ミカエル、ロクス パートナー妖精:シータス

「なんだシルマリル、今日は休んでいたのか。」
 その呼びかけを受けて、シルマリルは顔を上げ声の主ににっこりと微笑んだ。
「ミカエル様。
 どうなさったのですか、お忙しいミカエル様が私の住まいにいらしたなんて。」
 シルマリルはミカエルの呼びかけの通り今日は休日で、いや彼女の補佐役のシータスが休むようにと進言して渋々休んで今の状況。
アルカヤに下ろされる前、彼女がまだ見習いだった頃からシルマリルは己のささやかな住まいであるラキア宮の小さな庭いじりが大好きで、小さな手でせっせと世話をしたその愛情に花たちは応えて、時期を問わず彼女の住まいには他の天使の口の端に上るほど花が咲き乱れている。
「いや、私もお前と同じに時には休むこともある。
 お前の住まいでは花がいつでも見事に咲いていると聞いて見に来てみたが、確かに素晴らしい庭だな。見習いを卒業したての天使の宮殿なのにずいぶんと広く見える。
 …ずいぶんとがんばっているらしいではないか。ラファエルが驚いていたぞ、幼いシルマリルが期待を遥かに上回る活躍をしている、とな。」
 威風堂々の立ち居振る舞いの大天使ミカエル、最高位の天使。
美しくも雄々しい青年の姿を持つ彼が、下っ端もいいところのシルマリルの宮殿を訪ねてきた。事実シルマリルは確かに図抜けて美しいがあまりにも頼りなくて、その背の翼がなければ美しい少女にしか見えないことが多々ある。
いくら美しくても下級天使に過ぎない彼女、ミカエルとともにいると明らかに見劣りした。
「私の働きと言うよりも、私に協力してくれる勇者たちのおかげです。
 それぞれに苦しみを抱えているのに、皆前向きで…あの姿を見ていると、私もわがまま言っていられないって思うんです。」
「それでも狭い世界で7人とは、短期間のうちにずいぶん集めたものだ。
 その中には新興の王族や大陸で最大の宗教圏を持つ教国の次期宗主もいるそうではないか、文字通りの少数精鋭ぶりだな。
 烏合の衆で数にものを言わせぬあたり、お前は意外に戦略向けかもしれん。」
 下っ端に毛が生えたぐらいの自分の元を、最高位を持つ大天使が訪ねてきた。
シルマリルは慌てて立ち上がり泥だらけの手を隠しながら少しかしこまって答えたけれど、ミカエルは気にした様子も見せずに微笑みかけた。
「ラファエルが穏やかなお前を自分の手元に置くと言い誰も異論を唱えなかったが、これなら私が申し出てもよかったな。巡り合わせとは言え、残念なことだ。」
「…ミカエル様にそう見てもらえるなんて光栄ですけど、私自身出来ることと言ったら護ることだけみたいです。
 いつも思うんです、勇者にばかり戦わせて私は祈ることしかできない、って……。
 未熟なあまり、天使扱いされていないのでしょう、ミカエル様のように多くの人間の信仰を集めるに至りませんでした。…7人の勇者たちだけでも信じてくれて、私は幸運です。」
 穏やかな気性の少女の姿を持つ天使。まだまだ幼くて危うげな儚い存在。
その性格を踏まえて、同じように穏やかで知略に優れるラファエルが彼女を引き取った。そして彼女はラファエルの管理下に置かれて今に至る。
鍛えればラファエルに見劣りせぬ存在になるかもしれないと言うことを自分以外の誰かの手に渡した後に気づいてしまって、ミカエルは目の前の幼い天使に関して軽い後悔を覚えていた。
確かにその優しさでは、戦うこと、誰かを傷つけることには向いていない。けれど天使はすべて神の先兵、神に求められれば好もうと好まざると、向こうと向くまいと何かを武器に戦うことになる。
「…人の痛みにまず言葉で理解を示さず、何よりも先に涙を流すお前の祈りは、何よりも心強い。
