■□ 板ばさみ □■
ヴァイパー、ロクス ゲーム初期(「毒蛇」後) 女天使視点
あら、あれは……。
春真っ盛りのとある町で、私は珍しい人物の姿を見かけた。彼の翡翠色の上着は鮮やかで特徴的で、一部だけ上着と同じ色に染めている短い銀の髪と隻眼は記憶に新しい。
確か…ヴァイパー? ロクスがそう呼んでいた。少しだけロクスより年長そうな青年で、二十代半ばぐらいだろうか。しかし私は彼の姿を先ほどから見ていたにも拘らず、すぐに彼だとはわからなかった。
私の記憶の中の彼はどこか鞘のないナイフのような鋭さを飄々とした雰囲気で隠していたけれど、今私の視界の中にいる多分彼だろう青年は別人のような様子を見せていた。
ロクス? ロクスは町の様子を見に行った。あまり私が一緒に行動したがると彼は嫌な顔をするから、今日は町の広場で待っていることにした。
『同行したいんだったら姿を現してからにしてくれ。
まあ僕の隣に立つには君はずいぶん幼いが、美少女を連れて歩くと言うのも悪くはない。
あ、翼は隠せよ。確かに見事だが仮装行列じゃないんだからな。』
…嗚呼、今思い出しても腹が立つ、とはおそらくこういう感情を指すのだろう。
どうしてあんなものの見方ばかりするロクスが私の助力者として選ばれたのだろう? ロクス以外の人には姿が見えない私のことを、彼はそう言ってさっきもからかった。
それは好意的に解釈しても遠まわしに同行を断られているとしか思えなかったから、私は今こうして広場の芝生の上にいる。
当然、行き交う人々は私に一瞬でも視線を向けることはない。それが私、天使という存在。天界から降りてきて初めて知ったのだけれど、…人間と言う存在には無駄が多いと思う。無駄と言うと言葉が悪いけど、私よりも位の高い天使を見ていると私の手際の悪さ、能率の悪さに落ち込んでばかりだったけど…今の私は天使というのもおこがましいと言うか人間に近いかもしれない。
それに、人間は「無駄」ではなく「余裕」「風情」なんて素敵な言葉で言い換えるから嫌いではない。そして今回同行しているロクスも、ぼんやりするのが好きであまり仕事の能率も手際もよくない私のことは「優雅」なんて言ってくれたから少し気恥ずかしかった。
でも、ヴァイパーは私の姿が見えているとしても、おそらく気づきそうにないような様子で少し外れた木陰で、広場の中心に背を向けるみたいにしながら木の幹にもたれてぼんやりしている。その様子がロクスとの賭け事の時とはまるで別人のようで、私はしばらくここにいたけれどすぐに彼に気づかなかった。
名うてのギャンブラーだという話だけど、先日のロクスとの対戦では私にはあまり理解できなかった。そして今こうして彼を見ていると、本当に通り名までいただくほどの腕なのか…彼には申し訳ないのだけれど、少々疑わしいほどに覇気、いいえ…生気が薄いように感じる。
それに、なんだか今にも木にもたれて眠ってしまいそうというか気を失ってもおかしくなさそうに顔色も優れない。
それはただ寝不足のせいなのか、それとも別の理由があるのか――――私が関わりを持った助力者、勇者たちとは異質な人物は謎めいていて、困ったことに好奇心を刺激されてしまった。
私の姿は普通の人間たちには見えないのなら、もう少し近づいて観察するぐらい構わないだろう。たとえ姿が見えていても、覗き込まれても彼は気づきそうにないくらいにぼんやりしている。
でもやはり覗き込むことは後ろめたくはあって、私は思わず息を殺しながらヴァイパーにそっと近づいた。
「おや? お嬢さん、珍しい所で逢うじゃないか。」
「えっ!??」
「これはこれは…おっと、挨拶が遅くなったな、ロクスの可愛いお嬢さん。
あの不良僧侶とはどんな間柄か気になるけど、まあここでは訊かずにおこうか。」
私が近づいてきたことを、彼は気づいた。しかも私が見えているらしい。彼は顔だけ上げてまるで少年みたいに笑うと、あの低い声でさらに先を続ける。
「今日はひとりか?」
「え、あ、の……。」
「大丈夫。別に獲って食うつもりはねぇよ。」
どういうことだろう? どうして私の姿が見える? 私の声が聞こえている?
