合同校外修練 01 タカチホ義塾の入学試験は、各科によって変わるが、概ねこうである。 ペーパーテスト、剣や魔法による戦闘実技、歌やダンス等の一芸入試など。 ペーパーテストは全学科、実技・一芸は学科によって趣向が変わっていた。 そしてもう一つ、適正テストと呼ばれる試験がある。 入学希望者が望む学科と、本人の資質が合っているか否かを査定するものだ。 これに落ちたからと言って即落とされると言う事はない、あくまで参考程度に行われるものだった。 これらの総合評価によって、A〜Fにクラス分けされる。 ヨーコは、戦士学科のBクラス。 この合格とランクは、ほぼ剣による戦闘実技がもたらしたものであった。 ペーパーテストは合格ラインのギリギリ、適性テストは可もなく不可もなくという結果だった。 それでもBクラスと言うレベルの高さは、彼女の剣が新入生のレベルに置いて、高ランクだと言う事だ。 ─────しかし、入学試験はそれで良くても、授業が開始されるとそうは行かない。 ぐったりとして机に突っ伏すヨーコに、クレアが心配そうに声をかける。 「大丈夫ですか? ヨーコさん」 「……うん……」 ヨーコがタカチホ義塾へ入学し、通常授業が始まって一ヶ月が経つ。 必要なものを集め、教材も揃い、そろそろ慣れ始めてくるかと言う頃なのだが────ヨーコは既にグロッキーだった。 「勉強なんて…子供の頃にちょっとやってた位だったから、もう…」 此処は学校なのだから、毎日勉強するのは当たり前の事だ。 しかし、ヨーコにはそれが非常に疲れる作業なのである。 フェルパーの特徴である耳も尻尾も、ぐったりと寝ているヨーコに、隣に座っていたファルが苦笑して声をかける。 「ヨーコはキャラバンにいた時、本を読んだりはしなかったのか?」 「ちっとも。そんな暇があったら仕事しろって言われてたから…」 文字を教わったのだって、キャラバンに入るよりも更に前だった。 その経験がなかったら、若しかしたら義塾に入れるほどの文字の読み書きすら出来ていなかったかも知れない。 「ヨーコがいたキャラバンは、相当厳しい所だったんだな」 「そうかなぁ……そうなんだろうなぁ……」 正直、あまり思い返したくない気持ちもある。 ヨーコは深く考えないようにと、浮かびかけた記憶を頭を振って追い払う。 授業も始まってまだ一ヶ月だ。 授業内容もきっと簡単な方なのだろうが、ヨーコは既に置いて行かれ気味の気分だった。 教科授業の度に分からない所が出てくるので、その度、ヨーコはクレアとファルに教えて貰っている。 寮に帰ってからも付き合ってもらう事が多く、申し訳ない反面、これで二人と親しくなれたのは嬉しかった。 キャラバンでずっと大人に囲まれて育ったヨーコにとって、ようやく出来た同年代の友人なのだ。 「さて、疲れている所を可哀想だが、そろそろ大講堂に行かなければならないぞ」 ぽんぽんとヨーコの頭を撫でながら、ファルが促す。 次の授業は、なんでも大規模な修練実習をするらしい。 学科・クラス混同で、新入生全員で行われるそうだ。 入学式の人口密度を思い出して憂鬱になるヨーコだった。 ヨーコに限らず、新入生が大講堂に集められるのは、これが二度目だ。 集められた生徒達は、一体何が行われるのかとそわそわして、入学式の時とは別の意味で落ち着かない。 そんな中で、ヨーコは青い顔で立っていた。 「ヨーコさん、本当に大丈夫ですか?」 「うん…平気、うん…大丈夫」 「あまりそうは見えないぞ。端の方に行かせて貰おう」 クレアに支えられて、ファルの先導で場所を移動する。 空間の中心から、壁際まで連れて行かれて、ヨーコは壁に寄りかかって息を吐く。 「ヨーコは人ごみが苦手なんだな」 「人ごみって言うか…うーん、そんな感じでもあるかな……」 教室でクラスの中にいるのは慣れてきたのだが、この人口密度はやはり辛い。 戦士科とあって汗臭い人物も多く、鼻の利くフェルパーであるヨーコにとって、我慢ならない匂いも時々あったりする。 大講堂にそれらがひしめき合うと、匂いの強烈さも一入であった。 マイクのハウリングの音が響く。 見ると、壇上にミナカタが立っていた。 「あー、新入生の諸君も、そろそろこのタカチホ義塾での生活に慣れたことと思う。新しい友人も出来たことだろう。そこで、だ。この学校は冒険者を育成する為に作られたものだが、冒険者と言っても皆の思い描く未来は様々なものであるに違いない。その何れにしても、行く先々で新たな人々との出会いがある筈だ」 ミナカタが一度言葉を切る。 