FUNKY GIRL 01




高く響き渡る歓声が止んだ頃。
ざわざわと周囲の人々が外へと流れ始めても、龍麻は立ち尽くしたまま動かなかった─────動けなかった。




「やっぱすっごいねェ、神夷」
「“CROW”と即興セッションってのも、何回見ても感動するよな」




龍麻の前を通り過ぎていく人々の波から、そんな声が幾つも聞こえてくる。
しかし、それらは殆ど龍麻の頭に残らないまま流れて行った。


龍麻の視線は、今はもう後片付けの最中になったステージに釘付けのままだ。
ふとすれば先程までのヴィジョンが残像になって瞳の奥から浮き上がって来る。
同じく、耳の奥には残響があった。

まだ頭の中はぼんやりと、現実から遠い場所にあるような気がする。
耳の奥の残響は、とても激しくてとても強烈なのに、嫌な感覚は全くなかった。
ステージの上、明光の中で弦を掻き鳴らす少女の姿と共に。


そうしていつまでも立ち尽くしたままの龍麻に、クラスメイト達は顔を見合わせて苦笑する。
田舎暮らしだった龍麻には、やはり相当の衝撃だったのだろう、と。



ホール内の人が随分と少なくなったのを見計らって、龍麻も遠野達に促されてホールを後にした。




「さーて、と」




小蒔がぐっと伸びをして、遠野と葵を見返す。




「じゃ、緋勇君紹介しに行こっか」
「そうね」
「今日は機嫌良いだろうから、ケンカ腰にはなんないわよね、きっと」
「そうだな」




自分の名前が出て来た事が辛うじて聞こえて、龍麻の思考はようやく現実に帰る。
え、と小蒔達を見た時には、四人はこっちだよと進む方向を示して歩き出していた。



そう言えばそうだった、と思い出す。
ライブを見るのも目的ではあったが、彼女達にとっては、龍麻を先程の少女に合わせる事も目的の一つだったのだ。



慣れているらしい遠野が率先して前を進み、龍麻は最後尾をついて歩いた。
その内「STAFF ONLY」の文字の看板が置かれた廊下へと、遠野は躊躇わず入って行く。
一度スタッフに止められかけたが、遠野と連れ立つメンバーの顔を見て直ぐに通行を黙認した。

奥へ奥へと歩いていく間に、何人ものスタッフとステージ出演者と擦れ違う。
その一人一人の名前とグループ名を遠野は記憶しており、龍麻に説明してくれた(生憎殆ど覚えられなかったが)。


やがて進む先にあった部屋の一つを遠野が指差す。




「ああ、あれあれ。あの部屋よ、神夷の──────」



「舐めてんじゃねェぞ、このブタ野郎ッッ!!!」




目的地だと示した遠野の声を遮って、怒号が響き、続いてドカンガシャンと派手な無機物の衝突音。
突然の事に目を丸くした五人の前には、箍の取れたドアを下敷きにして大の字に転がる男がいた。

一体何が、と葵が呟いた直後、一人の少女がドアの壊れた部屋から姿を見せた。




「てめェもっぺん言ってみやがれ。そのツラ変形させてやらァ!」
「アニキ、アニキ落ち着いて下せェ!」
「るせェ、放せ吾妻橋!!」




スタッフ達と同じTシャツを着ているが、その少女は確かに、ステージ上で見た彼女であった。


少女は、半身に裂傷を負った男に羽交い絞めにされながらも、じたばたと暴れていた。
そんな彼女を見ながら、恐らく彼女に殴られたのだろう男は、ニヤついた笑みを浮かべる。




「おお、言ってやるよ。お前らが売れたのは実力でも運でもねェ。お前のケツが軽いからだよ」
「テメェ……ブッ殺す!!」




裂傷の男を裏拳で殴り、引き剥がすと、少女はまた拳を握った。
今にも飛び掛りそうだったが、今度はジャケットを着た大柄な男が少女の肩を押えて制止に入る。




「蓬莱寺、よせ! 調子に乗せるだけだ!」
「放せ、カミナリ野郎! こいつだきゃァ一発ブン殴らねェと気が済まねェ!」
「もう殴っただろ! これ以上はやめとけ、また騒がれるだけだッ」




