■□ イタズラ □■
×ロクス、アイリーン アイリーンイベント「聖都を眺める」直後

 積乱雲湧き上がる夏の空に、鳥が一羽濃い影と目を刺すほどに強いフレアを落とす。
季節柄海沿いの大都市には潮風も強く吹きつけて、娯楽の少ない少女たちは今日一日だけ、と自分に言い聞かせて、一日全部費やして遊ぶことに決めた。
「…なんであんたがここにいるのよ?」
「教皇候補の僕が聖都アララスにいるのはそんなに奇妙な出来事か?」
 決めた…は・ず……なのに、少女の片割れアイリーンは思い切り不機嫌な顔を見せながら不遜極まりない教皇候補をにらみつけた。
「あんたまたシルマリルいじめてんでしょ!?
 いいかげんにしなさいよあんたねぇシルマリルのお慈悲で天使の勇者なんて立派な肩書き持ってられるのよ私がシルマリルならあんたなんかさっさと丸めてポイよ!!」
「はいはいよくできました一度も噛みませんでしたねー。
 クソガキがいつまでたってもシルマリルシルマリルって乳離れできない赤ん坊みたいなこと言いやがって。後ろから見りゃ同じ背格好同じ髪の色同じ長さなのに前から見たら雲泥の差のくせべったりくっつきやがって暑苦しいったらありゃしない。」
「へへーん、くっつけないからってやっかまないでよね。」
「は? 誰がどうしたって?
 お前はあと10年、シルマリルもあと3年後に出直したら素直に謝ってやるよ小娘ども。」
「なんですってぇ!!」
「何度でも言ってやるよ。体の薄い小娘がナマ言うんじゃない。」
 向こうっ気の強い小娘と口の悪いやさぐれた青年の顔を交互に見ながら、ふたりの共通の関係者になるあどけない天使様はおろおろおたおたと慌てふためいてばかりいる。
大事な大事なお役目を抱えて騒がしい下界に降り立った天使様は戦う力を持たないたおやかな少女で、彼女の代わりに力を手にし立ち向かう人間たちはそのお役目の重さにふさわしい仰々しい立場を与えられた。
 魔道師の少女アイリーン。大魔道師と崇められた祖父の血を色濃く受け継いだ、計り知れない力を幼くして操る少女。
実は天使シルマリルと同じ背格好で並ぶとまるで姉妹みたい、日差し色の髪もふっつりと肩の辺りにかかるぐらいで切りそろえている長さも高い空の色の瞳までもそっくり。
実際に死に別れてしまった姉がいる彼女は、ある日唐突に現れた天使様に姉の姿を重ねながら過ごしている節がある。
 教皇候補の若き僧侶ロクス。平民でありながら教皇となるためのただひとつの資格「癒しの手」を持って生まれたために、信仰に身をささげることを強いられそれに対する苛立ちと反発から、正反対とも言える二面性を持つ不良僧侶。
男性でありながら麗しくすらある外見と最高の教育によりもたらされた優雅な立ち居振る舞いを女を誘うためだけに使う女たらしは、誘い文句が通じない絶世の美少女のシルマリルには淑女に対する礼儀など取ってはくれない。
 姉同然のシルマリルをぞんざいに扱うロクスが許せないアイリーンと、彼が苦手としている少女像をそのまま持っているアイリーンを女と認めずクソガキと言い放つロクスは、同じ天使を仰ぐ勇者でありながら性格の相性は最悪だった。
「あ、あ、あのふたりともっ、そんなケンカなんかしないで、ね?」
「行きましょシルマリル。
 いくら天使の勇者って言ってもこーんな柄も素行も悪い男を使ってたらあなたの肩書きに傷がつくわ。その分私が働くから、遠慮しないでなんでも言って。」
「シルマリル、君の勇者の中では僕が一番強いんだったな?
