■□ 夏の女王様 □■
ロクス

「…ったく…これだから春から先の季節は嫌いなんだ。」
 高い空から強いフレアを伴い降り注ぐ夏前の太陽に、ロクスが悪態をついた。
いつも涼しげな顔でいる彼なのだけどその白い法衣は夏の太陽の前では拷問でしかなくて、
「…君はうらやましいな。どんなに暑かろうと寒かろうと影響ないんだろ?」
 ふわりふわりと宙を舞う天使様を横目で見ながら、彼は脱ぐに脱げない法衣の襟をわずかに開き中に空気を送り込んだ。しかしそんなの焼け石で水でしかなくて、にじみ出る汗のせいで服の中の湿度は上がり続けて行くばかり。
職業柄?暑さ寒さにはそれなりに耐性があるロクスなのだけれど、今ふたりがいるのは教国と言うよりももう南国レグランスに近い。それに夏になる前の日差しの強い時期。
…白い法衣といえど容赦なく焼かれて、ロクスは普段かかないような量の汗をかいていた。
「つらそうですねロクス…私なら誰にも言いませんし気にしませんから、脱いでかまいませんよ?」
「おいおい男に服脱いでいいよなんて言うなよはしたない。」
「そんな意味で言ってません。
 脱ぐのに抵抗があるんでしたら、せめて前だけでも開けてしまっては?」
「頼むからほっといてくれ。君がこだわってずるずるを引きずってるのと同じだ。」
 シルマリルが配慮らしきものを見せても不快感がロクスを不機嫌にさせていて、いつもならもう少し違った答えを返す彼なんだけど今日はそういい捨てて手をかざし恨めしげに太陽を見上げた。
そしてため息ひとつ。それっきり厳しい表情で黙り込んでしまった。
 放っておけと言われたシルマリルは、それ以上何も言えずに黙り込むしかない。
彼が恨めしく思うのも無理はなくて、彼らと存在している次元が違う天使や妖精は天候や気温の影響を受けない。シルマリルは暑かろうと裾の長い服を身にまとい、寒かろうと白い腕を惜しげもなく露出している。
もちろん強い日差しに焼かれることを気にすることもない。彼女はいつも白くてたおやかで、そして変わらずに美しい。
 べたつく潮風がさらにロクスを不機嫌にさせる。ただでさえ汗でべたついているのにこの上潮風になんてさらされて、不快感はすでに頂点に達している。しかしさえぎるものが何もないから、同行するシルマリルに不機嫌な顔を見せるだけにとどめてひたすらに辛抱し続けている。
暑いのも潮風がべたつくもの彼女のせいじゃない。毎日てんてこ舞いで文字通りに飛び回ってるシルマリルが墜落寸前に舞い降りたのが3日前で、その際にレグランスにいる彼女の勇者がいろいろと大変で心配だ、頼みたい仕事があっても彼のことを思うと頼めないなんてため息をついたその憂いの表情があまりにも愛らしかったので、ロクスはつい調子に乗っていい所を見せようなんて下心を抱えてその彼の代わりなんて買って出た。
…慣れないことはするもんじゃない。確かにシルマリルはその申し出が相当ありがたかった様子で満面の笑みで喜んであの日以来ずっとロクスに同行しているのだけれど、それだけにみっともない姿なんて見せたくない。今までの経緯を省みると、美しかろうと子ども扱いし続けた女性に今さら甘い顔なんて見せられない見栄っ張りの意地っ張りは自分で自分の首を絞め、あどけなくも美しい天使様に魅入られてしまった。
込み入った事情を抱えもてあましてぐれてしまった自分にもこの善なる存在は優しくて、彼女の隣は心地よい。
彼の事情に配慮も譲歩も見せている幼い女性を、ロクスが己の止まり木にしてしばらくたつ。
 左手に海。白い砂浜。容赦なく照りつける太陽。
街中での女性のエスコートには慣れているロクスだけど、都会育ちだけに自然の中ではすごし方どころか振舞い方すらよくわからない。シルマリルはどこにいてもなぜか楽しげで、それだけがロクスにとって救いなんだけど…容姿が何よりの自慢の男が愛想のひとつも返せないこの状況、彼の苛立ちはさらに募り続ける。
