プロローグ 01



異国情緒のある────と言うのが正しいのだろう。

今時、木造の建物なんて珍しい。
殆どが石やレンガ、石膏などで作られた建物が多い中で、この場所だけが違う。
かと言って建物自体が古いなんて事はなく、きちんと修復や補完作業は行われているようだ。


幾つか並ぶ建物の中の一つ、一番大きなものに沢山の人が集まって行く。
その人々の種族は様々で、また表情も様々な色を映している。
喜び、不安、緊張……感情を入り混じらせながら、一人、また一人と建物の中へと吸い込まれていった。



アートレグナ大陸の南方に、砂漠の拡がっている地域がある。
その砂漠を通り抜けた場所に、この木造の建物────タカチホ義塾はあった。



アートレグナ大陸には、名門と呼ばれる三つの学校がある。

大陸で最も古くから存在する、ドラッケン学園。
最先端の技術を要する、プリシアナ学院。

そして、異国から渡ってきた文化と、アートレグナ古来の文化を和合を目指す、タカチホ義塾。
ここ、タカチホ義塾の建物が木造を主体として作られているのは、異国から伝わった文化技術を使っているからだ。
生徒達の制服も独特で、“着物”と呼ばれる民族衣装を模したものとなっていた。




──────今日は、そのタカチホ義塾の入学式であった。
























タカチホ義塾の校長である、サルタが壇上に登った。
式が始まるまで騒がしかった大講堂は、今はすっかり静まり返っている。

低く、落ち着いた声がマイクを通して、新入生達を包み込む。





「─────新入生の皆、このタカチホ義塾へよく来てくれました」





大きな体格の割に、低めの身長。
丸太のように太い腕、動物の毛並みに似た長い体毛。
ドワーフと呼ばれる、人間と動物の中間のような外見の種族である。


滔滔と語られる義塾の歴史、その伝統の重み。
新入生達は皆沈黙し、じっとその言葉に聞き入っていた。





「此処に集まった生徒達には、この義塾での日々を通し、自分自身を見詰め、しっかりと精進して行って貰いたいと思います」





数百人の新入生を一望するサルタの瞳は、優しく、温かな光が灯っている。
厳格と言うよりは、柔和な印象のある人物であった。



サルタが挨拶を終えると、次に強面の男が壇上に上る。
サルタとは違い、此方こそが厳格と言った雰囲気を持っている。





「格闘科学科、戦士学科の総合指導を担当する、ミナカタと言う。これより、生徒諸君は各学科の教室に移動して貰い、この義塾で勉学・生活して行くに当たり、諸注意事項を伝達する。教室までは、各クラスの担当教師が先導する。皆、指示に従って行動するように。以上で、本日の入学式を終了とする」





起立。
礼。

ミナカタの号令に合わせて、入学生達は立ち上がり、頭を下げる。
それから、彼の指示通り、各クラスの担任の先導に従い、生徒達は移動を始めた。

広い大講堂に鮨詰め状態だった生徒達は、ようやく外へと出られて、安堵の息を吐く。
数百人の生徒を受け容れられるほど広い大講堂であったが、やはり人口密度は高くなる。
ただでさえ緊張していた生徒達は、更に息を詰める事となっていた。



生徒達は大講堂から、二階建ての建物へと移動する。


新入生のヨーコは、戦士科のBクラスの教室に入った。
ミナカタから適当に空いている席に座り、クラス担任の到着を待つように言われる。

ヨーコが教室に入った時、席の半分以上は既に埋まっていた。
ミナカタが言っていた通り、適当に席を選んで腰を下ろす。



生徒の殆どが教室に入り終えた頃、ヨーコは自分に突き刺さる、幾つかの視線を感じていた。





(女が戦士学科に入るのが、そんなに珍しいの?)