 勇者たちがそれぞれにお前の力になると言うことは、お前の振る舞いに信頼できる何かを感じたからだ。お前が自らを幼いと自覚して身をわきまえているのも、確かに頼りなくはあるが力になりたいとも思うものだろう。」
 その勇姿から想像するよりも遥かに穏やかに幼い天使を労うミカエルの言葉に、シルマリルは照れくさいのを通り越して褒められすぎて少し怖いらしく小さくなっている。
ミカエルは自分よりずっと小さな幼い天使の金の髪にそっと手を伸ばし、小さな頭をそっと撫でた。同僚でもあり同時に友人でもあるラファエルに紹介された幼い天使がこんなに大きくなり、美しくなり、今ひとつの世界の未来を左右するほどの大役を背負わされて奔走している姿を見かけるたびにその儚げな身には重すぎないかと心配だった。
あまりにも純粋すぎて、人のなんたるかを教えるよりも先に不浄なる人界に下ろさざるを得ない危機迫る状況の中で不必要に傷つけられていないか、人間の持つ悪の部分に悪影響を受けていないか、ミカエルは心配で仕方がなかった。
時折手の空いた妖精にそっと様子を見にやらせて彼女の様子をうかがわせたこともあるが、直接の後見もしていないのに過ぎたことも出来ず、言えず。ただ見守るだけ、時にこうして様子を見るだけ。
当然彼女は後見であるラファエルと同じ位を持つ最高位の天使たる彼相手に恐縮するばかり。
「…頼りないことが武器になる、そう言った勇者がいます。
 その時なんだか腹立たしかったのですが、…やはり私は頼りない存在なのですね。
 勇者に言われて腹立たしかったのは、彼らを無意識に見下していたからでしょう。ミカエル様に言っていただけて気がつきました。ありがとうございます。」
「あ、いや、そのようなつもりで言ったわけでは」
「正しいことを言われたのに怒るなんて私はまだまだですね。」
「……………。」
 ミカエルは労いのつもりで口にした。しかしシルマリルは上司からの助言として素直に受け取った。
素直に受け取りながらも泣き出しそうに視線を伏せた笑顔にミカエルは慌てて否定するけれど、その言葉が2度目らしい彼女は痛感してしまったらしい。
 それにしても、天使たる彼女にそのような言葉をずけずけと口にする人間がいるとは。
いったいどれほどの不信心者なのだろうか。ミカエルはそれを口にした者の顔を拝んでみたい皮肉を含めた腹立たしさを禁じえなかった。
「それはそうと」
 しかしこの話を続けても彼女を泣かせてしまいそうで、ミカエルは不自然に話を切り替える。
「お前の勇者の中には大魔道師の孫娘と次なる教皇がいるそうだな。
 …まだ確実ではないが、お前の降りる大陸の混乱の裏側に魔道の力が隠れているとも聞く。そうなると剣の力だけでは太刀打ちできぬことだろう。知識と力を併せ持つ者がいるのなら、その者たちの話を聞いておきたい。
 どうだ?この花を眺めながらする話としては少々不似合いかもしれないが、聞かせてはくれまいか?」
「あ、えーと…」
 不自然ながらもうまいこと話の流れは変えられた、今まで泣きそうな笑顔を見せていたが、話を振られてあどけない少女のような仕草を見せたシルマリルの様子にミカエルが少しほっとしたけれど、
「アイリーン=ティルナーグは確かに大魔道師と謳われたジグ=ティルナーグの孫娘で卓越した素質と知識を持ち合わせていますが…」
「…が?」
「ロクス=ラス=フロレスはー………」
「…アイリーンとやらが大魔道師の孫娘なら、ロクスとは教皇候補の名か?」
「ええ…まあ…一応は……」
 教皇候補。次の教皇。つまりは彼らにとって近しい存在。
なのにシルマリルのこの歯切れの悪い物言いはなんなのだろうか? ミカエルは話をどうやってはぐらかせようかと思案をめぐらせる幼い天使の泳ぐ眼差しを追いかけるみたいに彼女の顔を覗き込んだ。