この状況に、何より自分の様子に苛ついてそれがたまってあふれかえると、ぶつける先はシルマリル。それは甘えの裏返しというのは誰でもないロクス自身が一番わかってるんだけど、彼女はその時はどうしていいかわからない様子を見せながらも、どういうわけか彼を見捨てることはない。
ありのままを受け入れられる心地よさをこの歳になって初めて与えられたロクスが彼女に依存するのも無理はなかった。
「ロクス、見てください。あそこに岩陰があります。
 日が傾くまで休んでいきませんか?」
 そう言われロクスが額の汗を手の甲でぬぐいながら顔を上げると、確かに彼女が指差す向こうに大きな岩陰があった。それは太陽の光をさえぎるようにせり出す形に削られていて、図らずもこの灼熱地獄の中に濃い影を落としていた。
「レクの村に着くのが少し暗くなってからになりますけど、私、道知ってます。
 ここからそう遠くありませんから、ロクスは少し休んでください。」
「………………………」
「…顔色が悪いですよ。
 無理な願い事をしたのは私ですから…なんだかロクスに申し訳なくて…」
「…大丈夫だよ。君が思うより僕は体力もあるし丈夫にできてる。
 でも確かに暑いな……」
 シルマリルの配慮にまだ意地を張るロクスだけど、彼女の申し出は実にありがたい。
しかし感情的に格好をつけたい時期でもあって、素直にその申し出にうなずけない。
「あの、あの…実は……私、夏の教国の海をこんな間近で見るって初めてなんです。」
 唐突にシルマリルが地に足をつけてロクスの前に立ち、彼を見上げながら言いにくそうになにやら切り出す。
「……だから?」
 彼女に限って遠まわしな言い方を読もうとしないロクスが、思考能力が低くなっているこの状況も手伝って短い問いかけだけで返す。
とりあえず話だけは聞いてくれそうな彼の言葉に少しだけほっとしたのだろうか、シルマリルはあっぷあっぷしながら先を続ける。おっとりとしていてたおやかな彼女なんだけど、中身は人間の少女に近くて失敗すればばつが悪そうにするし、言いにくい話をなかなか切り出せない人間味ある様子も見せる。
「レグランスの海って、エメラルドみたいに澄んだ青緑色でそこが一番綺麗だって思ったんですけど……」
「……それで?」
「教国の海はサファイアみたいな青で……」
「……本題は?」
「…水遊び、したいなぁ…って…………」
 消え入りそうなその言葉を聞いたロクスが、大きくため息をつき前髪をかき上げた。
その様子にシルマリルの顔色がさあっと色あせる。
「……もしかして、それが目当てのひとつだったのか?」
「あ、いえそうじゃありませんけど…ごめんなさい!
 忘れてくださいっ!!」
 それなりの時間つきあっていて、ロクスも彼女の性格など大まかにではあるけど把握しつつある。言葉しだいではどもりこんだ先が読めることもあって、今回は読んだ推測を口にしたら図星だったらしくシルマリルはかなりあせった様子で自分の言葉を否定した。
「別に怒ってないだろ。
 じゃあ僕はあの岩陰で休ませてもらうよ。君は気のすむまで遊んでかまわない。
 僕のことは気にしなくていい。」
「え!?」
「天使の水遊びなんてそうそう拝めるものじゃなし、それに僕はずいぶん汗をかいて歩くことにうんざりしていたところだ。
 お互い気分転換しよう。」
 だがロクスはようやく笑顔を見せて、もう一度前髪をかき上げた。安堵のあまりに彼らしくないまぶしい笑顔を向けられてシルマリルの表情まで夏の太陽の影響を受ける。
先ほどのため息の理由は「また気を遣わせてしまった」、自分という男はどうしてこうも彼女に甘えて寄りかかっているのかと自分自身に対してのもので、けれど今はそれに逆らうことさえできないほどにいっぱいいっぱいのまま立ち回っている。
不実な言葉は精いっぱいの虚勢で、言葉だけでも余裕を見せていたいなんて馬鹿馬鹿しいプライドなんだけど、それぐらいしか今の彼に守れるものはなかった。
「ありがとうございます! じゃ、またあとで!!」
 それにシルマリルは気づいているのか気づいてないのか、彼女の見かけによく合う明るい返事をロクスに返すと、言い終わるが先か駆け出すが先か、衣の裾をひょいとつまんで波打ち際へと駆け出した。