 帝国の騎士って名前の黒いゴキブリを追い払うのは僕の役目、安心して任せられるのは僕だって、そう言ってたっけ。」
 言ってる中身はどっちもどっちで同レベルだけど、気が弱いと勇者たちに心配させてしまうほどのシルマリルがそれを口にできるわけがない。今だって「行こう」と言うアイリーンと暗に引き止めるロクスとの間でどうにもできずに、今にも破裂してしまいそう。
アイリーンとシルマリルは遊び疲れて少しだけ冷たさを残す潮風に当たりたくてふたりでそぞろ歩いた港で美しい帆船を見上げていたのに、そこに教皇候補が現れたことでこの騒動。ロクスがアララスにいることは別に不思議ではなくて、宗教国家エクレシア教国の首都は聖都アララス、そこには当然宗教の総本山になる教皇庁があり、ロクスは現在ただひとり教皇の座に座れる資格を持つ教皇候補。
アイリーンとシルマリルは、言葉は悪くなるが余所者だった。
 強く影を落としながら空を舞う鳥は、実はアイリーンの家族同然の存在のウェスタ。身内と同じく賢いフクロウは最近の身内の心の許し方を見て己も受け入れたのかシルマリルにも気を許したような素振りを見せる。あまりにも気持ちのよい空に呼ばれるままに宙に舞ってはみたものの、下界が騒がしくなり戻ってきてみたらこの騒動で、シルマリルはおろおろおたおたするばかりでどう見ても困っていて――――シルマリルは鳥と同じに空に舞う存在、その背に負う純白の翼は飾りではない。
ウェスタも彼?なりに思うところがあるのか、ついと戻ってきて、慌てるばかりのシルマリルの髪を鮮やかにかすめてその細い肩に舞い降りた。身内のはずのアイリーンの元ではなかったのは簡単な話で、彼女はロクスとのいがみあいで忙しそうで殺気立っていたから。
愛玩動物の域を越えてしまったウェスタだから、家族と同じに機嫌が悪そうな相手には「触らぬ神にたたりなし」。けれどひとまずの止まり木にしたシルマリルはシルマリルで、見ている傍観者が人間ならば可哀想なほどに狼狽してばかりいる。
「あら?」
 ウェスタがくるくると首をせわしなく動かし、シルマリルの首から細い首飾りを器用に外して取ってしまった。彼は何を思ったのかそれを嘴にくわえたままで翼を広げて羽ばたいて、そのままシルマリルの肩から離れてしまう。
「ウェスタ、なにを――――返してください、ウェスタ!」
 激しく幼稚な舌戦の最中に聞こえたシルマリルの声にふたりとも言葉を切ってシルマリルを見ると、あっちはあっちでウェスタにからかわれたみたいな幼い天使様の狼狽する姿が見えた。シルマリルは間抜けにも宙を舞うウェスタをぱたぱたと足で追いかけようとするけれど当然追えるはずなどない。
「チッ…おいクソガキ、飼い鳥の躾ぐらいちゃんとやっとけ。」
「ウェスタはペットじゃないわ!」
「なんでもいいよ。見てみろ、シルマリルのネックレス取って逃げてるじゃないか。」
「あ…ウェスタ、戻って! それ返して!!」
 ウェスタは呼ばれてくるりと円を描き止まったけれど、シルマリルはまだ岸壁をたかたかと走って追ってくる。
その背に輝く翼を彼女は忘れているのだろうか? 彼ら以外に人気のない岸壁で天使様が翼を広げても誰も驚きはしないだろうに。
ウェスタはまるでシルマリルを争いから遠ざけたがっているかのように空高く、岸壁から離れ海の上に出た。
 そんなフクロウと翼も我も忘れた天使様の様子に、ロクスが一瞬で顔色を変えた。
彼はアイリーンにあっさりと背を向けて、夏だろうときっちりと着込んでいる法衣の襟に手をやるのと同時に海へ向かって速足で歩き出す。この男はシルマリルの性格を把握できる程度に親しくて彼女の次の行動が読めたらしくて…。
