『BEWITCHED』TNG、データ&ターシャ、匂わす程度にほんのり性描写あり(2002.04.28発行同人誌より再録・ごくごくほんのちょっびっと修正) |
ブリッジにディアナと一緒に戻り、真っ直ぐ戦略コンソールに就いたターシャは、背後からの視線に気付いて振り向いた。彼女は軽く溜息をつき、一度深呼吸をしてからアンドロイドに向かって言い放った。 「データ、一回しか言わないから良く聞いて。アレはなかったの!」 素早く正面に向き直ったものの、彼女は自分の台詞が予想以上に大人げない言い方になってしまったことを後悔した。一方、彼女の勢いを受け止めたものの、台詞の意味を理解しかねるようにデータはイノセントな表情で彼女を見つめかえす。それは余計にターシャを気後れさせた。言葉の始末に悩んだ彼女は結局それを放棄し、平常心を取り戻すことが出来るかどうかはさておき、彼を意識から追い出す努力を始めた。それでもデータは彼女の言葉の意味を考えているようだったが、軽く首を傾げたのを最後に彼も仕事に戻ることにした。 全員が通常通りの位置に着いたのを確認して、ピカード艦長は口を開いた。 「みんな、聞いてくれ。我々は素晴らしいクルーになれるぞ。…誘惑に負けなければ」 クルー全員がそれぞれ意味ありげな視線を交わす中、やはりターシャも艦長の台詞にどきりとさせられて思わず振り返る。するとデータは彼女をまじまじと見つめ返してきた。その金色の瞳と、削いだように形の良い唇、綺麗なボディラインとしなやかな指…データ本人というよりもむしろパーツがターシャの視界を占領してしまい、彼女は息を呑んで大慌てで視線を逸らした。 (私ったら!なにそんな目でデータを見てるのよ!) 否応なしに甦る記憶を必死で打ち消そうと、彼女は俯いてめまぐるしく動く戦略システムに集中しようとした。 データはそんな彼女を不思議そうに一瞥すると、何事もなかったように仕事に戻った。そう、彼女の言ったとおり「なかった」ように。自分で言い出しておきながらそう出来ないことに気付いて彼女は苛立った。 エンタープライズは次の任務に向かい発進する… データと視線がぶつかるたびに大慌てでそれを無視しようとする彼女の様子は、あからさまに不審だった。自分でも気付いてはいるが彼女にはどうしようもなかった。とてつもなく長く感じられた居心地の悪いシフトが終了すると、彼女はターボリフトに逃げ込むようにブリッジを離れる。彼女はまだ生々しく気配の残っている自室よりも気の楽なテンフォワードに向かうことを選んだ。 ....................................................................................... リフトを降りたところで青服のクルーが向こうから歩いてくるのに気付いたターシャは、会釈をした彼を呼び止めると一言だけこう言った。 「殴った件は謝るわ」 ウィルス騒ぎの際、この彼とも一悶着あった。彼女が部屋に引き込んだ何人目かの相手だが、しかし彼女は敢えて「急に腹立たしくなった自分が(パンツ一つの彼を)部屋から叩き出した件」だけについて謝った(医療室に行ってきたのか、彼にその時の怪我は目立たないが)。それ以外の何かは『なかったこと』だ。しかし彼は彼女の意図的な省略を『自分に対する好意』だと受け取り笑みを浮かべた。 「気にしてないよ。…後で部屋に行ってもいいだろ?」 そう言って、ターシャの肩に手を回そうとしてきた。「もう自分のものだ」と言わんばかりの男の態度が不愉快でたまらない。これが理由であの時叩き出すことになったのを思い出し、彼の手を裏拳ではたき落としながら彼女は釘を差した。 「また青痣を作りたいの?勘違いしないで」 自分の失態に気付いた彼は大慌てで手を引っ込め、「やっぱりあの時はあの時だ」とようやく理解してそそくさとその場を離れた。拒否するにしても、もう少しましな言い様があるだろうと思うが、どうしても彼女は不快感を隠せない。 彼女はあの時自分のしでかした失態をあらためて思い起こして落ち込んだ。蒸し返すべきではないのだ。そもそも、わざわざもめ事のあったクルー一人一人に釈明して歩く義務は無い。