向けられる奇異の目の理由は、大半がそれだろうと、ヨーコは見当をつけていた。

戦士学科やナイト学科等に入る女生徒は、決して珍しくない。
しかし、やはり男生徒に比べると数は少なく、目立ってしまうのは確かだった。
増して、このBクラスにいる女生徒は、ヨーコを除けば後二名しかいない。
注意深く辺りを見渡せば、その二人にも不躾な目を向けている男生徒が見えた。





(馬鹿ばっかり)





机に頬杖をついて、ヨーコは心中で呟いた。


ヨーコは男が嫌いだ。
本当なら、こうして男だらけの空間にいるのも嫌だった。
けれどもこれぐらいは我慢しなければ、何処に行っても生活すら出来ない。

授業で男女混合は仕方がないが、寮は完全に男女別だ。
だから今日は、この後の諸注意の説明さえ終われば、解放される筈。



早く先生が来ないものかと、時計を見上げる。
が、見えたのは時計ではなく、二人の女生徒の顔であった。





「はじめまして」
「あ……はじめまして」





にっこりと柔和な笑みを浮かべたのは、ライムグリーンのロングヘアの少女。
耳が丸く、顔の横にあるので、ヒューマンだろう。





「クレアと言います。宜しくお願いします」
「……ヨーコです」





深々と頭を下げる少女───クレア。
正直、戦士学科には不似合いな所作と言えた。

その隣に、鮮やかな赤髪をポニーテールに結んだ、背の高い女性。





「私はファルウネラ。ファルと呼んでくれ。宜しく」
「はぁ……宜しく」





差し出された手。
その手を握って握手すれば、しっかりとした強い力で握り返される。

ファルは尖った耳に、その直ぐ上に尖った角がある。
ミナカタにも同様のものがあった。
バハムーンと呼ばれる、龍族に見られる特徴だ。





「ヨーコはフェルパーか」





フェルパーとは、ヒューマンとほぼ同じ姿に加え、犬や猫のような動物の耳と尻尾がある。
サルタのようなドワーフと違うのは、ドワーフは顔の面立ちが獣に近く、フェルパーはヒューマンに近いと言う事だ。

ヨーコは、ファルの確認に頷いた。





「ええ、フェルパーよ。ファルはバハムーンで、クレアはヒューマン…で、あってる?」
「はい」
「種族は違うが、折角同じクラスになったんだ。仲良くしてやってくれ」





仲良く────と言う言葉に、ヨーコはどんな表情をすれば良いのか分からなかった。
同じクラスで、卒業するまで一緒に過ごすのだから、自然と仲が悪いより良い方がいい、とは思う。

曖昧に微笑んでみれば、少なくとも、二人の気分を害することはなかったようだ。





「私は、大陸の北西にある集落の出身なんだ。雪の深い所でな。二人は何処だ?」
「私は東の町からです」
「あたしは……キャラバンで育ったから。何処出身って事はないかな」





キャラバンとは、冒険者の集団のようなものだ。
街を転々として物資を運んだり、旅商人の護衛をしたりして賃金を稼ぎ、放浪して生活する。

気侭と言えば気侭だが、砂漠の中で立ち往生したり、極寒のブリザードの中で何時間もビバークしたりと、危険と隣り合わせでもある。
巨大な怪物退治を依頼される事もあるし、物資運搬の際には盗賊集団との戦闘もあった。
決して、自由なだけの安寧とした生活ではないのである。


キャラバン出身と言うヨーコに、二人は感心した声を漏らす。





「キャラバンか。すまないが、ヨーコは何歳なんだ?」
「…この間、16歳になったばかり」
「その年でキャラバンに入っていたとは。凄いな」
「……入っていたって言っても、やってた事は雑用だよ。剣も教えては貰ってたけど、実戦は殆どやったことないし…」
「それでも、キャラバンの生活って大変なんでしょう? お父様から聞かせて頂いた事はあるけど、まるで冒険忌憚を聞いているみたいだったもの」





寝物語を思い出すように瞳を輝かせるクレア。
ファルも子供の頃に見た事があると言って、幼少期の記憶を辿り始める。



─────ガラリと音がして、生徒達の視線が教室の出入り口に集まる。
入ってきたのはミナカタではなく、ヨーコと同じフェルパーの男性だった。

男性フェルパーが教卓に着いた時、思い思いに話をしていた生徒達も、自分の席に戻り、静かになっていた。





「戦士科Bクラスを担任するリドだ。これより、学校生活における規則と、注意点について説明する。プリントを配るので、皆もよく読んでおくように」





そう言って配りだしたプリントが、前席から後ろへと回されていく。
ヨーコもプリントを受け取り、残りを次の生徒へと渡した。

全員に行き渡ったことを確認して、リドはプリントの内容を一つ一つ読み上げ始めた。