海風にあおられ踊る金の髪が、彼女の口から紡がれた「サファイアの色した海」の青によく映える。シルマリルは海の色を宝石に例えたけれど、ロクスは彼女の青い瞳を思い浮かべながらようやくたどり着けた濃い影の下に身を寄せ腰を下ろした。
 あれだけ鬱陶しかった熱い浜風が、日陰に入ったとたん熱いけれど汗も吹き飛ばすほどに強くてかえって心地よくすらある。
ロクスは同行するあどけない少女の姿の天使様が小さくなったことにほっとしつつ、きっちりと着込んだ法衣の襟をようやく胸元まで開いた。開放された湿気が逃げるだけじゃない、じっとりと気持ち悪くかいた汗も強い風で体温とともに奪われて、思わず目を閉じ岩壁に背を預ける。うっすらと目を開くと遠くに見えるのは当たり前なのだけれど波打ち際で踊る少女のような天使様、長い衣をついとつまんで波と砂と戯れる様子がいかにも彼女らしくてロクスは眺めながらつい口元をほころばせた。
…人間味あるというか、ああいう様子が可愛いと思ってしまったところから彼の苦悩は始まった。矮小なる人を打ちのめしその絶大なる存在感を誇示することで人間を跪かせるのが天使――――幼い頃から嫌でも読まされた数々の経典の中の記述にうんざりしていたのが本音なのだけれど、実際に舞い降りた最下級の幼い天使は、経典の中のどの天使よりロクスにとって確かなもの。
彼は一切口には出さないけれど、信仰の名の下に己の存在すべてをささげる相手は天使シルマリルだけしかいないと思っている。
ロクスに向き合い彼の進むべき道を指し示すのではなくて、シルマリルは迷う彼の向いている方向を追いかけるように同じ方向に目を向けて、幼いがゆえにどうすればいいのかを彼とともに迷う。
確かに頼りないことこの上ないけど、彼女は自分も万能ではないことをきちんと踏まえて振る舞っているから、それはそれでいいなんて思っている。
 シルマリルは葛藤を続ける彼のことをしばし忘れて波を相手に踊り続ける。海から唐突に吹いた強すぎる風が衣の裾にいたずらして舞い上げても彼女は気に留めることもなく、水飛沫を散らしながら夢中で踊り続ける。
そんな彼女を黙って眺めながらロクスが思い出すのは、彼女が水辺が好きらしいこと。
少し前には小生意気な魔道士の少女とともに水浴びなんてしてる所に出くわして痴漢扱いされたこともあった。そんなことを、女性に対していい顔ばかり見せたがる彼にとっては苦い記憶になるだろうことを思い出しながらも、彼女のことだからおそらく他の勇者と行動をともにしている時も、先ほどみたいに言いにくそうに切り出したりしつつ水遊びに興じることもあったのだろうなんて思いながら、ロクスは胡坐をかいた己の膝に肘をついてそのまま頬杖をついた。
べたつく潮風は彼のやわらかな緩く波打つ髪も塩にまみれさせ重くするんだけれど、それ以上に海から吹く風は強かった。
 いろんなことをひとりで考えつつシルマリルの姿だけを見ていたロクスだけれど、彼女が腰に巻いたベルト代わりの金鎖に手をやった様子を見、嫌な予感を感じる。
彼女はしっかりものに見えて意外にそそっかしく唐突な行動をとることも多くて、人間のはずのロクスがあべこべに彼女を叱ることもたびたびあって、その前にはたいてい今みたいな予兆を感じるから――――回数を重ねればその根拠のない勘も信頼性が増す、彼女の次の行動をなんとなく読んだロクスは岩陰から腰を上げて、片手で己の白い法衣を脱ぎながらまだ遠くに見える彼女に向かって足を進めた。
 金鎖が強いフレアをはじいてもう間近まで近づいていたロクスの目を刺した次の瞬間、シルマリルが長い衣を潮風に躍らせながら脱ぎ捨てた。薄緑の衣は青い空間の中を舞い踊りロクスの行く手をさえぎったけれど、彼女の次の行動を読んでいた彼は衣をつかみ力ずくで視界を開いて、海風よりも強い力で己の重い法衣を男の目の前で服を脱ぎ捨てた奔放な彼女に投げつけた。
「馬鹿、いくら他に誰もいないからって服を脱ぐヤツがあるか!
