『L.I.K.E』

VOY、ジェインウェイ&セブンオブナイン、ほのぼの、第5シーズン初期位の設定
(2001.05.13発行同人誌より再録、漫画部分の一部もテキストに書き起こし)

 朝食の時間帯よりも少し早い食堂にはまだニーリックスしかいなかった。また風変わりなメニューに挑戦するらしく、厨房には奇妙な匂いが漂っている。セブンオブナインはそれに臆することなく、カウンターの前まで真っ直ぐ歩いて行ってこう言った。
「コーヒーを頼む」
「夜勤明けお疲れさん」
 ポット入りコーヒーをレプリケートして、ステンレスの巨大なマグに注ぐ。砂糖とミルクをさらにレプリケートしようとしていたニーリックスが何の気なしに振り向くと、彼女は既にマグを傾けてコーヒーを飲んでいた。
「えっブラック?もう苦いのに慣れたのかい?」
 シフト前に最初のコーヒーを飲んだときの彼女は、スプーン5杯も砂糖を入れなければならなかった。心配顔で覗き込む彼に、セブンは表情も変えずにこう答えた。
「まだだ しかしすぐ適応させる」
 要はやせ我慢なのだ。途中から堪えきれず軽く顔をしかめて苦みと酸味のある液体を流し込むセブンに、ニーリックスは微笑ましさと奇妙な既視感を感じてこっそり笑った。

 ボーグインプラントの残る体にはどうしても医療チェックが欠かせない。いつものように医療用トリコーダーでセブンの検診をしていたEMHは眉を上げた。
「信じられん、なんだこの血中カフェインの濃度は!」
「コーヒー12杯分だが」
「そりゃ飲み過ぎだ!」
 ドクターの台詞に少しむっとした表情を浮かべた彼女は言い返した。
「艦長は20杯近く飲んでいるぞ」
「君と艦長を比較してはいかん」
 アレはもはや中毒だ。だからといって今更キャスリン・ジェインウェイ艦長の習慣を変えさせることなど、誰にも出来はしないのだった。
「コーヒーのカフェインは強い覚醒作用がある。君が恋に落ちないか心配になるよ…たとえば私に」
 気取った表情を作ったつもりでしまりのない笑いを浮かべているドクターを見もしないで、彼女はいつも通りの口調でこう答えた。
「その可能性は非情に低いな」
 軽いジョークはたたき落とされる。眉間に皺を寄せて溜息を付き、ドクターはぼやいた。
「恋以前に君には話術を磨いて欲しいものだ」

 医療室から艦長室に真っ直ぐ向かったセブンは、躊躇うことなくインターホンを鳴らした。「入って」と言うジェインウェイの台詞が終わらないうちに、彼女はパッドが山と積まれたデスクの正面まで歩いて行った。仕事の山から顔を上げたジェインウェイは眉間に寄せていた皺を伸ばし、デスクの上の冷めたコーヒーを一口流し込んだ。
「アラ セブン。今シフト外よね。どうかしたの?」
「艦長に言うことがある」
 背筋を真っ直ぐ伸ばした彼女は腰の後に手を組み、ジェインウェイを見つめた。聞く体制を整えて、彼女はセブンを見上げた。視線がぶつかると、セブンは軽く目を伏せた。
「…最近気付いたのだが」
「何かしら?」
 いつもよりやや躊躇いがちな彼女の喋り方。ジェインウェイはステンレスのマグを軽く持ち上げたまま、不思議そうに続きを促す。

「どうやら私は艦長に恋しているようだ」

 ジェインウェイは一瞬何を言われたのか理解できなかった。セブンは一体何を言おうとしている?恋?私に?…あやうくマグを落とすところだったが、彼女はどうにかそれを受け止めた。そんな彼女の動揺に構うことなく、セブンはさらにとんでもない台詞を続けていった。
「勿論艦長と私では繁殖活動に直接結びつかないが、この状態は恋と呼べると判断したのだ」