「シルマリル様! ロクス様が面会をお求めですがいかがなさいますか?」

 そんなふたりの様子に割って入ったのは、彼女の補佐を勤める有能な妖精シータスの野太い声だった。
彼は自慢の足でもある空飛ぶじゅうたんを翻しシルマリルの元へと駆けつけたけれど、ミカエルの姿を認めるなりにハッとし表情をさらに引き締めて丁寧に一礼した。
「…ミカエル様とお話中でしたか。
 差し出がましいようですが、ロクス様は昨日の話もあることですし、天使様のお気がすすまれないのでしたら…」
「…彼はなんと言っているのですか?」
「は…それが…特には……いつもの調子と申しましたらいつものロクス様で。」
「いつもの!? 彼はこの期に及んでいつものとおりなのですかっ!!」
「…シルマリル様。ミカエル様の御前です。」
 幼い天使の豹変ぶりに、話を立ち聞きさせられていたミカエルはぽかんとしている。
「…次の教皇はあまり芳しくない人物なのだな。」
 しかしさすがといえばさすがの洞察力で、ミカエルは先ほどのシルマリルの態度や今の妖精とのやり取りから彼女の勇者の人となりを端的に看破した。だが宗教の宗主が芳しくない人物というのはよくある話で、それを知るミカエルに特に動揺した様子はない。
「シルマリル。」
「は、はいっ」
「それでも今はお前の協力者だ。呼んでいると言うのなら向かうのがお前の義務だろう。
 私のことは構わずともよいから、その者の元へ行って来い。」
「………わかりました。申し訳ありません、ミカエル様。
 失礼いたします。」
 ミカエルは天使の務めを静かに幼い彼女に諭し、シルマリルもしぶしぶながらもその言葉にうなずいた。
「シータス、ロクスはなんと言って私への面会を求めているのですか?」
 そしてシルマリルは神の代行者の凛とした立ち居振る舞いを取り戻し、穏やかながら冒し難い清らかな空気を一瞬にしてまとった。彼女の様子にシータスはほっとしたらしく、しかし面会を求めるに際しての発言を聞かせろと彼女に請われて困惑を再び露にした。
「シータス?」
「…ミカエル様の御前で…構わないのでしょうか…曲りなりにもあの方は次の教皇ですし」
「…つまりはそういう発言をしたわけですね、懲りもしないであの人は…!!
 構いません、言って下さい。」
「は…はい………
 顔を見たいから、と………」
「その前後も、詳しく。」
「中身が子どもだろうと美しいことには変わりないから目の保養には充分なっている、勇者のやる気を起こさせるのも天使の務めだろう、と。」

「今日という今日はキャンと言わせる!」

 とうとうシルマリルの怒りが頂点に達した。彼女は純白の翼を勢いよく広げると羽根を散らしながら蒼天に舞い、シータスの制止よりも先に飛び出していった。
「まずい! 今日がロクス様の命日かも!!
 恐れながらミカエル様、お忙しいかとは思いますがご同行願います。我が主は温厚な分怒りに我を忘れると何をするか見当がつきません、ましてや相手はアルカヤという小さな世界ではありますが次の教皇でもあります。
 シルマリルを暴走させるわけにはまいりません、どうかご一緒に!」
「あ、ああ。私は構わぬが。」
「ありがとうございます。では。」
 …さすがはラファエルが彼女につけた補佐役だけある、なんと絶妙なフォローなのだろう。ミカエルはある意味感心しながら貴重な休暇を浪費しているのだけれど、唐突に請われた仕事に思わず了承の返答を返した。
天界では望めぬ起伏ある感情のやり取りは新鮮で、そこに大きな悪意がないのなら悪いものではない。
ミカエルは経験からそれを知っているのだけど――――