全力で暴れる少女を押さえつけながら、ジャケットの男は彼女をなんとか宥めようと必死だ。
しかし少女も必死────と言うより、こちらはまるで鬼神のような形相である。

体格差もありながら、少女は男を力で振り払おうとしていた。
男一人では抑えられない程の暴れっぷりに、先程の傷の男も加勢に入る。
それでも少女はまだ怒りを収めない。


卑下た笑みを浮かべたまま、殴り飛ばされた男がジリジリと後退する。
ひひ、と耳障りな笑みを漏らす男に、成り行きを見守る形になっていた龍麻達も僅かに顔を顰める。




「今に見てろ。絶対にお前らを引き摺り落としてやるよ」
「やれるモンならやって見やがれ! その前にテメェを殺してやる!!」
「アニキ!」
「止めろ、馬鹿!」




捨て台詞を吐いて、男は立ち上がると、龍麻達を押し退けて走り去る。

龍麻達はそれを呆然と見送り、少女は男二人に押え付けられたまま、荒い息を繰り返していた。







のんびり顔合わせさせても良かったのですが、その前にちょっと一悶着。
まぁ、この京子は割りと大人な感じなので、後は引かない……ハズ。




FUNKY GIRL 02




荒れ捲る少女が楽屋内を一通り散らかしまわり、それをステージを共にした四人の男がいそいそと片付け。
怒声を張り上げる少女の文句をジャケットの男が延々と聞き、その男の隣ではギターを抱えた少年が縮こまり。

………一頻り怒鳴り散らして、少女がようやっと龍麻達を見たのは、彼らが部屋に招き入れられてから五分後の事だった。




「─────で、今日はなんだよ」




そう言って胡乱な目を向けた少女は、怒鳴る事こそ止めたものの、気が済んだ訳ではないらしい。
ただこれ以上暴れても意味がない、疲れるだけなので止めた、そんな風だった。

だが遠野はそんな少女の様子も特に気にした様子はなく、




「何って、言ったじゃない。転校生の男の子連れて来るって」
「あ? ……ああ、そういやンな事言ってたか」




数秒考えるように視線を彷徨わせてから、少女は納得したように呟く。
それから、遠野、葵、小蒔、桜井を順に見てから、龍麻の存在に気付いた。




「そいつか? 例の転校生」
「うん、そう。緋勇龍麻君」
「ふーん」




テーブルに置いてあったペットボトルの水を飲みながら、少女は龍麻を眺める。


少女はパイプ椅子にどっかりと腰掛け、まるでふんぞり返っているようにも見える。
横柄な態度と言っても差支えがない程に、少女は堂々としている。
その後ろで、彼女と同じバンドメンバーである男達は、床に座ってトランプゲームに興じていた。

ライブの時にも思ったのだが、まるで彼女は男達の支配者のようだった。
先程暴れていた時も、男達が落ち着けと言うのを聞かずに怒鳴り返した時は、彼らの方が萎縮した程だ。


ライブの後遺症か、散々大きな声を張り上げたツケか。
喉の渇きを一気に取り戻そうとするように、彼女はペットボトルを只管傾けている。

そんな少女に代わって、葵が苦笑し、




「彼女が蓬莱寺京子ちゃん、私達のクラスメイトよ」




龍麻に向けて紹介すると、少女───京子はペットボトルから口を放し、椅子から立ち上がる。
カツカツとブーツの音が鳴って、京子は龍麻の前までくると、またじっと観察を始めた。


猫のような瞳が、上から下まで、龍麻の全身を品定めするように見ている。
その様子に、可笑しな服装をしているように見えるのだろうかと首を傾げる。

が、京子が見ていたのは其処ではなかったようで、




「オイ醍醐、マジでこいつ強ェのか?」




くるりと醍醐へと首を巡らせて、この台詞。
龍麻はぱちりと瞬き一つ。




「ああ。まだ手合わせした訳じゃないから、恐らくだがな」
「へーぇ」




どうやら、龍麻が古武術使いである事は、醍醐から知らされていたようだ。

そんな事に彼女が───女の子が興味を持つとは思っていなかった龍麻は、驚いた。
同時に、そう言った理由でじっと体躯を眺められた事に、どうして良いのか判らなくなる。


龍麻の心情など知った事ではない京子は、背筋を伸ばすと、よし、と呟いた。
その表情はなんとも楽しそうで、悪戯を思いついた子供のようにも見えた。




「緋勇っつったな。勝負しようぜ」
「え?」
「おい、蓬莱寺……」




嬉々として言い出した京子に、怪訝な顔をしたのは、成り行きを見ていたジャケットの男だった。




「お前な、初対面の人間にそりゃねェんじゃねえか?」
「なんでだよ。いいじゃねェか、別にケンカしようってんじゃねえし」
「あ? 違うのか?」
「幾らオレでも楽屋で暴れねェよ」
「さっき散々暴れてただろうが……」