「―――――――きゃ!?」
「やりやがった!!」
 シルマリルが短い悲鳴を残し姿を消し、一瞬遅れて大きな物が海に落ちた音が聞こえた。それが聞こえる直前、シルマリルの姿が岸壁のふちから消えた瞬間にロクスは短く吐き捨てて同時に速足が駆け足に変わり、彼は足首まで隠れるほどに長い法衣を脱ぎ捨てた。
「アイリーン、フクロウを呼び続けろ!」
 言うのと飛び込むのもほぼ同時。珍しくアイリーンを名で呼んだだけでなく、まるで普通に正義感が備わっている青年のようにロクスは躊躇なく岸壁を蹴って白く泡立つ青い海へと飛び込んだ。シルマリルの姿は海面からは見えなくて、身内の洒落にならないいたずらとあまりにも唐突な事故に、アイリーンは口元を押さえたまま激しく気泡が上がり続ける海面を見つめる以外のことができなかった。
 考えるよりも先に海へと飛び込んだロクスはふわふわと頼りなく漂う淡い若草色の衣をすぐに見つけ、少しでも早くそれを捉えようと長い手足でもがき続ける。人間とは違い背丈よりも深い海に落ちても暴れもしない天使様の体を捉えることは近づくことさえできれば難しくなくて、長い男の腕がシルマリルの豊かな胸の下あたりに絡みついて、ロクスはそのまままばゆく光の降る方を目指し急浮上する。
ほとんど泳いだことのない男は当然潜水の経験もほとんどなくて、大きな帆船が停泊するアララスの港の深さは想像を遥かに上回る。大きな気泡を吐いたロクスの限界はすぐそこで、下手したら二次災害の恐れもある。
「――――――ッはぁ!!」
「シルマリル!」
 ロクスが迎えた限界の直後、痛いほど強い太陽光が濡れた肌と目を刺した。最初は当然大きな一呼吸、ようやく少しだけ落ち着いて見上げると、あの小生意気なアイリーンが岸壁の上から自分たちを覗き込んでいる姿が見えた。
激しい鼓動が耳障りなまま少しの間呆然と波間を漂ってみても、真夏前の海は冷たくて四肢の先から痛み出して、無事を噛みしめるんだったら丘の上でないと、とようやく頭が回りだしたロクスが岸壁に向かいゆっくりと泳ぎだす。その間シルマリルは何を思うのかおとなしくて、もしかしておぼれたのかとロクスが小さな顔を覗き込むと、青い瞳はぽかんとしたまま空を見上げていた。
助けた者として皮肉のひとつも言っていいだろうし心配する声をかけると言うのもあるんだろうけど、今は言葉を思いつかない。濡れた服をはさんでいるせいか、ロクスの腕にはシルマリルの持つ温度や鼓動などと言う無事を確かめる存在感は伝わってこなかった。
 ようやくの思いで岸壁にたどり着き上に通じる階段から陸に上がり、見かけ以上に強い腕を持つ男はそのまま水に濡れた天使様を両腕に抱えて立ち上がった。僧侶でありながら戦闘慣れしていた体力のおかげで体は思ったほど重くなくて、しっかりした足取りで海へと下りる階段を、シルマリルを抱えたまま上るロクスは何も言わない。
上に来ていたアイリーンは腕に真白い法衣を下げていて、どうしても好きになれずにいる男の物だろうと、姉代わりの大事なシルマリルを助けるため海へと飛び込んだ彼だからなのか敬意は払っているらしい。
「シルマリル…大丈夫?」
「はい。」
「よかった……!」
 事の発端となったウェスタは、さすがにばつが悪いのかシルマリルの首飾りをくわえたままで帆船の一番低い帆を支えているマストに止まっている。それ以前の、すべての発端になったふたりは、アイリーンは安堵のあまり子どものようにぼろぼろと泣き崩れ、ロクスはゆっくりと腰を下ろし腕からシルマリルをおろすとそのままその場に片膝を立て尻餅をついた。濡れた髪は見る影もなく姿を変えて視界をふさごうとするけれど、ロクスは前髪を片手でかき上げるとそのまま後ろへと撫でつけて視界を開いた。