 ジェインウェイは目を丸くして彼女の台詞を聞いていたが、なんとか落ち着きを取り戻して切り出した。
「…いったいどういう状態なのか、説明してくれないかしら?」
「集合体から離れ、私の中にあるという人間性を見いだすため様々な行動をとってきた。勿論ミッション中に発見する事項も多かったが、より深いものを探求するために最近艦長の行動を模倣してみることにしたのだ」
「私の?」
「そうだ。まずコーヒーを飲んでみた。カフェインの効果を確かめるためだ。艦長の言うとおり確かに覚醒作用があり、気分転換にもなる。有効性を認めてこの習慣を取り入れた」
 艦長のコーヒー中毒は周知の事実だが、まさかマネをする人間がいたとは、とジェインウェイは軽く眉を上げた。
「それから?」
「ホロデッキで創作活動を行った。うるさく思っていたダヴィンチのプログラムも消さずに対話を行うよう心掛けたつもりだ」
「…それが、どうして『恋』につながるのかしら?」
 ジェインウェイは我慢強く聞いていたつもりだったがつい話を先に進めたくなり口を挟んだ。セブンは伏し目がちに続けた。
「私はなぜ模倣を行ったのかをもう一度考えてみた。…艦長の行動や思考様式を追体験したかったのだ。それが何故なのか、ということを考えたとき思い至った。私は艦長に恋をしていると」
 ジェインウェイはその思考パターンにめまいさえ感じていた。まだ彼女には「好き」という感情があるだけで、それを分類できないのだ。そうに違いない。ようやく自分のペースを取り戻した彼女は注意深く答えた。
「貴女が人間性を取り戻して行くのはとても素晴らしいことだし応援してるわ、でもセブン、きっと貴女はその感情を…誤解しているのよ。たぶんそれは『恋』じゃなくって、『親愛』や『友愛』みたいに何か別の名前が付くんじゃないかしら?」
 あくまで「落ち着いてもう少し考えて」という意味の台詞をやさしく返したつもりだ。それに、自分にももう少し心の準備が欲しい。
 セブンは、少し考えるように首を傾げたがすぐ直立の姿勢になり、「わかった」とだけ言うと大股に艦長室を出ていった。あっさり彼女が理解してくれた「らしい」ことに安堵しつつ、彼女に新たな不安が沸き起こった。「らしい」のまま放って置いても良いのだろうか?



【セブンオブナイン私的記録・・・この件に関する艦長との話し合いは、無意味と言うよりもむしろ私に悪い影響を与えているようだ。艦長の発言は結局『受け容れられない』という意味だと理解できた。艦長は私の感情を否定あるいは拒否した。その事実を確認することにより胃から喉にかけての組織に圧迫に近い不快感を感じている。身体的にも影響を及ぼすものらしい、人間性の再発見の必要性には疑問を感じる】