深々と溜息を吐いた男に、京子はもう取り合わなかった。
備え付けのテーブルの上に置いていた荷物を床に下ろし、スペースを設けると、龍麻を手招きする。
戸惑いながら龍麻がそれに近付くと、京子は肘をテーブルについて腕を立てた。




「腕相撲で勝負だ」
「……なんで?」
「いいからさっさと準備しろよ」




龍麻の疑問に取り合わず、京子は催促する。

どうして良いのか判らなくて、龍麻は同行人達を振り返るが、内二人は肩を竦め、後の二人は苦笑するだけ。
どうやら、龍麻に拒否権───と言うより、選択肢そのものは既にないようだ。


京子同様に肘をテーブルに置いて、彼女の手と自分の手を組ませる。
ジャケットの男が溜息をついて、組んだ二人の手の上に、自分の手を置いた。



………腕相撲なんて何年振りだろうか。

子供の頃に父とよく遊んだ記憶があるけれど、それ以外の人と遊んだ経験はないと思う。
その父とだって、成長してからは当然遊ぶことはなくなったし。


それに、こんなにも近くに誰かの顔があるのも随分と久しぶりではなかったか。


あまり人との付き合いが得意とは言えないだけに、適度に距離を保つのが龍麻の癖だった。
それが原因で、前の学校ではあまり馴染む事が出来なくて、それを危惧しての引越し、転校が今回であったりする。
幸い、真神学園では皆声をかけてくれて、龍麻もそれに応えられるだけの余裕だあり、両親もようやく安心してくれた。

かと言って、初対面でこんなにも近い距離で相手の顔を見るのは、思っても見ない出来事である。




(取り敢えず……手加減、した方がいいのかな)




頭の中はまだ聊か混乱気味ではあったが、落ち着きを取り戻しつつはあった。


古武術を会得している龍麻は、運動神経は勿論、動体視力や反射神経も並の人間より優れている。
そんな人間が普通の人と腕相撲しようものなら、余程力の差がない限り、龍麻の勝ちは目に見えていた。
これは自惚れではなく、冷静な自己と他人の目による分析の結果に裏打ちされた自信だ。

増して相手は初対面の人間で、女の子。
本気を出して怪我をさせる訳にはいかないし、かと言って直ぐに勝負をつけるのも良くなさそうだ。


龍麻は、そう思っていた。




「行くぞ。よーい……」




─────が。
合図の声がかかる直前、眼前の少女の瞳は、鋭く尖り。

腕にかかった一瞬の負荷に抵抗したのは、殆ど脊髄反射が為した技だった。








ゴーイングマイウェイな京子。だから良い。
あと、この龍麻は多分、空気読みすぎて「読んでない」って言われるタイプの子です。




FUNKY GIRL 03






「っだー! クソ!!」




いつまでも続く勝負に、根を上げたのは京子の方だった。


開始地点のまま、どちらにも傾かなかった両者の腕。
一見すれば真面目に勝負しているのかと言いたくなるような光景だったが、誰も茶化しはしなかった。
寧ろ全員が目を丸くして見守っていた程である。

京子の眦は鋭く尖り、まるで猫科の猛獣のように光っていた。
対して、いつも茫洋とふわふわとした印象であった筈の龍麻の瞳にも、微かに剣呑な色が混じっていた。
腕は一ミリも動かなかったが、二人がふざけていた訳でも、冗談で勝負していた訳でもないのだと、誰もが感じ取った。


そうなると根気と忍耐力の勝負になる訳だが、これは龍麻に軍配が上がった。
と言うより、最初から彼女の方がそれらについては無きに等しいものであったようだ。



少女の手から力がなくなり、龍麻もほぼ同時に力を抜いた。
ぱっと二人の手が離れて、京子は疲労した筋肉を解すようにひらひらと手首を振る。
同様に、龍麻もじんじんとした痺れを残す手首を摩った。




