もうぐちゃぐちゃだ。何がなんだかわからない。
繊細な指先が四肢を掠り、湿った舌が肌を這う。
思考全体が霞掛かったようにぼんやりとしているのに、どこか一部だけが冴えているようで、下肢の疼きはすでに甘い痺れを通り越して痛いほどだ。
「や………っ」
内腿を擦る恋人の膝に、ジョミーはもどかしく足を絡めた。
「ブ、ルー……も………」
「まだだよ」
ジョミーの脇腹に舌を這わせていたブルーは、小さく笑みを含んだ声でそんなことを言う。
その吐息が僅かに掛かっただけで、ジョミーの身体は小刻みに震えながら足の指をぎゅっと丸めてしまう。
もうずっと同じやり取りの繰り返しだ。ブルーはジョミーの身体を隅々まで触って撫でて舐めて口付け歯を立て、様々に愛してくれるのだが、いくら願っても核心にだけは触れてくれない。
しつこいと言ったことが気に障ったことは十分に理解した。だからもう許して欲しい。
たったそれだけを声に出して紡ぐ力がもうない。掠れた声で途切れ途切れに訴える言葉は意味を成さない。
いっそ思念で呼びかけてやろうかと思えたときはまだ羞恥心が先に立っていたせいで、保留にしてしまった。
なにしろその時点では、ジョミーはブルーの手で一枚、また一枚と脱がされていたのに、ブルーはジョミーが握り締めて皺を寄せたくらいしか、衣服に乱れらしい乱れもなかった。
ブルーがそれなりに楽しんでいることはわかっていても、自分ばかりが急いているようで、とてもではないが懇願することなんてできなかった。
今では煽られた欲に思考を奪われ、思念という形にして紡ぐことが出来ない。
けれど、そのまともではない思考ならブルーにはしっかり伝わっているはずだ。伝えようとしているのではなくて、漏らさないようにする余裕がないからだ。
少しずつ服を剥ぎ取られるたびに、今度こそ、もうやっと許してくれるのだと何度も期待した。それなのに、ブルーは今も意地悪く煽るだけ煽って、開放はさせてくれない。
ジョミーは一糸纏わぬ姿で下敷きになっているマントを掴み、足でシーツを乱して悶え白い喉を逸らす。
「も………や……ぁ……」
肌をブルーの吐息が掠めるだけで震える身体を持て余す。
もう耐え切れないと自分で触れようと手を伸ばした。
けれどその手を、当のブルーに掴まれる。
「だめだよ、ジョミー。僕がいるのに、いけない子だ」
そして指先に軽く口付けをして。
爪に施されたキスにさえ、背筋にぞくぞくと寒気のような感覚が昇る。
ようやく顔を上げて視線を合わせた恋人に、ジョミーは堪えていた涙を零した。
「おねがい……も……許し……」
喉を震わせる消え入りそうな声が、懇願なのか嗚咽なのか、それすらもわからない。
気持ちが善すぎて、痛くて苦しい。
そんなジョミーの望みに、ブルーは喉の奥で笑みを零した。
「許す……許す、か……さて、一体ジョミーは何に対して許しを請うているのかな?」
「……っ!ひ、どい……っ」
お願いしても謝っても許してくれないのなら、一体どうすればいいと言うのか。おまけにいっそ自分で開放しようとしても、それすらも許してくれない。
切ないよりも悔しくなってきて、ジョミーは懸命に涙を止めようと力を込めてブルーを睨み付けた。
「いいな、その瞳……ジョミーの強い意志そのものの光だ」
それもまたブルーを喜ばせることにしかならないらしい。
ブルーはうっとりと嬉しそうに囁きながらジョミーと身体を重ねた。
「あ……っ!」
ぴたりと隙間なく抱き締められて、一度も触られていないのに既に震えながら立ち上がっていたそこがブルーの身体との間で擦れる。
ジョミーは掠れた声を上げて重ねた身体を強く抱き締めた。
ブルーはまだ、襟元すら寛げていないのに。
耳元で低い微笑が聞こえる。
「困った子だね。そんなに僕に下肢を擦りつけて。服が濡れてしまったよ」
「ふく、なんて……」
後でいくらでもぼくが洗うから!
