合同校外修練 02





──────アオは当惑していた。



タカチホ義塾のナイト科に無事に入学し、一ヶ月。
学校と寮の往復、ルームメイトとの会話、色々と慣れてきた所にやってきた、校外修練。
行う前に大講堂で、学科・クラス混同でペアを組むことになり。

無事にペア相手が見付かって、出発したのは、今から三時間ほど前の事。


……ペアになったフェルパーの少女は、大講堂を出てから今まで、一言も言葉を発しない。





(人見知りが激しいのか?)





ダークブラウンの髪に、同じ色の耳と尻尾。
尻尾には赤い色のリボンが結ばれており、ピクピクと先端が忙しなく動いている。
制服の肩には所属学科のマークがあり、剣が交じり合った図柄─────戦士学科のマークがついていた。

瞳の色は金色で、目尻は少し尖り勝ち。
口を噤んでいると少し取っ付き難い印象を与えそうだが、アオは其処は気にならなかった。




大講堂で声をかけた時、彼女はアオが声をかけたことに驚いたのか、固まってしまった。
結局アオの方が番号を見せた後、彼女も見せてくれ、ペアである事が発覚。
宜しくと言って握手しようとしたが、彼女は固まったまま、動かなかった。

数秒後に彼女が我に返って、取りあえず人がひしめく大講堂を後にし、そのままミナカタとイワナガの指示通りに事務室に行って修練内容を確認。
修練内容は、タカチホ義塾の周囲に広がる砂漠“飢渇之土俵”を抜けた先にある“トコヨ”と言う街に行き、指定された住所に住む人に会い、到着の捺印を貰う事。
帰りは捺印の持ち主がタカチホの印が入った帰還の札を持っているので、それを使って義塾まで戻る。
捺印を事務の職員に見せたら、無事に修練クリアとなっている。


“飢渇之土俵”には、野生の危険動物がいる。
タカチホの周辺地域では、それらは“モノノケ”と総称されていた。

今、アオはそのモノノケの蔓延る“飢渇之土俵”只中にいるのだが─────





(モノノケより、今はこの子の方が怖い気がするな)





隣を歩く少女。
アオは、彼女の名前すら、未だに聞けずにいる。
何度か問い掛けたが、彼女は沈黙を守ったままで、此方を見る事すらしないのだ。





(先生達が言っていた事を考えると、此処で彼女とどう打ち解けるかと言うのも、修練内容の一つなんだろうな)





同じクラスからチームを選ぶなら、それほど難しい話ではない。
一ヶ月と言う、短いようで長い日々を同じ教室で過ごした仲だから、会話の取っ掛かりは何某かあるのだ。
クラスと言う枠組みを取り、同学科と言う枠まで広げても、なんとかなりそうだとアオは思った。

しかしクラスも学科も拘らず、その上性別までごちゃ混ぜにしたペア決め。
そして決まったのは、同じ前衛系の戦士学科、且つ女生徒。

この“性別”の違いが、アオに二の足を踏ませていた。


これは本で得た知識だが、種族によっても価値観や考え方が違い、これが原因でトラブルに発展する事は珍しくないと言う。
フェアリーやドワーフやグラッズは社交的、エルフやノームは異種と交わることを嫌う傾向がある。
バハムーンは上下関係を重んじ、ディアボロスは単独行動を好むと言う。

フェルパーはどうだったかと、アオは取りあえず思い出そうとしてみるのだが、





(交流を好まない訳ではないが、敵と見なすとかなり……駄目だ、参考にならない)





書物の知識などそんなものだと、実感しつつ。
アオは隣を歩く少女をちらりと見遣る。

すると、視線を感じ取ったのか、少女はすすす……とアオから距離を取ろうとする。





(……やっぱり警戒されてるな……)





学校には、様々な場所から、様々な人が集まる。
中には多種族を嫌う人もいる。
この少女も、そうなのかも知れない。





「取りあえず……それ以上離れるのは、危ないと思うから……止まってくれないか?」





少女は、アオから3メートル程の位置にいた。
放って置くと、このままどんどん離れて、距離は5メートルや10メートルどころではなくなってしまいそうだ。

少女は眉根を寄せたものの、足を止めてくれた。





「その……一応、トコヨの街に着くまでは、一緒にいなければならない訳だし。なんと言うか…もう少し、和やかに」
「…………」





少女がどんどん顔を顰めていく。
切れ長の目が不信感で一杯になっているのが見て取れた。


不味い、説教みたいになったかも知れない。
アオは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

なんと言うべきか、何を言うべきか、アオは頭をがしがしと掻いて考える。
相手の性格が全く分からないので、反応が全く予想できない。
最初から全開で警戒されているので、何を言っても裏目に出るような気もする。