「…………すんげェ」




静寂にあった室内に音を齎したのは、裂傷の男が呟いた言葉。
それに連なるように、他の面々も顔を見合わせて驚きの言葉を口にし始めた。




「スゴイよ、緋勇君。京子と互角だった」
「二人とも本気だったわよね」
「………ビックリし過ぎて、撮るの忘れたわ……ジャーナリスト失格…」




がっくりと項垂れる遠野に、葵と小蒔は苦笑する。


手首を解した京子の傍に、醍醐が歩み寄った。




「どうだ?」
「どーもこーもねェよ。あークソ!」




心底悔しそうに唸る京子に、醍醐は笑って残念だったなと言う。
京子は唇を尖らせていたが、不満と言う訳ではないように龍麻には見えた。

先程、京子は散々怒鳴ってテーブルやら椅子やらを蹴り飛ばして暴れていた。
周りに止められても聞かなかった所を見ると、どうやら基本的に発散する事で感情をコントロールしているらしい。
だとしたら、今も別段、不満を押し隠している訳ではないようで────どちらかと言うと、子供が拗ねているような表情だ。


それをテーブルの反対側で見詰めていると、龍麻の肩にポンと手が置かれる。
見上げれば、ジャケットの男と、その隣にギターを抱えた少年が立っていた。




「大したモンだな。ああ、俺は“CROW”のボーカルの雨紋雷人だ。こっちはギターの来栖亮一」
「………よろしく」




ぺこりと亮一が頭を上げて、龍麻も同じように頭を下げる。


“CROW”のボーカルとギター。
聞いてから、龍麻は思い出す。
彼らが先程のステージの上で、京子達と一緒に音を奏でていた事を。

彼ら“CROW”と、京子達“神夷”はバンド仲間で旧知の仲だと、遠野から聞いていた。
道理で彼らと彼女の間に、他とは違った気安さが感じられる訳だ。



畜生、畜生と悔しそうな京子に視線を戻して、龍麻はじっと彼女を観察してみる。


ステージの上で見た時は、まるで絶対者のように、世界に君臨する女王のように見えた少女。
けれども、今はまるで小さな子供のように拗ねた表情をして、先程とはまるで違う。
葵や小蒔、遠野とは少々性格が違うが、今の彼女もまた、年頃の女の子と言った風だ。

曲を奏でている最中は、憂いを含んだり、喰らい突かんとする獣のように尖りを帯びたりと、変貌を映し出していた瞳。
それも現在は、きつめの眦はとっつきにくさを感じさせるものの、くるくる忙しなく変わる表情は親しみ安さを感じさせる。





舞台に君臨していた彼女は、とても美しく、煌いていた。
今目の前にいる彼女は、愛嬌とまでは言わないまでも、なんだか可愛らしく見える。

────いや、可愛い、と龍麻は思った。








実はとっくに一目惚れ。
逢ってみて、もっと惹かれてる。

しかし前途多難なんだぜ。




FUNKY GIRL 04




日曜日のライブ後、龍麻はクラスメイト達に促されて、バンドのボーカルをしている少女と初めて顔を合わせた。
挨拶代わりの腕相撲勝負は勝敗が付かず、彼女はそれを酷く悔しがっていたけれど、気を悪くした様子はなかった。
龍麻には、それが酷くホッとした。

楽屋を出ると、少女とバンドメンバーは打ち上げへと向かった。
龍麻達も誘われたが、葵は習い事、小蒔は家の手伝いで、遠野は学校新聞の作成、醍醐は用事があると言う事で解散。
龍麻は特に用事も何もなかったのだが、少女とクラスメイトとは言え、まだ顔を合わせたばかりである。
中々に気まずくなってしまうのも想像に難くなかった為、醍醐同様に用事があると言って辞退させて貰った。


そうして自ら断って家に帰ったのだが、後になって少し残念だったかな、と思うようになった。
間近で見ていた彼女の顔を思い出して、もっと見ていれば良かったな─────と。

そんな風に思ったのは、生まれて初めてのことだ。
けれども、嫌な感情ではないのは判る。
少し持て余し気味ではあるが、何処か心地良いようにも感じながら、一人の夜を過ごした。





月曜日の朝を迎えると、龍麻はいつも通りに登校した。
道中でクラスメイト達に声をかけられながら、校門を潜り、教室へと向かう。


─────と、その途中で。




「おっす、龍麻」




その言葉と同時に、背中を強く叩く衝撃。
数歩前へと踏鞴を踏んで振り返れば、肩に担ぐように鞄を持った、一人の少女。

真神学園の女子用制服に身を包んだ、勝気な瞳の少女を、龍麻は確かに知っていた。




「蓬莱寺、さん」
「あ!?」




名前を呼べば、途端に瞳に不機嫌な色が灯る。
ギロリと睨むように眦が尖り、龍麻は何か失敗したかと頭を捻った。




「なんでェ、その呼び方」
「呼び方……蓬莱寺さん?」
「ソレだ、ソレ」




確かめるようにもう一度名を呼べば、京子は眉間に皺を寄せて肯定する。


この呼び方の何が可笑しいのだろう。
普通の筈だ、と龍麻は思う。

昨日、遠野達は名前で彼女を呼んでいたけれど、それは一朝一夕の付き合いではないからだろう。
醍醐は苗字で呼んでいたが、呼び捨てで、それもやはり長い付き合いからの気安さから。
昨日知り合ったばかりの龍麻に赦される事ではない────と龍麻は思う。