だから早くと、声と思念で同時に抱き締めた恋人に強請ると、ブルーはジョミーの耳朶を唇で食みながら掌で首筋を撫でた。
「後でなんて、君にそんな力は残っていないだろうと思うがね。いいだろう、では一緒にいこうか?」
ようやく開放してくれるのだと、ブルーの背中に回した手が強く藤色の布を握り締めて皺を作る。
「ブルー………ブルー、ブルーっ!」
早く、お願いだからと何度も名前を呼ぶ。
恋人の切ない声に、ブルーはふと笑み零してジョミーの頬を優しく撫でた。
「僕のこと、好きかい?」
「うん……うん、好き……大好き……」
「意地を張るジョミーも大層可愛いけれど、こうして素直な君を見ることも本当に楽しい」
降りてきた唇に口を塞がれ、吐息と唾液を混じり合わせて舌を絡める。ブルーの手が下肢に掛かり、ジョミーの身体が大きく跳ねた。
やっと解放してくれる。
閉じた目尻から堪えていた涙が零れる。期待に膨らむ胸の鼓動は、けれど再び激しく変調する。
「え……ブルー、なん……んぅ…っ」
散々焦らされたそこは、触れられた刺激だけでも達しそうになったというに、ブルーはその根元をきつく握って容易に解放できないようにする。
『なんで!?いいって言ってくれたのにっ』
悲鳴のような思念は漏れるどころか、叩きつけるような激しさだった。思いを伝えるだなんて、そんな余裕はジョミーにはない。ただ湧き上がった衝動を放つことしかできなかったのだ。
ぐっと息を詰めた気配に続いてブルーが体勢を崩して、ジョミーは慌ててその身体を抱き締めた。
「ブルー!だ、大丈夫……?」
本来はあまり無理の出来ない身体だ。調子のいいときだけ触れ合う時間を持てるのだが、強すぎる刺激は身体の毒になる。まして思念は心を直接揺さぶる。
ジョミーに圧し掛かるようにぐったりとうな垂れたブルーは、けれどジョミーの危惧とは裏腹にその耳元で小さく笑みを零した。
「まったく……君って子は……」
ベッドに手をついて重ねた身体を起こし、額に汗を滲ませ苦笑を昇らせた表情でジョミーを見下ろす。
「具合が悪くなった?ドクターを呼んだほうがいい?」
手を伸ばしてそっと頬を撫でると、ブルーはその掌に頬を押し付けるようにして目を閉じた。
「直前までどんな目に遭っていたか忘れたのかい?嬲るだけ嬲って、達することさえ許さなかったというのに、僕の心配をするなんて。とんだお人好しだ」
「それとこれとはまったく違う話でしょう?あなたに無理をさせるのは嫌だ」
「僕は無体を強いたのに」
「あなたになら、どんなことをされても構わない」
ふらりと揺れてブルーが再び倒れ掛かってきて、ジョミーは慌ててその身体を抱き締めながら思念で医務室に呼びかけようとした。
だが、それを当のブルー本人に邪魔される。
急に思念を塞がれた衝撃に、僅かに眩暈を覚えながらジョミーは抱き締めているその身体の背中を軽く叩いた。ブルーの体調を気遣ってのことだが心情的には強く叩きつけたいくらいだ。
「ブルー!」
「あられもない姿の君を僕以外の者に見せるのは、誰であろうと嫌だな」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」
そんなくだらないことのためにドクターを呼ぶことを邪魔するなんて。
「服なんてものの二、三分で着れるんだから、ドクターが駆けつけてくるまでには……ちょっと!」
圧し掛かるようにして倒れてきたくせに、ブルーの手はやわやわと掌全体でジョミーの昂ぶりを刺激する。
「なにやって……っ」
「せっかくいいところまで追い詰めたのに、少し熱が冷めてしまったようだね。君に余裕が出て残念だ」
耳朶に軽く音を立ててキスをされて、ジョミーは目を瞬いた。これが強すぎるジョミーの思念に直撃して調子を崩した人のすることだろうか。
「……ブルー?」
「あのね、ジョミー。誰だって鳩尾に一発入れば一瞬息が詰るだろう?」
少しだけ身体を起こして不信感一杯のジョミーと視線を交わした赤い瞳は、楽しそうに眇められている。
「さっきのあれはそういうことだよ。体調が悪くなっただなんてとんでもない。こんなに愛らしい姿の君を前に、倒れるなんて惜しい真似ができるほど、僕は無欲ではないのでね」
「そういう問題!?」
心配したのに!