ヴァイパーは私に向けて少年のような笑顔を絶やさない。…それはあのギャンブラーのそれではなかった。
「珍しい所で逢ったからびっくりしたろう?
でも俺は吸血鬼やヴァンパイアハンターじゃないから夜しか出歩かないわけじゃないんだ。」
「そ、それはそうですね…」
どういうことなのかわからないが、ロクスは私が何を思うのか読んでいるような物言いをすることが多い。それはロクスだけかと思っていたらどうやらヴァイパーも似たような特技を持つらしく、色褪せた顔色のままで、けれど少年みたいに笑顔にあどけなさを見せながら饒舌な様子を見せる。
ヴァンパイアハンターと言われて私が思い出したのは必然的に助力者――――私の勇者クライヴの顔。確かに彼は夜の中にいるイメージがある。しかしロクスも彼も夜のイメージがつきまとうのは、彼らは酒場の中で酒と勝負に興じるイメージがあるからだろうか?
ロクスには昼の顔…敬虔な聖職者と言う表向きの顔もあるけど、ヴァイパーは酒場で見かけてそこの空気が彼の居場所のように見えたから夜のイメージしかなかった。
「お嬢さん、あの女たらしにいじめられてないか?」
「え!?」
「あいつがはべらせてる女見りゃ趣味なんてすぐわかるよ。お嬢さんはかなり異質だ。
なんか事情があってあいつと一緒にいるんだろう?」
か、会話が成り立ってる…というか、意外と優しい…?
「…あなた方ぐらいの年齢の男性から見れば、私は子どもではないのですか?」
「ロクスはそうかもしれないが、俺は白粉のにおいプンプンさせてる女も嫌いじゃないがどっちかと言えばあんたみたいな清楚な美人が好みなんだ。」
「え?」
「お嬢さん、美人だな。ロクスの連れじゃなきゃ俺のすべてを賭けて口説き落とすんだけどなぁ。」
「え、えー…と……」
「ははは、心配しなくてもいい。俺は力ずくとかってのはなんにしても嫌いなんだ。」
その言葉だけ聞いていれば、ヴァイパーは見かけによらず紳士的な男性と言うことになるんだけど…なぜだろうか、紳士的というよりもどこか投げやり、捨て鉢なように見えてそれが拭えない。
すべてをあきらめている、そんな感じがどこか危うげでロクスと似ている。
ロクスの場合危うげなあたりは彼の抱えている苛立ちから生まれていると最近知ったから、そっくりと言うわけではないんだけど――――ヴァイパーの投げやりさは、そう、「絶望から生まれた諦念」と言えば多少伝えられるかもしれない。
「どうした、お嬢さん?」
「あ、い、いいえ、ちょっと考え事を…思い出してしまったことが」
「おいおい、男と話してる時に別の男のことなんて考えるのは罪だぜ?」
「え? 何のことを」
「ロクスの事なんか思い出してやるなよ。大好きなお嬢さんをあんなにぞんざいに扱う罰当たりのことなんてさ。」
「…誤解です。私はそのロクスに鬱陶しがられて置いていかれたんですよ、…私は彼の立場上断れない頼みごとを持ち込んで束縛しているだけの迷惑な存在なんです。
自由にしてあげたいのですが…そう出来ない事情があるだけです。
だから彼が望まないのなら、私は姿を消した方が」
「おぉ、そういうシチュエーションもいいな。
どうせ束縛されるんだったらむさくるしい男がらみよりはお嬢さんみたいな逆らえないほどの美人にそうされたいもんだ。その『縛りつけてごめんなさいね、でも逆らっちゃダメよ』みたいな物言いも態度も見方を変えればこれほど燃え上がるモンもそうはないよ。」
「ヴァ…ヴァイパー……。」
「ロクスがごたごた言うようなら俺に乗り換えないか、お嬢さん?」
「やれやれ…また悪い男に引っかかって。僕の手を煩わせるのもいいかげんにしろ。」
背中から聞こえたその声に、私の思考すべてが一瞬止まった。
「いたらいたで面倒なくせに、君は僕をひとりで待つことひとつまともにできないのか?」
「ご、ごめんなさい…」
「悪い男、はお互い様だろ、ロクス?