 セブンが「自分から進んで」医療室に来ることは滅多にない。今日2度目の彼女の来訪に気をよくして、ドクターは面白そうに医療用トリコーダーをセブンの身体の見事な曲線に沿って動かした。
 胸部に圧迫感がある、とだけ言ったセブンの診断を始めたホログラムドクターは相変わらず多弁だった。
「病気ではない、精神的緊張による筋肉の収縮だよ。例を挙げれば『切ない片想いに胸が締め付けられる』というようなものだ。コーヒーで恋に目覚めたかい?ははは、それよりセブン、胃の粘膜が弱っている。さっきも言ったが、過度のカフェイン摂取はお薦めできないよ。せめて空腹時の摂取は避けたまえ、それから…」
「ドクター、では治療してくれ」
 長々と続けようとした説教を中断されたドクターは面食らったが、彼女が素直に言うことを聞きそうだったのであらためて口を開いた。
「だから過度のカフェイン摂取は…」
「そちらではない、片思い及び失恋のだ」
「・・・・・・・?!」
 ドクターはただでさえ剥いて見える目をいっそう大きくしてセブンを見つめた。てっきり極度の緊張の伴う任務で珍しく神経をすり減らしたセブンが音を上げた、とばかり思って言った『ユーモア』“片思い”が、どうやら冗談ではないらしい。慌てて聞き返した。
「…本当に誰かを好きになったというのか?」
「ああ、気持ちを伝えたが拒否された。精神的緊張の理由はそれだ。治療法はあるのか?」
「…セブン」
 人間臭い仕草で目頭を押さえたドクターは、顔を上げると幾分か優しい口調で彼女を諭した。
「治療法は無い、残念なことに。強いてあげるとすれば、受け容れてくれる相手をさがせ、としか私には言えんよ。なんなら、私が恋愛サブルーチンを組み込んで相手になっても良いが」
「結構だ。ドクターは私の対象ではないからな」    
 期待はしていなかったつもりだが、あまりにあっさり提案を蹴られてがっかりする隙も与えられず、ドクターは苦虫をかみつぶしたように眉間の皺を深くした。が、思い直して口を開いた。
「そういう問題ならパリスが適任だろうな。アドバイスを貰うと良い」
「そのようだな。では助言に従おう」
 言うやいなやきびすを返してさっさと医療室を出ていく彼女を見送りながら、もう一度ドクターはやれやれと溜息をついた。



 ホロデッキプログラム【キャプテン・プロトン】を演じていたパリスとキムのコンビを無理矢理呼びだした彼女のアプローチはあまり正しいとは言えないが、相談内容の意外さに二人はプログラムの中断をさほど不快に思わずにすんだ。
 パリスは「片想いへの対処方法」というセブンの質問に吹き出した。キムが「ちょっと」とたしなめたが、彼は気にせずニヤニヤ笑いを浮かべながらこう言った。
「そんなの簡単さ。『同化』しちまえばいいだろ?『抵抗は無意味だ!』ってね」
 ボーグお決まりの台詞の部分だけは大真面目な顔をして言って爆笑するパリスを、セブンは無表情に見つめ返した。キムはそんな二人を見ていて彼女がとても痛々しく思えてしまい、黙っていられなくなって友人に抗議した。
「同化ですむ問題だったら彼女だってとっくにそうしてるよ!できないから君に相談しに来てるんじゃないか。ふざけてないで真面目に聞いてやれよトム!…ごめんよ、セブン」
「謝罪は必要ない。私も一度考えた。しかし‘個人’の概念を知った今となっては、同化のほうがむしろ『無意味だ』」
 しおらしげにそう言うセブンに、さすがのパリスも反省した。
「…悪かった。真面目に答えるよ。そうだな、相手は全然その気じゃないんだな?」
「…そうだ」
唇を軽くかんで彼女は答えた。
「じゃあ仕方無い、そんな奴のことはさっさと諦めるんだ。あっちにその気がないのに無理矢理アプローチしてたら迷惑がられて余計嫌われちまう」
「諦めきれないから相談してるんだろ」
 キムがまた口を挟んだのは、セブンが今にも泣くかと心配したからだった。いつもの彼女からはそんなことは想像もつかないが、今日は妙に素直でしおらしくしている所為でどうも心配してしまう。
「だろ?セブン」
「…そうだ」
 ヤバイ、ホントに泣きそうだ、と慌ててパリスは続けた。
「いや、どうしても諦められないなら相手に自分を認めさせるんだ。セブン、君は十分魅力的だよ。あとは相手のことを思いやったり、色々フォローが…」
「ありがとう中尉」
 本来なら、さらなるパリスの素晴らしい「恋愛技術」の説明が続く予定だった。しかしさっきまでのしおらしさは何処へやら、セブンは質問が済んだ、とばかりに礼を言い、踵を鳴らして立ち去った。どうやら欲しかったのは『相手に自分を認めさせる』というフレーズだけで、レクチャーはまたの機会で構わなかったらしい。パリスとキムは顔を見合わせた。
 彼女が通路の向こう側に姿を消すのを確認してから、肩を回し伸びをして(緊張してたんです、これでも…)パリスはキムに囁いた。
「しっかし驚いたよなぁ。アイツが片思いしてる相手ってどんな男なんだろう。まさか地球人じゃないよな?」
「どうかな。でも一度彼女は『告白』してるんだろ?絶対噂になるよ。…いや、告白された奴は秘密にしてるような気もするな…もし僕だったら、後が怖くて絶対黙ってる」
「何言ってんだ。そもそもそんな事態になったらおまえはセブンを振ったりできないだろ?う〜ん正に『抵抗は無意味だ』」
 からかうパリスに苦笑いしながらキムが答えた。
「よしてよトム。そりゃ彼女は魅力的だけど…やっぱりちょっと怖いな」
「そうだなぁ。あ〜あ、ちゃんと相手のことも聞いときゃ良かった。気になるな」
 腕組みするパリスの肩にポン、と手を置いて、彼は少し笑って言った。
「ヴォイジャーは狭いから、すぐにわかるさ」
 プロトンの続きよりもセブンのお相手に興味津々な二人だったが、それが我らが「艦長」キャスリン・ジェインウェイとは露ほども考え及ぶことはなかった・・・