 少しは僕の目を意識しろ!!」
 投げつけた法衣は見事に彼女に命中して頭からそれをかぶせられたシルマリルがきょとんとして、思い出したみたいにごまかし笑いなんてあざとい様子を見せた。ロクスは腰にやった腕に彼女の軽い衣をかけたまま、少し怒った顔をあえて見せながらさらに続ける。
「それとも何か?
 法衣を脱がない僕からこれを剥ぎ取ろうとして狙ってやったのか?」
「え、えーと…そんなつもりはないというか、見てのとおり下にもう一枚着てるんですけど……」
「着てる着てないの問題じゃない。男の前で脱ぐなって言ってるんだ。
 君にとって僕が男性じゃないなんていうんだったら証明して見せるところだぞ。」
 ロクスはあえて怒りながら彼女の口答えを封じるんだけど、確かに脱ぎ捨てたその下にシルマリルはもう一枚、同じ色調だけど少し濃い色の丈の短いワンピースを身に着けていた。下着というわけではなさそうでロクスは目をそらさないんだけれど、いつも身にまとっている衣に影響が出ないような、肩紐がなくて白い胸もとから上は覆うものもなく、裾は線の美しい太ももさえ隠し切れぬほどに短い。直視したことはなかったけれど、体の線が明らかに出るその服は彼女の細い腰までも強調していて、ロクスは目をそらさないかわりに、卑怯にも己の法衣をかぶせて彼女を隠してしまった。
「…ったく無防備にもほどがあるぞ。」
「でも、その服着ているままでは潜れないから」
「潜る気なのか? 本当に君は変わり者すぎるぞ。」
「ロクスは泳ぐ機会なんてそうそうないでしょうけど、…セシアと一緒に潜ったレグランスの海とかそれは美しくて潜らないともったいない」
「…君も相当遊び好きだな。
 遊びは遊びでも至極健康的だけど。」
「…ロクスも一緒に」
「断る。この歳になってどの面下げて海水浴で喜べると思ってるんだ。
 遊びたければおひとりでどうぞ。」
「だから潜りたい」
「それにこだわるな。いいかげんあきらめろ。
 それにこの辺は遠浅の砂浜だぞ、潜れる深さになるのはずいぶん沖の方だし潮流だってある。
 ただでさえ疲れてるんだから余計な心配させないでくれよ。」
「…ごめんなさい。」
 また人間にたしなめられて、天使様がしゅんとしょげる。その様子は変わらず愛らしくてそれ以上叱るのも悪い気がして、ロクスはいつも途中で切り上げる。今も同じで、素直に謝った彼女の様子が可哀想でロクスは口にしかけた言葉すべてを飲み込みため息に変えて吐き出した。
しなやかな腕はいつも見せている彼女だけど、脚はなかなか見る機会がなくて女に慣れているロクスの目にも毒でしかなくて、直視することすらままならないのを彼女のせいではなく日差しの強さのせいにしよう。
彼女自身がまぶしいことを認めてしまうと足元から壊れてしまいそう。
 シルマリルは天使というよりまるで女王様。気高く美しく、しかし俗っぽくてあどけない。
触れようと思えば触れられるけど触れられないのは、ロクスが天使という肩書きの女王様に跪いたから。不遜な態度を見せながら、ロクスは天使の前に跪いた。そして彼女の望みすべてをかなえたいと望み今ここにいる。
「…水遊びで我慢しろよ。天使の服だろうと濡れるものなんだろ?