それにこんな美人にこんな顔させるなよ、お前女見る目ないのか?」
「僕の好みの話など放っておいてもらおうか、マゾっ気ある毒蛇君。
彼女の束縛は恐ろしいぞ、なんたって有無を言わせず従わせる魔力があるからな。
下手に自尊心なんかあったらおかしくなるだろう。」
ああ身の置き所がない…ロクスは私のことをそう思っているみたいで、けれどそれを隠そうとも思ってない様子でいつもと変わりない表情で語り続ける。
もっとも、こんなことを言われている私がロクスの顔なんて見られる余裕なんてあるはずもなくて、「いつもと変わりない表情」だろう、と言う推測に過ぎないんだけど。ロクスがこんな話をしているからと声色も顔色も変えるとは思えない。
思えないだけに身の置き所がなくて飛んで姿を消したい気分…。
「そのくらいにしてやれよ。お嬢さんが可愛い…違った可哀相じゃないか。
それに男なら一度はその魔力に取り込まれてみたいもんだ。代わらないか、ロクス?」
「断る。
確かにいろいろと面倒ごとを運んでくれる彼女だが、平凡な日常などと言う中にいると頭がおかしくなりそうだからこれはこれでいいかと思ってる。
お前なんかに今の立場を譲るつもりはないから安心しろ。」
「そりゃ残念。お前みたいなスリルある人生をとびきりの美少女と共にしたかったんだがなぁ。」
「残念だろうが彼女は売約済みだ。他を当たれ。
――――行くぞシルマリル。あっちが先客な以上僕らが立ち去るのが筋だ。」
ば、売 約 ?? 私が、天使の私が、彼に予約されてると??
「売約済み」…ロクスの軽口が私の頭の中をぐるぐるぐるぐる回っている。
当然何も考えられないし何か言えるはずもない。
「…お嬢さん、素直じゃない男の照れ隠しだ。怒っていじめるのもいい案だろうが寛大な御心で許してやれよ。
あ、愛想尽きたら俺を思い出してくれよな」
「口説くんだったら日が暮れてからにしろ。
…ったくこんな真ッ昼間っからよく口説く気になれるな……」
「いい女は隙を見つけたら畳み掛けないとな。お前みたいなのもいることだし。」
「安心しろ。守備範囲外だ。」
「…もう行きましょう、ロクス……。」
「ほらすねちまった。」
今まで経験したことがなかったから知らなかったけれど、こんな空気にいられるほど私の神経は強くなかったらしい、それにロクスは私に対して容赦ない。
私の態度を見たヴァイパーは「すねた」と言ったけれど少し違う、…いたたまれないだけ。
もう少し私に威厳や説得力があれば…ロクスの態度も変わると思うし、もう少し寛大な心があれば彼らの態度にさえ微笑むことも出来るだろう――――自分の未熟さが腹立たしくて情けなくて逃げ出してしまいたい。
「お、おいシルマリル!?」
「お嬢さん!?」
「…言い過ぎたよ、だから泣くなって。」
「え? 泣いてなんか」
「…からかいすぎたな、お互いに。」
「だから泣いてなんかいませんけど」
うつむいた私を見て、ふたりとも泣き出したと勘違いしたらしい。けれど、確かに落ち込みはしたけれど、泣くほどのことではない…と思えばまた可愛げのないと思われるだろうけど、あまりにも私が未熟に見えるから、ふたりとも私を人間の少女と同じように捉えていたのだろう。
…そっちの方がよっぽど切なくなる。
私がうつむいただけであのロクスが顔色を変えただけではなく、ずっと木の根元に腰を下ろしていたヴァイパーも立ち上がって私の顔ばかりを覗き込むけれど…こんな顔こそ見ないで欲しいということを、女性に慣れているはずのこのふたりなのにわからないのだろうか?