今度こそ上に圧し掛かる人を蹴り倒してでも止めさせてやりたい衝動に駆られているのに、同時に与えられる刺激に素直に反応する身体が恨めしい。
「あ……っ」
柔らかく触っていた掌にぎゅっと握られて、ジョミーは甘い声を漏らしてしまってすぐに口を引き結ぶ。
もちろんそんなことをしても既に遅い。ブルーの笑みはますます深くなり、ようやく乱れてもいなかった衣服の襟元を寛げた。
「でも君の熱が少し下がったおかげで、君が苦痛よりも快楽だけを追っても一緒にいけそうだ。同時に果てたいからと君に我慢を強いるより、ずっとよかった」
「全然よくないっ」
その我慢自体、あなたが招いたことじゃないか!
ジョミーの怒りの叫びは綺麗さっぱり無視された。


「大体ね、あの思念で倒れるくらいなら、君と身体を重ねるたびに僕は途中で倒れて未だに本懐を遂げるなんて夢のまた夢の状態だろう」
ぐったりと疲れ切って隣でうつ伏せにシーツに埋もれるジョミーの金の髪を指先に絡めて、ブルーはくすくすと笑みを零す。
「君の可愛い様子に、僕の心臓はいつだって破裂しそうなほどなのに」
「嘘ばっかり……」
心臓が破裂しそうなほどの人は、焦らして焦らしてそれだけで理性を蕩けさせるような真似なんてできるはずがない。
「心臓が張り裂けそうなのはぼくのほうだ」
ジョミーは抱き寄せた枕に顔を埋めて、いっそ今夜の記憶を消してしまいたい羞恥を収めようと必死なのに。
あれから何度、卑猥なことを言わされたか。
ブルーを受け入れたいことも、そのもっと先にまで来て欲しいことも。繋がっているときにどんな風になっているかなんて言わされたときには、後でひどい目に遭わせてやると思ったほどだ。
そんなこと、絶対にできないけれど。
「僕になら、どんなことをされても構わないと言ったじゃないか」
「それとこれとは……っ」
思わず枕から起き上がり、腰に走った衝撃に再びベッドに沈む。
唸り声を上げて枕を抱き締めるジョミーの腰を、ブルーの掌が優しく擦る。
「大丈夫かい、ジョミー。無理をしてはいけないよ。君ひとりの身体ではないのだから」
「それ、違う風に聞こえるから」
顔を埋めた枕から、じろりと目だけを向けて睨み付けても、ブルーはやんわりと嗜めるような笑顔で首を振る。
「嘘ではないよ。君の身体は君一人のものではない」
どう言えばいいのか、言葉に詰った。
そうだ、ジョミー・マーキス・シンはミュウのソルジャーであって、ジョミー一人のものではない。
そんなこと、今までだって散々言われてきたのに。
「君の身体は、僕のものでもあるのだから」
「そっちの意味なの!?」
人がせっかく真面目に立場を慮ったというのに、ブルーの話はあくまでベッドの中から出ていなかったらしい。
「そんな話なら、ぼくの身体はぼくのものに決まってるだろ!」
「そうなのかい?」
「当たり前でしょう!」
心底驚いているようなブルーに、ただでさえ疲れていたのに益々疲労が押し寄せる。
「僕の身体は君のものなのに。ジョミーはつれない……」
どうせいつもの演技だと思うのに、溜息をついて目を伏せられるとこちらが悪いことをした気分になるのだから性質が悪い。
ぐっと喉を鳴らして口を引き結んだジョミーの髪を優しく撫で、ブルーは眉を下げた寂しげな笑みを見せる。
「無理をさせてすまなかったね」
演技だとわかっているのに……性質が悪い。
「あーっ、もう!」
ジョミーは枕を放り出して、まだ服も着ていないブルーの胸に飛び込んで、肌を触れ合わせて目を閉じる。
「ぼくなんて、身体だけじゃなくて、心もあなたのものなんだから」
おやと呟きが聞こえて、すぐに笑みが降ってくる。それでもブルーの胸に頬を擦りつけて顔を上げないでいると、優しく背中を撫でられた。
「それは僕も同じだよ」
やっぱりブルーが嬉しそうだと幸せだ、なんて。
呆れているのに嬉しくなってしまうのだから、どうしようもない。






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そういうところがしつこんだと思います。爺さま(^^;)