 ほっとしてアイリーンは泣き出した、安堵と言う話ではロクスも同じなんだけど、あの口さがない軽口がまったく出てこない。ぺたんと幼子のように座っているシルマリルも何も言わないから、ロクスは視線を上げて同じように濡れ鼠の彼女を見るんだけれど…
「…………っ!」
 彼女の風に踊るほどに薄く軽い衣が濡れて透けて、小さく丸い少女の肌に余すところなく張りついている。小柄で腕も肩も細い彼女なんだけど、濡れた服はその細さを強調すると同時にあまりにも不釣合いなほどに豊満なやわらかいふくらみの姿までも鮮明に形どっていて、透けた布の向こうに、彼女の唇よりも少しだけ濃い紅色そして小さな蕾をくっきりと浮かび上がらせていた。
細い両腕で支えられ寄せられた存在感の大きさはその大きさに比例していて、ぷっくりとひときわ存在感を主張している先端突起の様子は下手に露出されるよりも男の視覚に攻撃的ですらある。シルマリルが少しでも動けば当然ふくらみもふるりと揺れて、数秒の間とはいえ目を奪われてしまったロクスはなかなかそれから目をそらせない。
 濡れた女の肌の生々しさには覚えがあるロクスが思わず生唾なんて飲み込みそうになるけれど――――そんな一連の己の行動とは正反対に、彼は水滴を滴らせながら腕を伸ばしアイリーンの腕にかけられていた自分の法衣を無造作につかんだ。
それを引っ手繰るみたいに奪い、アイリーンがまたカチンと来た様子で半べそのままにらみつけても無視して、海風にはためかせふわりとシルマリルの肩にかけ襟元をきっちりと合わせてそのまま小さな手に同じようにつかませた。
瞬間的に怒ったアイリーンもその紳士的な動作を見せられては何も言えなくなって、ウェスタのこともあり所在無いまま口を閉ざす。あの口が悪い男が一言もアイリーンを責めずに、ただ大きなため息をひとつだけついて空を見上げ、視線をウェスタに向ける。
「…フクロウを怒るなよ。
 鳥なりに、困ってたシルマリルをその原因になってた僕らから引き離したかったんだろ。大人気ない僕らよりよっぽど賢い。」
「え…………?」
「…やれやれ……。」
 最後は誰に向かっての言葉なのだろう、ロクスはそれっきり口を閉ざしてしまった。
アイリーンはそんな彼に噛みつけるほど面の皮は厚くなくて、彼は責めなかったけれど、首飾りを奪われたシルマリルとそれが元で海に落ちてしまった彼女を助けたロクスに申し訳なくてうつむくことしかできない。
 小さな体を大きな白い法衣で包んでいる天使様が素肌も露だと言うことは、ロクス以外、シルマリル自身でさえ気づいていない。そんな彼女が白い腕を法衣の中からしなやかに伸ばし、指先まで使って戻るに戻れずにいるウェスタに穏やかに呼びかけた。
「ウェスタ、怒ってませんからそれを返してください。」
 乾きにくい海水に濡れたままの腕と、それが伸びたことでまた法衣の奥にちらりと見えてしまっている丸い乳房と、シルマリルの微笑みのかみ合わないバランスすべてが蟲惑的ですらあって、ロクスはとうとう生唾を飲み込んでしまった。
守備範囲外のはずの天使様に生々しい女を感じてしまった。
 下界の重い空気を感じないほど離れているウェスタは、それぞれに怒るつもりがないことだけを感じて、シルマリルの呼ぶ声に答え翼を広げた。シルマリルがいなくなったあとのアイリーンの態度が怖いと言えば怖いけれど、その時は逃げてほとぼりを冷ませばいい。
 危機察知の本能と経験でそれを知るウェスタの甲高い声が青い空に響いた。

2008/08/14

透け濡れでぽよんぽよん。
それが描きたかっただけでs(以下略)