私はいたたまれないのと顔を見られたくないのと、両方抱えながらふたりの視線から逃げたくて顔だけそむけようとしたけれど
「――――きゃ!?」
その瞬間、大きな右手が私の頬に触れて上を向かせたかと思うと、左手の親指が私の右の目元を優しく、しかし逆らえない強引さでぬぐった。私の視界には、あの人を食った笑みを消さない――――ヴァイパーが。
「ほら、泣くなよ。せっかくの美人が台無しだぜ?」
「え、ちょ、ちょっと!?」
「お嬢さんには微笑みがよく似合う、だからにっこり笑って。」
「ヴァ、ヴァイパー!」
ああそんなに顔を寄せないで! わわわ私、私っ!!
「…いいかげんにしろ!!」
そこに間一髪、なのか…ロクスが肩を割り込ませてきた。私の頬に触れていたヴァイパーの手を跳ね除けて今度はロクスの横顔が目の前に――――彼は明らかに怒った顔でヴァイパーをにらみつけたけどそれ以上何もせず、何もいわず。すぐに私の方に向き直った。
「……………………。」
しかしロクスは私にも何もいわず、またヴァイパーをにらみつけた。
この場では言えないけど…ロクス、ありがとう。助かりました…。
私は男の人に至近距離まで近づかれるような経験もほとんどなくて、その数少ない経験のほとんどはロクスで…私って、そんなにからかいやすいのだろうか?
ロクスも至近距離から私を見つめて妖しげな微笑みなんて浮かべて、私を慌てふためかせては直後大笑いする。けれど今はロクス以外の男性に彼と同じことをやられて、ロクスは怒った顔を隠そうともしていない。
「…僕の連れに妙な気を起こすな。」
「お前の女じゃないんだろ? 俺は好みど真ん中なんだ。」
「大それた真似を…彼女に手を出したら冗談じゃすまなくなるんだぞ、命にかかわることになるかもしれない。それでもいいってのか?」
「俺はな、この際怖いものなんてなくてな。いい女に選ばれるには危険も承知ってことさ。」
「シルマリルが困ってるだろうが。好みの女にそんな顔をさせたいのかお前は!」
こ、このふたりは…放っておいたらこっちが恥ずかしくなるような言葉ばかりを投げつけあって騒ぎを大きくする。実際に小さな広場の片隅でロクスとヴァイパーのような目立つ男性ふたりが、女性がらみと明白な台詞の応酬での口論――――小さな町の牧歌的な善男善女が、夜の酒場が似合いそうな男性ふたりを遠巻きに見始めていた。
「あのロクス、私は別に」
とにかく止めなければ。ヴァイパーはどうかわからないけれど、ロクスは将来教皇の座が待っているのだろうからこんな内容の口論を丁々発止で交わしていたなんて知られては、覚えられては彼が困る。
「君は黙ってろ! 僕はこいつが気に入らないんだ、どれだけカードが強いかなんて知らないけどな、女で僕に勝負を挑もうなんて身の程知らずにもほどがある」
私は慌てるあまり止められそう…にない方にすがりついてしまった。
慌てるあまり、判断力を失っていたとしか言いようがない。
「いいかげんにしてくださいロクス。…あなたも何を身勝手なことを言っているのですか。
ここでは周囲の目があります、ふたりとも落ち着いてください。」
結局私は未熟な天使に過ぎなかった。言わなくてもいい言葉を口にすることでしかロクスを止められなかった。
私もようやく気持ちが落ち着いてきて、ようやく天使らしい言葉を口にできたけれど、おそらく構図としてはやはり私はただの少女みたいなのだろう。
…だって私は立てば背は高くない。いや低いだろう。いつもロクスを見上げてばかりいる。
今もそうで、ロクスだけじゃない、ヴァイパーはロクスより背が高いということをこういう状況で気がついた。…これでは威厳も何もないだろう。
でも、それから先の言葉はやはり出なかった。私にはこのふたりに対して説得力を持つ言葉を…持ち合わせていない。未熟な私が悲しくて涙も出ない。
「…お嬢さんを泣かせちまって興が冷めたな。今日の所は仕切りなおすか。」
そして、先にこの場にいたヴァイパーの方が立ち去ろうと動き出した。彼は少しだけ物憂げに視線を伏せて、顔を上げた時にはもうあの微笑みを取り戻して私に笑いかける。笑いかけられた私はというと――――私は最下級の天使。広い意味で信仰の対象になってはいるけど、私に祈りや親愛の情を捧げられても困ってしまう。