壇上にもう一人、教師が上がってきた。 術師系学科の総合指導を担当し、保健教諭も勤めている、イワナガと言う名の女性教師だった。 彼女の手には、四方約20センチ程の箱があった。 再びミナカタが説明を始める。 「いつも自分の見知った者とのみ、チームを組める訳ではない。依頼先で先方がチームを組んでいる事もある。そんな時必要になるのはコミュニケーション能力だ。其処で、今日は学科・クラスに捉われずチームを組み、一つの目的に当たって貰いたい」 其処で説明がミナカタから、イワナガへと変わる。 「私が持っているこの箱に、番号の書かれた紙が入っています。同じものを、各クラスの担任の先生方に持って頂いています。生徒の皆には、これを一人一つずつ引いて貰います。番号は全てペアが出来るようになっており、その二人でチームを組んで、今日これからの修練に望んで下さい。修練内容はそれぞれ違うので、チームを組んだ後、事務室に行って各人で確認するように」 説明を済ませると、ミナカタとイワナガが壇上を下りる。 同時に、壁際に控えていた各クラスの担任教師が箱を持って自分のクラスの下へ移動する。 ヨーコ達の所にも、リドがやって来た。 差し出された箱に最初に手を入れたのは、ファルだった。 続いてクレアが、それからヨーコが手を入れる。 紙は手の平に収まるサイズの小さなもので、開くとアルファベットと番号が記されていた。 ヨーコ、クレア、ファルの三人はそれぞれ番号を見せ合う。 「Kの25番だ」 「あたしはDの19番」 「私はLの3番です」 「それじゃあ、また。修練の方、気をつけて」 ファルは片手を上げて挨拶すると、くるりと踵を返し、颯爽とした足取りで歩き出す。 クレアもヨーコに丁寧に頭を下げて、ぱたぱたとペア相手を探しに行った。 取り残される形で立ち尽くしたヨーコは、小さく溜息を吐く。 (二人のどっちかと一緒だったらって思ったけど、そう簡単にはいかないよね) ヨーコは、自分が内向的な性格をしているのを自覚していた。 キャラバンには団員は勿論、色々な人が出入りするが、ヨーコはその人々に自ら近付く事は少なかった。 少女のヨーコが団員だと知って、飴やら菓子やらをくれる依頼人はいたが、そのお礼を言うのがヨーコには精々の事だった。 クレアとファルと親しくなるのだって、ヨーコにとってはおっかなびっくりで距離を縮めて行ったのだ。 二人が積極的に声をかけてくれる事がなければ、ヨーコが彼女たちと親しくなる事はなかっただろう。 そんなヨーコにとって、学科・クラス混合で行われるこのペア決めは、非常にナーバスなものだった。 クレアやファル以外の人物と、今日初めて出会い、そのまま一緒に修練をしなければならないのだ。 修練内容によっては数日間を共に過ごさなければならない。 (女の人ならいいんだけど……) 男が嫌いなヨーコにとって、これは大事なことだ。 知らない相手で、それも男と、二人っきりで行動するなんて、絶対に無理だ。 ペア相手を探して、ヨーコはアルファベット番号別に割り振られたエリアへと移動する。 26文字のアルファベット×30前後の番号が使われているので、こうでもしないと相手探しは困難を極める。 下手をしたら、夜になってもペア相手が見付からない、なんて事も起きかねない。 早い生徒はもうペア相手を見つけたのか、二人で大講堂を出て行く姿も見られた。 同性同士もあれば、異性同士、種族もバラバラで、ヨーコの不安は益々高まる。 ヨーコは、他の人のメモ用紙を盗み見るように伺っていた。 一言「見せて」と言えば良いとか、今ならなんの不自然もないのは分かっているのだが、どうにも自分から発信する気になれない。 この受身な所も直した方が良いのだろうなと思いつつ、ヨーコはペア相手を探す。 そのまま、五分ほど歩き回っていると、 「番号、見せて貰えるか?」 横から聞こえた声に、尻尾がぶわっと膨らんだ。 癖のついた逆立った茶色い髪、丸い耳。 フェルパーやバハムーンのような特徴を持たない、クレアと同じ、ヒューマン族。 制服のジャケット(羽織と呼ぶらしい)の胸元には、ナイト科のマークがついている。 其処にいたのはヒューマンの男生徒だった。 固まって動かなくなってしまったヨーコに、男生徒は不思議そうに首を傾げる。 ヨーコのメモ用紙は彼女の手の中で握り潰されている為、彼には伺えない。 男生徒も数秒固まった後で、彼の方が先にメモ用紙を見せてきた。 「19番なんだ。君は、何番?」 19。 Dの19。 ざあああああ、と血の気が引くのをヨーコは感じた。 ≪ □ ≫ |