「セブンが恋愛相談をクルーに持ちかけているそうです。それについてちょっと苦情が出てますから、聞いていただけますか?」
 穏やかな目をした副長がそう切り出してきたので、艦長はセブンをもう少し引き止めて自分で話を付けておけば良かったと後悔した。
 セブンの質問はトレスのところまで行ったらしい。地球人とクリンゴンハーフの珍しいカップル、というところにセブンが注目したのかどうかはともかく、有効なアプローチ方法等をしつこく聞き出そうとした彼女にトレスがキレてしまい、結局チャコティが「艦長からセブンに注意」して貰うように頼みに来たわけだ。
「苦情はトレスだけ?」
 溜息をつきながらあまり聞きたくなさそうに訊ねた。
「今のところは。ただ私の耳に届かないだけで実はもっと有るんじゃないかと思うんですよ」
「もっと、って…ちょっとまって、セブンが『恋愛中』って知ってるのはクルーの何割くらい?」
「何割どころか。私は最初にドクターから聞いたんですが、物凄い噂になってますよ。艦長はご存じですか?」
 優しげに目尻を下げて、チャコティは楽しそうに艦長に尋ねた。
「……ええ、とっても」
 複雑な表情でジェインウェイは答えた。幸か不幸か「相手」についての情報だけは出さなかったようだが、セブンがこれだけ誰彼構わず相談を持ちかけるというのはちょっと予想外だった。…まあドクターが知ってしまえば噂が広まるのは当然だ。「患者の守秘義務」はあっても噂話は「義務」範囲外なのだから。これがまた噂好きと来ている。とんでもないホログラムだ。
「流石耳が早いですね艦長。告白された幸運な…いや、不運なのか?男が誰なのか気になります。一体どんな顔して彼女を振ったんでしょう」
「男じゃないのよ」
 額に手をやって溜息をつく艦長に、「誰なんです?」と俄然興味のわいたチャコティがたたみかける。
「すごく言いたくないんだけど…聞きたい?」
「ええ、もちろん」
 聞き逃すまいとチャコティは机に手をついてジェインウェイに顔を近づけた。
「スピーカーにならないと約束してくれるなら…」
「わかってますって。艦長もセブンに相談されたクチですか?」
「ええ、そうなの。しかも相談じゃなくて『直接』言われたの、恋してるって」
 3秒後『相手』が誰なのかようやく理解したチャコティは、しばらく開いた口がふさがらなかった。


