あと三センチ。
あと二センチ。

あと─────


目を閉じれば何をされるか判らないと言う、本能的な恐怖から、京子は目を閉じれない。
でもこのまま、端整な男の顔をじっと見ているのも辛くて。

どうすりゃいいんだとパニックを起こしていた、ら。




「……くっ……ふふ……ッ」




ふいッ、と八剣が明後日の方向を向いて、肩を震わせる。
少女を押さえてつけていた腕も、片方だけだが外され、その手は自身の口元を隠していた。


途端に離れて行った顔と、自由になった腕に、京子はぽかんとする。




「はは、…ふ……くくッ……」
「………オイ」




男が明らかに笑っていると気付いてからは、京子の理解は早かった。

揶揄われた。
それが判ると、今度は別の意味で京子の顔が真っ赤になる。




「てめェ、ブッ殺す!!」
「ふふ、悪かったよ。いや、あんまりにも京ちゃんが可愛いからね」
「死ね! いやもう殺す! オレが殺してやる!!」




ベッドの端に落としていた木刀を掴んで、振るう。
が、あっさりと受け止められた上に、掴まれた木刀ごと引っ張られて、八剣の胸に飛び込む形になってしまった。

腕の中に閉じ込められる京子。
常ならば冷静に、時には冷徹な程に物事を判断できる筈の彼女だが、今は引き続きパニックの真っ最中。
男がいつも着ている緋色で視界が埋まり、何がどうなっているのかと、京子は動きを止めてしまった。


固まった京子を宥めるように頭を撫でて、八剣は言う。




「ごめんね。京ちゃんが可愛い反応してくれるから、ついね」
「な……ふざけんなッ!」
「だってねェ。何を考えているのかと思うと……」
「やめろ! 笑うな! 想像すんな! 忘れろぉおおおおッッ!!」




力一杯、八剣の髪を鷲掴んで、京子は叫ぶ。
それが益々八剣を面白がらせている事に、彼女は気付けない。



羞恥心でパニックになっている京子に、可愛いものだと八剣は思う。
思うのだが、このまま揶揄い続ければ、遠からず京子の機嫌を損ねるのは明らかだ。
もう少し愛でたいのを堪えて、京子の背中をぽんぽんと叩いてやった。

京子はしばらく何かしら喚いていたが、怒鳴るだけ怒鳴ると疲れたのだろう、八剣の腕の中で静かになった。




「さっき言ってたお願いだけどね」
「……イヤだぞ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「なんでもいい。どれでも断る」




赤い顔で言う京子に、八剣は苦笑する。




「何、直ぐ終わるよ。ちょっと着て欲しい服があるだけだから」
「……イヤだ」
「着てくれたら、ちゃんとお礼はするよ」
「あんな小せェ雛あられで、割に合うかよ」
「あれもあげるけどね。ちゃんと他にもお礼はするよ。いつものラーメン屋、行こうか」
「……………ちッ」




たっぷり迷ってから、京子は舌を打つ。
それが承諾の表現だった。


抱き締めていた腕を解き、体を離そうとする。
が、京子の手が八剣の髪を掴み、離れることを拒否した。
胸に顔を埋めたまま動かない京子に、珍しい事もあると思って視線を落としてから、─────納得した。

京子は顔こそ見えないが、耳から首まで真っ赤になっている。
小さく震えているのは羞恥の所為だろうが、それもまた、八剣には可愛らしくて。





少しばかり、いじめすぎた事を反省しつつ。
これから着せる服の事を考えたら、またきっと怒るんだろうなと苦笑した。





2011/03/03

ナニ考えたんでしょうねえ(セクハラ!)。
いや、原因は多分八剣の方ですよ。色々したんだよ、きっと。何かにつけて。

なんか途中から雛祭り関係なくなったけど、楽しかったんで後悔も反省もしません。