じように指名して、金払って俺を抱いてる。それって、おかしいだろ。
 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを、口移しで飲ませる。俺みたいなやつ、やめたらいいのに。俺はどんな相手だって指名されれば会うし、言われた事をする。それがキセさんでも、キセさんじゃなくても同じだ。

「俺もキセさんの事好きだ」

 そっと、シミひとつない頬にキスをした。でもきっと、俺がそう言ってもキセさんは喜ばない。だって俺の好きはキセさんと違う好きだ。はじめての時いろんな事を教えてくれたし、優しいし、カッコいいけど、それは恋じゃない。告白するのにあんな顔をするようなあいつやキセさんとは、違う。
 でも、感謝はしてる。キセさんは俺の、はじめての人だから。身勝手なのは、俺も同じだった。




20140113

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