だが、目の前の少女にとってはそれが不服のようで、




「サン付けなんてすんじゃねェよ」
「……でも」




昨日知り合ったばかりだし────言いかけて、遮られた。
ずいっと、ぶつかりそうな程に近付けられた彼女の顔に。




「次呼んだらブン殴る」
「……えぇー……」




理不尽極まりない京子の言葉に、龍麻は眉尻を下げる。

京子は龍麻の横を通り過ぎると、廊下をスタスタと歩いて行ってしまう。
教室へ行くのだろう、龍麻も直ぐに後を追った。




「でも、それじゃあどう呼んだら……」
「あ? あー……そうだな……」




前を歩く京子は、考えるように首を捻ってから、頭をがりがりと掻いている。
乱暴なその仕草は、女の子らしさとは程遠い。

そう言えば、彼女の一人称は「オレ」だ。
言葉遣いもまるで男の口調そのもので、声も高くはなく、ハスキーボイスと言うのだろうか。
パッと見た印象では、男だと思われることもあるかも知れない───意外と大きな胸を見なければ、だが。


教室のドアを開けて中に入ると、既に登校していた生徒達が此方を見た。




「お、蓬莱寺じゃねェか」





アフロ頭が特徴的な男子生徒が京子に声をかける。




「おーアフロ田。相変わらずうぜェ頭だな」
「バッカ、この良さが判らねェのかよ」
「知るか、このレゲエオタク」




挨拶にしては罵倒にしか聞こえない台詞だが、アフロ頭の生徒は気を悪くした様子はない。
それよりも、京子が学校に来た事の方が意外なようで、仕切りに「なんの気紛れだ」と聞いて来る。

そう言えば、京子は龍麻が転校してから今日まで、一度も登校していないのだ。
そんなクラスメイトが突然登校して来たとあっては、驚くのも無理もない。
生徒達の会話の端々を聞く限り、どうやら彼女は、朝から登校する事そのものが稀であるようだし。


龍麻は、初めて彼女の存在を聞かされた時、あまり学校に来ないと聞いて、体が弱いのかと思っていた。

だが考えてみれば矛盾がある。
学校に一週間も二週間も来れない程に体が弱いのなら、バンドを率いるという事はないのではないだろうか。
それもかなり激しいハードロックで、ステージ上でもかなり動き回っていて元気そのものだったし。

どうやら、彼女は根っからのサボリ魔なだけのようだ。



京子が窓際の席を陣取ったので、龍麻もその隣に腰を下ろした。




「呼び方なァ……あー……」




がりがりと頭を掻いて、京子の視線は窓の外へ。
龍麻はその顔を斜め後ろの角度から見詰めながら、返答を待っていた。


おはよう、と葵の声が入り口から聞こえる。
続いて小蒔の声が聞こえて、隣クラスから飛んできたのだろう遠野の声。
やや間を置いてから、醍醐も教室に入ってきた。

そろそろ生徒全員が教室に入りきる頃に、窓の外を見ていた京子が龍麻へと振り返る。




「京でいいぜ」
「京?」
「ああ。京子って呼ぶなよ。呼んだら殴る」
「うん」




何故そんなにも呼び方に拘るのか。
思ったが、ずいと顔を近付けて釘を刺す京子に、その疑問は飲み込むことにした。





「じゃあ、これからよろしく。京」
「おう」




改めて挨拶した龍麻に、返ってきたのは簡潔な二文字。
それから直ぐ、京子はまた窓の外へと首を巡らせてしまった。








学校生活に目立った変化があった訳ではない。
来ていなかった生徒が来るようになった、ただそれだけの事。

けれど、彼女がこれから一緒なのだと思っただけで、龍麻はなんだか嬉しくなるような気がした。










龍♀京出会い編は終了〜。

先ずはお友達からです。
でもお互いに無自覚ながら、それぞれ特別な感じになってます。







→TERRITORY