クルーの大部分はよっぽどのことがない限り「感染していた所為」だから「無かったこと」にして、通常通り任務に就いている。彼女は自分も同じようにするべきで、今後一切「関係関連」については何も言わず気にもしないことにしようと決めた。だが、彼女はデータに関してそうすることが出来ない事実に愕然とした。 ...................................................................................... テンフォワードはまだこの時間、あまり混みあわない。人の少なさに安堵して、ターシャは壁際のテーブルに場所を取りグラスを置いた。軽くストローを噛みながら彼女は自分が「普通に出来ない」ことに思いを巡らせ、ついでに保安計画のパッドをブリッジに忘れたことに気付いてうんざりした。(…まあいいか、誰か届けに来るだろうし。そうじゃなくても後でまたクウォーターの端末からダウンロードしておけば済む話だわ…) ぼんやりそんなことを考えていると、声が降ってきた。 「いいかしら?」 顔を上げると、ディアナ・トロイがグラスを持って微笑んでいた。彼女の持ったグラスの中身は、スプーンの突き刺さった巨大で甘そうなチョコレートパフェだった。まだ会ってから日は長くないが、この友人の甘い物への嗜好が愉快に思えたターシャは軽く笑みを返し、「凄いわねソレ」と言いながら椅子を勧めた。 席に着くとディアナは「仕事のあとのご褒美よ」などと言いながら嬉しそうにスプーンを口に運び始める。そういえば…とターシャはお菓子を愛でるディアナに向かい口を開いた。 「ごめんねディアナ…さっきは部屋もクロゼットも凄く散らかしちゃったり…その…」 いつになく歯切れの悪い保安主任を彼女は可笑しそうに見守った。 「いいわよ、気にしないで。そうね、覚えてる?感染してた時のこと」 「覚えていないかですって?一字一句、一挙手一投足、残らず全部覚えてるわ。あなたはともかく、私はもう恥ずかしさで人が死ねるならとっくに死んでるレベルよ」 「あの時はみんな自分を失ってた。私もその後すぐ感染していろいろやってしまったわ」 ストローをくわえてターシャは目線を下げた。その先より少し上で微苦笑を浮かべているこの友人は、セオリー通りに「感染していた所為」「無かったこと」にしてくれるつもりのようだ。ただ、ディアナの言う「色々」と自分のしでかした「色々」は訳が違うのだ… (…ああダメ!思い出しちゃダメよターシャ!) うっかり回想してしまってから、この友人がベタゾイドハーフだと思い出しターシャは真っ赤になって顔を伏せた。 「…もう!いいわよ、みんな読んでるんでしょ?いいから笑いなさいよ」 彼女の非難がましい言い分に少し当惑したディアナだったが、ちょっと唇をとがらせたあと組んだ指に軽く顎を乗せて、ターシャの誤解を解こうと言い訳をした。 「あら、私に出来るのは感情の動きを読みとることくらい。『具体的に』何を考えてるのかまではわからないのよ?」 ディアナはそう言うと、軽く眉根を寄せて苦笑を浮かべた。流石にターシャも自分の台詞の棘に気付いてもじもじと謝った。またやってしまった。いつもこういう風に、自分の台詞に後悔してばかりだ。 「あ、ごめん…私ったら」 「誤解されても仕方無いわね。私もきちんと説明してなかったもの…ふふ、でもねターシャ」 「?」 「そういうふうに照れてるあなたって可愛くて私は好きよ」 悪戯っぽい黒い瞳に嬉しそうに微笑みかけられ、さらに『可愛い』などという久しく聞かなかった形容に彼女は絶句した。ストローは最早歯形だらけで気の抜けた音を出している。 「もう…意地悪!」 恥ずかしがるターシャを見てひとしきりくすくす笑った後、ふっとまじめな顔に戻ったディアナはカウンセリングモードに入った。 「良かったら話を聞くわ。助けになれる?」 「ありがとう。でも気にしないで、私は大丈夫」 気遣ってくれるのは有り難かったが、さすがに洗いざらい話せる話題ではない。明らかに不審な彼女が「大丈夫」なはずもないが、ディアナはそのあたりを大人の態度で見守ることにしたらしく、それ以上は追求してこなかった。 結局ディアナがデザートを食べ尽くすまでたわいのない会話をすることで、二人はこれまでより少し親しくなった。 ....................................................................................... 早くも機関主任になつき始めたアンドロイドは、シフト明けにテンフォワードに向かった彼についてきた。データはジョーディ・ラフォージに付き合って同じようにグラスを並べる。 「ジョーディ、君は女性心理について詳しいかい?」 椅子に掛けてグラスを口に付けた途端おもむろに質問されて、(よりによって俺に聞かなくても)と言うわけにもいかずジョーディは眉を寄せた。 「オイオイなんだよ、急に」 「ターシャが僕を避けているように見えたんだけど、君はどう思う?」 「まぁ…確かにそういうとこはあったかもな。でも多かれ少なかれ、この間のウィルス騒ぎでお互いみんなぎこちなくなってるよ。実は俺も彼女と話をする時、ちょっときまり悪かったりするし」 ジョーディは紅潮の目立たない自分の肌の色に感謝しつつ、グラスを傾けた。ただ、受け流すことを知らないこの友人は更に彼にツッコミを入れる。 「何故だい?」 子供のように素朴に質問されて、ジョーディはうっかり滑った自分の口を恨んだ。 「その…俺が触った所為でターシャは感染しちゃったわけだし、俺が彼女に格好悪く“泣き言”言ったこと覚えてるからさ。あっちは気にもしてないだろうけど」 ジョーディは照れくさそうに幾分早口で答えた。データは真面目に彼の言葉を最後まで聞いて頷いた。 「なるほど。確かに僕は彼女の接触によって『ご酩酊』した。…そのことについて君は彼女と話し合ったかい?」 「あの時はみんなどうかしてたんだ。蒸し返して嫌な思いしたくないし、させたくもないだろ」 「つまり、今回の場合は話し合いは推奨されないんだね」 「ん?おまえかターシャか、あの時何かマズいことでもやらかしたのか?」 「…そうなのかな」 「わけありなのかい?」 彼のこの台詞に、データは少し考え込むことになる。彼女の『なかったの』という発言は、彼女の部屋での会話・行動の「どの」部分にかかっているのかがわからなかったからだ。どこまで秘密なのか判断しようとするものの、判断材料が少なすぎて結論は出ない。 彼の沈黙でジョーディは自分の質問が少々不躾だったことに気付いて謝った。 「ごめん、そうだよな、彼女の問題だもんな」 「いや、いいんだジョーディ。僕の方でもう少し考えてみることにするよ」 「気にすんなよ。時間が解決してくれるさ」 「だったらいいんだけれど」 データは視線を落として白い指でパッドを弄んでいた。 ...................................................................................... (私の求めていたのはこんなものじゃない!) ターシャが自己中心的な相手の行為の不快さに我慢ならなくなったころ、ブリッジからの通信が入った。勝手にそれに応えた彼を張り倒してコムバッジを取り戻す。苛ついた様子を隠そうともしない艦長は彼を「ジャンリュック」呼ばわりするターシャへの説得を諦め、通信はすぐに終わった。 彼女が男を部屋から叩き出す乱闘を演じた後、やってきたのはデータだった。 ターシャがベッドにデータを押し倒すと彼は素直に彼女に従い、制服のファスナーも彼女の下ろすにまかせて金色のボディを晒した。彼女はなめらかなその胸に頬を押し当て、感触を堪能して目を閉じた。 「…あなたなら、きっと大丈夫よね。ウフフ、私の欲しい物…わかってくれるわよね…」 「『優しさと歓びと愛』だね?努力するよ」 データはまず「自分がイニシアチブを取った方が良いのか」「それとも取らせた方が良いのか」というレベルで、夥しいマルチテクニック情報に比較的のんびりアクセスを始めた。そこでふと『制服は貴方のために脱いだのよ』と言ったターシャの台詞を思い出し「だとしたら服は脱がせるべきかどうか」と言う疑問が浮かんできた。と同時に、ブリッジからの通信で彼が彼女を医療室に連れて行くことは彼女に知らされていないことも思い出して、素直にその疑問を口に出した。 「僕のためにその服を着てくれたんだよね。素敵だよ、でもなぜ僕が来るとわかったんだい?」 