どうしようもなく居場所がないみたいで、…考えるより先に、思わずロクスの上着の腕あたりを握り締めながら彼を盾にしてしまった。そんなことをしてしまったあと気がついてももう遅くて、ふたりともものすごく驚いた顔をしていた。
「…こりゃうらやましいことで。んじゃ、邪魔者は退散するとしよう。
あばよロクス、そしてお嬢さん。」
手をひらひらさせながら立ち去って行くヴァイパーの挨拶に対してすら、恥ずかしいあまり何も言えない。こんな頼りない私を…ロクスもあきれて見ていることだろう。
私は彼らにからかわれるぐらいの精神年齢にしか達していないことを証明してしまった。今この瞬間こそ泣き出してしまいたい。
「…悪かった。僕も言葉が過ぎた。
ほら、ヴァイパーはもういないから離してくれないか。」
けれど人間という存在は不思議なもので、こんな頼りない私にいいようにこき使われているというのに、ロクスは怒るわけでもなく優しげな声で私を覗き込んだ。
「それにしても、もう少し威張ってて欲しいものだ。
そんな素振り見せられたら若いのが好みの男は確かに勘違いする。」
こんな私なのに、ヴァイパーがいなくなったとたんロクスの声色が優しくなった。
しかし優しい声色で要望を装いながら心構えを説く彼の言葉が…耳に痛い。情けないし悲しいし悔しいし…ラファエル様、どうして私だったのですか?
こんな情けない私に何ができるとおっしゃるのでしょうか…。
「頼むから僕まで魅入らないでくれよ?
君からの頼みごとがあっても君ばかり見てて上の空、じゃどうしようもないだろ。」
「……じゃあ、できるだけ来ないようにします……ロクスに迷惑ばかりかけているみたいですし」
「迷惑? 僕はそんな素振りを見せたか?」
「いいえ、でも……」
「だったら気にするな。僕は君を迷惑だとまでは思ってない。」
「でも」
「しつこいぞ。からかったのは悪かったって言ってるだろ。
…僕は君が純粋すぎることを忘れていた。ヴァイパーに至ってはただ君が見えていただけだろ。
翼を見せてない君は男の目を引くご婦人だ、天界では君ぐらいの容姿の天使がごろごろしているかもしれないが、下界では君は絶世の美女なんだ。
いちいち否定したり混ぜっ返したりしないでいい加減自覚しろよ。自意識過剰は勘弁願いたいが無自覚や無知もまた罪なんだってわかれ。」
ロクスはきつい言葉で私を責める。…責めながら、今度はロクスの指が私の目元をぬぐった。
あまりにも幼い自分が悔しくて悲しくてこらえきれずに涙を流してしまっていた私を…ロクスは……
「僕を含めて君の勇者たちがどうなのかわからないが、君が見えている男ならヴァイパーの態度が普通なんだ。僕だって君がもう少し大人びていたら自分に自信がない。
いいかシルマリル、自分の美貌を自覚して、男に気を許すなよ。
確かに僕は今の君に女性としての興味はないが、天使の君は気に入ってるんだ。」
「そういう目で見ないでください…私は」
「そういう態度だから余計に男が参るんだ。
…ったくホント子どもと言うかなんというか……僕はあいにくと番犬にならないぞ。ほら、もう泣くな。」
彼は優しいのか意地悪なのか、今でも私は理解できていない。多分どんなにがんばっても理解はできないだろう。…ロクスと私は相容れない、彼は私の理解の範疇の中にいない。
それでも私は彼らを、彼を頼るより他にない。非力で戒律に縛られる私には、ロクスは必要な存在。
「…ごめんなさい……」
頼りすがられるどころか、人間たちを頼ってばかり。利用してばかり。
私はこれからどうなるのか――――それを考えると消えてしまいそうな不安に揺れてしまうけれど、それでも………
「…やれやれ。こんなに自信のない君が天使とはな。
僕もせいぜい自分の命のためにがんばらないと、ってことか。」
こんな私の言うことでも耳を傾けてくれる彼らを裏切らないように。
それだけはこの身をもって違えてはならぬ私の存在意義。
2008/06/02
ロクスもヴァイパーも女天使をふたりがかりでからかっておきながら、泣かれそうになると大慌てすると思います。