「ロクス! あなた懲りてないのですね!!」


「…来たな、間抜け天使。今日は風が強いぞ。」
「きゃあ!?」
「ほら見たことか。
 白とは面白みがない。」
 所変わって。怒り心頭の天使が舞い降りたその下で、彼女を見上げるのはシルマリルの勇者ロクス。
不実な男は嘘は言ってなくて、彼のやわらかなシルクグレイの長い前髪が強い風にあおられている。そこにシルマリルが舞い降りたのだけど、彼の言葉のとおりいたずらな風がシルマリルの白い服のすそを強く舞い上げ彼女は慌てて前を押さえてももう遅かった。簡素な装身具で飾られた美しい脚が見事で、ロクスは手なんてかざしながらそのあられもない御姿を眼福とばかりに見上げている。
「ここここのっ…この……! 今日こそは今日こそはキャンと言わせる…!!」
「言ってほしけりゃいつでも言ってやるって言ってるだろうが、頭の悪い。
 で、もう少し見せてくれるのか? 僕としては見るだけでは物足りないのだが。」
「い、いやー!!」
「わめく前に降りろ。誰も触るなんて言ってないだろうが。」
 …後を追ってきたシータスから見れば、いつものやり取りを交わしているようにしか見えない騒々しさ。幼い少女の中身を持つシルマリルは年かさの女ずれした青年にからかわれては遊ばれている。
確かに彼はその象徴の十字の杖を携えているのだけど、いかにも高位の僧侶だとわかるほどの数の十字があしらわれた法衣で身を包んでいるのだけれど、柔和で優美な立ち姿でいるのだけれど…
「子どもの服の中身見るなんて悪趣味な!」
「別に見たくて行動起こしたわけじゃない。風のいたずらさ。僕はなんにも悪くない。」
「でも!!」
「しわが増えるぞ。」
「ロクス!!」
 その物言いはなんと不遜で軽いのだろう? シルマリルとシータスはずいぶん慣れたけれど、見掛けと中身がこれほどにかけ離れている男も珍しいほどだった。
彼は空からまた別の高位の天使に見られているとは露ほども思っていなくて、ふてくされながら舞い降りた天使に向かいその細く大きな男性の手を差し伸べた。シルマリルもふてくされた顔を見せながらもその手に自らの手を乗せる。
天使として扱われてはいないけど、女性としての扱いという話ならロクスのそれは貴婦人に対する礼儀だった。
「裾に飾りでも下げたらどうだ? 君の服は白が美しいが飾り気がないのが物足りない。」
「…前はそういう服だったのです………」
「…あ、その先はいい。想像ついた。
 転びまくった挙句に服を破いたとか何とかそういう落ちだろう。」
「想像ついたのなら読まないでください。言わないでください。」
「図星かよ…。」
 おそらく喧嘩していただろうにいつしか解消してしまうのもこのふたりの特徴で、ロクスは雑談の後に彼女をエスコートしたその手で己の顔半分を覆ってあきれている。決して仲は悪くないのだけれど、ロクスの遠慮ない物言いから険悪になることも多くて、シータスはいつもびくびくしていたりする。

「よかった…ミカエル様、ご足労いただき申し訳ありませんでした。
 シルマリルは冷静になったようです。………ミカエル様?」

「あの者がアルカヤの次なる教皇というのだな?」
「み、ミカエル様……?」
「あの不躾な不埒者が、幼いシルマリルの勇者だと」
 高い場所から見下ろしていたシータスが、そしてミカエルが。今度はこちらが不穏な空気に包まれた。
シータスが嫌な予感を感じた時はもう遅くて、ミカエルは下でまだじゃれあっているあどけない天使とそのすれた下僕のやり取りを、その凛々しい唇を「へ」の字になんてしてにらんでいて……
 止めなければ。ロクスを止めなければ。
今度彼の相手となろうとしているのはシルマリルのようなおっちょこちょいで愛らしい、慈悲深き存在ではない。
神の先兵の中でも超一級の武闘派・大天使ミカエル。
彼はなぜかシルマリルをいたく気に入っていて、シータスから見れば…いや、思うことさえはばかられる。

「…そう言えば」
「なんですか今度は?」
「つっかかるなよ。機嫌悪くしたなら悪かった。
 スカートの裾が汚れてるなって思っただけだ。」
「あ、今日はゆっくりするようにってシータスに言われたから、住まいの庭を片づけていたんです。
 その時に多分汚れたのではないかと」
「…ゆっくり、ね……ホント働き者なことで。
 で、どうするんだこれから? ゆっくりするんだったら引き止めるのも悪いしな。」
「いつもならこれで戻ってもいいのですが、大事なお客様がいらしているので……」
「ふーん、…男か、女か?
 まあ男っ気なさそうだしな、君は。」
「…男性です。」
「……何?」
「お客様は男性です、ずーっと位も高くて尊敬している大天使様!」
「おっと、用事思い出した。悪いがそれ取り消してくれ。
 君の最優先事項はアルカヤの守護だろう? アルカヤでの君の協力者が用があると言ってるんだ、仕事熱心な君ならどうしなきゃいけないかわかってるよなあ、シルマリル?」