 ずぶ濡れになった後はどうするんだ。」
 ロクスの言葉は問いかけの形を持つけれど問いかけではなくて、叱られた後静かに諭されてシルマリルは所在無さげに指先で遊んでいる。
「…心配かけてばかりですね、私。
 わがまま言ってごめんなさい。」
「いいさ、別に。君のわがままは可愛すぎて気が抜ける。
 僕は君に出会う前にもっとすごくてかなえられるはずもないわがままばかり聞かされてきたからな。天使様たる君のわがままがそんなにささやかでいいのかって気も力も抜けてばかりだ。」
 数々の温室の花がささやくわがままを笑ってごまかし受け流して。ロクスは僧籍に身を置きながら女の扱い方を我が物にしたつもりでいた。けれど今のこれが現実で、あどけない少女のような天使様に振り回されてため息しか出ない。
矮小なる、下僕のはずの人間ごときにささやかなわがままを許してもらえたことがそんなにうれしかったのだろうか、波と砂と戯れる、背に翼持つ女王様は夏の日差しに負けないほどに輝きを放っていてただ美しかった。
遊び足りなさそうな天使様の足に絡みついた砂はすでに乾いてほとんど落ちてしまっている。
「少し早いけど行こうか。今からなら日が暮れる前に村に入れる。
 レクは海から少し離れるけれど、その向こうのガウハーティは海沿いのにぎやかな町だ。そこでまた遊ぶといい。
 ここは日差しを遮るものもないし、遊ぶには条件が厳しすぎる。
 …ま、どこだろうと僕につきあってほしいなんて望まれたら困るけどな。」
「え?」
「僕は海だけじゃなく泳いだ記憶がないんだ。幼い頃にはあるかもしれないけど覚えてない。
 物心ついた時にはもう教皇庁の中にいた、アララスは海に面しているが、教皇になるための教育を受けていた僕に海水浴どころか遊ぶ余裕なんてもらえなかったよ。
 はは、今はその時の反動かな。」
 あどけない彼女の振る舞いは、ロクスの口からくだらない話をたびたび引き出す。
誰にも、どの女性にも語らなかった過去の話なんてついこぼしてしまい、らしくない自分に気づくといつもロクスは笑ってごまかす。
「ロクス…」
「ほら、これ。僕の上着を返してくれ。
 一度脱いだらもうこの日差しの下では着ることなんてできないな。しょうがないからこのまま行こう。」
「はい。」
 短い時間だったけど英気を養ったロクスが再び歩き出そうと誘いをかけ、シルマリルは彼の言葉にうなずき法衣をその手に返してかわりに受け取った己の衣を腕にかけて、ふわりと翼を広げつま先が白砂から離れた。
「ロクス、見てください。」
「ん?」
「ほら、砂にあなたの足跡が残ってます。
 風はこんなに強いのに、足跡って消えないんですね。」
 唐突に振り返って感慨深げにそう言ったシルマリルの白い翼がいっそう強い潮風にあおられて、純白の羽が風に散らされた花びらのように舞い上がる。彼女と同じに法衣を腕にかけているロクスは自分の足跡なんて見ずに、シルマリルの横顔と舞い散る純白の羽ばかりを見ている。
まぶしく笑う彼女は年齢を重ねないはずなのに、その笑顔はどこか大人びて見えた。
口説く口の軽いロクスなのに、相手が天使というだけでいつまでたっても彼女を口説けずにいる。頭の中に言葉は浮かぶけれど、どれもこれも彼女の前では力をなくす。
彼女は何気ない言葉すらも不実な女たらしの心臓あたりを無意識に狙って突き立てるというのに。
「ほら、もう行くぞ。」
 当たり前の言葉しか口にできなくなってどれぐらいになるのか、彼自身もう思い出せない。どんなに言葉を飾ろうとシルマリルは微笑んで飾り立てた言葉なんて聞き流してしまいそう。
だからロクスはいまだに彼女を口説けない。いくら相手が天使だろうと、振り回されては疲れ果てるばかり。
彼女に、いや自分の感情に振り回されては疲れ果ててばかり。シルマリルは至極おとなしく温厚な少女の性格しか持ち合わせていない。
 これが僧侶の癖に女から女へと渡り歩いたろくでなしに下された天罰だとしたら――――神も、相当に残酷で容赦ない。
天使自身が天罰なんて、そんなの人間が思い及ぶはずなどない。
シルマリルは相変わらず裸足のまま、露な太もものままで宙を舞い踊っている。
 ロクスはそんな彼女を直視できずに真正面ばかりを見つめて、いやにらみつけるみたいな眼差しのまま歩き続けるばかり。
2008/06/30

実は私、杉山清貴さん(オメガ含む)とサザンの音楽で大きくなったほどのサザン好きです。
このたび活動無期限休止を発表後、動向が大々的に発表されまくっているのですが、タイトルではなくカップリング曲から大きなタイアップでガンガンやってて、今年も夏が来るんだなぁと変な実感を感じています。
そのタイアップ曲「夏の女王様〜The Summer Queen〜」のサビ部分だけを聴きながらこの話を勢いで書き上げました。
あのロクスが逆らえない女は、いろんな意味で女王様だと思います。
高飛車なだけが女王様じゃない、ということで。