「わかってたわけじゃないわ。でも貴方だったらと期待してたのかもしれない…貴方はきっと私を食い散らかしたりしないだろうから」 「?…勿論だ、僕は地球人を捕食する嗜好はない」 大真面目な顔でこう返答したデータに、彼女はうつろな笑顔で答えた。 「そういう意味じゃないのよ?ウフフ、ホラ、さっき言ったわよね?あんなことがあったから、私凄く警戒してるの。傷付きたくないの。自分勝手に欲望を押しつけられることに我慢したくないの。もちろん今はそんなことさせないけどね」 軽い口調で自分を誤魔化しながら話したものの、彼女にはやはりその記憶が苦痛だった。感情がどんどん落ち込み負に傾いていくのがわかる。彼女の強がりに気付いたデータは彼女の頬に手を当てた。 「ターシャ。僕は君を傷付けたくないし、そうならないように努力するよ」 真摯な瞳に真っ直ぐ見つめられて、思わず彼女は彼の誠実な優しさと甦る記憶の苦痛に屈した。 「ターシャ?」 彼女は啜り泣いていた。彼女が泣き出したことに気付いたデータは不思議そうに首を傾げ、「どうしたの?」と困ったような顔をしてターシャを見上げる。データの上に覆い被さったまま泣き続ける彼女の扱いに困って、彼は体を起こし彼女の両腕を掴んで、とりあえずベッドの上に彼女を座らせた。彼自身は膝をついて彼女に頭を寄せ、なだめるように彼女の肩から二の腕を撫で続けた。そうしているデータを見て、ターシャは思い出したようにぽつりとこぼした。 「貴方の目…昔飼ってた猫にそっくり…」 「猫?」 「黄色い虎猫。追いつめられたあの時一緒にいたの。たぶん私は不安でどうしようもなくて、その子を抱きしめるしかなかった。あの子は温かくて柔らかくて、確かに私を少しだけ安心させてくれたわ…でももう手遅れだった。奴らは笑いながら入ってきて…私に出来たのは、あの子を逃がすことだけだった」 相づちをうちながら、データは静かに彼女の話を聞いている。喋っているうちに彼女は記憶の痛みだけを拾い上げ、唇を噛みしめた。 「大声で叫んだわ、助けて、助けて、って…。でも誰も私を助けてくれなかった。十五歳の私は、この世界に私の味方なんていないんだって絶望したの…!」 データは痛々しい彼女の告白をうけとめながら、彼女の頬をつつみこむようにして手を添えた。そして爪の先まで完璧に美しいその指でターシャの形の良い目から零れる涙を拾う。それでもターシャは言葉も涙も止められなかった。 「どうして私が艦隊で保安主任をしてるかわかる?無力で汚れてて、最低な自分が大嫌いだったから、そうじゃない自分になりたかったから…笑っちゃうわ、そんなことで私がきれいになれるわけないじゃない。だから結局私はこんなふうに」 「ターシャ」 彼は左手の人差し指を立てると彼女の唇にそっと押し当て、彼女の自虐的な言葉の洪水を堰き止めた。 「それ以上自分を責めてはいけない。悪いのは君の誇りを汚した彼らだ。君が悪いわけじゃないんだよ。辛かったろうね。僕はどうしたらいいのかな?どうしたら君が泣きやむのか教えて。僕は喜んでそうするから」 双の琥珀が彼女の瞳を優しく見つめている。この眼差しになら、どんな恥ずかしい我が侭も言える。彼なら決して彼女の望みを笑ったりしない、そう信じて彼女はしゃくりあげそうになるのをこらえながら口を開いた。 「…じゃあ、じゃあね、データ」 彼女は顔を上げ、真っ直ぐに彼を見た。 「お姫様みたいに優しくしてよ」 「お姫様…?」 首を傾げるのも無理はないだろう。余りに少女じみた望みだ。それでも彼女は続けた。 「そう。お姫様はね、たとえ二十枚のマットレスと羽布団が敷いてあっても、その下にあるエンドウ豆の莢が痛くて眠れないの」 「……アンデルセンの童話の話だね?」 データは検索結果を得意げに確かめて、彼女の瞳を覗き込む。 「覚えてないけど…知ってるなら優しくして欲しいの。そういうお姫様にするように」 彼は笑ったりしなかった。彼女の言葉を素直に受け取り、壊れ物を扱うようにそっと触れた唇は、ひんやりしているようでほんの少しだけ温かい。また一筋ターシャの頬を伝う涙を見つけたデータは慌てて唇を離し、彼女に問いかけた。 「痛くした?」 「…違う。