 なんてあからさまなんだろう! ようやく帰してくれそうな話の流れだったのに、へそ曲がりはシルマリルの来客が男だと知ったなりに嫌な物言いで彼女を引きとめる手に出た。彼の言葉どおり仕事熱心なシルマリルは困った様子でおろおろし始めたし、ロクスはニヤニヤ笑いながら長い前髪に己の細い指先を絡め弄びながら彼女の言葉を待っている。
薄紅色の唇を眺めている。
「シ・ル・マ・リ・ル?」
「…困らせて面白がっていませんか、ロクス?」
「別に。男ふたり天秤にかける経験なんて君にはなさそうだから与えてみただけだ。」
「じゃあ大事なお客様を取ります。さよならロクス、また後日。」
「おいちょっと待て、お前僕を振るのか? この僕を!」
「振るも何も、私にとって言葉どおり雲の上の存在の方が訪ねて来ています。
 今だってロクスが呼んでいるからってその方をお待たせしてここへ来たんです、ロクスこそ」
「わかったよ。…そんな顔で見られちゃ僕の方が明らかに分が悪い。
 …天使と人間じゃこんなもんか……。」
「え?」
「別に。ひとり言だ。帰っていいぞ、僕の用はたいしたことじゃないし、半分ぐらいはすんだから気にするな。
 …シルマリル。」
「はい?」
「悪かったな、特に昨日は。君があんなに怒るなんて思わなかった。」
「……いいえ。
 でも次から気をつけてください。私にも感情はありますから、あなたの振る舞いが腹立たしい時はあります。」
「…厳しいな。」

「ロクス様!その辺でおやめください!!」

 延々とシルマリルを手の上で転がして遊び続けるロクスを、シータスが強引に止めるべく割って入った。
「あら、シータス」
「ロクス様、シルマリル様をお訪ねの方は大天使ミカエル様です。
 あなたならばこのお名前の意味するところがおわかりでしょう、シルマリル様はミカエル様にお待ちいただいてまであなたを優先したのですから戯れもほどほどに」
「…大天使を待たせて、この僕を、だって?」
 もうこれ以上ミカエルを引き止めることなどできない、そう判断したシータスはうっかりありのままを口にしてしまったけれど、その話を聞いたロクスはたちまち優越感満点の笑みを浮かべ、満足げに顎に手をやった。
幼く美しい彼の天使が、経典にも名が出るほどの大天使を差し置いて、矮小なる人間の男を選んだのだから彼としては抑えてもこらえても笑いを押し殺せない。
「…ミカエル様は、シルマリル様をたいそう気にかけていらっしゃいます。
 私の言葉の意味がおわかりにならないあなたではない、そう思っております。」
「おい待て、つまり僕はミカエルのお気に入りをからかって遊んでる不届き者と思われてると」
「……………………。」
「…さすがに僕もミカエルと張り合うほど命知らずにはなれないよ。
 シルマリル、帰ってくれ。僕の命を守るために。」
「ちょっと待ってくださいふたりとも、勘違いしていませんか?」
「……シルマリル様のお言葉がすべてを物語っているのではないかと。」
「…だな。こいつは果てしなく鈍い生き物だし。」
「失礼な!ロクスあなた私を怒らせて面白がっているのではありませんか」
「面白がってない。
 頼むから帰ってくれ、僕もミカエルと渡り合えるなど毛の先ほども思ってないし、何より命が惜しい。
 …シータス。」
「………は。
 シルマリル様、ミカエル様はおふたりを見守れる高さでお待ちです。」
「ちょっと待て! 今までのやり取りを見られていたのか!?」
 人間たちはかくも騒々しいものなのか。いやそれ以前、ミカエルは先ほどから爆発しそうな怒りを必死でこらえている。
純粋で愛らしいシルマリルを。素直で穏やかな彼女を別人のように変えた男がいるなど、それが人間の青年などとは考えるのもおそろしい。己が大天使という立場を背負っていなければ、あの不埒者を…!
男たちを無意識で振り回しているシルマリルは困り顔のままでやわらかな金の髪の毛先にくるりと指なんて絡めつつロクスの狼狽ぶりを眺めている。そしてため息ひとつ、おそるおそる空を見上げて――――
「ロクス、それでは失礼します。
 シータス、後はお願いします。」
 そのため息の意味はいったいなんなのだろう? シルマリルは純白の翼を広げ空へと戻って行く。
行ったり来たり、彼女の慌しい休日は休息になるのだろうか。己のもと目指して舞い上がる彼女の姿を見てミカエルは慌てて不機嫌な表情を取り繕うのだけど…。

 人間と下級天使と大天使。
それぞれに、美しいことは罪だということだけは間違いなさそう。
ミカエルの威圧感ある立ち姿は幼い天使シルマリルを萎縮させるほどで、シルマリルのあどけない美貌は男という性を魅了する。そして人並み外れた容姿を持つロクスは大天使ミカエルに危機感を抱かせるほどだというほどだということを、自意識過剰気味の当人も思い及ばない。
三つ巴の危機感の行き着く先は、誰も予想などできない。

08/04/13