砂漠の真ん中でうんうん唸り出したアオに、少女は胡乱な目で口を開いた。





「男の人、嫌い」





オブラートに包まず、ストレートにぶつけられた言葉。
アオが顔を上げれば、正に嫌悪していると言う眼差しが、アオに突き立てられていた。





「……信用できない」
「………そうか、」





少女が発したのは、完全な拒絶の言葉だったが、それでもアオにとっては助かった。
彼女が自分を警戒していると隠しもしない事が分かっただけでも、アオには十分な収穫だ。

とは言え、ペアになっているので、彼女の言葉そのままに、これから別行動などと言う訳には行かない。





「それじゃあ、この距離を守ろう。少なくとも、オレから君には近付かない」
「………」





切れ長の双眸が細められる。
信用できない、とその瞳が再び語る。





「本当だ。野宿の時は…流石にそうは行かないが、さっき言った通り、オレからキミに近付く事はしない。絶対に」
「……モノノケが出たら?」
「う……戦闘が終わったらすぐに離れるよ」





モノノケと遭遇した時に、自分が動かない事は、彼女を見捨てることとも言える。
それはアオには出来なかった。


けれども、少女は頑なだった。





「いいよ、気にしなくて。あたしの事なんか」





ふいっとアオから視線を外し、すたすたと歩き出す。
未だしゃがみこんでいたアオは慌てて立ち上がり、彼女と同じ方向へと歩き出す。

本当なら駆け寄りたい所だったが、それをすると、約束したばかりの距離に踏み込んでしまう事になる。





「いや、しかし……」
「あんた、真面目なのね。だったらそれも先生は見てくれてるよ。あんたは真面目にしてるって。あたしがあんたを無視してるだけだって事も」





だから構わないで。
冷たい瞳で、少女はきっぱりと言った。





































砂漠では、日中が50度を越えることもある反面、日が落ちると一気に冷え込む。


アオはマッチとメモ用紙の紙で小さな焚き火を起こすと、荷物から薄手のマントを取り出す。
どうせならもう少し厚手のものが欲しかったが、こういった荷物は嵩張るので、最低限にしなければならない。

少女も同じくマントを取り出し、包まって地面に座っている。
しかし、彼女が座っているのは火から離れた位置で、ギリギリその明かりが届いていると言う場所。
当人は気にしていないようで、携帯食料の缶詰を開けているが、アオはどうにも放っておけない。





「その……もう少し、こっちに来た方が良いと思うんだが」
「………」
「そんなに離れていると、冷えるぞ。モノノケにも襲われ易い」
「……自分でなんとかするから平気」





─────確かに、なんとか出来そうだとは、思う。


今日一日の道中で、何度かモノノケと戦う事になったが、彼女は十分一人で戦える。
フェルパーという種族が元より身体能力に優れている上、戦士学科に在籍。
剣の扱いも慣れたもので、モノノケに対して恐れると言う様子が見られなかった。

しかし無理を押し通そうとする様子も見られるので、アオには彼女は危なっかしく見えて仕方がない。





「うん…いや、しかしだな。あー……じゃあ、オレがそっちに行こう」
「………」
「キミがこっちで休むといい」
「此処でいい」





言って、少女は缶詰のツナにフォークを立てる。





「あたしは寒いのも平気だから。火の番もあたしがする」
「一晩中起きているつもりか? 明日も一日歩くんだから、それは」
「平気」





何処までも信用されていない、と言う事か。
頑なな様子の少女に、アオは頭を掻く。





「一日二日起きてるくらい、あたしはなんともない」





フェルパーの種族が夜に強い事は聞いたことがある。
それと彼女の言葉とが関連付くかは分からないが、彼女の言葉にははっきりとした自信があった。

しかし、それ以上に彼女はアオのことを信用していないのだ。
火の番をすると言う彼女が一番警戒しているのは、モノノケではなく、アオの事に違いない。
アオが起きている限り、彼女は常に気を張り詰めている。


アオは暫く考えた後、





「じゃあ、……火の番はキミにお願いするよ。ただ、もう少し火に近付いてくれないか?」
「…………」





火の番をしているのに、こんなにも火から離れていては、番をしている意味がない。
火は然程大きくはなく、強い風が吹いてしまえば消えてしまうかも知れない。

着火道具と燃えるものがあるので、消えてしまっても直ぐに点ける事は可能だ。
しかし森等と違い、砂漠で燃やせるものなど早々なく、燃やす為の燃料も量が限られる。
これから少なく見積もっても、三日は野宿しなければならないのだから、無駄は省きたい。


少女は沈黙していたが、アオの危惧は分かったようだ。
無言で立ち上がると、火を挟んでアオとは反対側に周る。





「食事が済んだら、オレは寝るよ」
「うん」
「辛くなったら起こしてくれて構わないから」
「ならない」





昼間と同じように、きっぱりと言い切る少女。

トコヨの街までは、順調に行けば約五日。
その五日間が思った以上に長くなりそうだと、アオはひっそりと溜息を吐いた。





──────その夜、アオは何度か目を覚ましたが、少女が見張り番を交替する事はなかった。