本当にこんなふうにして欲しかったから」 そして彼女は彼のもたらす歓びを受け取るべく目を閉じた… ...................................................................................... (私はあんなに優しくされたの初めてで、それは本当に私が望んだことで…でもそれは…) 唐突にターシャのクウォーターのチャイムが鳴り、彼女は現実に引き戻された。パッドが届けられたのかと思いロックを外すと、届け物は正しかったがそこに立っていたのはデータだった。隠しようもなく数秒呆然として彼を部屋に通してしまってから、自分の驚いた表情を誤魔化すようにターシャは冗談交じりにデータに話しかける。 「あ…ありがとう、わざわざ少佐が『おつかい』してくれるなんて、私も偉くなっちゃったみたいね?」 「ブリッジを出るときに気がついたんだ。余計なお世話だったかも知れないけれど」 「ううん、助かったわ」 パッドの受け渡しにそれ以上必要な会話は残っていなかったが、データが立ち去らないので二人の間には奇妙な沈黙が流れた。それを破ったのはデータの方だった。 「ターシャ、僕は何か不愉快なことをしただろうか?ツィオコフスキー号のウィルス事件のあと、君は明らかに不審なほど僕を避けている。君が僕の感染源になったことは、ウィルスの性質の解明されていないあの状況では仕方無いことだから気にしないでいい。それ以外に何か理由があるとするなら、それはおそらくここであったことが原因だろう。君は『あれはなかった』と言ったけれど『あれ』とは一体何を指してるのか僕にはよくわからないんだ。だから僕には君が僕を避ける理由を見つけられない。もし僕に悪い所があったなら遠慮なく言って欲しい。…もしかすると機能的な問題だったのだろうか?性的機能を使用したのは君が初めてなんだ、色々不備が有ったかもしれない。気に入らなかったのだとしたら申し訳ないが、今後のために具体的に問題点を指摘してくれないか?」 「え?……」 彼は立て板に水とばかり、一気に今までの疑問点をとんでもない内容までさらりと交えて言い切った。彼女はその勢いに一瞬唖然とした後、なぜか最後の質問だけ慌てて否定した。 「あ、ええと…貴方の機能は充分、想像以上に…その、素敵だったわ」 そう言ってしまってから自分の台詞が示す内容に気付いて、また彼女の頬に血が上る。 「なら良かった。では何故、君は僕を避けるんだい?」 「…貴方は何も悪くないの。ブリッジでの態度は反省してる。言葉も足りてなかったと思うし」 いつになく(今日はずっとだが)歯切れの悪い彼女の言葉はやはり言葉足らずになり、彼は首を傾げた。 「僕は理由を聞いているんだが」 「だからその…あなたには何の関係もない私の過去をわざわざ引っぱり出して聞かせて…今更どうしようもないことなのに、貴方にまで鬱陶しい話をして」 「僕は迷惑していないよ。君が会話内容について心配しているのなら、絶対に他人に喋るようなことはしないから安心してくれていい。…では『あれ』は会話内容のことだと受け取って良いかな?」 「『あれ』はつまり…あの時あったこと全部よ」 「全部?だとしたらより不可解だ。君は『なかったこと』を気にしているのかい?」 「それは」 まさに自分自身で一番理解している問題点を突かれ、ターシャは言葉に詰まった。 「ごめんなさい、その通りだわ」 彼女は顔を上げるだけでもかなりの勇気を必要とした。 「私、貴方にどんな顔して良いかわからなかったの。謝らなくちゃならないのは私の方なのよ。ごめんなさいデータ、私は貴方を利用したの」 そう言ってまた俯く彼女に彼は気遣わしげに近寄った。 「利用してくれて構わないんだよターシャ。僕はそんなことで傷付いたりはしない。感情はないんだ」 思いやりと共に伸ばされた完璧なフォルムの腕に絡め取られて、ターシャはデータの胸に抱き留められた。こうやって抱きしめる力加減までが完璧で、それが余計に彼の台詞を彼女にとって辛いものにした。彼はきっと何故自分が彼女にそうしなければならないのか全く疑問に思うことなく、彼女が望めば『彼女の理想の恋人』を演じてくれるだろう。それは彼に出来得る全てだった。そして彼は全てを提供していいと言う。