 結局ジェインウェイはセブンを呼び出して再び彼女の言う恋という感情について話し合うことになった。


「…では、貴女が居なければ自分の存在すら危ういと思う私の気持ちはどう説明すればいいのだ?!」
 度重なる否定に打ちのめされて、激した感情は行き場を失い目からこぼれ落ちる。彼女の涙にジェインウェイは揺らいだが、ここで退くわけにはいかなかった。
「…だから、貴女の言っているのは『恋愛』でも『性愛』でもない。それは『依存』よ」
「………」
「セブン、貴女はきっと私に依存してるだけなの。愛と依存は別物なのよ?今は頼ってくれても良い。だけどいつか本当に一人になるとき、きちんと自分を持っていて欲しいの」
「………」
 うつむいてわずかに落とした肩を振るわせる彼女を見ていると、さすがのジェインウェイも少々反省した。というよりむしろ、母性本能をくすぐられてしまった。せめて地球に帰ってセブンが自分の居場所を見つけるまでは、甘やかしてやるべきかもしれない。なにしろ彼女は、内面が全く身体の成長についていけていないのだ。
 だからつい、そっとキスしてしまった。自分よりも高いところにある彼女の額に、無理矢理伸び上がるようにして。
「…?!」
 突然の彼女の行動にセブンは吃驚して、インプラントのすぐ下の頬はあからさまに赤面した。
「これから再生するんでしょ?だから」
 そんな彼女を見ているとなんだか可愛くなって、ジェインウェイはクスクス笑いながら説明した。
「『お休みのキス』よ。昔ママにして貰ったって記憶は残ってない?」
「…少しは覚えている。しかしあのころは小さかったからこのように相手は苦労しなかったはずだ」
 うろたえながらも正確な子供時代の記憶をたぐり寄せようとして何かズレた反応を返してくるセブンの焦り様は、ジェインウェイから見るととても『可愛らしい』ものだった。
「甘えて良いわよ、ママみたいに。それじゃあ、おやすみセブン」
「…おやすみ、艦長」
 ぎこちない仕草で退出する彼女を、ジェインウェイは優しく見送った。にわか仕立てながら、母親らしく。


 コーヒーを一口すすって溜息をつき、ふと思い出したようにコムバッジを叩いて彼女が呼び出したのは古い友人のヴァルカン人だった。

「…たぶんヴォイジャーの艦長として、私はクルーの母親代わりでもあるのよね。…特にセブンと話をしていると、時々ちっちゃな子供を相手にした母親のような気分になるのよ。でも私は『犬』の母親代わりしか経験無いから『父親』経験者の意見を聞いておこうと思って。どうかしらね、先輩?」
 助言を求められたトゥヴォックは、くい、と片眉を跳ね上げ、すこし躊躇うように沈黙してから
「そうですね、同じ様な状況として私も」
 そう言ってまた沈黙した彼の次の台詞にジェインウェイは興味津々で、続きを促さずにはいられなかった。
「ミスタートゥヴォック?」
 彼女の催促に、彼は仕方無いといった様子で幾分早口に続けた。
「娘に『パパと結婚したい』と言われたことがあります」
 彼女は、無表情に話される人間と変わらないそのシチュエーションに驚いて思わず口を挟んだ。
「…ヴァルカン人でもたまにはとんでもなく非論理的な発言をするのね」
「そう思い、娘には厳重に注意をしておきました。論理的思考を教えるのは親としての義務ですから。ただこの発言に関する感想を付け加えておくとすれば…そう、悪い気はしませんでしたね」
 この不機嫌そうな保安主任が『嬉しかった』とひかえめに言っていることに気付いて、彼女は必死で爆笑の発作を堪えなければならなかった。娘の非論理的な愛情表現に彼はどういう表情を浮かべたのだろう?ヴァルカンは感情が無いわけではないが、その表出を嫌う。嬉しさを隠そうと努力するトゥヴォック……想像するだにも可笑しい。
 そんな彼女の様子を見て、彼は「勿論個人的な例ですが」と、すました顔で付け加えた。その言い方がいかにも言い訳にしか聞こえなくて結局ジェインウェイは吹き出してしまい、片頬をピクリと引きつらせたヴァルカンに謝る羽目になる。
「…艦長」
「ふふ、ごめんなさい、悪気はないのよ」
 ようやく静まった笑いの発作から顔を上げて、それでも柔らかく微笑を浮かべたままジェインウェイは続けた。
「そうね、あなたもそうだったなんて安心したわ。私も実は『悪い気はしなかった』の。話を聞かせてくれて有り難う」
「…セブンにヴァルカン式論理的思考のレクチャーをするというならお手伝いしますが?」
 大真面目な顔をしてこう申し出た100歳の壮年に向かって、彼女は軽く首を振った。
「ありがとう、でもセブンはヴァルカンじゃないから。…それに彼女の内面自体は同化された時の子供のままなのよ、きっと。まだまだ甘えさせてあげなきゃいけない時期なのかもね」
彼女は首を傾げるトゥヴォックに悪戯っぽい視線を投げかけ、やはり微苦笑を浮かべながら呟いたのだった。
「大きな娘が出来ちゃった気分よ」かなり、楽しそうに。