悲しくなるほどに彼は思いやりと献身に溢れているのだった。ターシャは体の横に下ろしたままだった自分の腕を彼の背中に感謝と共に回して力を込めた。 「データ、貴方って本当に…良いアンドロイドね」 「そうありたいと思っているよ」 彼の誠実さはターシャの胸をきりりと締め付けた。涙が出そうになるが、ここで泣くわけにはいかなかった 「だからこそ私は、貴方を利用し続けることが出来ないのよ。これ以上酷い人間になりたくないの」 「酷い?君が?」 彼女は自分の愚かさをもう一度噛みしめた。 「あの時私は貴方の意思なんて何も考えてなかった。都合良く思い通りにさせて良いと思ってた。貴方を手段にしちゃいけないって気付きもしなかった。貴方が許してくれたとしても、私はあの時貴方に甘えきった自分を許せない…ごめんなさい、これも私の我が侭ね」 「君の言っていることは…たぶん僕のことを気遣ってくれているんだと思うけれど。間違っていないかな?」 「そう受け取って貰えたら嬉しい」 彼女の言葉を聞いて彼はしばらく考える様子だったが、背中に回していた手を上げて彼女の髪を梳いてから呟いた。 「僕は君に必要ない?」 「『理想的な恋人』としてはね。…こんな言い方してごめんなさい。でもね、わかって欲しい。本当に貴方には感謝してるの。綺麗な貴方に大事にされて、私も綺麗になれた気がしてたわ。それはとても心地よくて幸せなことだった。あの時優しくして貰って、お姫様で居られて…嘘でも本当でも、大事にされる自分が確かにいたと思えて嬉しかった。貴方がどんなに素敵だったかは、『勿体ないくらい大事な思い出』のひとつよ。でも『思い出』。私がいつでも貴方に甘えていいって勘違いはしない」 「僕は構わないのに」 データはそう言いながらも彼女の意思を尊重して、彼女を抱きしめるために彼女の背中に回していた腕を遠慮がちに肩まで戻した。彼の気遣いに感謝しながらターシャは宣言するように言った。 「私は強い自分でいたい。貴方には大切な友人でいて欲しい。だからあの時のことはみんな心の中に…」 「『心』は無いからそれは無理だよ」 彼の言葉に一瞬彼女は体をかたくしたが、言葉はさらに続いた。 「でもターシャ、セキュリティを強化しておけばメモリファイルに記録しておいても秘密は守れる。僕らは友達でいられるはずだ。だからそうしてもいいだろう?」 言葉の後半で彼が彼女の言い分を受け容れたことがわかると、ターシャは微笑んでそれを肯定した。データは幾分か寂しげに見える笑顔のような表情で、恋人としてではなく友人としての抱擁とともに彼女に囁いた。 「『大事な思い出』と言ってくれてありがとう。役に立てたのなら嬉しいよ。僕にとっても君とのことは『大事な思い出』だから」 彼女は彼の体温を感じている指を、ほんの少し名残惜しげに滑らせる。甘えて癒される恋人の資格はとてつもなく魅力的だったが、彼女は指を彼から離すまでになんとかその想像を諦めた。 彼女は彼から一度離れて右手を差し出した。データはその意図を汲んで、同じく右手を差し出し彼女の手を取った。 「これからも友達としてよろしく、データ少佐」 「こちらこそ。変わらぬ友情を約束するよ、ヤー大尉」 握手しながら彼女が彼を見上げると、いつも通りニュートラルな琥珀色の瞳が見つめ返してきた。友人を失わずに済んだ安堵感は、彼女が思っていたよりもずっと温かく彼らを包んだ。 ...................................................................................... エピローグ 機関室での作業中、友人を手伝うアンドロイドは唐突にこんな質問をした。 「ジョーディ、動物を飼うのに許可は要るかな?」 唐突さと質問の意外性に面食らったジョーディだったが、パネルから顔を上げてデータを見上げ、律儀に答えた。 「検疫と申請は要るはずだけど…何のつもりだデータ?」 「猫を飼おうと思っているんだ」 ・・・・・終・・・・・ |
○○あとがきと言い訳○○ 第一話『未知からの誘惑』の「ドアが閉まった後」と「事件解決後半日程」 なるべく放送に忠実に私なりに補完してみました。 (とにかくターシャに何らかの形で一言謝って欲しくてこんな話に) |