 なじみのクルーに会わなかったことを感謝しつつアルコーブのある貨物室に戻ったセブンは、小さな友人が来訪していたことに気付いた。
「ナオミ・ワイルドマン、何か用でも?」
 並べられたタンクの影から、長い金髪がふわり、と揺れて飛び出してきた。
「退屈してたからセブンにお話しして貰おうと思ったらいないんだもん。ちょっと探検してたの。ママもニーリックスもお仕事中でつまんない。なにかお話しよう?良いでしょう?」
「これから再生を始めるつもりだが少しなら時間はとれる」
「どうかしたのセブン?なにかあったの?顔が赤いよ」
「…わかるか」
 この客はなかなか目敏い。アルコーブに入るのを少し先延ばしにすることにして、アルコーブ前の段差に腰掛け二人は話し始めた。理由を聞きたがるナオミに、セブンはここしばらくの興味深い数々の対話について、彼女にしては丁寧に話して聞かせた。

 ナオミはしばらくセブンの話を頷きながら聞いていたが
「ふうん」と言って少し考えた様子で軽く首を傾げて答えた。
「『ママ』で良いんじゃない?艦長がセブンを好きで、セブンも艦長を好きなんでしょう?」
 言われたセブンは膝を軽く抱えて少し考えるようだったが、
「…そうなのかもしれないな」
 視線はぼんやりと前に向けたまま呟いた。ナオミは彼女の少し拗ねるような口調を珍しく思ったが、友人が一応納得した様子に眉を上げて頷いた。
「ではそろそろ再生に入るとしよう。有意義な発言に感謝する、ナオミ」
 立ち上がりアルコーブに入ろうとするセブンに、ふと思いついてナオミは近寄り、母親の仕草をまねて両手を伸ばした。
「お休みのキスしてあげるよ、セブン」
 セブンは一瞬吃驚したようにナオミを見つめた。しかしナオミの要求に素直に応えて身をかがめた。
「お休みなさい、セブンオブナイン」
 優しく頬に唇を当ててきた少女を、セブンは軽く抱きしめた。そして
「お休み、ナオミ・ワイルドマン」
 と答えて彼女の頬にも接吻した。


 まだほんの子供のナオミさえ、自分が母親であるかのようにセブンを扱いたがる。

 ……わたしはやはり子供なのだろうか?

 その設定には不満が残るが、キスは優しかった。額にも、頬にも。
 だから少しぐらいは子供扱いにも我慢しておこう、と彼女はアルコーブの中で目を閉じた。


・・・終・・・

あとがき

スタトレ同人本格始動!で出した本の再録です。男女問わずセブンファンの方は多いみたいで、比較的手に取っていただけた方でした。イヤしかしホントに このころの艦長とセブンってこんな感じじゃないですか? みんなも「あ、ママに甘えたいのね」と見ているというか。
(以下はちょっと教育的問題発言なので隠します)
でもきっとセブンはもっと進展した関係を望んでいると思う。 個人的にはセブンが艦長を押し倒すような気がしますが 「押し倒しておきながらネコ希望」とかとんでもないこと言って 艦長を困らせるんじゃないかって気もします。